第85話:「シュン様のお水が飲みたいですわ」
俺達が黒い穴から出てくると、12階層の小部屋で待っていたリン達が驚きの顔を向けてきた。
「も、もうあのサンドワームをお倒しになったのですか?」
少し脚を崩して座っていたリンが慌てた様子で居住まいを正す。
今日は昨日と違ってドルチェが一緒という事もあるが、それよりも全員『リン達よりも早く倒す』と張り切りまくっていたので、タフなサンドワームを5分もかからずに倒してしまった。
「サーシャ様は火魔法ですよね? 弱点属性での攻撃がないのにこの早さ……。やはりシュン様達はお強いのですね」
「まぁ、今日はドルチェも居るしね。リン達のMPの回復がまだだったらもう少し休憩しようか?」
「はい、怪我人は出ませんでしたのでわたくしは大丈夫ですが、3人共かなりMPを消費致しましたので、もう少しお時間を頂けると嬉しいですわ」
まだ少し肩で息をしている護衛メイド達の様子に俺達も壁際に座って一息入れる事にした。
12階層はボスの『ハイリザードマン』は当然だが、ザコのリザードマンも強敵なので万全の態勢で探索した方が良いだろう。
サンドワームとの戦いで魔法を連発していたサーシャのMPも全快にしておきたい。
リンの傍らには杖ではなくムチが置かれているのでちょっと顔が強張ってしまった。
サンドワーム相手にさぞ勇敢に立ち回った事だろう……。
アイテムボックスからコップを取り出すとすぐに隣に座っているドルチェがウォーターで水を注いでくれたので、お返しに俺もドルチェのコップに水を注いでいると、リンが羨ましそうな顔をこちらに向けている。
「リンも注ごうか?」
「は、はい! お願い致します!」
パァッと顔を輝かせたリンのコップにも水を注ぐと、そのまま俺の隣に腰を下ろして嬉しそうに飲んでいる。
「お嬢様、そんなにお飲みになると……」
イリスが心配そうに声を掛けると、リンが一瞬「しまった!」と言いたげな顔をしたが、すぐに「大丈夫です」とコップの水を飲み干した。
「今まで飲んだどのお水よりも美味しかったですわ。次はわたくしがシュン様の分を……」
恥ずかしそうにお礼を言ってくるリンと次の休憩の時に水を注いで貰う約束をしたのだが、ドルチェの視線が痛い。
意外と嫉妬深いところがあるので後でフォローしておく必要がありそうだ。
休憩を終えて探索を再開。
この階層は話し合った通り7人での『共闘』になったのだが、魔法使いが多いので乱戦になるとリザードマンの攻撃よりも背後から来る味方の魔法攻撃の方が脅威になりかねないので、いっそのこと魔法だけで倒してしまおうという事になった。
元々リン達がリザードマンに慣れる事が目的なので、リン達のPTにサーシャが助っ人で入る感じにした方が良いかもしれない。
「俺とドルチェが周囲の警戒をしてるから皆は目の前の相手にだけ集中してね。乱入されそうだったら俺達が相手するから。リンはムチで攻撃しても良いけど、近付き過ぎないようにね」
「は、はい、分かりましたわ!」
緊張しているみたいだが気合の入ったリンの返事に頷くと周囲の気配を探る。
少し離れた場所に魔物の気配を1つ見つけたので後ろに居るイリスに視線を向けると、彼女も気配を感じ取ったようなので先導して貰う事にして後に続く。
他の魔物の気配は近くには無く、乱入の心配は今のところなさそうなので、サポート要員としてドルチェと一緒に彼女達を見守る事にした。
「ドーラはサンドボールで顔を狙ってください。怯んだところを全員で攻撃します。足止めはわたくしに任せてください」
慎重に進みながらリンが指示を出す。
探索者になって2年になるので流石に堂に入っていて凛々しい。
「サンドボ~ル」
まだこちらに気付いていないリザードマンにドーラがサンドボールを放った。
少々気の抜けた感じだが、これでも彼女なりに気合は入っているらしい。
サンドボールが顔面に直撃して砂が目に入ったのか、リザードマンが金切り声を上げながら右手で顔を掻き毟っている。
槍を手放さなかった事は褒めてやりたいが、とてもこちらを攻撃できる状態ではないのでチャンスだ。
「今です!」
リンの合図でサーシャ、メイ、イリスの魔法がリザードマンに襲い掛かり、リンもムチを叩きつけている。
この分なら倒すのも時間の問題だと思われたその時、俺はもの凄い勢いでこちらに向かってくる魔物の気配を感じ取った。
どうやら離れた場所にいたリザードマンが金切り声を聞きつけたようだ。
「ドルチェ、左から増援だ!」
リン達が戦ってる場所の左の通路から迫り来る魔物を迎え撃つ為に俺とドルチェが走る。
「サーシャ様! こちらは大丈夫です!」
リンの言葉を受けてサーシャが駆け寄ってくる。
どうやら最初の一匹はリン達だけで始末するようだ。
当初の計画とは異なるが、その時の状況で臨機応変に対応を変化させるのは探索者としては当然の事だ。
今も瞬時に自分達だけで大丈夫だと判断したのだろう。
「サーシャ、ファイアウォールを!」
俺もすぐに頭を切り替えてサーシャに指示を出す。
「おっしゃ、いくぜ! ファイアウォールッ!」
通路の奥からこちらに向かって走ってくるリザードマンの目の前に突然炎の壁が現れた。
勢い余ったリザードマンがファイアウォールを突き破って飛び出してくるが、全身火ダルマ状態で地面を転がり回っている。
「……粉砕」
そんなリザードマンの頭部にドルチェが冷静に大きく振りかぶった両手槌の一撃を叩き込んだ。
『グシャッ』と嫌な音がして文字通りリザードマンの頭が粉砕された。
「あ、レベルが上がったぜ!」
サーシャが嬉しそうに報告してくるが、出番が全く無かった俺は複雑な心境だ。
自分達がようやく倒しきったリザードマンを一撃で粉砕してしまったドルチェをリン達も複雑な表情で見つめていた。
その後、何匹かリン達だけの力でリザードマンを倒して貰い、彼女達だけでも問題なく12階層を探索できる事を確認したところでボス部屋を突破する事になった。
13階層の炎角兎と魔炎兎、それに14階層のキラーワスプとポイズンワスプは倒した事があるらしいので、『共闘』はここまでにしてこの先は別行動をするつもりだが、休憩の時に水を注ぎ合う約束をリンとしているので、13階層の小部屋で一緒に休憩を取る予定になっている。
「それでは、行って参ります」
MPを回復させたリン達がボス部屋へと消えて行く。
光っている扉を見守っていると、20分程で光が消えたので続いて中へと入った。
「やはりお早いですね」
13階層で待っていてくれたリンが壁に寄り掛かりながら声を掛けてくる。
かなりの激戦だったのか疲れきった表情だ。
それに、ムチを持ってボス部屋に突撃していったリンが今は杖を抱えているので、誰か怪我をしたのかもしれない。
俺が心配そうな顔をしていると、リンが近寄ってきて俺を座らせ、その横に自分も腰を下ろし肩に寄り掛かってきた。
「流石に少々疲れましたわ。ですが、誰かが大怪我をしたわけではございませんのでご安心ください」
「お疲れ様。リンゴでも食べてゆっくり休んで」
時間的には午前4の鐘が鳴った頃なので昼休憩にはちょうど良さそうだ。
「その前に……、シュン様のお水が飲みたいですわ」
強敵との戦闘を終えた直後なのでいつもより積極的になっているのか、リンが潤んだ瞳で見つめてくる。
「ぼくも……飲みたい」
対抗してかドルチェも俺に寄り掛かって甘えてくるが、微妙な所に手を置いて撫で回すのは止めて欲しい。
「お前が飲みたいのは本当に水なのか?」とツッコミを入れたくなるがなんとか堪える。
離れた所でこちらの様子を窺っている護衛メイド達の顔が赤くなっているのはおそらく疲れだけが原因ではないだろう。
サーシャは相手がドルチェなので強く文句を言うわけにもいかないのか、何とか必死に見ない振りをしているようだが顔が引き攣っていた。
両脇に座った美少女2人が俺が出した水を美味しそうに飲んでいる。
俺のコップにも飲んでも飲んでも交互に水が注がれてきりがないので、コップは床に置いてリンゴを食べる事にした。
「シュンにぃが……選んでくれたリンゴ。……美味しい」
「わ、わたくしのリンゴもシュン様が選んでくださいましたわ」
ドルチェは豪快に、リンは慎ましやかにリンゴを齧っているのだが、2人の間に何やら火花が散っているのは気のせいだろうか?
相変わらずドルチェは俺の敏感な場所を撫で回しているのだが、気が付けばリンの手もいつの間にか俺の太もも辺りに置かれていた。
リンゴを食べ終えた後も2人が俺から離れる気配を見せないでいたのだが、リンの様子が何だかおかしい。
身体が小刻みに震えていて顔色も段々青くなっていっている気がする。
「どうしたの、リン? 体調が悪かったら無理しない方が……」
「いえ、あの、大丈夫ですわ……あぅ」
俺に気付かれたのが恥ずかしかったのか、今度は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「お嬢様、……やはり」
思い当たる事でもあるのかイリスがリンに近付こうとすると、リンが手で制する。
「だ、大丈夫です……」
どう見ても大丈夫ではなさそうなので心配していると、不意にドルチェがリンに爆弾発言をした。
「ぼくは、シュンにぃの前でも……おしっこできる」
売り言葉に買い言葉なのか、エルフ特有の立派な耳まで真っ赤にしたリンが部屋中に響き渡る大声で叫んだ。
「わ、わたくしだって……できますわ!」
すくっと立ち上がり据わった目で着ているローブの裾をまくろうとするリンを護衛メイド達が必死に抑えている。
「シュン様! 早く部屋からお出になってください!」
切羽詰ったイリスの叫びに慌てて扉を開けて部屋から飛び出した。
どうやらリンの様子がおかしかったのはトイレを我慢していたからだったのだと今更ながらに気付く。
同じように部屋から追い出されたドルチェとサーシャだったが、すぐにドルチェが耳元で囁いてきた。
「シュンにぃが見たいなら……次の階層でぼくが」
それではまるで俺が見たがっているかのようではないか。
「ふ、2人とも……、いい加減にしろーーーッ!!!」
我慢の限界に達したサーシャの怒りの咆哮がついに炸裂した。
読んでくださりありがとうございました。
ドルチェはいつでも平常運転。




