第89話:「ワタシは賭けてみたい」
「踏み込みが甘いぞ、シェリル!」
シェリルの繰り出す双短剣の攻撃を盾で弾き飛ばし、よろけた瞬間に懐に飛び込んで胴をなぎ払った。
ちゃんと手加減はしてあるので怪我はしていないはずだが、それでも剣による衝撃が効いたのか片膝をつき苦しそうに呻いている。
「し、シェリルちゃん! 大丈夫ですか~!?」
「今、治癒魔法を掛けますわ」
俺とシェリルの模擬戦闘を心配そうに見守っていたエミリーとリンがすぐさまシェリルの元に駆け寄ると、手ぬぐいで顔の汗を拭き取ったり、少しでも痛みが和らぐようにと治癒魔法を唱えている。
昨日の迷宮探索を終えて宿屋に戻った時に明日は俺達が休日である事を知ったリンが「それでしたらわたくし達も」と、いきなり自分達も休日にしてしまい、気が付けば今日こうして一緒に過ごす事になっていた。
一昨日の夜は何か考え込んでいる様子のリンだったが、今はいつものように明るく清楚な笑顔を振りまいているので心配はいらないみたいだ。
先週と同じようにドルチェの所に顔を出してから孤児院に居るシェリルに会いに来た俺を見るなり「特訓をしてください」と申し出てきたので模擬戦闘をする事になったのだが、予想外の彼女の動きの早さに付いていくのがやっとだったので、最後は少し俺の方も力が入ってしまった。
総合的な強さはリザードマンには及ばないが、素早さだけを見ればシェリルの方が上かもしれない。
先週手合わせをした時とは比べ物にならないくらい上達しているので、会わない間にかなりの訓練を積んでいたようだ。
少し離れた場所に目をやると、サーシャや護衛メイド達がしきりに子供達から「魔法を見せて!」とまとわり付かれている。
先週調子に乗ってサーシャが魔法を使ってしまった時に説教をした女性職員が傍に居るので、必死に子供達に「無理だってば!」と、涙目になりながら断っていた。
「もう一本お願いします」
背後から掛けられた声に振り向くと、両手に持った短めの棒を構えたシェリルが闘志を燃やした瞳で俺を見ている。
初めて会った時は死んだような瞳をしていたが、彼女も少しずつだが必死に前を向いて生きていこうと頑張っているのだろう。
エミリーとリンが完全にシェリルの味方になって声援を飛ばしているので苦笑が漏れてしまうが、気合を入れ直して木剣を構えた。
「今日はとことん付き合うよ。かかってこい!」
孤児院の門まで見送りに来てくれたシェリルが、夕日を背に俺達に向かって手を振っている。
もう顔の表情が見えないくらい離れているのだが、それでも健気に俺達の姿が完全に見えなくなるまで見送るつもりなのだろう。
「シェリルちゃん……、寂しそうでしたね~」
明日からギルドの依頼で旅に出る為、20日程会いに来れなくなる事を告げたのだが、その時のシェリルの哀しそうな顔を思い出し胸が締め付けられるような気持ちになった。
「そんな辛気臭い顔すんなって! シェリルが15歳になったらずっと一緒に居られるようになるんだから!」
そう言ってサーシャが俺の背中をバシバシ叩いてくるが、目の端にキラリと光る物が見えているので、彼女も俺と同じように今すぐにでもシェリルを迎えにいってあげたい気持ちを必死に抑えているようだ。
探索者の俺達が孤児であるシェリルを仲間にするには、彼女が15歳になって『孤児奴隷』になるまで待たなければいけない。
あと9ヶ月は寂しい思いをする事になるだろう。
バードンさんの話では、俺達が『専属』になって国王から契約料代わりにシェリルを引き取る事が確定した場合でも15歳になるまで待たなければいけないらしい。
「昔の孤児達はかなり酷い扱いを受けていたと聞いていますわ。特に探索者による虐待が多かったと……」
そのせいで探索者になれるのは『15歳の成人を迎えてから』という規則も生まれたそうだ。
「他にも孤児達を守る為に、孤児奴隷となって誰かに買われる時は本人が同意した場合のみ有効といった決まりも存在していますので、最近は『奴隷』という言葉を無くそうとする動きも活発になっているそうですわ」
リンはVIPとして世界中を回っているせいか、かなりの情報通だ。
いろいろ教わりながら歩いているうちに気が付けば宿屋に到着していた。
「それじゃ、今回も3階のあの部屋はあたい達専用になるからシュンは2階な!」
「ぼくは……一緒でも良い」
「うわッ!? ドルチェも今帰ったのか! てか、別々の部屋にするってのは昨日ちゃんと話し合って決めただろ!?」
ドルチェとサーシャが言い合いと言う名のじゃれ合いをしているのを放っておく事にして、ターニアさんから2階の1人部屋の鍵を受け取り、エミリーがお湯を持ってきてくれるのをカウンターで待つ。
「シュン様は今日はお1人なのですか?」
「うん、サーシャがこっちに泊まる時はね」
「そうなのですか……」
何やらまたリンがブツブツ呟きながら考え込んでいる。
そのまま階段を上がっていくが、足を滑らせないか心配だ。
「シュンさん、お湯をお持ちしました~」
エミリーに続いてミナとミルも桶を持ってフラフラ歩いてくる。
どうやら俺だけではなくドルチェやサーシャの分も持ってきてくれたようだ。
エミリーから桶を受け取ろうとしたのだが「仕事ですので~」と、珍しく断られてしまった。
ミナやミルに仕事を教える立場なので、『お客様』に甘える姿を見せるわけにはいかないのかもしれない。
先日『お姫様抱っこ』で部屋まで運ぶところをバッチリ見られているので今更な気もするが、あれは仕事が終わった後の事なので、きっと彼女の中ではノーカンなのだろう。
部屋に入るとエミリーがいつものように器用に後ろ手に鍵を掛けて妖しい瞳を向けてくる。
今日は一緒に寝られないので昨日の夜たっぷりとドルチェと一緒に可愛がりまくったのだが、それでもこうして2人きりになった事でエミリーのスイッチが入ってしまったようだ。
「ゆっくりたっぷり~、隅々まで綺麗にしちゃいますね~」
俺の身体をお湯に濡れたエミリーの手のひらが撫で回す。
「エミリー……、手ぬぐいは?」
あまりのくすぐったさに身悶えながらエミリーに尋ねると「クスッ」と小悪魔を思わせる笑みを浮かべて上目遣いに見上げてくる。
「今日はそんなのは使いませんよ~。今日使うのは~……、手と……舌だけです~」
そう言ってエミリーは俺の目をじっと見つめながらピンク色の舌でチロリと唇を舐めた。
『コンコン』
エミリーとサーシャの共同作業による夕食を堪能し、部屋に戻ってベッドに寝そべりながらパンパンになった腹を撫でていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ある期待を胸にドアを開けると、そこには俺の予想通り少し恥ずかしそうにしているシルビアが立っている。
「お邪魔する。明日はいよいよリメイアに出立だな」
「うん、しばらく会えなくなるね」
部屋に招き入れて鍵を掛けると、いつもの何事にも動じないといった感じの顔ではなく、今にも泣き出しそうな顔で俺の事を見つめていたシルビアが胸に飛び込んできた。
「……ワタシだって……寂しいのだぞ?」
普段は周りの目があるので我慢しているが、2人きりになった事で歯止めが利かなくなってしまったようだ。
先程のエミリーもそうだったが、皆と一緒の時と2人きりの時とのギャップに俺の理性も吹き飛びそうになる。
「リメイアに行ったら、アイラの事も抱くのだろう?」
俺の首筋を甘噛みしながら耳元で囁いてくる。
そのまま俺をベッドに押し倒すと嫉妬に燃えた瞳で顔を覗き込んできた。
「ライバル視しているわけでないのだがな……。『同類』の彼女をシュンが抱くと思うと、……心がざわつくのだ」
どうやらシルビアにとってはドルチェやエミリーよりも、ある意味同じ立場にいるアイラの存在の方が大きいようだ。
もしかしたら、オルトスで俺とアイラが仲良くしていたのを見て歯痒い思いをしていたのかもしれない。
「それに……、ワタシと違ってアイラはシュンと『同族』だ。子供だって産める」
今にも涙が零れ落ちそうになっているシルビアを抱きしめると、感情が高ぶってしまったのか激しく唇を重ねてきた。
キスの雨を降らせてくるシルビアの背中を優しく擦っていると、落ち着きを取り戻したのか照れくさそうに笑っている。
「オルトスでダリアに聞いた話なんだけど……」
『キングゴブリン』が落とすドロップアイテムの話をすると、シルビアの瞳がキラリと輝いた。
「ただ、これはまだハッキリと確認したわけじゃないから。もしかしたらってくらいの気持ちでいた方が良いと思う」
「ワタシの方でも調べておこう。少しでも希望があるのなら……、ワタシは賭けてみたい」
シルビアがもう一度唇を重ねてきた。
今度のキスが先程とは違って激しさは無いが、深く溶け合うようなキスだった。
「もし本当にあるのなら、必ず手に入れてみせる。……その時は……」
覚悟を決めた眼差しで俺の事を見つめていた。
『コン……コン……』
お互い服を脱いで抱き合っていると不意にドアがノックされた。
シルビアと顔を見合わせてドアの向こう側に声を掛けると、消え入りそうなリンの声が聞こえてきた。
「リン? ち、ちょっと待ってて!」
大急ぎで服を着てドアを開けると廊下の光に照らされたリンが俯きながら立っていた。
「あのその、えと……」
「入って貰ったらどうだ?」
しどろもどろになっていたリンだったがシルビアの声にハッと顔を上げる。
シルビアの顔を見て固まってしまったリンの腕を取って部屋の中に入れたのだが、もの凄く気まずい。
階段の所に3つの気配があったが気にしないでおこう。
「えっと、こんな夜更けにどうしたの?」
「あの、その……、今夜はシュン様はお1人との事ですので、お話し相手になれればと思いまして……」
ただ単に話し相手になりに来ただけのようだが、こんな夜更けに男の部屋に来るのがどんなに危険なのか分かっているのだろうか?
リンはチラチラとシルビアの顔を窺っているが、そのシルビアは異様な威圧感を放ちながら無言でリンの事をじっと見つめている。
「あ、あの……、すでにお話し相手がいらっしゃるようですので……」
プレッシャーに耐え切れなかったのか涙目のリンが逃げ腰になっている。
「これは女の勘なのだが、本当は話などではなく、シュンに抱かれに来たのではないのか?」
「そ、それは……!」
シルビアの指摘にリンが目に見えて動揺している。
しばらく視線を彷徨わせていたリンだったが、ぎゅっと拳を握ると正面からしっかりとシルビアの顔を見つめ返した。
「シルビア様のおっしゃる通りです。わたくしは今夜シュン様に操を捧げる覚悟で参りました。ですが、今回は諦めますわ」
リンのいきなりの告白に今度は俺が動揺してしまうが、シルビアは無言で頷いている。
「すまない。今夜のシュンはワタシの貸切なのだ」
「分かっております。わたくしは日を改めさせて頂きますわ」
お互い笑顔を浮かべているが、バチバチと火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか?
一昨日の探索の時にドルチェに煽られて張り合っていたのを見て感じてはいたが、リンは見掛けによらずかなり負けず嫌いな性格のようだ。
「では、お休みなさいませ。……シュン様、またいずれ……」
初めて見るリンの蠱惑的な眼差しに見惚れていると、シルビアが背後から抱き付いてきた。
「リンはもう出て行ったぞ? 今一緒に居るのは誰だ?」
拗ねた口調のシルビアに自然に頬が緩んでしまった。
そんな俺を見てムッとした顔のシルビアが先程の続きとばかりに俺をベッドに押し倒す。
「今夜はワタシの事しか考えられなくしてやるぞ。覚悟するんだな」
挑発的なシルビアの身体を引き寄せると、今度は俺の方から情熱的なキスをお見舞いした。
読んでくださりありがとうございました。
好意を持たれるチート発動中。




