第88話:「ドルチェちゃん、ずるいです~!」
「引き受けてくださってありがとうございます」
その日の探索を終え、マツタケやキノコ尽くしの夕食が楽しみで仕方ないのかそわそわしっぱなしだったドルチェと別れてギルドに行くと、すぐにカウンターに居たシアさんにギルド長室へと通されたので護衛任務を引き受ける事を告げた。
セリーヌさんは買取室で仕事中なので、彼女には後でアイテムを売る時にでも伝えておこう。
ホッとした様子のレイアスさんにリメイアに行く事を話しても大丈夫か確認したところ、システム変更やセリーヌさんが貴重な水晶玉を届ける極秘任務を受けている事さえ黙っていればある程度の事は話しても構わないそうだ。
それにリンの事も心配は要らないとの事なので、とりあえずひと安心だ。
「シュンさんには申し訳ないと思っているのですよ。シルビアさんの場合はボルダス様側からのご要望でしたので、こういった実績を積んで頂く為の依頼は不要だったのですが……」
シルビアもバードンさんも国王側からの要望だったので問題は無いが、今回はギルド側からの推薦になるので、レイアスさんとしてもはっきりと『信頼できる』という確証が欲しいのだろう。
「いえ、慎重になるのは当然の事ですよ。それで、出発はいつになりますか?」
「3日後を予定していますが……。あ、今回はギルドの馬車での旅になりますので、野営の準備とかは不要です。御者はセリーヌが務めますが、可能でしたらシュンさん達も代わってあげてください」
「う……あ、はい、頑張ります」
馬車どころか馬自体扱った事がないのでかなり不安だが、ずっとセリーヌさんに御者をさせるのは申し訳ないのでできる限りの事はしてみるつもりだ。
出発は3日後なので、乗合馬車の御者に頼み込んで教えて貰うのも良いだろう。
他にも細かい注意事項を確認してギルド長室を後にすると、そのまま買取室に居るセリーヌさんの元へ直行した。
護衛を引き受けた事をセリーヌさんに話すと、いつものクールな表情の彼女にしては珍しく嬉しそうに口元を綻ばせてお礼を言ってくるので、俺の方が照れてしまった。
「それにしても、今日も魔石……しかも『土魔石』ですか。シルビアさんとシュンさんのお陰でかなり助かっています」
「今後は装備や魔具用に使いたいのであまり売れないかもしれないですけど……」
リメイアから帰ってきたらすぐに家を借りる予定でいる事を話すと、一瞬驚いた顔をしたがすぐに目の前にある魔石を見て納得したようだ。
「『専属』になるのでしたら確かに自分達の家は必要ですね。ですが、探索者になってまだ日も浅いシュンさんが『専属』に『家』ですか。シュンさんには驚かされてばかりですね」
まだ『専属』になれると決まったわけではないのだが、どうやらセリーヌさんは俺が今回の任務を成功させると確信しているようだ。
彼女の期待を裏切らないように気を引きしめて任務を頑張ろう。
宿屋へ戻るとすぐにエミリーが尻尾を嬉しそうに振りながら駆け寄っくると俺に抱き付いた。
「シュンさんお帰りなさ~い! あたしマツタケなんて初めてです~! とっても楽しみ~!」
ドルチェと同じようにエミリーのテンションもちょっとおかしくなっている。
キノコ類が苦手なサーシャがひとつも受け取ろうとしなかったので、全部エミリーに渡す事になったのだがかなり好評のようだ。
帰ってくるのが遅くなったので、すぐにエミリーは忙しい時間帯になってしまうのだが、それでもこれだけは譲れないとばかりに俺の身体を丁寧に拭き清めてくれた。
ミナもミルも大分仕事に慣れてきた事もあってか付きっきりで教える必要がなくなったので、気兼ねなく俺の部屋に来る事ができてとても嬉しそうだ。
早くマツタケが食べたいドルチェに腕を引かれながら、約束通りにリンを誘って食堂へ行く事にした。
リンも時間を置いた事でかなり落ち着いたのか、俺の顔を見るといつもの可憐で清楚な微笑を向けてくれた。
食堂に入るとすぐに俺達に気付いたバードンさんとシルビアが手招きしている。
近くのテーブルに着くと、すぐにエミリーがキノコ尽くしの料理を運んできてくれた。
リン達が同じ時間に食べる事を予め伝えておいたので彼女達の料理もすぐに出てくる。
「何だ? キノコばっかりじゃねぇか! それにこっちはマツタケか?」
「ふむ。という事は15階層を突破したのだな」
バードンさんとシルビアが興味深そうに料理を覗き込んでいると、ドルチェが威嚇しながら片っ端から食べまくっている。
そんなに威嚇しなくても誰も取ったりしないのだが、大好物を目の前にして若干冷静さを失っているようだ。
自分とエミリーの分を確保するのが大変なくらい食べまくるドルチェは放っておく事にして、バードンさんとシルビア、それにリンにリメイアまでセリーヌさんの護衛をする事になった話をすると、バードンさんは何かピンときたのかニヤリと笑っている。
もしかしたらバードンさんも昔同じような事があったのかもしれない。
リンは自分の故郷であるリメイアの話が出たのが嬉しかったのか、瞳を輝かせながら俺の隣に移動してきた。
「いつから、どれくらいの期間行くのだ?」
「んーと、3日後に出発して20日間くらいって言っていたかな?」
20日間と聞いてシルビアが寂しそうな目を俺に向けてくる。
エミリーにシルビア、好意を寄せてくれる女性達と離れ離れになって旅に出なければいけないのはやはり辛い。
一緒の部屋で寝泊りしているエミリーはもちろんだが、シルビアとの時間もリメイアに行くまでにもっと増やしたい。
幸い3日後という事で明後日の休日が潰れる心配が無くなったので、その日はサーシャがダーレンに泊まる事になって前回と同じように俺は1人部屋に移動する事になるだろう。
そうなれば、またシルビアとゆっくり2人だけの時間を持つ事ができる。
隣に座っているリンにリメイアについていろいろ聞いておきたかったのだが、何やら真剣に考え込んでいるようなので今は諦めた方が良いかもしれない。
「食べ過ぎた……。でも……満足」
気が付けばテーブルの上にあった大量のキノコ料理が綺麗になくなっていた。
パンパンに膨らんだ腹を満足げに撫でているドルチェに皆呆れ顔だ。
「そんじゃ、オレ様達は帰るとするか!」
「ワタシ達も部屋に戻ろう。シュン、リメイアに行ったらアイラ達によろしく伝えてくれ」
孤児奴隷3人娘とターニアさんを引き連れたバードンさんとシルビア達が食堂から出て行ったので食べ終わった俺達も部屋に戻ろうとしたのだが、ドルチェは食べ過ぎた為に自力で動くのが困難になってしまったらしく、結局俺がお姫様抱っこで運ぶ事になった。
「ドルチェちゃん、ずるいです~!」
エミリーが抗議の声を上げているが、ドルチェがここぞとばかりにしがみ付いて離れようとしないので、何故かドルチェを運んだ後はここに戻ってきてエミリーもお姫様抱っこで部屋まで運ぶ事になってしまった。
「俺達はもう戻るけど、リンはどうする?」
「……え? あ、はい! わたくし達も戻りますわ」
慌てて立ち上がるが心ここにあらずといった感じだ。
挨拶もそこそこに歩き出すリンを護衛メイドの3人が心配そうに付き従う。
「何だろう? 悩み事でもあるのかな?」
首を傾げながら後姿を見送っているとドルチェが急かすので部屋まで運んだのだが、階段を上がる時に耳元で「次は……シュンにぃのマツタケを食べる」と囁いてきたので危うく落っことしてしまうところだった。
ドルチェをベッドに寝かせて食堂に戻るとエミリーが両手を広げて駆け寄ってきたので抱きかかえる。
エミリーの両親、ゼイルさんとマーサさんは厨房で自分達とミナ、ミルの料理を作っているので見られずに済んだが、代わりにニヤニヤ顔のミナと恥ずかしそうな顔のミルに見送られて食堂を後にした。
後片付けは彼女達がしてくれるのでエミリーはもうこのまま上がっても良いそうだ。
階段に差し掛かると今度はエミリーが耳元で囁いてくる。
「今度はあたしを隅々まで召し上がってくださいね~」
ドルチェに食べられエミリーを食べる。
きっと今夜も『精力強化』スキルが役に立つ事になるのは確実だろう。
読んでくださりありがとうございました。




