第84話:「……早く会いたい」
「あ、あたしも付いて行きたいです~!」
俺からリメイア行きの話を聞かされたエミリーが案の定泣き出してしまった。
今はミナやミルが居るので、エミリーが俺達に付いてくる事は可能なのだが、俺達がリメイアに行くのは旅行ではなく前回と同様探索者としての任務なので、残念だがエミリーを一緒に連れて行く事はできない。
しかも、直接は言われていないがどうやら『専属』としての試験も兼ねている雰囲気なので、セリーヌさんに物見遊山だと思われる事態は何としても避けたいところだ。
「今回の護衛任務が無事終われば『専属』になれるかもしれないから、それまでの辛抱だよ」
「家も……すぐ借りられる」
ボルダス王から『専属』として認めて貰えたらバードンさんと同じように契約料として孤児奴隷になるシェリルを引き取るつもりなので、彼女の分のお金を貯める必要がなくなる。
そうなると、家1年分のお金はすでに確保してあるので、今すぐにでも家を借りる事が可能だ。
問題は生活するにはいろいろな魔具が必要だという事だが、魔具はドルチェが作ってくれる事になっているし、魔石も今回トイレの魔具用の『土魔石』が手に入っている。
『土魔石』はドロップする土トカゲを倒すのは他の属性トカゲに比べても難易度が高く、需要に供給が追いついていない状況らしいので、家を借りる目処が付いた今では売らずに取っておく方が良いとドルチェの意見に従い彼女に魔石を預けると、「約束……守ってくれた」と嬉しそうにそう呟いていた。
「うぅ……、それは嬉しいですけど~、20日は長すぎだよ~!」
俺の身体を拭く手を止めて涙目になっているエミリーを宥めるのに時間が掛かっていると、ミルが呼びに来てしまいエミリーは部屋から出て行く事になったので、念の為この件については他言しないように頼んでおいた。
「セリーヌは……何故リメイアに?」
エミリーと一緒に俺の身体を拭いてくれているドルチェが探りを入れてくる。
俺の心を読む事に定評があるドルチェには隠し事をしてるのがバレバレみたいだ。
だが、正直に話す訳にはいかないので冷や汗を掻きながらも「俺も知らないよ」と答えると、俺の顔をじっと見つめていたドルチェはそれ以上追及してこなかった。
「楽しみ……」
どうやら予想通り任務を受けるのはOKみたいなので、ホッと胸を撫で下ろす。
「リンの事は……良いの?」
「あー、ギルド長から面倒を見るように言われてるんだよな。でも、ギルド長も何も言わなかったからそれは大丈夫だと思うよ」
俺が居なくても頼りになるシルビアやバードンさんがこの街にはいるので、明日俺がリメイアに行く任務を引き受けたらギルドの方からこっそりリンの面倒を見てくれるように2人に話が行くはずだ。
いや、すでに水面下ではいろいろと話がまとまっているのかもしれない。
シルビアはどうか分からないが、バードンさんは『専属』なのだから、ギルド長や国王からいろいろ話を聞かされているとみて間違いないだろう。
「リメイアに行く事はリンやシルビアにも言っておいた方が良いよな?」
システムが変わる事や水晶玉の話は口止めされているので言えないが、流石に20日も街から居なくなる事を彼女達に告げずに済ますわけにはいかないだろう。
「言わないと……後が怖い」
「だよな。それにリンはリメイア出身だからいろいろと情報を聞きたいし」
黙って何も告げずに行くと帰ってきてからが怖いので、明日ギルドに行った時に話しても大丈夫か確認をしておく事にしよう。
エミリーは俺達にとっては立派な『仲間』なので、なるべくドルチェやサーシャと同じ扱いを心掛けている。
それでも依頼について伝える事はできても、一緒に連れて行けないのがもどかしいところだ。
オルトスに行く前の時のように出立の日まで彼女を目一杯可愛がってあげよう。
「とりあえず、明日の探索が終わったら俺だけギルドに行って依頼の承諾をしてくるから、それまではリンやシルビアにも内緒な?」
「……分かった。アイラ達に……早く会いたい」
俺もリメイアに行けばアイラに会える可能性が高いので気持ちが高ぶってしまうが、今はそれよりも無事に依頼を達成して『専属』になる事に意識を向ける時なので浮かれているわけにはいかない。
「リメイアに行けるのか!? もちろんあたいも一緒だよな?」
「もちろんだよ。20日くらいの長期任務になるけど大丈夫?」
「おう! バッチリだぜ!」
翌日、気合が入りまくっていたリン達が迷宮に入って行ったのを確認し、周りに人が居なくなったところでサーシャに依頼について話したのだが、リメイアに行けると知って瞳をキラキラ輝かせながらドルチェとはしゃぎまくっている。
昨夜ベッドの上での俺とドルチェによる『可愛がりまくり作戦』が功を奏したのか、エミリーの機嫌がやっと直ったので後はサーシャだけだったのだが、ドルチェと同様こちらも即答だった。
「せっかくリメイアに行ける事になったのに怪我でお留守番なんて事にならないように、今日も気合入れて探索をしよう」
「分かってるって! 今日も『桶』と『水』は持ってきたからな!」
どうやらまた魔炎兎を水攻めにする気満々のようなので、心の中でこっそり魔炎兎に合掌しておいた。
リン達の後を追うように10階層直通の転移魔法陣の中に入り、すぐに11階層の最初の小部屋に向かったのだが、もう先に進んだのか部屋には誰も居なかった。
11階層はそうでもないが、12階層のリザードマンはかなり危険な魔物なので、場合によってはリン達との『共闘』も視野に入れて探索を進めるつもりだ。
探知スキルを使ってリン達の気配を探ってみると、かなり離れた場所に魔物ではなく人の気配がするのでどうやらかなり順調らしい。
「俺達も負けていられないな。人が少ない今のうちに先に進んでおこう」
投げナイフを試しつつビッグワームを倒して行くと、リン達がボス部屋の前でこちらに手を振っている。
「イリスが『人が近付いてきます』と言うのでシュン様達だと思いまして……」
イリスの風魔法による探知も以前は人と魔物の区別が付かなかったのだが、昨日俺達との『共闘』を経験して精度が増したそうだ。
探索中俺がコツを教えてはいたが、昨日1日だけでこの成長……。
リンの護衛に選ばれるくらいなので、きっと3人共リメイアの魔法使いの中でもかなりエリートなのだろう。
「12階層のリザードマンはかなり厄介だけど、戦った事はないんだよね?」
「はい、リザードマンは他の迷宮では20階層以降の魔物でしたので……。シュン様から情報をお聞きして驚きましたわ」
「それだったら慣れるまであたい達と一緒に戦おうぜ!」
「それはとても助かりますわ!」
サーシャの提案をリンが手をポンと叩いて受け入れてくれたので、12階層はリン達と共闘する事が決まった。
「それじゃ、11階層はサクッと攻略しちゃおうか。サンドワームも強敵だから油断しないようにね」
「では、わたくし達が先に参りますわ」
俺達に見送られてリン達が扉を開けてボス部屋へと入って行く。
ムチを右手に持ったリンの後姿は何やら風格が漂っていた。
「……女王様」
ドルチェがぼそりと呟いたので、思わず「SMの?」と聞きそうになったが自重した。
中に誰かが入っていると扉が僅かに光を放つので、それが消えるまでしばし待つ事になった。
「リメイアまで徒歩で行くならテントとか必要かな?」
「多分……馬車」
すぐにリン達を追い掛けるので扉から離れて魔物を倒しに行くわけにもいかない。
待機がてらリメイア行きについて相談して時間を潰そうと思ったのだが、10分も掛からずに扉の光が消えた。
「あたい達はもっと早く倒そうぜ!」
焦っても良い結果にはならないが、俺も内心は同じ気持ちだ。
剣を握る右手にも自然と力が入る。
ドルチェも両手槌をしっかり握って気合十分といった表情なので、彼女も密かに燃えているのかもしれない。
扉を開けてボス部屋の中へ足を踏み入れると、俺達はすぐに中央へと駆け出した。
読んでくださりありがとうございました。
書き終わったのが5時半……。
日曜日で良かった。