第13話 【下ネタの会のテーマ】
「お前ら、こんなところで何してる?」
背筋に冷たい汗が流れる。
保健室から出た俺たちが最初に出会った人は不幸にも、この学校の警備員を務める高身長なおじさんだった。
懐中電灯の灯りを直に当てられているから顔から上は見えないが、声のトーンから察するにこのおじさんは俺たちのことを見てビックリしているのだろう。
まぁ、時間帯を考えれば当たり前だしな、仕方がないよな。
しかし、俺がそんなことを考えていた傍ら、図書委員の先輩、改め半田先輩が一歩前に出ると、俺の予想を超えるというかいきなり信じられないことを言い出した。
「えっ?佐田さん今日当番なんですか?」
佐田さん?当番?てか二人は知り合い?と混乱状態に陥っていると、半田先輩が眼鏡を外しながら俺に向かってこう言った。
「あっ、すまん多田。この人は佐田正さん。下ネタの会のOBなんだ」
先輩の紹介に戸惑いを隠せない俺。しかし、そんな俺よりも佐田さんの方が動揺を隠せていないようで佐田さんは半田先輩のことを指差した途端、廊下中に響き渡る声でこう叫んだ。
「お前、眼鏡かけてたのか~!!!」
「「…………えっ?!知らなかった(の)」んですか~!!」
先輩とハモる形で俺たちも叫ぶ。いや、そこ騒ぐところじゃないだろ。
まぁ、俺も叫んだけど……。
すると、いち早く冷静になった佐田さんがこんなことを尋ねてきた。
「ところで、何でお前らはこんなところにいるんだ?」
いやはや、後最もな質問である。
良く分からないコントを終えたところで一旦状況を確認することにした俺たちはとりあえずこの佐田さんに今日の会のことについて説明することにした。
「今日は偉大なるフランツ先生のもとで強化合宿を行うんですよ」
先輩の発言の中に学校で合宿とか、フランツ先生とか少々聞き捨てならないというか誰⁈っていう単語がでできたことに引っかかりを覚えた俺だったが、今は怒られないように注意しなくてはいけない。
この人だってOBかもしれないが、表向きは学校の警備員だ。
時間帯や不法侵入のことを考えるともし、このことが学校にバレたりしたら下手したら退学処分になったりするかもしれない。
こっちは巻き込まれた身なのに冗談じゃない。
俺はそんなことを考えながらそうなんですよ、と無難に相槌を打ちながら、
「僕は無理矢理連れて来られて…」
と弁解すると、佐田さんは特に意に介した様子も見せずに大きく頷いてこう言った。
「そうか。分かった。楽しんでこい」
どてっと思わず漫画のキャラのように転ぶ俺。
いや、そこ許可すんかい、とか思っていると、先輩が佐田さんに礼を言いながらまた眼鏡をかけ、そのまま俺についてくるように目線を送ってきた。
廊下に木霊する二人の足音。妙に静かに感じるのは、俺たちがさっきまで騒いでいたからだろう。
階段を登り、三階の廊下の突き当たりまで歩いていくと、何故か音楽室の中から小さな灯りが漏れていることが分かった。
「今日の会場はここだ」
素っ気ない先輩の声。いや、知ってます、と言うのはなんだかタブーのような気がして一人黙り込んだままこっくりと頷くと、先輩は音楽室のドアに手をかけた。
さて、合宿か。一体、どうなることやら。
そんなことを考えながら先輩がドアを開けるのを待っていると、先輩は一度俺の方に振り返りながら一言こう告げた。
「あんまり驚くなよ」
そのまま音楽室の中に入っていく先輩の背中に疑問を投げかけようとするも、何故だか届かない。
先輩の意味深なフレーズに内心首を傾げながら、結局考えるのを諦めた俺は先輩の後を付いていった。
二足の上履きがドアのラインを越える。そして俺はそのまま慎重にドアを閉めた。
一瞬の沈黙。
俺は意を決して室内を覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
◇◇◇
ここは普通の学校の普通の音楽室。
ピアノがあり、黒板があり、机や椅子、有名な音楽家の肖像画があり、それに纏わる学校の怪談さえある至ってまともな音楽家。
しかし、俺の目前では普通ならばあり得ないことが起きていた。
もう既に他のメンバーの方々は揃っていて、やはり職員用の回転椅子には近藤会長が鎮座しており、残りは各自バラバラの席に腰を落ち着けている。
サトシ君でさえも、教室の隅っこの席でゲームをしながら退屈そうに足をぶらぶらさせている。
まぁ、ここまではいいだろう。
しかし、問題はピアノの席に座るとある人物。
癖のある巻き毛に、特徴的な丸眼鏡。その眼鏡の下には透き通るような濃い茶色の瞳があり、整った顔の作りは彼の育ちを彷彿させるようだ。
「しゅ、シューベルト……」
そう。なんと、かつては歌曲の王と唄われ、数々の名曲を生み出してきたフランツ・シューベルトその人が正に今、俺の目の前で俺に目を、向けていたのである。
「ようこそ、夜の下ネタの会へ」
俺はあまりにもあり得ない状況に、ただただ言葉を失い、そのまま床にへたりと座り込んでしまった。
そんな、思わず唖然とした俺に近づく影。それが半田先輩だと気づいた俺は、震える指でシューベルトを指差しながらこれまた震える声で口を開いた。
「せ、先輩。あれって……」
俺の声に何故か溜息をつく先輩。
先輩は座っていた俺を無理矢理立たせると、そのまま俺の首根っこを掴んで引っ張ってきた。
痛い痛い、と叫ぼうにもシャツが喉仏に突っかかって上手く喋れない。
そのまま床を引きずられて辿り着いた場所はシューベルトが座るピアノの椅子の横。
俺は何が何だか分からずに混乱し始めていると、先輩はシューベルトに向かって頭を下げながら手を離した。
「すみません、フランツ先生。新人が失礼な態度をとって」
同時に俺の頭を力ずくで下げさせた先輩は謝罪の言葉を言い終えると、今度は俺に向かっていつものイラっとする態度で声をかけた。
「おい、多田!!テメェ、偉大なるフランツ先生にその態度は失礼だろうが⁈早く謝れよ、このヤロー」
状況の判断は出来なかったが、ちょっと微妙な雰囲気を肌で感じとった俺は直様小さな声で謝ると、シューベルトは俺の前で手を叩きながら全員に向かってこう言った。
「さて、一応全員が無事に揃ったみたいだから始めようとするか。……新人の君ももういいから早く席に着きなさい」
最後の言葉は俺に向けてシューベルトが発言を終えると、全員が彼の言葉に従って席に着いた。
もはや展開についていけなかったが、素直に従ったほうがいいだろうと判断した俺は、そのまま席に着いた。
「では、早速だけど下ネタの会のテーマを歌ってから今日の会をはじめようか」
そしていきなり伴奏を弾き始めたシューベルトに思わずツッコミを入れたのは俺がまともである証だろう。しかし、俺の努力や勇気は次に聞こえてきた歌に掻き消され、飲み込まれていってしまった。
【下ネタの会テーマ】
1.)
セイなる夜は 高らかに
悶えよ 萌えよ 同志達
誠心誠意を尽くすまで
全力投球 燃え尽きろ
我ら 集いし 青春の
思い出 求め 突き進め
至高の下ネタ 探す為
精根込めて ぶちまくれ
笑いの為に 奮い立て
ああ 我ら 下ネタの会
2.)
お山を濡らす 朝立ちで
奮えよ 起きよ 同志達
受け継がれし技と共に
切磋琢磨に鍛え抜け
我ら 集いし 真っ新な
同志の心 染めてゆけ
敬遠されゆく 下ネタを
世界中に 撒き散らせ
笑い取る為 輝いて
ああ 我ら 下ネタの会
誰かこの状況を全部説明してくれ。
そう思わずにはいられなかった。
全世界のシューベルトファンの皆様
この度は偉大なるフランツ・シューベルトの名をこんな形でつかってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
下ネタの会のテーマは作者が考えた曲でシューベルトはこのような曲は一切作曲していないのでご注意ください。
それではまた。
2014/8/12
活動報告にてお知らせがあります。