第97話:「『シュンにぃ英雄計画』」
がっくりうな垂れている俺の腕に再びアイラが抱き付いてくる。
「もう! そんな顔しないの! アタシの傍から離れなければ安全だから……ねっ?」
そういってウインクしてくるが、もしかしたら最初からそれが狙いだったのかもしれない。
女って怖い。思わず顔が引き攣ってしまった。
そんな俺達にセリーヌさんが苦笑しながら声を掛けてきた。
「では、私はマーメリアのギルド長に挨拶をしてから王宮に向かいます。本当はシュンさん達をカーラ女王陛下にご紹介したかったのですが……」
「う~……、流石にゾロゾロと王宮に押し掛けたら怒られちゃうかな? シュンをカーラ様に紹介したかったなぁ~!」
アイラは残念そうにしているが、ただの護衛がそんな気軽に一国の女王にホイホイ会いに行くのはやはり拙いだろう。
カーラ女王の事はオルトスに行った時に遠くからちらりと見ただけなので非常に興味はあるのだが、今回はギルドの依頼として来ているので、あまり目立った行動を取らない方が良さそうだ。
とは言ったものの、すでに道を歩いているだけでもの凄く注目されているので手遅れのような気がしないでもない……。
その原因になっているアイラはむしろ周りに見せ付けるように俺の腕に胸をぐいぐい押し付けている。
そして、反対側の腕にはドルチェがしがみ付いているのだが、小柄な彼女とはかなり身長差があるので、端から見たら『仲の良い夫婦と娘』としか認識されていないような気がする。
探索者ギルドに到着すると、先頭を歩いていたセリーヌさんがくるりと振り返る。
「まずは、ここまでの護衛、ありがとうございました。この街では護衛の必要もありませんので、シュンさん達の任務は一旦お休みです」
「事前に聞いてはいましたけど、本当に2週間も自由時間にしちゃって大丈夫なんですか?」
「はい。この街の迷宮を探索しても結構ですし、ラハティアまで足を運んでも問題ありません。……ただ、帰りの護衛任務がありますので無理はしないようにしてくださいね? 旅に支障をきたすような大怪我などくれぐれもなさいませんように」
淡々と話しているが、目が全然笑っていないので神妙に頷く。
「大丈夫大丈夫! アタシ達が付いてるんだから!」
何故かアイラがただでさえ目立つ胸を張って瞳を輝かせている。まさか迷宮の中でまでこの状態が続くのだろうか?
「あとは、シュンさん達が泊まる宿屋ですが……」
セリーヌさんの言葉に待ってましたとばかりにアイラがポンと手を叩く。
「それなんだけど! せっかくだからアタシ達が借りてる家に泊まってよ!」
「いや、流石に3人も押し掛けるのは迷惑じゃない?」
「それは問題ないぞ。カーラ様から紹介された家なのだが……無駄に広い」
それまで俺達のやり取りをニヤニヤしながら眺めていたダリアがアイラの後押しをしてきた。
しかも、にっこりと優しい笑みを浮かべているヘルガが、いつの間にかその大きな手で俺の肩をしっかりと掴んでいる。
「バードン様の話、聞かせてね?」
「う……はい、分かりました。お世話になります」
頭を下げる俺の両腕にしがみ付いているアイラとドルチェの頬が緩みまくっている。
ラハティアでの一夜の時にも思ったが、この2人が組むと手が付けられなくなるので、睡眠時間を確保できるか今からちょっと心配だ。
「やっぱりシュンは一度地獄の業火に焼かれるべきだな」
俺の背後ではサーシャがしみじみと物騒な事を呟いていた。
「ここがアタシ達のマイホームだよッ! 入って入って!」
アイラに背中を押されて家の中に入ると、ほのかに女性特有の甘い香りが漂ってくる。
「この家に入った男の人はシュンが初めてなんだよ? 嬉しい?」
「うん、嬉しいよ。木の温もりがあって何だか落ち着く……良い家だね」
「でしょ? 掃除がちょっと大変だけど、こんな素敵な家を借りられてラッキーだったよ!」
リビングにある柔らかそうなソファに座って寛いでいると、家の探索を終えたドルチェとサーシャが戻ってきた。
「すげぇぞ、シュン! 2階に部屋が6つもありやがった!」
「魔具も……いっぱい」
「あ、でも、流石に風呂は無いみたいだったぜ!」
「シュンにぃと……入りたかった」
お世話になる身なのだからできれば少しは遠慮と言うものを覚えて貰いたいところだが、アイラ達も楽しそうに笑っているので野暮は言わないでおこう。
俺達も近々家を借りる予定なので、今回の事は良い予行練習になりそうだ。
「それじゃ、シュン達の部屋割りを決めちゃおうよ!」
「そうですね。その後はカーラ様へのご報告に行っているダリアが帰ってきたらお風呂に行きましょう」
ソファで優雅にお茶を飲んでいるシーナの提案にドルチェとサーシャの瞳がキラキラ輝いている。
2人共すっかり風呂の魅力に取り憑かれてしまっているので、ダーレンに戻ってからがちょっと心配だ。
「部屋は2つ空いてるから、ドルチェとサーシャが使ってね! シュンはアタシの部屋で良いよね?」
「……却下。シュンにぃは……ぼくと同じ部屋」
とんでもない事をさらりと言い出したアイラに対してドルチェがジト目を向けている。
常にどこか眠たそうな目をしているドルチェなので注意して見ないといまいち分からないのだが、どうやらちょっと怒っているようだ。
アイラも譲る気は全くないのか、正面からドルチェの視線を受け止めている。
火事になるのでは心配になるくらい両者の間に火花が散っている状況に頭を抱えていると、
「3人一緒に寝れば良いじゃねぇか……」
呆れ顔のサーシャがぽつりと呟いた。
サーシャだったら絶対に顔を真っ赤にして反対すると思っていたのだが、今ではもうすっかり諦めの境地になっているのかもしれない。
きょとんとした顔でサーシャの言葉を聞いていたドルチェとアイラだったが、すぐにガシッと手を繋ぐとうんうん頷きあっている。
「シュンにぃは……『精力強化』スキル持ち。……問題ない」
「確かダリアが『防音の魔具』を持ってたはずだよ! 帰ってきたら借りなくちゃ!」
本当にこの2人が手を組むと手が付けられない。
先程までの睨み合いなど存在しなかったと言わんばかりの意気投合振りに唖然としていると、いつの間にか客間にあったベッドをアイラの部屋に運ぶ事で話がまとまっていた。
そのままではドアにつっかえてしまうので、一度解体してから運び込んだベッドをもの凄い早さで組み立てていくドルチェを呆然と眺めていると、そわそわと落ち着かない様子で部屋の模様替えを始めてしまっていたアイラが何か重要な事でも思い出したのか、慌てた様子で詰め寄ってきた。
「し、シュンの好きな食べ物って何!? 嫌いな物ってある?」
「え? いきなり言われても……」
「良いから! 何が好きなの!?」
ずいっと顔を近付けてくるアイラの迫力に「肉料理なら何でも……」と答えると、真剣な表情で何やら考え込んでいたアイラが突然部屋から飛び出して行ってしまった。
顔を見合わせた俺とドルチェが1階に降りて行くと、ちょうどヘルガを連れたアイラがリビングから出てきた。
「ちょっと買い物に行ってくるよ! ほら、ヘルガも急いで! お店が閉まっちゃう!」
「分かってる。行ってきます」
ヘルガの巨体を引っ張って家から出て行ったアイラに訳も分からずに手を振っていると、
「何だったんだ……?」
目を丸くしたサーシャがリビングから顔を出している。
「ぼくにも……聞いて欲しかった。……きのこ」
アイラ達が出て行ったドアを見つめていたドルチェが寂しそうに呟いた。
「特訓の成果を見せてあげるよッ!」
帰ってくるなり仁王立ちで高らかに宣言するアイラにその場に居た全員が拍手をする。
シーナの話では最近のアイラは料理に凝っているらしいので、凄く楽しみだ。
「特訓……『シュンにぃ英雄計画』」
鼻歌交じで機嫌良さそうにしていたアイラだったが、ドルチェの一言に目を見開いて何やらアイコンタクトをしている。
「てか、……英雄計画って……?」
何だか嫌な予感しかしない。ラハティアで言われたエリーザさんの言葉が頭に浮かぶ。
「そうだった! 忘れるところだったよッ!」
「別名……『みんなでお嫁さん計画』」
「帰りの護衛の事もあるから無理はさせられないけど、シュンには絶対に何としても『英雄』になって貰いたいから……特訓しようねッ!」
「……同意」
左右から向けられる期待の眼差しに思わず額に汗が……。
「諦めろ、シュン」
サーシャが肩を叩いてくるが、笑いを堪えきれないのかプルプル震えている。
「そうですよ。彼女達を惚れさせた責任はちゃんと取らないといけませんよ?」
どうやら、シーナとヘルガも計画の事は知っていたようだ。
この分だとダリアも一枚噛んでいるのは確実だろう。
「いや、『英雄』を目指す事には異論はないんですけど……、話が大きくなりすぎてるような気が」
「うふふ。我が国が誇る『炎姫』の旦那様になるのでしたら『英雄』くらいにはなっていただきませんと。それに、リンは領主の娘ですよ?」
シーナさんの目が何だか怖い。妹のリンが絡んでいるからだろうか?
「ぼくやエミリーも……お嫁さん」
やはり女の子としては『お嫁さん』に強い憧れがあるようだ。
自分以外の女性も一緒だという事はあまり気にしていない様子なのが不思議だが、この世界にはこの世界なりの価値観があるのだろう。
同じ世界から来たアイラも『重婚』に対してそんなに拒否反応が無いみたいだが、何となくシルビアのように2人きりになった時に反動がありそうな気がする。
「シュン達はどれくらいの階層を探索してるの?」
「ん~、確か15階層だったかな?」
「15かぁ~……。それじゃ、明日一気に20階層まで行っちゃおうよ!」
どうやらこれから2週間は本当に『特訓』が行われるらしい。
「ぼく達も……一緒」
「おう! あたい達はPTだからな!」
「そうだな……。よし! いっちょ頑張ってみるか!」
テンションが上がってきた俺達が拳を突き上げて盛り上がっていると、いつの間にか帰ってきていたダリアがリビングに入ってきた。
「……何をやっているのだ?」
「『シュン英雄計画』の決起集会だよ!」
「あぁ、あれか」
拳を高々と掲げているアイラの言葉にダリアが納得した顔をしている。
だが、すぐに何故か気まずそうな顔になってしまった。
「すまないが、カーラ様がシュンに会ってみたいそうなので一緒に王宮まで来てくれないか?」
突然の言葉に固まっていると、ドルチェが俺の服を掴んできた。
「ぼくも……行く」
「あぁ、『全員』と言われたから大丈夫だと……思う」
ダリアが何やら少々自信なさげに首を傾げている。
いつものハッキリした彼女にしては珍しい。
「カーラ様って言葉が少ないから判断がちょっと難しいよね」
事情を知っているのかアイラが苦笑している。
「シュン達だけじゃ心配だからあたし達も一緒に行ってあげるよ! それじゃ、『全員』でレッツゴー!」
いきなりの王宮行きに先程までのテンションと相まって盛り上げる一行だが、いつもならこういう時に一番騒がしいサーシャが何やら考え込んでいる。
「カーラ女王……『氷結の魔女』」
彼女の瞳に炎が宿っていた。
読んでくださりありがとうございました。
お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
本年もどうぞよろしくお願い致します。