第74話:「お話、楽しみにしております」
「もう大丈夫です。傷口は完全に塞ぎました」
光魔法による治療を終えた謎の美少女が杖を下ろし安堵の表情を浮かべると、それまで男の仲間達が浮かべていた絶望の涙が、今度は歓喜の涙へと変わった。
怪我をしていた男も出血が多かったので流石に顔色は青白かったが、それでも規則正しい呼吸になって穏やかに眠っている。
「あ、ありがとう……ありがとうございます!」
足元にすがり付いてお礼を言ってくる3人に慈愛に満ちた顔を向けているが、横になって眠っている男を見ると一転哀しい表情に。
「一命は取り留めましたが……。こちらのお方の右腕はもう……」
申し訳無さそうに言うが、生きているだけでも奇跡だ。
おそらく探索者を続ける事はできないかもしれないが、それでも彼女が居なければ男の命は今頃燃え尽きていただろう。
命は取り留めたが一刻も早く安全な場所で休ませた方が良いと言う事で、男の仲間達は口々に感謝の言葉を述べながら乗合馬車で街へと戻って行った。
怪我を負っていた全員の治療を当然のように行い手を振って見送っていた美少女の後姿に見惚れていると、いきなりクルリと振り返り俺の目をじっと見つめてきた。
「あの、もし聞き違いでしたら申し訳ございません。……先程、貴方様はわたくしを見て『シーナ』とおっしゃっておりませんでしたか?」
小声だったのだが、どうやら聞かれていたようだ。
『シーナ』と言う名前に、周りに居た彼女の仲間達も一斉に俺の顔を凝視してきた。
「あ、えと……」
いきなり4人のエルフ……しかも全員かなりの美少女達に見つめられてあたふたしているとドルチェが助け舟を出してくれた。
「シーナは……オルトスで知り合った探索者。……アイラの仲間」
初めて聞く名前にサーシャも興味津々といった感じだ。
4人の美少女エルフ達もドルチェの言葉に何かを期待している瞳で俺の事を見てくる。
すっかり忘れそうになるがサーシャも一応エルフだ。
こんな所でエルフ5人に囲まれてしまい思わず固まってしまっていると、何か勘違いしたのかシーナそっくりの美少女がいきなり自己紹介をしてきた。
「気が急いてしまい、とんだ御無礼を……。わたくしの名はリンと申します」
丁寧にお辞儀をすると、次々と同じように自己紹介をされてしまった。
正直、名前を覚えるのがもの凄く苦手なので、リンさん以外の名前は覚えられる自信があまりない……。
こちらもお返しとばかりに自己紹介をすると「シュン様」と呼ばれてしまったので、妙に照れてしまった。
『様』は何だか恥ずかしいので「シュンと呼んで欲しい」と伝えたのだが、にっこりと満面の笑顔で断られてしまった。
それなのに俺が「リンさん」と呼んだら「リンと御呼び下さい」と押し切られてしまった。
ドルチェとサーシャに対しても同じ姿勢を崩さないので2人ともなんとも微妙な顔をしていた。
自己紹介も終わり改めてシーナ達と出会った時の事をリン達に説明すると、ダリアやヘルガの名前を聞いて確信したようだ。
「間違いありません。シュン様がおっしゃっている『シーナ』という女性は、わたくしのお姉様です。アイラ様の名は初めて耳に致しましたが、ダリア様とヘルガ様には何度かお会いした事があります」
2年程前に探索者になり今は修行の旅らしく、滅多に故郷のリメイアには戻っていないそうだ。
各国のいろんな迷宮を探索しており、今朝ダーレンに到着してすぐにこの迷宮の様子を確認して外に出たところで先程の場面に遭遇したらしい。
しきりにシーナ達の話を聞きたがっているので、ダーレンに戻ってからゆっくり話す事になった。
サーシャも付いて来たそうだったが、流石に家族に連絡もしないで外泊する訳には行かないらしく、しぶしぶドリス行きの乗合馬車に乗り込んでいった。
「今度、リメイアの話とか聞かせてくれよな!」
別れ際のサーシャの言葉にリンもどこか嬉しそうに頷いている。
もしかしたら、こうやって気さくに話して貰える事があまり無かったのかもしれない。
ちょうど人数が6人になったので同じ乗合馬車でダーレンへと戻る事にした。
まだ泊まる宿屋も決めていないそうなので、俺達が泊まっている『夜の止まり木亭』の事を話したら、是非とも泊まりたいとの事なので帰ったら案内するつもりだ。
こっそりとリンのステータスを確認したのだが、『光魔法レベル2』と『魔力操作レベル2』の2つだけしかなく非常にシンプルなステータスだった。
馬車の中での会話や立ち振る舞いを見ていると、どうやらかなりのお嬢様らしい。
どうやら身の回りの事は全部、仲間の3人がしてくれるので、生活系のスキルを覚える機会が全くなかったのだろう。
今も甲斐甲斐しくリンの汗を拭いたりして世話を焼いている。
なんと彼女達はリンの両親が彼女が修行の旅に出る時に付けてくれた『護衛メイド』なのだそうだ。
「わたくしも、シーナお姉様のように自分の力で見つけたかったのですが……上手く行きませんでした。でも、今は彼女達が居てくれて本当に良かったと思っております」
リンの言葉に感激したのか瞳を潤ませる3人の護衛メイド達。
他の属性の魔法は努力次第で取得できるが、光魔法だけはある家系の人間しか取得する事ができないので、非常に希少なのだがその分いろいろと面倒な決まり事があり、15歳になるとすぐに探索者として5年間の修行の旅に出なくてはいけないのだそうだ。
シーナはすでに5年の修行を終えたので、今は自由に探索者としての生活を満喫しているとの事。
「お父様は、お姉様には早く家に戻ってきて欲しいとおっしゃっていましたが……」
どうやらシーナは一度は家に戻ってきたのだが、毎日のように持ち込まれる縁談に嫌気が差して家を飛び出してしまい、今ではあまり家に寄り付かなくなってしまったらしい。
「ダリア様達との生活がとても充実していらっしゃるのでしょう」
そう言ったリンの横顔はどこか羨ましそうだった。
ダーレンに到着するとギルドには寄らずにすぐに宿屋に戻る事にした。
ちょっとの時間差で部屋が埋まってしまったらリン達に申し訳ない。
今日はいつもより早く帰れたので、部屋の確認をしてからギルドに行っても十分間に合う。
「あ、シュンさんだ! おかえりなさい!」
宿屋に入るといきなり元気な声で出迎えられたのでビックリしてしまった。
俺の後に付いてきたリン達も目を丸くしている。
声の発信源であるカウンターに目を向けると、ターニアさんの隣にはちょっと緊張気味な兎耳のミナの姿があった。
「今日からうちで働いて貰う事になったんですよ」
ターニアさんが嬉しそうに説明してくれた。
「あ、エミリーが昨日そう言ってたっけ。すっかり忘れてた」
「聞こえましたよ。シュンさん酷いです!」
「ぼくは……覚えてた」
隣のドルチェがドヤ顔をしているが多分嘘だ。
「ミルは食堂かな?」
「ミルはエミリーちゃんと一緒にお買い物に行ってます」
いつも俺達が帰ってくるとすっ飛んでくるエミリーが居ないので不思議に思っていたが、どうやら今は不在らしい。
ターニアさんもエミリーも今日はミナ、ミル姉妹に付っきりみたいだ。
「あ、そうそう。お客さんを連れてきたんですけど、部屋って空いてます?」
ターニアさんにリン達を紹介すると「ちょうど良かったです」と満面の笑み。
「今朝、2人部屋が1つ空きましたので合計で2部屋空いてます。4名様でよろしいですよね?」
「はい、お世話になります。リンと申します」
ターニアさんは丁寧に頭を下げるリンに一瞬驚いた顔をしたが、すぐにミナに指示を出して鍵を取り出す。
「では、お部屋にご案内します。ミナも付いてきてくださいね」
「はーい!」
ミナが元気に返事をしてリン達を先導していく。
同じ3階の部屋なので一緒に付いて行くとどうやら俺達の隣の部屋がちょうど空いたのでそこにリンが入るらしい。
夜のエミリーやドルチェとの情事が非常にやり辛くなりそうだが、横のドルチェの顔をチラッと見ると、もの凄く楽しそうにニヤニヤしているので今から不安でいっぱいだ。
食事の時間等の説明を終えてターニアさんとミナが戻っていくと、すぐにリンが俺の傍にやってきた。
馬車の中でもお預け状態だったシーナ達の話を聞きたくてウズウズしているみたいだ。
俺としてもすぐに話してあげたいのだが、先にギルドに行ってアイテムの換金をしておきたい。
セリーヌさんが『炎魔石』を見てどんな反応をするのか、実はずっと楽しみにしていたのだ。
でも、上目遣いでまだかまだかと催促してくるリンの姿があまりにも可愛くてちょっと心が揺らいでしまいそうだ。
すると、後ろで控えていた護衛メイドの1人がリンの耳元に口を寄せる。
「お嬢様、まずはボルダス陛下にご挨拶を……」
「…………分かりました」
リンは5秒ほど葛藤していたみたいだが、しぶしぶ頷くと俺に頭を下げてきた。
「申し訳ございません、シュン様。わたくしは街に滞在する時は、まずその街の領主……ダーレンですと国王陛下にご挨拶をしなければならないのです」
どうやら思っていた以上に名家のお嬢様だったようだ。
それだけ光魔法を使える家系は貴重な存在と言う事だろう。
俺達もギルドやクゥちゃんの服屋に用事があるので一緒に宿を出る事にした。
「挨拶を済ませましたらすぐに戻って参りますので……。お話、楽しみにしております」
名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら去っていくリンに手を振っていると、ドルチェが悪戯っ子のような顔を向けてきた。
「シュンにぃ……凄く楽しくなりそう」
読んでくださりありがとうございました。




