第94話:「『英雄』になったら良いじゃない!」
「まったくもう! ソルにも困ったもんだよ!」
「まぁ、探索はちゃんとやっているようだしな。よしとしておこう」
プンプン怒っているアイラをダリアが宥めている。
途中まで一緒に領主の屋敷まで付いて来ていたソルだったが、アイラに「探索は順調?」と聞かれたとたん不機嫌になり、一言「問題ない」と告げたかと思うと宿屋に帰っていってしまった。
なので、俺が代わりに今日30階層をオルトス側の探索者が突破した話をすると、アイラ達も悔しそうな顔をしている。
アイラも『白虎ギルベルト』の存在は知らなかったらしく、驚いた顔で俺の話を聞いていた。
「ソロで30階層かぁ……。だからソルがあんなにピリピリしてたんだ」
「アイラ達はマーメリアの迷宮に?」
「うん、そうだよ。時間が取れるようだったら案内するよ!」
「護衛任務中だからどうなるか分からないけど、その時はよろしく」
「ドルチェも一緒だよね? 早く会いたいなぁ!」
俺の腕を掴んだアイラの歩く速度が早くなったので、引き摺られるように歩いていると、先頭をずんずん進んでいたシーナの足が止まってしまった。
「ここから先は……。すみません、少し気持ちの整理をさせてください」
「分かりました。では、私が先頭になりますのでシーナさんは後ろに」
やはりまだいろいろと葛藤があるみたいなので、そっとしておいた方が良さそうだ。
領主の屋敷へと戻ってきた俺達が玄関を開けると、扉の向こうには丁寧にお辞儀をしているドルチェと不貞腐れた顔でそっぽを向いているサーシャの姿があった。
「お帰り……なさいませ。シュン……にぃさま」
「…………フン」
2人共エリーザさんに着せられたのかメイド服姿だ。
その横ではエリーザさんが満足そうに目を細めて2人を見つめている。
「え!? ど、ドルチェ……だよね?」
俺に腕を絡ませていたアイラが驚きの声を上げると、お辞儀をしていたドルチェがバッと顔を上げた。
ドルチェなりに緊張していたのか、帰ってきたのが俺とセリーヌさんだけではない事に今になってようやく気付いたようだ。
「……アイラ?」
「う、うん、久しぶりだね、ドルチェ! メイド服、すっごく似合ってるよ!」
「これは……、エリーザ……エリーが、シュンにぃが……喜ぶって言うから」
エリーザさんの思惑通りなのは少し癪だが、初めて目にするドルチェとサーシャのスカート……しかもメイド姿は思わず抱きしめそうになるくらい可愛かった。
ドワーフ用のメイド服まであるという事は、どうやらこの屋敷にはドワーフのメイドも居るらしい。
「ドルチェもサーシャも凄く似合ってるよ」
俺が褒めると、サーシャが真っ赤になって怒りだしてしまった。
「あ、あたいの事は良いんだよ! それよりも何で人数が増えてんだッ!」
「うん、アタシもそのエルフの子が誰なのか知りたいから紹介して欲しいな」
アイラの目がほんの少しだが鋭くなっている。
サーシャも似たような目でアイラの事を見ているが、こっちは元からそういう目付きなので、特に睨んでいるというわけではないはずだ。
慣れないと分からないかもしれないが、むしろ今にもドルチェの背後に逃げ込みそうなくらい怖がっている。
だが、そんな事を知らないエリーザさんが「修羅場? 修羅場なの?」と、何故か瞳を輝かせながら俺の服を引っ張ってきた。
すると、それまでずっと最後尾に隠れるようにしていたシーナがずいっと前に出てきた。
「まったく、お母様は……。少しは領主の妻として落ち着きを持ってくださいと何度もお願いしたはずですよ?」
「シーナちゃんに言われたく……。あれ? あれれ~? シーナちゃん?」
エリーザさんが瞳をまん丸に見開いてシーナの顔をまじまじと見つめている。
「ただいま戻りました。お久しぶりです、お母様」
「うわぁぁぁぁん! お帰りなさい、シーナちゃん!」
シーナに飛び付いたエリーザさんがわんわん泣き出してしまった。
母娘の感動の再会のはずなのだが、どう見てもシーナが母親でエリーザさんが娘に見えてしまうので複雑な心境だ。
2人の事は放っておくことにしてサーシャをアイラ達に紹介すると、アイラが何やら遠い目をしている。
「……また女の子」
そんなアイラの頭や肩をダリアとヘルガがポンポン叩いて慰めている。
「……アイラ。サーシャは……違うから」
そういってアイラに近付いたドルチェが耳元で何か囁くと、いきなりアイラがいつもの元気を取り戻した。
「あはは、そうだったんだ! よろしくね、サーシャ! アタシの事は『アイラ』って呼んでねッ!」
「お、おう。よ、よろしくな」
アイラの突然の変貌にサーシャが戸惑っている。
ドルチェにアイラに何を言ったのか聞いてみたが、ニヤリと笑うだけで教えてくれなかった。
応接室に場所を移し、改めてドルチェとサーシャにアイラ達がここに居る理由を説明していると、突然ドアが勢い良く開き、クリフトスさんが部屋に飛び込んできた。
全力疾走でもしてきたのか息が乱れまくっているが、それでも必死に部屋を見回して誰かを探しているようだ。
「お、おぉ! シーナ、我が娘ぇぇぇぇぇ!」
お目当ての人物を見つけたクリフトスさんが両手を広げて駆け寄るが、ヒラリとかわされてしまい、勢い余って床にダイブしている。
「し、シーナ?」
「お父様、お久しぶりです」
涙目で見上げてくる父親をじっと見つめていたシーナが、やれやれといった感じで溜息をひとつ吐き、手を差し伸べる。
その手を両手で大事そうに握り締めて立ち上がったクリフトスさんが、感極まったのか俺達が居るのも構わずに大声で泣き出してしまった。
「もう無理やりお見合いをさせるような事はしないでくださいね?」
涙に濡れた顔でうんうん頷くクリフトスさんを見て、シーナは嬉しそうにはにかんでいる。
だが、すぐに真剣な顔になってクリフトスさんに顔を近付け釘を刺していた。
「リンにあのような事をしたら……許しませんからね?」
夕食はアイラ達が風呂から上がってからになったので、俺達はそれぞれの客室へと案内されたのだが、すぐにドルチェとサーシャが俺の部屋にやってきた。
「……落ち着かない」
「だよなぁ! 広すぎて何か身体中がムズムズしちまう!」
確かにこのだだっ広い部屋に一人で居るのは落ち着かない。
ドルチェが一直線にベッドにダイブしたので、俺とサーシャも自然とベッドに腰を下ろす事になった。
「ふかふか……」
足をパタパタさせてベッドの柔らかさを堪能しているドルチェだったが、メイド服なのでスカートの中が見えそうになっている。
着替えるのを忘れている様子なので、じっくりと2人のメイド姿を堪能する事ができた。
「本当に似合ってる。可愛いよ」
改めて俺が褒めると、ドルチェが枕に顔を埋めて身悶えしている。
「……シュンにぃと……セリーヌだけだと思ってた。……恥ずかしい」
流石のドルチェもアイラ達にまでメイド姿を見られたのは恥ずかしかったようだ。
「うぅ……スースーする」
サーシャがしきりにスカートを押さえているが、頬が少し緩んでいる気がする。
何だかんだ言ってもサーシャもお年頃の女の子なので、口では嫌がっていても内心は着てみたかったのかもしれない。
「シュンにぃ……ムラムラする?」
ドルチェが四つん這いになってにじり寄ってくる。
その姿が小悪魔っぽくて魅力的だったので、サーシャが居なかったら確実に襲っていただろう。
ゴクリと唾を飲んだのが分かったのか、ドルチェがニンマリと笑っていた。
アイラ達が風呂から上がったらしく、本物のメイドが呼びに来てくれたので食堂へ行くと、テーブルの上にはとんでもない量の料理が並べられていた。
「す、すげぇ……」
サーシャの目が点になっている。
ドルチェもテーブルに並べられた料理に目が釘付けだ。
「シュン! こっちこっち!」
手招きしているアイラの隣に座ると、ドルチェが当然とばかりに俺の隣を確保してきた。
「皆揃ったようだな。この場にリンが居ないのは寂しいが、シーナが戻ってきてくれた喜ばしい日だ! 遠慮なく食べて飲んでくれ!」
まだシーナに許して貰った喜びが抜けないのか、顔が緩みきったクリフトスさんの合図で全員が食事を開始する。
「ほら、シュン。これ美味しいよ! あ~ん」
「……これも」
最初は大人しく食べていたアイラとドルチェだったが、時間が経つにつれてどんどん俺の方に椅子が近付いてきている。
左右から次々料理が口に運ばれてくるので休む暇が無い。
そんな俺達を見てエリーザさんが隣のシーナに話し掛けている。
「ドルちゃんとアイラちゃん、凄く幸せそうね! シーナちゃんも気になる人とか見つかったかしら?」
「もう、お母様ったら……。居ませんよ、そんな人は」
苦笑しながら答えるシーナにエリーザさんが悪戯っぽい顔を向けたかと思うと、とんでも無い事を言い出した。
「それなら、シュンちゃんはどうかしら?」
それを聞いてシーナよりも先にアイラが抗議の声を上げた。
「だ、ダメだよ! これ以上増やさないでッ!」
アイラの形相にシーナも必死に首を横に振っている。
そして、ここでも俺の意見は誰も聞こうとしてくれないようだ。
「あら、シュンちゃんが『息子』になってくれたら嬉しかったのに。ざ~んねんっ」
どこまで本気で言ったのかは分からないが、何故か俺にウインクをしてくるエリーザさんの目が気になる。
それでも何とかこの話は終わったと思われたその時、それまで黙って大人しく料理を食べていたサーシャが爆弾を投下した。
「いや、リンが黙ってないだろ。リンはシュンが好きみたいだし」
それまで賑やかだった食堂がシーンとなる。
「ちょ、ちょっと待って! ど、どういう事!?」
「ぼ、僕も気になるな……。どういう事なのかな!?」
座ったばかりのアイラがまた立ち上がって俺に詰め寄ってきた。
クリフトスさんも突然の話に狼狽しまくっている。
「……残念。シュンにぃは……ぼくとラブラブ」
「ドルチェ、これ以上ややこしくしないで!」
思わず頭を抱えていると、エリーザさんがぽんと手を叩いて嬉しそうに微笑んだ。
「シュンちゃんが『英雄』になったら良いじゃない! そうすれば万事解決!」
「え、エリー……、君は何を……」
「だって、『英雄』になったら一夫多妻が認められるじゃない? アルちゃんだって3人も奥さんがいるんですもの!」
アルちゃんと言うのはもしかしてオルトスのアルヴィン王の事だろうか?
あまりの展開に頭が付いていかない。
周りの皆も口をポカンと開けてエリーザさんと見つめていた。
「名案だわ! それならドルちゃんもアイラちゃんもリンちゃんも……み~んなシュンちゃんのお嫁さんになれるわ!」
読んでくださりありがとうございました。
どんどん外堀が埋められていく主人公。
マーメリアに着いたら、きっとアイラとドルチェによるスパルタ特訓が待ってそう。




