第83話:「リメイアに行って欲しいのです」
「シュン様、今日は本当にありがとうございました」
一緒の馬車でダーレンへと帰ってくると、門を潜ったところで改めてリンと護衛メイド達がお礼を言ってくる。
リンだけでなく護衛メイドの3人も今日一緒に戦った事で打ち解けてくれたのか、馬車での移動中ずっと会話が途切れなかった。
メイドという職業柄か褒めるのがとても上手く、俺の顔は終始にやけてしまっていたので、ドルチェが居なくて本当に助かった。
「俺の方こそ助かったよ。魔石も手に入ったしね」
「わたくし達も、次は必ず自分達だけの手で倒してみせますわ!」
今日の探索の興奮がまだ残っているのか、リンが頬を赤く染めて顔を寄せてくる。
キスしてしまいそうなくらい近距離なので内心ドキドキしてしまい、俺まで顔が赤くなってしまった。
ドルチェに渡す装備の素材以外のアイテムを売る為にリン達と探索者ギルドへと向かう。
もちろん『土魔石』も一緒に売るつもりだ。
「火とか水の魔石の使い道は何となく分かるけど、『土魔石』ってどんな事に使うの?」
横を歩いているリンに軽い気持ちで聞いてみたのだが、ただでさえ赤くなっていた顔が火が着いたように真っ赤になってしまった。
後ろを歩いている3人も同様に恥ずかしそうにしているので聞いては拙かったのだろうか?
気まずい空気に顔が引き攣ってしまっていると、リンが小声でしどろもどろになりながらも教えてくれた。
「あ、あの……。『土魔石』はその……、いろいろな使い道がありますが、一番多いのは……と、トイレの魔具に使われていますの……」
真っ赤になりながらも説明してくれた話によると、どうやらこの世界には『下水道』というものは存在していないらしく、トイレの底に敷き詰められた土に混じった尿や便を土魔石を使った魔具によって『浄化』しているのだそうだ。
月に一度土を入れ替える必要があるらしいのだが、それでも十分過ぎるほどの凄い技術力に思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「お、思ってた以上に重要な魔石だったんだね」
「は、はい。ですので、家にトイレがあるのは裕福の証とされています」
『夜の止まり木亭』にもちゃんとトイレがあるので、どうやら結構儲かっているようだ。
俺達が借りる予定の家にも下見をした時にトイレがあるのは確認済みなのだが、もしかしたらトイレ用の魔具を買う必要があるのかもしれないので、宿屋に戻ったらドルチェに確認してみよう。
改めて考えてみると、家を借りる為にはいろんな『魔具』を揃える必要性があるみたいだ。
リンの話を聞くまではこの『土魔石』は売るつもりだったが、今日は保留にしておいてドルチェと相談してから売るかどうか決めた方が良さそうだ。
セリーヌさんの驚く顔が見れないのは少し残念だが、流石に3日連続だと大騒ぎになってしまうかもしれないので、冷静に考えると売るにしても1、2日は間を置くべきかもしれない。
そんな事を考えながらギルドの入り口を潜ると、俺を見つけたシアさんが「こっちこっち」と手招きしている。
「どうかしましたか?」
シアさんが居るカウンターまで行くと、どうやらギルド長のレイアスさんが俺に話があるらしい。
もしかしたら『専属』の話かもしれないが、俺やドルチェの予想より少し早過ぎる気がする。
シルビアに比べたらまだまだ地味な活動しかしていないのは自覚しているので、今回は別の話の可能性もある。
リンに一言別れを告げて、もう何度目かになるギルド長の部屋へと入ると、そこにはレイアスさんだけではなくセリーヌさんの姿もあった。
「あれ? セリーヌさん?」
何かの話し合いの最中だったのか、テーブルの上には地図が広がっている。
邪魔してしまったのではと焦るが、すぐに2人とも笑顔で「良く来てくださいました」と椅子を勧めてくれたので、セリーヌさんの隣に座る事にした。
初めて見るこの世界の地図についつい目がいってしまっていると、レイアスさんが「ここがダーレンです」と地図の右下を指差している。
この世界には1つの大きな大陸があり、周りは海で囲まれているそうだ。
大陸の南東が今俺達が居る職人の国『ドゥーハン』、南西が戦士の国『オルトス』、そして北にあるのが魔法の国『リメイア』。
レイアスさんとセリーヌさんが一つ一つ丁寧に教えてくれた。
「北って……、山になってるみたいですが?」
「はい、リメイアは山岳地帯にありますので」
レイアスさんが「何故そんな当たり前の事を聞くのだろうか?」と言いたげな顔を向けてくる。
そんな事も知らない田舎者と思われているかもしれないが、その方が好都合なので頭を掻いて誤魔化しておく。
「それで、ここにシュンさんをお呼びした件についてですが……」
困った顔の俺を見てセリーヌさんが話題を変えてくれた。
レイアスさんが少し表情を引き締めて正面から俺の顔を見てきたので、俺もすぐに真面目な顔をするのだが、これから何を言われるのか分からないので心が落ち着かない。
「薄々察しているとは思いますが、『専属』の事なのです」
「『専属』ですか?」
「はい、ここに居るセリーヌからいろいろとシュンさんの事は聞いていますが、最近かなりのご活躍みたいですね」
おそらく今探索している階層や『魔石』の事を報告したのだろう。
この街の『専属』になることを断ったシルビア達の代わりとして俺に白羽の矢が立ったようだ。
「バードンさんからも『まだまだ甘いが将来有望』との評価を頂いています」
どうやらバードンさんの口添えもあるみたいだ。
オルトスへの護衛の件といい、いろいろと気に掛けてくれているようなので、今度会ったらお礼がてら酒の一杯でも奢る事にしよう。
「ですが、ボルダス様に推薦するには少々実績不足の面も否定できませんので……」
それは俺も重々承知しているのでうんうんと頷いて同意する。
「そこでお願いなのですが、私と一緒にリメイアに行って欲しいのです」
「は?」
突然セリーヌさんから飛び出したお願いに驚いてしまった。
唖然としている俺にレイアスさんが説明してくれた。
「以前ここでシュンさんが新人探索者としてボルダス王に話した内容を覚えていますか?」
「えっと、魔物が強くなってる事と新人だとお金が稼げないから辛いって話でしたっけ?」
「はい、その時に『魔物を倒した情報を調べて、ギルドで報酬が貰える』システムを提案なさってましたが」
「まさか、実現しそうなんですか?」
興奮気味に身を乗り出す俺にレイアスさんが言いよどむ。
「流石に倒した全ての魔物に対して支払うだけの予算がないのが実情です。ですが、このままでは将来有望な新人だけでなく中堅の探索者まで『割が合わない』と辞めてしまう恐れもありますので……。そこで、中ボスだけではなく各階層の『小ボス』にも報酬を出そうと、この間のオルトスでの会議で決定しました」
「この事は正式にギルドが発表するまでPTメンバーにも話さないでください」
セリーヌさんが探るような視線を向けてくる。
もしかしたらこれは俺に対する『試験』なのでは?
『専属』になれば、他の探索者が知らない情報を聞かされる場面も出てくるだろう。
口の軽い『専属』が重要な情報を他人に漏らしてしまえば、いらぬ混乱を招いてしまう事にもなりかねない。
今俺に重要な話をしてこうやって釘を刺してくると言う事はその可能性が高い。
「分かりました」
神妙に頷くとセリーヌさんも少しホッとしたようだ。
「それで、ここからが本題なのですが、セリーヌにはボルダス様が改良した『水晶玉』をリメイアに居るカーラ様へ届けるという仕事を申し付けました。あのお方の魔力を注ぎ込む必要がありますので」
「あ、だからさっき俺に一緒にリメイアにって……」
「どうやらセリーヌはシュンさんの事をかなり信頼しているみたいですね」
ニヤッと笑うレイアスさんをセリーヌさんが恨めしそうに見ている。
「私はただ今回私の護衛任務をシュンさん達が無事完了すれば実績になると思っただけです」
そう言うのだが、いつものクールなセリーヌさんの姿はどこにもなく、頬は赤く染まり目が泳いでいるのでいまいち説得力がなかった。
「そうですね。セリーヌの言う通り、この依頼を無事完了する事ができたならボルダス様も納得してくれるはずです。ただ、かなり長期……20日前後の任務になりますのでPTメンバーと話し合ってから受けるかどうか決めてくださっても構いません」
「その場合も水晶玉の事は話さずに私の護衛とだけお伝えください」
セリーヌさんの目が真剣なので、どうやら本当に『試験』みたいだ。
もしかしたら『護衛』はカモフラージュで情報を漏らさない事が本命なのかもしれない。
細かい打ち合わせは後日俺達が依頼を引き受けた時にする事にして部屋を後にした。
今日の買取室はセリーヌさんではない人がやっているみたいなので、アイテムは明日売る事にしてギルドを出ると、外はもう真っ暗になっていた。
「また旅に出る事になるのか……。エミリーが悲しむだろうなぁ」
ドルチェもサーシャもおそらく今回の依頼は二つ返事でOKだろう。
探索者ではないエミリーは今回もお留守番だ。
彼女を安心させる為にもちゃんと『専属』になって早く家を借りよう。
そうすれば、ずっと一緒に居られる。
読んでくださりありがとうございました。




