第78話:「……良い作戦だった」
「後ろから来てるぞ! ファイアウォールッ!!」
突然目の前に現れた炎の壁に遮られて、こちらに襲い掛かろうとしていた2匹目のビッグワームの脚が止まる。
「よくやった、サーシャ! ドルチェ、今のうちにこっちを倒すぞ!」
体液を撒き散らせてのた打ち回っている1匹目のビッグワームに止めを刺し、すぐさま2匹目を取り囲む。
今の俺達では流石に2匹同時に相手をするのは難しかったが、足止めに効果的な魔法をサーシャが取得してくれた事で、これまで以上に安全に探索をする事が可能になった。
2匹目を倒してドロップアイテムを拾っていると、少し離れた場所ではドルチェに褒められでもしたのか、サーシャが照れくさそうにしている。
戦闘にファイアウォールを組み入れるのはもう少し慣れてからにして貰う予定だが、足止めに使うタイミングはこの短時間でばっちりマスターしたようだ。
「これならリザードマンが相手でも問題無さそうだね」
「あぁ、さっさと蹴散らして早く魔炎兎のところに行こうぜ!」
何か作戦があるらしいサーシャがやたらと張り切っているので、要望通り探索を進めることにした。
サンドワームを倒したところでドルチェが32に、ハイリザードマンを倒したところで俺が33にと、それぞれレベルアップを果たした。
ドルチェは鍛冶をする日は迷宮に入っていないので、俺の方が先にレベルアップすると思っていたのだが、どうやら俺は勘違いしていたようだ。
正式にPTを組んでいる間は、たとえどんなに離れていてもちゃんと経験値が入るらしい。
13階層の小部屋での休憩中にその事を話すと、ドルチェとサーシャが少し真面目な顔になった。
「PTを組むのは……人生を共有するのと一緒」
「そうだぜ。ある意味家族と同じか、それ以上の繋がりが生まれるからな!」
2人共、ちゃんとPTを組む事の意味を理解していたようだ。
「そんな大切な事なのに……、ドルチェって即決してなかった?」
「ぼくの作った剣……褒めてくれた」
ちょうど探索者になりたいと思っていた時に自分の事を認めてくれる相手……つまり、俺が現れた。
ドルチェにとって自分の作品を認められたという事は、自分自身を認められたのと同じなのだそうだ。
「……運命の出会い」
そう言って頬を染めて照れているが、親に「プロポーズされた」と報告して、いきなり父親と決闘するはめになったのは本当に勘弁して欲しかった。
それでも、こうしてどこまでも俺に付いてきてくれる彼女の気持ちが、涙が出そうになるくらい嬉しい。
もちろん、サーシャにも感謝だ。
それに、宿屋で毎日俺達の事を待っていてくれるエミリーも……。
「ドルチェもサーシャも、本当にありがとう」
PTを組んでくれた事に改めて感謝の言葉を伝えると、2人は優しい瞳で俺の事を見つめていた。
リンにも誰にも負けないくらい魅力的な笑顔だった。
「やっとこいつの出番だぜ!」
ボス部屋の前に到着すると、サーシャがおもむろにアイテムボックスから桶を取り出した。
「桶?」
「おう! ちゃんと人数分用意してあるから安心しろ!」
目の前に並べられた3つの桶を見て首を傾げていると、更に大きく膨らんだ皮袋が地面に置かれた。
「名付けて……『この中に水を貯めて、扉を開けたら一気に中央まで突撃し、魔炎兎が現れた瞬間に全員で桶の水をぶっ掛ける作戦』だぜ!」
ドヤ顔のサーシャが皮袋の中の水を桶に注いでいるのを、俺もドルチェもただ唖然とした顔で見ていた。
「いや~、皮袋にこれだけの水を貯め込むのには流石に疲れた! 昨日の迷宮での事も含めて、あんなに『ウォーター』を使ったのは生まれて初めてだったぜ!」
「悪くない……」
いち早く立ち直ったドルチェがニヤリと笑ってサーシャを手伝っている。
どうやら本当にサーシャの作戦を実行するみたいだ。
「よし! 準備完了!」
桶を抱えて準備万端といった感じの2人が、俺に目で「早くしろ」と訴えてくる。
覚悟を決めて水がなみなみと入った桶を持ち上げ、肩でボス部屋の扉を開けた。
「突撃~!」
俺を押しのけてサーシャとドルチェが部屋の中へ駆け込んでいく。
その後ろを俺も追い掛けるが、ドルチェは力はあるがドワーフなので小柄だし、サーシャは桶が重いのかよろけているので、あっさりと追い抜いてしまった。
部屋の中央に黒い瘴気が集まり魔炎兎が現れようとしている。
ギリギリ間に合うかどうかのタイミングなので更に加速。
「シュン! いけぇ~!」
背後からのサーシャの声援に押されながら、姿を現したばかりの魔炎兎に桶の水をぶちまけた。
『ジュワッ!』
炎が消える時の独特な音がして辺り一面に水蒸気が立ち込める。
「……追加」
「喰らいやがれッ!」
少し遅れてドルチェとサーシャの水が魔炎兎に襲い掛かった。
視界が真っ白になったので距離を取って様子を窺うが、魔炎兎が襲い掛かってくる気配はないみたいだ。
盾を構えて警戒しながら近付いていくと、地面にはぐったりと立ち上がる力も残っていないといった感じの魔炎兎の姿があった。
「うわぁ~……」
あまりの光景に止めを刺す事も忘れていると、スタスタと近付いてきたドルチェが無慈悲な一撃を加えてあっさりと倒してしまった。
開始から20秒足らずの勝利に呆気に取られてしまう。
「いぇ~い!」
「……良い作戦だった」
ハイタッチをして喜んでいる2人を尻目に、水溜りに落ちているびしょ濡れの『魔炎兎の毛皮』を拾った。
「なんか……ごめんな」
思わず手の中の毛皮に謝ってしまった。
サーシャは自分が考えた作戦が成功したのが相当嬉しかったのか、14階層の小部屋でも「明日も用意しておくぜ!」と大張り切りだ。
そんなサーシャにドルチェがさり気なく釘を刺す。
「初めての階層……。気持ちを切り替える」
ドルチェが居てくれるとサーシャの扱いが本当に楽だ。
今もドルチェに言われたとたんにサーシャの表情が引き締まった。
「それじゃ、気合が入ったところで14階層の探索の開始だ」
通路を進んでいくと、前方から何やら「ブーン」と羽音は聞こえてくる。
盾を構えて待ち受けていると巨大なハチが襲い掛かってきた。
「『キラーワスプ』。針に注意! サーシャ、頼むぞ!」
素早く『鑑定』で調べた情報を2人に伝える。
おそらく風属性の魔物なので火魔法が弱点である可能性が高い。
「まっかせろ! ファイアボールッ!」
サーシャの放った魔法が直撃したキラーワスプが墜落したところを俺とドルチェで止めを刺した。
予想通り火魔法が弱点だったのか、あっさり過ぎるほど簡単に倒せてしまったのだが、本来なら素早く飛び回って尖った針で襲い掛かってくるこの魔物は探索者にとってはかなり脅威だったはずだ。
ドロップアイテムの『針』を拾って、しみじみと属性の相性の重要さを再確認した。
ちなみに『針』は布用、『大蛇の牙』は皮用と素材によって使い分けているそうだ。
丈夫な皮用の針になる『大蛇の牙』の方が買取価格は高いが、『針』は裁縫をする人にとっては必需品なので、安くてもちゃんとギルドに売る事にした方が良いだろう。
「サーシャがいるから、この階層はすんなり突破できそうだね」
「おう! ずっと水とか火属性の魔物ばっかりだったからな。……腕が鳴るぜ!」
とは言っても、油断は大敵なのでしっかりと盾を構えて慎重に先へと進む。
特に飛行系の魔物なのでどこから襲い掛かってくるか分からない。
前衛である俺のミスはPT全体の危機に直結するので、少し慎重すぎるくらいがちょうど良い。
目を凝らして奥へと進んでいくと、不意に空気の揺らぎのような物を感じた。
後ろの2人を止めて違和感の元を探る。
すると、少し先の通路の壁にぼんやりとだが何か張り付いていた。
「風トカゲが居る」
一歩下がって2人の耳元で囁くと、すぐに自分のやるべき事を理解して動き出す。
サーシャは俺が指差した場所を凝視して意識を集中させ、ドルチェは周囲の警戒だ。
俺もすぐに飛び出せるように姿勢を低くしながらその時を待つ。
弱点属性の魔法攻撃による先制攻撃なので一撃で倒せてしまうだろうが、念の為に俺も魔法と同時に飛び出す。
ドルチェとサーシャが頷くのを確認して、俺も合図として頷いた。
「ファイアアローッ!」
横を通過していく火の矢を追い掛けるように飛び出す。
火トカゲと違って狙いを定めるのが難しかったのか直撃はしなかったが、弱点属性なので十分ダメージは与えたのか動きが止まっている。
「ハァッ!」
真っ二つになった風トカゲが地面に落ち、すぐに煙となって消えていった。
綺麗な緑色をした魔石を手のひらに乗せると2人が駆け寄ってくる。
「くそぅ! 少しズレた!」
「シュンにぃ……お見事」
「念の為に飛び出しておいて正解だったよ」
まさかの昨日に続いての魔石ゲットに顔がにやけてしまう。
「それにしても、よく気付いたよなぁ!」
サーシャの言葉に俺も同感だ。
あの時一瞬感じた不思議な感覚は何だったのだろう?
ドルチェに聞いてみようと思い顔を向けると、そのドルチェが俺の顔をじっと見つめていた。
「ど、どうしたの? ドルチェ?」
「シュンにぃ……、ステータス確認」
真剣な顔のドルチェの言葉に首を傾げながらも心の中で「ステータス」と唱える。
『名前:神城瞬
種族:人族
レベル:33
取得スキル:片手剣レベル3・盾レベル2・身体強化レベル3・精力強化レベル1・探知レベル1・生活・鑑定・スキル取得速度UP』
「あ…、え? 探知……レベル1?」
呆然と呟く俺を見て、ドルチェが「やっぱり……」と納得顔だ。
「すげぇ! 探知スキルを覚えたのか!?」
突然の出来事に困惑した俺は、サーシャの問い掛けにただコクコクと頷く事しかできなかった。
読んでくださりありがとうございました。