第11話 下ネタのなき日常
一波乱の前に日常シーンと彼らの学校シーンの方を。
真面目、普通、ときたら次は下ネタしかないでしょう⁈
次回は暴れるので今回はささっと読んじゃってください。お願いします。
翌朝、俺は焼きたてのパンを咀嚼しながら靴を履くとそのままドアを開けて学校に向かった。
本日は曇りのち晴れ、というテレビのニュースキャスターの言葉通り、空にはふわふわとした雲がまだらに浮かんでいる。
俺は何故か日課になっている伸びを一つすると、そのままギリギリ遅刻しない時間帯の通学路を歩いて行った。
「うん、今日も平和だ」
思わずそんな言葉が口をつく。
段々賑やかになっていく並木道を歩きながらそんなことを思っていると、いつの間に着いたのか、俺の目の前には見慣れた少しペンキの剥がれた校門がどっしりと構えていた。
さて、チャイムまで後五分だ、と思っていた矢先、俺の肩に誰かの手が置かれて俺は反射的に振り向いた。
この時振り向かなければ良かった、と後悔するのはそいつの顔を見てからすぐのことだった。
「よぉ〜、多田。ユーモアセンスの欠片もない凡人」
「ゲッ⁈」
そう、俺の視線の先にいたのはあの厄介な図書委員の先輩だったのだ。
俺は後輩という立場柄、こんな公の場でシカトすることは出来なかったので、失礼のないよう、軽く会釈をしながら挨拶をすると、そのまま先輩に背を向けて昇降口に向かった。
だが、俺のそんな態度が気に入らなかったのか、先輩は駆け足で俺に追いつくと、俺の肩に爪を食い込ませながら苛立ち気味に呟いた。
「ちょっと待とうか、多田君」
「先輩の昇降口はあっちですよ、先輩」
俺は、どうやら道に迷ったらしい先輩に丁寧に道を教えると、クルッと回転して先輩の手を解きながら上履きに履き替えた。
まぁ、爪もきちんと切り揃えられていたし、俺の肩も平気だろう。
俺はそんなことを考えながら外履きを靴箱の中に突っ込むと、先輩は俺の顔にガンを飛ばしながら尋ねてきた。
「で、お前は今日来るのか?」
怒りを含んだその言い方にわざと戯けてみせながら、俺は昨日考えていた回答を告げる。
「期限は今日までだし、折角なんで行ってみますよ。先生に報告する時の材料にもなりそうですし」
もちろん、報告する気はさらさらないが、ずっと会にいたいかどうか分からない俺はそんな感じで先輩に返答した。まぁ、報告したらした面倒くさいことになりそうだし、俺の平和なぼっち生活にも支障をきたしてしまうだろう。
「お前、まだそんなことを……」
先輩は俺の対応に何か思うところがあったらしいが、「でも会長が……」と何やら小声で何かを呟いていたので、俺はその隙にその場から去っていった。
ぼっち生活が長かったおかげか、俺は瞬間的だけだが、空気になりきることが出来る。俺はそのスキルを最大限にいかしながら誰にもバレずに階段に辿り着くと、案の定先輩は突然消えた俺に驚き、辺りをキョロキョロしていた。
してやったり、と心の声でそう呟く。俺はそのまま階段を登っていくと、今度は上の階からキャーキャーという黄色い悲鳴が俺の耳に届いてきた。
確かこの階は図書委員の先輩達が所属する階だが、何かあったのだろうか。
俺はふと浮かんできた興味心に二階の廊下を覗くと、そこには数々の女性を侍らせながら爽やかに微笑む千代池先輩の姿があった。
私立本間海学園一のプレイボーイと名高い千代池先輩は老若男女問わず降りかかって来る視線をサラリと躱しながら、生徒会会長である近藤先輩や陸上部の期待のエースである中田先輩、柔道部主将の後藤先輩など、学園内でもビッグな人物をはじめ、数々の有名な人物を囲みながら何やら話をしていた。
全く、何故このような有名な二人が下ネタの会などという秘密のくだらない会に入っているか分からない。
俺はそんなことを思いながらその場を立ち去ろうとしていると、どうやら俺の姿が目に入ったのか近藤会長がスッと手を挙げながら俺の名前を呼んできた。
「おや、多田君じゃないか?こんなところで何をしているんだい?」
会長の声に廊下にいる全ての人間の視線が俺に刺さる。
ぐっ。俺はこういう視線が苦手だ。
俺は身体全体に感じる視線の波を無理矢理意識外に外すと、そのまま若干引き目の物腰で答えた。
「いえ、別に」
「あの子誰?」、「あれっ?私達の学年と同じ上履きの色だ、あんなやついたっけ」と、俺が答えた途端、あちらこちらで俺の噂話が聞こえてきて、俺はじゃあもうチャイム鳴るんで、と早口で言いながらその場を去ると、階段を二段飛ばしに進みながら自分の階に上がって行った。
誰もついてこないことを確認しながら自分の教室に入った俺は、すぐ近くにある俺の席に腰を降ろすと、そのまま机に向かってうつ伏せに倒れこんだ。
「危ねえ……危うく俺の平和な生活が……」
「平和な生活が、ってどうした?多田」
災難去ってまた一難。俺は前方から聞こえてきたある人物の声にガクッと首を机上に落とすと、そのまま声の主である彼に声をかけた。
「なんで今日は起きてるんだ、高橋?」
遅刻常習犯であり、いつもは机に涎を垂らしている高橋にそう声をかけると、高橋は普段あんなに寝ているのにまだ残っている隈の辺りを擦りながら俺にこう告げた。
「いや、今日はサトシに用があったから、ちょっとな」
サトシ。はて、この学年に高橋と関わりのあるサトシって誰かいたかな…。
俺はそんな疑問を高橋に尋ねると、高橋は呆れた表情を浮かべながらこう呟いた。
「いや、この学年にサトシは一人しかいないぞ?沢尻だよ、さ・わ・じ・り。ほら、お前がいつも帰ってる」
だよなぁ、と同意しようとしてふと思う。あれっ?高橋とサトシ君ってどんな関係性があったっけ?
俺はそんなことを考えながらボーッと机の上を見ていると、聞き慣れた音が俺の鼓膜を振動させた。
キーンコーン、カーンコーン。
始業のチャイムの音に今まで廊下に出ていた生徒達が一斉に教室の中に入ってきた。俺はそのチャイムが終わる音と共に姿勢を正す。
高橋はそんな俺の様子を見ながら一つ溜息を吐くと、俺の目を見つめながらこんなことを告げた。
「あいつ、今夜の下ネタの会、参加するから」
「…………はっ⁈」
一瞬反応が遅れた俺は高橋に聞き返そうと身を傾けるも、高橋はまた後で伝える、と言って机に突っ伏してしまった。慌てて話しかけよう試みるも、担任の先生がやってきてしまい声をかける余地がない。
「おい、高橋。サトシ君もってどういうことだ、………って寝てるし」
そのまま熟睡をはじめた高橋に俺は成す術もなく、俺は結局高橋のまた後で、という言葉を信じて次の休憩時間まで待つことにした。
◇◇◇
キーンコーン、カーンコーン。
ようやく長かった授業が終わり、休み時間がやってきた。俺はチャイムの音と共にのそりと動き出した高橋の肩を突つくと、単刀直入に尋ねた。
「サトシ君も来る、ってどういうことだ。なんかの冗談か?」
いつも大人しく静かなサトシ君が下ネタなどに興味を抱くことが信じられなくて、声を僅かに張り上げる。
高橋は、俺の声にもう少し落ち着けよ、と呟きながら寝ぼけ眼を擦った。
同時に、虚空をボーッと見つめながら周りの状況を確認している。
高橋は、もう休み時間か、と嘆くとようやく俺の姿を視界に捉えたのか、あくび混じりに答えた。
「あぁ。あいつも来るぜ。まぁ、その為に服部と俺が犠牲になったけどな」
苦々しく言う高橋の表情は苦虫を噛み潰したようになっている。
「高橋達が犠牲って……何したんだよ、サトシ君と」
俺はいつも沈着なサトシ君を思い浮かべながら彼が何をしたか気になったのでそう尋ねると、高橋は俺の疑問を敏感に感じ取ったのか、訳ありな顔でこう告げてきた。
「ほら、あいつゲーム好きだろ?特に世界的に有名なあの某ゲーム」
そう。サトシ君は名前の通り、あの黄色いネズミが出てくるゲームの超がつくほどの大ファンで、決まってゲームの話をするときは話題に出すのだ。
まぁ、お互いの性格上、殆ど話さないのだが。
俺は突然出てきたゲームの話題に首を捻っていると、いつの間に現れたのか服部が俺たちのところに来て話を続けた。
「まぁ、つまり高橋が色違いのやつらを交換するからうちの会に入れって勧誘したわけだ」
なるほど。確かに色違いのあれならゲームをやりこんでいるサトシ君でも簡単には手に入らないし、交換条件としては上々だろう。
何故サトシ君を入れたいのかとか、他にも気になることはあったのだが、ひとまず俺は高橋の手口に感心していると、今度は高橋が会話を繋げてきた。
「でもそれだけじゃあまだ足りなかったんだ。なんでも会に入ったらゲームに費やす時間が減る、とかなんとかで渋り出して」
まぁ、ゲームの時間と色違い一匹。どちらを取るかは一目瞭然だろう。
そこで、服部は高橋と目配せをすると、そのまま俺と目を合わせながらこう告げた。
「あまりにも渋るもんだから、俺がもう一つ提案したんだ。じゃあ、せめて今夜の下ネタの会に体験入会してみるか、って」
あー、あるある。こういう手法でお試し用品とかそういうの売りつけるセールスマンのような手口。
俺は服部達のずる賢い作戦に思わず笑みを引きつらせると、服部はそんな俺を見ながら息を漏らした。
「それでも渋ってたから珍ポコの隠しアイテムをやるって言ったらすんなりオッケーしてきた」
その交渉を思い出したのだろう、服部がいつにもない負のオーラを背中に背負っている。まぁ、あのゲームはサトシ君のもう一つのお気に入りだからな。
【珍獣ポコポコ】、略して珍ポコは某有名な会社が出した一万本しか売られることがなかった伝説のゲーム、らしい。
詳しいことは知らないが、なんでもこのゲーム、あまりのアイテムの数に対しキャラクターは一人だけ、というすごーく手抜きなゲームらしいのだ。
内容はもぐらの代わりに現れた珍獣を叩くモグラ叩きのようなゲームで、至ってシンプル。ただ、そのシンプルさ故に人気が出ず、結局発売中止に。
何故服部がそのゲームを持っていたのか甚だ不思議だが、まぁそれで勧誘出来たのならいいことなんだろう。
へぇー、とかほぉー、とか言いながら相槌を打っていた俺は、何だか苦笑いを浮かべ出した服部と高橋を見て首を傾げる。
二人は、またお互いに目配せをしながらはぁー、と溜息を吐くと、そのまま俺に呆れ混じりに尋ねてきた。
「お前、そういうリアクション以外にないのかよ、もっと、親友が入るなら俺も入る!、とかなんであいつを入れるんだ!、とか、やっぱり俺も今夜行く、とか」
どうやら俺の反応はイマイチ、というか彼らにとっては期待はずれだったらしい。
俺はまだはぁー、と息をついている高橋達に目を向けると、そのままこう告げた。
「あー、その件だけど今日は俺も行くから。それにもしかしたら会に入るかもしれないから、その時はよろしく」
俺の言葉に二人は喜びのあまり涙を流した、と思ったら二人は雄叫びをあげながら頭を抱えだした。
「俺の緑のパッチーちゃんがー!!!」
「俺のレアアイテムが、苦労が、水の泡に……」
そうしてオロオロと動きながら、壁やら机やらに頭をぶつける彼らに、俺は思った。
ーーー今更、会には入らないなんて言ったらまずいよな……と。
なんとなく罪悪感に包まれた俺は、やはり入ることを検討しようかなあ、と思うのであった。
ああ、多田君のキャラがどんどん最悪になっていく。泣
まぁ、もちろん変えていく予定なのでそれまで気長にお待ちください。