表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探索者  作者: 羽帽子
74/118

第73話:「まずは……家とシェリル」

「ま、また火属性じゃねぇか……」


 13階層のボスの姿を確認した瞬間、それまで張り切っていたサーシャのテンションがだだ下がりだ。


「『魔炎兎』か……。スキルとかは今までの一角兎とか炎角兎と同じだけど、『魔力操作』のスキルがあるのが気になるな」


 『火魔法』のスキルは持っていないみたいだが、一応注意しておいた方が良いかもしれない。

 ドルチェとサーシャに『鑑定』で調べた情報を伝え、少し距離を取って様子を見る。

 部屋の中をピョンピョン飛び跳ねてこちらの隙を窺っていた魔炎兎がドルチェに襲い掛かってきたので間に割って入り盾で攻撃を受け流す。

 木製の盾なのであまり攻撃を受け止めたりしていると燃えてしまう恐れがあるので、なるべくなら盾は使いたくないのだが、動きが素早すぎてなかなか剣を振るうチャンスがこない。


「ドルチェ、サーシャ! チャンスが来るまで俺の後ろに!」


 触れるだけでも火傷をしてしまう危険性があるので、魔炎兎の攻撃は俺が一手に引き受ける。

 何度か攻撃を受け流しているうちにタイミングが計れてきた。


「次、盾で叩き落すから一気に倒すよ」


「任せて……粉砕」


「おう! あたいの炎の方が強力だってところを見せてやるぜ!」


 気分屋のサーシャのテンションもどうやら大丈夫そうだ。

 飛び跳ねながらも赤い目でしっかり俺を捉えていた魔炎兎が弾丸のように向かってくる。


「ここだ!」


 軌道を見切って盾を叩きつけると、可愛らしい鳴き声を上げて地面に激突。


「……粉砕!」


「燃え尽きろ! ファイアボールッ!!」


 ドルチェの一撃に続いてサーシャの魔法が炸裂……するかに思われたその瞬間、倒れていた魔炎兎が大きく口を開けてサーシャのファイアボールを飲み込んだ。


「「「はぁ???」」」


 予想外の出来事に唖然とする俺達。

 魔炎兎がニヤリと笑った気がしたが、流石にそれは気のせいだと思いたい。

 ファイアボールを吸収した魔炎兎の身体を覆っていた炎が今までの倍近くに膨れ上がる。

 そして、動きの止まった俺達に向けて再び大きく口を開く。

 背中にゾクリと悪寒が走る。


「ふ、伏せろッ!」


 言うやいなや問答無用でドルチェとサーシャを押し倒し、その上に覆いかぶさる。

 そのすぐ上をサーシャのファイアボールの5倍もありそうな巨大な炎の塊が、もの凄い速さで通過して行った。


「シュンにぃ! 背中、燃えてる!」


 珍しく焦った声を上げたドルチェが必死に指先から『ウォーター』で俺の背中の火を消している。


「……サーシャも!」


 ドルチェの声にハッとしたサーシャが慌てて俺の背中にウォーターを浴びせる。

 追撃を警戒して痛みを我慢して盾を構えるが、魔炎兎は何かに怯えるように距離を取ってこちらの様子を窺っていた。

 試しに指先を魔炎兎に向けて「ウォーター」と唱えるとビクッと震えて後退り。


「やっぱり……水が大嫌いみたいだね」


「……弱点」


「あたい、ウォーターならいくらでも出せるぜ?」


 目の据わった俺達3人の視線に、魔炎兎が「キュ~……」と怯えた鳴き声を上げた。






「なんか最後は呆気なかったな」


 14階層最初の小部屋でドルチェに火傷の薬を塗って貰いながら先程の戦いを思い返す。

 びしょ濡れの剣や両手槌の攻撃で弱ったところにサーシャのウォーター地獄が炸裂。

 終わった時には水蒸気で部屋中に白いモヤが掛かっていた。

 どんどん弱々しくなっていく魔炎兎が少し可哀想になったので俺が止めを刺したのだが、2人共まだやり足りなかったのか残念そうだった。

 ちなみにドロップアイテムは『魔炎兎の毛皮』。

 北にあるリメイアでは防寒毛皮として大人気らしく、かなり良い値段で買い取って貰えるそうだ。


「シュンにぃ……痛む?」


「ううん、大分痛みが引いてきたよ。ありがと」


 ニコッと笑顔を向けるとようやく安心したのか隣に座って寄り掛かってきた。

 サーシャは魔炎兎との戦いで思うところがあったのか、何やら考え込んでいるので静かだ。

 今日は探索はここまでにして後は帰るだけなので、本当ならすぐにでも迷宮の外に出たいのだが、その前に3人で誰にも聞かれずに邪魔が入らない所で話し合う事があった。


「それじゃ、この『炎魔石』をどうするかだけど、意見はあるかな?」


 ドルチェの瞳がギラリと光る。


「……お風呂用。それに装備に使うと……強力」


 風呂に必要なのは以前アイラから聞いて知っていたが、どうやら武器や防具に使う事も可能らしい。

 武器に使えば『魔法剣』になるし、防具なら『属性防御』の効果があるとドルチェが力説している。


「確かにお風呂も強力な装備も欲しいけど、まずは一日でも早く家とシェリルを買うお金を確保するのが最優先じゃないかな?」


 俺の意見にドルチェが頭を抱える。

 彼女自身も頭では理解しているのだが、職人としてのさがでどうしても素材として見てしまうのだろう。

 その気持ちも分かるのが、まずは資金の確保が最優先事項だ。


「あたいは……シュンの意見に賛成だ。シェリルは絶対にあたい達の仲間にするんだ!」


 正直、今のサーシャはドルチェの意見に無条件で賛成すると思っていたので、どうやって説得するかが勝負だと思っていたのだが、どうやら彼女の中でもシェリルの事は最優先みたいだ。

 俺とサーシャの視線を受けてドルチェも納得してくれたのかコクリと頷いた。


「まずは……家とシェリル」


 自分に言い聞かせるように何度も繰り返しているドルチェの姿に俺とサーシャが耐え切れずに噴き出してしまった。

 職人の業の深さを改めて実感した。


「新しい服も買いたいし、少し早いけど帰ろうか」


 時間的にはいつもより短いが内容はいつにも増して濃かったので2人共流石に疲れたのか素直に頷く。

 特にサーシャは何かやる事でもあるのかすぐにでも帰りたそうだ。

 気合の入った彼女の瞳に今日の事で落ち込んだりしていないようなのでひと安心。


 迷宮の外に出ると何やら騒がしい。

 俺達の姿、特に杖を持ったエルフのサーシャを見つけると全身血まみれの男が駆け寄ってきた。


「き、君は魔法使いだよな! 光魔法は使えるか!?」


 すがる様な目を向けられて困惑気味のサーシャに代わってドルチェが「……火魔法」と答えると男はガクリと膝を突いてしまった。


「仲間が……誰か、助けてくれよぉ!」


 フラフラと泣きながら仲間の元へと戻っていこうとするこの男も満身創痍だ。

 何か少しでも手助けが出来ればと俺達も男の後を追い掛けるが、その仲間の傷を見て絶句してしまった。

 右腕が噛み千切られたかのように無くなっており、脇腹からも大量の血が流れている。

 正直、生きているのが不思議なくらいの重症だ。

 そのかたわらでは、先程の男とPTメンバーらしき2人の女性が泣きながらも必死に傷口に布を押し当てて止血しようとしていた。

 中途半端な時間帯なので周りに他の探索者の姿は3、4人居るだけだ。

 いつも入り口に立っている兵士達もなすすべが無いこの状況に悔しそうだ。

 馬車の御者達も今から街に送っても間に合わないのが分かっているのか沈痛な顔でこちらを見つめている。

 もう意識が無いのかぐったりしている男の様子に、犬耳の獣人がすがり付いてとうとう大声で号泣してしまった。

 何もできない自分の無力さに唇を噛む。


「大変です! お嬢様、怪我人が居ます!」


 その時、不意に後ろから女性の声が聞こえてきた。

 迷宮の入り口を振り返ると、出てきたばかりの4人の探索者がこちらを指差して駆け寄ってくる。

 全員女性で、しかもエルフなので驚いてしまった。

 3人に囲まれてこちらへと向かってくる女性の姿に既視感が……。


「……わ、わたくしは光魔法を使えます。治療させてください」


 透き通るような優しさに包まれたその声に天使が舞い降りたと思ったのは俺だけではないはずだ。

 その場に居た全員が一瞬状況を忘れてその女性に見惚れていた。

 仲間のエルフ達もそんな彼女の姿にどこか得意気だ。

 横たわる男の傍らに立ち、杖を掲げ「ヒール」と唱えると、男の身体が光に包まれた。

 魔力によるものなのか、栗色の長く綺麗な髪が大きく波打っている。

 真剣な表情で治療を続ける彼女の横顔が、以前知り合ったある女性と重なった。


「シーナ……?」


 そう、オルトスで知り合ったアイラのPTメンバーで光魔法の使い手、シーナにそっくりだった。



読んでくださりありがとうございました。


このお嬢様は初期の設定では「サーシャ」として登場するはずでした。

どうしてこうなった……。


あ、新しい名前……まだ決めてなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ