第12話 こうないに侵入
暴れるつもりが、長くなりそうだったので分割しました。
それではお楽しみに。
誰もいない夜の学校。今にも何か出てきそうな匂いを醸し出す独特な雰囲気に内心ビクビクしている俺は、それを表情におくびにも出さずに古い校門の前に立っていた。
夜九時。先生はすでに帰宅しており、おそらく警備員の人達の懐中電灯の灯りだけが時折窓の隙間から垣間見えている。
「本当に大丈夫なのか、これ?」
ここに来ても半信半疑だったが、もう迷ってる時間などないだろう。
俺は学校の裏に周り裏門の閂を開けてから中に入ると、真っ直ぐに自分の昇降口に向かって歩いていった。
普段の学校より空気がヒンヤリしている。毎日通っている場所なのに、学校にもこんな一面があるんだなと思うと、この真っ暗な景色もどこか新鮮に感じた。
目が徐々に暗闇に慣れていく。俺は何にもつまづくことなく昇降口の前にたどり着くと、恐る恐る扉を開いた。
「あれっ?開いてない……」
と、思っていたのだが案の定ドアは閉まっていた。
「まぁ、時間帯を考えれば当たり前なんだよな」
俺は一人そう呟きながら懐から今日の集合場所が書かれたメモ用紙を取り出すと、もう一度注意深く目を通した。
「あれっ?読めない……」
と、思っていたのだがこんな昇降口の前に灯りなどあるはずもなく、俺は仕方なく避難口のあの緑のライトのところまで行って確認した。
「まぁ、時間帯を考えれば当たり前なんだよな」
読めなかったのは夜で暗かったせいだ。こんな初歩的なことに気がつかなかった俺は想像以上にこの状況にビクビクしているのかもしれない。
俺はメモ用紙に書いてあった『音楽室デ待ツ』という言葉をもう一度確認すると、そのままうーんと首を捻りだした。
「どうやって入ればいいんだ?」
そう。ここに来たまではいいがどうやって入ればいいのか分からないのだ。俺は暫し思考の世界に没頭していると、突然保健室の方から大きな音が漏れてきた。
何事、と思いそちらに近づいていくと何者かが保健室の窓枠に頭を突っ込んでいた。
「あれっ?これ不味いんじゃ……」
空き巣、ではなく泥棒かもしれない。まぁ、この学校は私立だから盗む物もありそうだしな……って冷静に考えてる場合ではない。
「まぁ、時間帯を考えれば当たり前……な訳ないか」
俺は内心自分自身にツッコミを入れつつも、こっそりとその人影に近寄ると、人影は一旦頭を窓枠から出し、辺りをキョロキョロ見回しながら改めて窓の中に侵入していった。
これはガチの犯罪かもしれない。
自分のやろうとしていたことを棚に上げてそんなことを考えていた矢先、その人影が今度はゆっくりと顔だけをひょこっと外に出すと僅かに声を発しながら俺に手招きをしてきた。
「おい、多田。俺だ俺。半田だ。お前がいるのは分かってる。早くこっちに来い」
半田、という名前に覚えは無かったが、俺の名前を知ってるってことは今日下ネタの会に参加する誰かなのだろう。
俺はその人の言葉を信じて窓枠に歩み寄っていくと、その人は窓から中に入るよう俺に指示してきた。
「ここからこうないに入るんだ」
こうないという言葉に妙な悪寒がしたが、きっと今夜は微妙に肌寒いからそう感じただけだろう。
俺はその人の指示に従い保健室の窓から校内に侵入すると、余計に暗くなった室内を見渡した。
三つのベッドに薬や資料が置かれた棚、校医の先生の机など、やはりここはいつもと変わらぬ保健室だ。
別段、いつもここに来ている訳ではないが、こう薄暗いと見慣れた保健室でも全く違う部屋に感じる。
俺は空気ではない何か別の肌寒さをほんの少しだけ経験しながら視線をさっきの人に向けると、その人はポケットからおもむろに何かを取り出した。
パカっと開く音と共にディスプレイが光って一瞬目を細める。
そして俺はディスプレイの光に照らされた人物の顔を見てようやく誰か判断した。
「あれっ?図書委員の先輩じゃないですか。先輩、半田って言うんですか?」
目を皿のように丸くしながら驚きの声をあげる俺。
「そうだ、って多田、気づいてなかったのか?」
俺が漏らした一言を拾いあげたのは正しくあの図書委員の先輩だった。
しかし、今の先輩は何というか雰囲気が違う。普段はあんなに面倒臭くてムカついてて、人をイライラさせる天性の才能を振りまいているのに今日の先輩は
「先輩って眼鏡してましたっけ?」
なんと眼鏡をかけていたのだ。
「ああ、これか。普段は邪魔だからかけてないけどこういう時は必要だからかけてるんだ、悪いか」
「いや、別に」
そう言って誤魔化した俺だが、明らかに印象が違う。
ワインレッドのフレームに、卵のような楕円形のレンズ。今日の先輩はあの普段の馬鹿っぽさから反転して何処と無く知的だった。
いやぁ、眼鏡取ると可愛くなったりカッコ良くなったりする人がいるけど、逆も然りなのか、と少し感心した俺。
しかし、先輩は俺が考えていることを敏感に察知したのか、俺の頭にゲンコツを食らわすとフン、とそっぽを向いた。
痛む後頭部を抑えながら先輩を上目遣いに睨んだ俺はそのままの姿勢でこれからどうするかを先輩に尋ねると、先輩は
「これから会場に向かう。ついて来い」
短く俺にそう告げながら保健室のドアの方に歩いていった。
まだヒリヒリと頭は痛んでいたが、とりあえず先輩の言葉に従ってついていくと、先輩は俺の方に振り返りながらこう言った。
「正直多田が来るとは思ってなかったぜ。お前、チキンだし」
そう言ってドアを開けながら進む先輩にやっぱり先輩はむかつく、と内心思いながら足を踏み出すと、何故だか先輩は急停止していた。
早く進めよ、と心の中で悪態をついた俺は、ふと明るくなった辺りに気がついて視線をあげた。
そして俺も先輩同様に固まってしまった。
「お前ら、こんなところで何してる」
新型の懐中電灯に少し滲んだジャケット、それが何かの制服だと気づくのにそう時間はかからなかった。
そう。今俺たちの目の前では警備員のおじさんが懐中電灯で俺たちを照らし出していたのだ。
絶体絶命。その瞬間、そんな言葉が何故か俺の頭の中をよぎっていた。