第80話:「『共闘』をなさいませんか?」
「ギルド……行ってくる」
宿屋に戻り俺が大人しくベッドに横になったのを確認すると、ドルチェは今日のアイテムをギルドに売りに行く為に部屋を後にした。
入れ替わりにお湯の入った桶を持ったエミリーが入ってくる。
「大丈夫ですか? 苦しくないですか~?」
心配そうに覗き込んでくるエミリーに「大丈夫だ」と返事をしたが、まだちょっと青ざめた顔をしている。
それでも、俺が毒を喰らってしまったと聞かされた直後に比べたら彼女も大分落ち着いてきたようだ。
真っ青になってエミリーの方が倒れてしまうのではないかと逆に心配になった程だった。
「すっごく心配したんですからね~?」
少し怒った顔でテキパキと俺の服を脱がせていく。
ミルは今は厨房でゼイルさんから料理を教わっているので、俺の身体を拭くだけの時間はあるみたいだ。
丁寧な手付きで丹念に拭き清めてくれている。
少し反応してしまった股間を見てクスッと笑ったエミリーが指で軽く弾いた。
「今日はエッチはお預けです~。大人しく寝ててくださいね~」
「う……、分かってるよ」
しょんぼりしてしまった俺の頭をエミリーの手が優しく撫でてくれる。
「これだけ元気なら本当にもう大丈夫みたいですね~」
あまりにもエミリーの手の感触が気持ち良かったのでウトウトしていると、身体を拭き終わって服を着た後も慈愛に満ちた瞳で見つめながら、俺が寝付くまでずっと撫でていてくれた。
『……コン……コン』
遠慮がちにドアをノックする音に目を覚ますと、いつの間にか戻ってきていたドルチェが返事をしてドアを開けた。
「あ、あの……。シュン様が毒に侵されたと聞きまして……。入ってもよろしいですか?」
どうやらリンがわざわざ見舞いに来てくれたようだ。
少し眠った事でかなり体調が良くなったので、ベッドから起き上がって出迎えようとしたのだが、2人がかりで止められてまた横にさせられてしまった。
ちょっと過保護な気もするのだが、逆らったら後が怖そうだったので大人しくしておく事にした。
それに、それだけ俺の事を心配してくれているという事なので、素直に嬉しかった。
念の為にとリンが『キュア』の魔法をかけてくれると、スーッと身体の中から何かが抜けていく感触がする。
まだ体内に少し残っていた毒が完全に消滅したのか、もうすっかり治ったようだ。
「もう大丈夫のはずですが、シュン様はこのまま横になっていてくださいね」
毒に侵されると体力もかなり奪われてしまうので、たとえ毒が消えたとしてもしばらくは安静にする必要があるらしい。
食堂に行くくらいなら問題ないと許可を貰えたのでホッと胸を撫で下ろす。
どうせなら一緒に食事をしようという話になったので、それまでこの部屋で歓談する事にした。
珍しくいつも一緒にいる護衛メイドの3人の姿がないのが気になったので聞いてみたところ、隣の部屋だし大勢で押し掛けるのは俺達の迷惑になるのではと思い、1人だけでのお見舞いになったのだそうだ。
「わ、わたくしだってちゃんと1人でお見舞いできますわ」
来る時に何か言われたのか、少し頬を膨らませている。
きっと部屋で待っている3人は、『はじめてのおつかい』をする子供を見送る母親の気分だったのだろう。
ドルチェが明日は俺とサーシャの2人きりの探索になる事を話すと、リンが軽く手を合わせて瞳を輝かせる。
「それでしたら、明日はわたくし達と『共闘』をなさいませんか?」
リンが名案とばかりに『共闘』を勧めてくるので、思わずドルチェと顔を見合わせた。
「今日は残念ながら10階層にたどり着く事ができませんでしたので……」
MP回復の為の休憩に時間を取られすぎたので、共闘というより護衛として俺とサーシャを雇いたいそうだ。
ザコ敵のドロップアイテムはリン達の物になるが、基本的に止めは俺達が刺しても良いとの事。
それ以外に護衛報酬として銀貨5枚もくれるらしい。
ドロップアイテムが手に入らないのは少々痛いが、経験値はちゃんと稼げるし、報酬もかなりはずんでくれるみたいだ。
「それなら……ぼくも安心」
俺の事をずっと心配しているドルチェの為にも引き受ける事にした。
サーシャもリンと仲良くなりたがっていたので、きっと大喜びだろう。
食事の時間になったので、隣の部屋で待機していた3人と合流して食堂へと移動すると、そこではバードンさんのPTとシルビアのPTが揃って酒を飲んでいた。
と言っても、相変わらず孤児奴隷の3人娘は甲斐甲斐しくバードンさんの世話を焼いているだけだったが。
少しいつもと違うのはターニアさんもそれに混じっている事くらいか。
「おう! 毒を喰らったシュンじゃねぇか!」
「心配したぞ?」
俺を見つけたバードンさんとシルビアが揃って声を掛けてくる。
どうやらこの2人にも話が広まってしまっていたみたいだ。
話の出所を探ろうと辺りを見回すと、俺と視線が合ったミナの目が不自然なほど泳いでいる。
妹のミルと違って人と接するのが好きらしいので、おそらくつい口走ってしまったのだろう。
「まぁ、毒を喰らっても損ばかりってわけじゃねぇからな」
どう考えても得する事はなさそうなのだが、どうやらこの世界では少し違うらしい。
リン達は知ってそうな顔をしているが、俺とシルビアは興味津々といった顔でバードンさんの話に耳を傾ける。
「ボルダス王も昔は探索者だったんだがな……」
いきなり国王の名前がでてきたので戸惑ってしまった。
酒を飲み干したバードンさんにターニアさんが素早くおかわりを持ってくる。
妹のエミリーと同じでかなりの世話好きなのか、ターニアさんも顔がいつにも増して嬉しそうだ。
「んで、ドワーフだから動きもそんなに早くはないからな、いろんな攻撃を喰らいまくっていたらしくてな……」
グビグビ美味しそうに酒を飲んでいるが、早く続きを話して欲しい。
飲む度に話が中断するので、話が全然先に進まない。
シルビアも少しイラついているのか、対抗して酒を一気にあおっている。
彼女の目がどんどん据わっていってるような気がするのでちょっと怖い。
「早く……続き」
ある意味この中で一番肝が据わっているドルチェがバードンさんに先を促す。
尊敬しているボルダス王の話なので先が気になるみたいだ。
シルビアとドルチェ、ついでに俺の視線を受けてバードンさんの顔が珍しく少し引き攣っている。
「あ、あぁ……そんなに睨むなよ。まぁ、身体だけは異様に頑丈だから普通の攻撃は問題なかったんだがな、問題は当然のように毒もしょっちゅう喰らってたらしい」
そこまで話すとまた酒を飲もうとしたのだが、俺達の視線に溜息をついて先を続ける。
「何度も毒を喰らっているうちに、ある日ステータスに今まで見た事もないようなスキルを見つけた。……それが、『毒耐性』スキルだ」
「ほう……、毒耐性か」
シルビアの目がキラリと光った。
「おう、『毒耐性レベル1』としか表示されていないからどれくらいの耐性があるのかは分からねぇが、ボルダス王の話だと体感的には4、5回に1回は毒状態にならなかったそうだぜ」
「それって、ポイントを使えばレベル2とか3にもできるんですよね?」
「あぁ、多分可能なんだろうけどね、ボルダス王がそれを覚えたのはかなりレベルが上がってからだったからな。必要なポイントが貯まる前に引退しちまったから結局上げずじまいだったらしいぜ。それに、ポイントがあったら鍛冶スキルに使ってるだろうしな」
普通の人はレベルUPをしてもスキルポイントは1しか入らないので、10ポイントを稼ぐにはレベルを10も上げる必要がある。
ある程度レベルが上がるとスキルレベルを上げるのも相当大変そうだ。
バードンさん達には悪い気がするが、俺やシルビアならもし『毒耐性』のスキルを手に入れたらレベル2や3も可能かもしれない。
それに、『取得速度UP』のスキルもあるのでもしかしたら数回毒を喰らうだけで『毒耐性』を取得できる可能性も十分ありそうだ。
「シュンにぃ……毒は危険」
俺の心を読んだのかドルチェが心配そうな顔を向けてくる。
バードンさんもうんうん頷いている。
「昔、その話が広まった時に取得しようとして、何度も毒を喰らっては毒消し薬を飲むってのを繰り返す事をしていたやつらがかなり居たらしいんだが……。結局、スキルを取得する前に死んじまったらしくてな」
確かに狙って取得するにはリスクが高すぎるスキルだ。
シルビアも真剣な顔で考え込んでいる。
どうやら、取得できたらラッキーくらいの感覚でいた方が良いかもしれない。
少なくともドルチェ達を毎回心配させてまで無理に挑戦する必要は無いだろう。
大切な人達の悲しい顔を見たくは無いので、可能な限り毒攻撃は受けずに済む方法を考えていこう。
読んでくださりありがとうございました。




