第95話:「結婚した時の予行練習だよッ!」
突然のエリーザさんによる爆弾発言によってシンと静まり返ってしまった食堂で、サーシャだけが我関せずとばかりに食事を続けている。
エリーザさんもニコニコと満面の笑みだ。
そんな中、隣に座っているドルチェが頬に手を当て俺に熱い視線を向けてきた。
「シュンにぃの……お嫁さん」
何かいけないスイッチが入ってしまったのか、潤んだ瞳でじっと見つめながらにじり寄ってくる。
そんなドルチェに触発されたのか、それまで硬直していたアイラが俺の左腕にしがみ付いてきた。
「ぬ、抜け駆けはダメだよッ! アタシだってシュンのお嫁さんになるんだからッ!」
殆どプロポーズに近い発言を、食堂どころか屋敷中に響き渡るくらいの大音量で宣言するアイラ。
もしかしたら、今の彼女には周りの状況も自分が何を口走っているのかも分かっていないのではないだろうか。
豊満な胸の感触に頬が緩みそうになるが、場所が場所なので顔に出すわけにはいかない。
ダリア達はニヤニヤと楽しそうに俺達を見ているが、セリーヌさんの視線が何だか冷たい。
それにクリフトスさんに至っては先程から血走った目で俺の事を睨んでいる。
「シュンちゃんはモテモテねぇ~! リンちゃんは知ってるのかしら?」
「エミリーもいるからなぁ~、それに最近はシルビアの姐さんとも何だか怪しいし」
「お願いだからエリーザさんもサーシャも黙ってて! 特にサーシャ!」
リンの実家に泊まる事が決まった時から一抹の不安を覚えていたが、まさかここまでサーシャが空気を読まない子だったとは……。
それよりも、シルビアの事まで勘付いていた事に驚きだ。
「シュン! シルビアってどういう事!? まさか、彼女とも!?」
エミリーの事はオルトスで会った時にちゃんとアイラに話していたのだが、シルビアと俺が男女の関係になるのは完全に想定外だったようだ。
サーシャは「怪しい」と言っただけなのだが、俺の顔色の変化に女の直感でも働いたのか、アイラの目がどんどん据わっていく。
「これは、アレだよね? ドルチェ」
「ぼくは……知ってたけど、お仕置き……する?」
アイラとドルチェが顔を寄せてヒソヒソ話をしているが、その真ん中に居る俺には丸聞こえだ。
知ってるも何もシルビアとの時にはドルチェが思いっきり暗躍していたのだが……。
「すまないが、シュン君は僕と大事な話があるので、『お仕置き』は後にしてくれるかな?」
いつの間にか背後に立っていたクリフトスさんが俺の頭をガシッと鷲掴みにしてきた。
「い、痛ッ! つ、爪が!」
握手をした時にも思ったが、クリフトスさん……握力強過ぎ!
「僕の部屋でゆっくりお酒を酌み交わそうじゃないか!」
そして、頭を掴んだまま耳元に囁いてきた。
「リンとの事、……じっくり聞かせて貰うよ?」
「リンはね! むかしはどこにいくにもぼくのあとをついてきて、はなれようとしなかったんだよ! きいてるのか!? シュン!」
「うふふふ、あのリンちゃんも恋をするようになったのね! 子供は何人作る予定なのかしら? エリーちゃんもとうとうおばあちゃんに……おばあちゃんはイヤーーーッ!」
「……誰か助けて」
カオスだった。
最初こそ根掘り葉掘りリンとの関係を聞き出そうと躍起になっていたクリフトスさんだったが、エリーザさんも加わって酒の量が増えるにつれて、どんどん2人が壊れていってしまった。
いつの間にかクリフトスさんの俺に対する呼び方も「シュン君」から「シュン」に変わっている。
「そんなリンが、しゅぎょうにでてからいちどもかえってこないんだよ! なんでだ? おとこか? ……おまえの、おまえのせいかーーーーッ!」
「ちょっ! 首! 首が絞まって……た、助けて!」
傍にずっと控えている執事に助けを求めるが、あからさまに目を逸らされてしまった。
「シュンちゃん! エリーちゃん頑張るわッ! 世界一可愛いおばあちゃんになって見せるわッ! でも……でも、やっぱりイヤーーーッ!」
「だ、だから、首ッ! し、死ぬッ!」
左右から首を絞められて意識が遠のきそうになったその時、突然開かれたドアから救いの女神が現れた。
「お父様もお母様も……いい加減にしてください!」
真っ赤な顔のシーナが駆け込んできて、真っ青な顔の俺を2人から引き離す。
「大丈夫でしたか? 来るのが遅くなってしまって申し訳ありません。メイドから話を聞いて駆けつけて来たのですが……」
そういって胸に俺の頭をギュッと抱きしめて庇うシーナの姿に、彼女の両親がまた騒ぎ出してしまった。
「し、シーナ! まさかおまえまでシュンのことを! ゆ、ゆるさん! そのおとこはいまここでたたっきる!」
「姉妹でなの? 姉妹であんなことやこんなことしちゃうの? エリーちゃんは混ぜてくれないの?」
「え、エリーまで!? ゆ、ゆゆゆゆるさー……」
「お父様、お母様の……バカーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
屋敷どころか街中にまで響き渡りそうなシーナの叫びに2人の目が驚きでまん丸になっていた。
「本当に申し訳ありませんでした」
やっと解放された俺をシーナが部屋まで送ってくれたのだが、先程からずっと謝りっぱなしだ。
「いや、シーナが来てくれて助かったよ。ありがとね」
あまりにも落ち込んでしまっているので、思わずエミリ-やドルチェと同じように頭を撫でてしまった。
びっくりした顔で見上げてきたシーナの頬がどんどん赤く染まっていく。
「お父様以外の殿方に……」
「あ、ごめん、ついいつもの癖で」
じっと俺の顔を見つめていたかと思うと不意にシーナがくすりと笑った。
「リンにも同じ事をなさったのですか? ……本当に『英雄』にならなければいけなくなりそうですね。では、おやすみなさいませ」
シーナは最後に意味深な視線を俺に向けると足早に去っていった。
部屋に戻ってベッドに倒れ込むと何やらモゾモゾと動く物体が……。
掛け布団をめくると、そこにはドヤ顔のドルチェと恥ずかしそうな顔のアイラの姿があった。
「ベッド……暖めておいた」
「お、お帰りなさい! ……だ、ダーリンッ!」
思わず目が点になってしまった。
「あ、あれ? ドルチェ、シュンがなんか引いてるよ?」
「『旦那様』……じゃないから?」
「いや、それよりも……、何でメイド服なの?」
ドルチェは食事の時もそうだったので今更驚かないが、何故かアイラまでメイド姿だ。
ただでさえ巨乳なのにメイド服を着た事で更に胸が強調されている。
「だって! ドルチェがこの方がシュンが喜ぶって言うからッ!」
「シュンにぃの性癖は……把握済み」
2人共俺の事をお仕置きする気満々だった気がするが、まさか『メイドにお仕置きされるご主人様』プレイでもするつもりなのだろうか? マニアック過ぎる。
「それと、『ダーリン』って……」
「け、結婚した時の予行練習だよッ! ……嫌だった?」
泣きそうになってしまったアイラを抱きしめてキスをすると、必死に舌を絡ませてきた。
「シュンに喜んで貰おうと思って頑張ったのに、シュンの意地悪ッ!」
「あはは、お仕置きするとか言ってたからちょっと警戒してただけだよ」
「……後でする。楽しみ」
器用に俺の服を脱がせていくドワーフメイドが怖い事を言ってくる。
「そうだよ! ちゃんとシルビアとリンの事を教えて貰わないとね!」
「でも……今は」
「うん! シュンだけのメイドを……お嫁さんを、召し上がれ!」
俺はご主人様を誘惑するいけないメイド……嫁を『お仕置き』する為に2人に覆い被さった。
「本当に『お嫁さん』にしちゃうからな」
最近の俺は世界の平和とかバランスの心配とか少し深く考えすぎていたかもしれない。
エリーザさんの手のひらで踊らされている気もするが、『世界の為』よりも『好きな女性の為』に『英雄』を目指す方が俺には合っている。
「シュンが『英雄』になったら、いっぱい赤ちゃん作ろうねッ!」
「それまでに……『キングゴブリン』を倒す」
瞳の奥に炎を宿した2人が、ゆっくりと見せ付けるようにメイド服を脱ぎだした。
読んでくださりありがとうございました。