第71話:「……全力で可愛がった」
「シュン……」
朝方午前1の鐘が鳴る前にシルビアに身体を揺すって起こされた。
眠い目を擦って彼女を見るとすでに服を着てしまっていたのでちょっと残念だ。
「エミリー達が起こしに来る前に部屋へ戻ろうと思う」
まだ半分寝ぼけた状態の俺の頭を優しく撫でてくる。
その感触にまた意識が遠のきそうになるが「ちゃんと鍵を掛けるのだぞ?」と言われたのでドアの所までシルビアを見送りに行く。
「ワタシ達は今日は迷宮探索は休みだがシュンは行くのだろ? 期待してるぞ」
名残惜しそうにキスをして部屋から出て行った。
シルビアの柔らかい唇の感触に昨夜の情事を思い出す。
彼女のあまりの激しさに、精力強化スキルが付いている俺の方が先にダウンしてしまうのではないかと心配になったくらい情熱的な一夜だった。
2度寝をする気分でもなかったのでステータス画面を眺めて思案する。
スキルポイントが23あるので今すぐに盾スキルを2に上げるか、ポイントを30まで貯めて片手剣スキルを4にするか悩む所だ。
盾スキルなら防御力や盾を使った攻撃がぐんとし易くなりそうだが、剣スキルを上げて手数を増やせばそれだけ戦闘時間を短縮できる。
しばらく頭を悩ませていたが、リザードマンとの戦いで傷付いたドルチェやサーシャの姿を思い出し、盾スキルを2に上げる事にした。
少しでも自分に攻撃が集中するように立ち回ればそれだけ彼女達が攻撃に専念できる。
それだったら防御力を強化した方が良いだろう。
それにずっと深い階層に進んでいるバードンさんの両手剣のスキルレベルは確か3だったはずだ。
俺がリザードマンに苦戦するのは、まだまだ俺が『片手剣レベル3』をちゃんと使いこなしていないからかもしれないので、今レベル4に上げても宝の持ち腐れになる予感がする。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
スキルの問題が片付いた所で午前1の鐘が鳴り、しばらく待っているとドアがノックされた。
「おはようございます~! シュンさ~ん」
「シュンにぃ、おはよう」
「…………お、おはよぅ」
ドルチェとエミリーはいつも通りだが、サーシャの様子が何だか変だ。
下を向いて落ち着きが無い。
もしかしてシルビアとの事がバレてしまっているのかと内心ヒヤヒヤしていると、サーシャは俺と目も合わせようとしないで挨拶だけをして、そそくさと階段を降りていってしまった。
その後をエミリーが慌てて追い掛ける。
「あの2人は朝食の準備。それより……」
残ったドルチェが部屋の中に入るとニヤニヤしているので、頭をクシャッと撫でる。
昨日の自分の画策が上手く行ったのか興味津々といった表情だ。
それよりも気になった事があったので聞いてみる。
「さっきサーシャの様子がおかしかったけど、もしかして昨夜の声とか聞かれちゃってた?」
その割にはエミリーが何も言わなかったのがちょっと不思議だったが、サーシャの態度はあからさまに不自然だ。
「それは大丈夫。それどころじゃなかった」
そう言ってニヤリと笑うドルチェ。
詳しく話を聞くと、昨夜俺とシルビアの情事をエミリーとサーシャから隠す為に彼女達と激しいスキンシップをしたのだそうだ。
「途中から……全力で可愛がった」
とても満足そうな良い笑顔だ。
当初の目的を忘れて夢中になってしまい、気が付けばサーシャもエミリーも力尽きて寝てしまっていたそうだ。
「エミリーはちゃんと話せば分かってくれるだろうけど、サーシャはシルビアの事を尊敬してるからバレたら煩いだろうし、とりあえずありがとう」
お礼を言ってはみたが、そのうちドルチェが変なスキルを覚えてしまうのでは? と、少し心配になってしまった。
サーシャの先程の態度は普段俺達に「不潔だ!」と言っているのに自分が似たような行為をしてしまったので、どういった態度を取れば良いのか分からなかっただけみたいだ。
「それよりも、シュンにぃの報告が聞きたい」
瞳をキラキラさせてにじり寄ってくるドルチェに顔が引き攣ってしまった。
ドルチェに根掘り葉掘り質問攻めにされたがシルビアの名誉の為にも当たり障りの無い事だけを話しているうちに食事の時間になったので食堂へと移動する。
「おはよう、シュン」
エミリーとサーシャが作ってくれた料理を食べていると、シルビアがいつも通りの落ち着いた雰囲気を漂わせて声を掛けてきた。
昨夜の事など微塵も感じさせない見事な対応に感心してしまう。
メリルとサラもどうやら昨夜の事には気付いていないみたいだ。
それでも食事中シルビアの方から何度か熱い視線を感じたのだが、その度にドルチェが意味深な顔を向けてくるので落ち着かなかった。
部屋に戻り準備を整えて、ドルチェ、サーシャと一緒に迷宮に行く前に露店通りでリンゴを買う事にした。
俺とドルチェの分はすぐに決まったのだが、サーシャが自分が食べる分のリンゴを真剣な表情で選んでいる。
「へぇ~、シュンの世界にもリンゴってあったのか!」
「シルビアの世界にもあったらしいよ」
食文化が違いすぎてたら移住してきた時困るので、きっと似通った世界の住人を呼んだのだろう。
もし仮にこの世界の住人が普通に食べている物の中に俺達にとっては毒になる食べ物があったら迷宮どころの話ではない。
神様も流石にその辺の事は考慮して食文化が似ている俺達を召喚したみたいだ。
やっとサーシャが選び終えたので乗合馬車の待合所へと向かう。
「このリンゴは絶対甘いはずだ!」
酸っぱいのが苦手らしいサーシャが自信満々にリンゴを掲げているが、俺には失敗フラグにしか聞こえなかった。
今朝俺の目を見る事もできないでいたサーシャだったが、どうやら少し落ち着いてきたみたいなのでひと安心だ。
あのままの状態で迷宮に入るのは流石に危険だろう。
ドルチェもちょっとやりすぎたと思ったのか、いつもより少しだけサーシャに優しく接しているようだ。
でも、ドルチェに話し掛けられると真っ赤になって照れてるサーシャを見てると将来が心配になってしまう。
変な趣味に目覚めなければ良いのだが、部屋を借りて一緒に住む事になったらどうなってしまうのか今から頭が痛い。
「それじゃ、12階層まで進んだらリザードマンと何回か戦って、大丈夫そうだったらボスに挑戦してみよう」
一度ボス部屋に入ると倒すまで扉は開かないし次の階層への穴も通れないので勝てる自信が持てるまではリザードマンの相手をするつもりなのだが、あまり慎重過ぎるのも駄目だろう。
この辺の匙加減がまだ難しい。
ドルチェもサーシャも基本的にイケイケの性格なので押し切られることもしばしば。
「シュンにぃ、ナイフは使う?」
11階層でビッグワームを探していると、昨日俺の盾と一緒に自分で作った『双蛇の胸当て』を装備しているドルチェが小声で囁いてくる。
昨日訓練場で投擲の特訓はしたが、まだまだ実戦で使えるレベルではないのは自覚しているが、ビッグワームは大きくて動きが遅い魔物なので的としては最適だ。
それにもうしばらくすると他の探索者達が押し寄せてきてビッグワームを見つける事すら困難になってしまうので、今が絶好のチャンスかもしれない。
「ちょっと倒す時間が長くなっちゃうかもしれないけど、挑戦してみたいな」
「大丈夫。実戦訓練は大事」
「おう! あたいとドルチェが付いてんだ、遠慮しないでバンバン使えよな!」
2人から許可を貰ったので積極的に投げナイフを使ってみる事に。
少し探索しただけでビッグワームはすぐに見つける事ができた。
場所も少し開けているのでここで戦っても大丈夫そうだ。
まだこちらに気付いていないのかモゾモゾとゆっくり歩いているので先制のチャンス。
「それじゃ、ナイフを投げるよ」
アイテムボックスから2本のナイフを取り出して構える。
軽く深呼吸をして狙いを定めて一投目。
「……外れ。ぼくの勝ち」
「くぅ……当てろよな、シュン」
ドルチェとサーシャがすぐ後ろでコソコソと小声で話しているが全部俺の耳にも届いている。
どうやら俺のナイフが当たるかどうか賭けをしていたみたいだ。
ドルチェが外れる方に賭けていた事に落ち込みそうになるが、何とか堪えて2投目。
最初のナイフが壁に当たった音を聞いてビッグワームが警戒の為に立ち止まった所に俺の投げたナイフがお尻に突き刺さった。
「よし! 命中!」
ダメージ自体はあまり与えて無さそうだが、ちゃんと命中させる事ができたので満足だ。
後ろの2人が小さく拍手をしてくれたが、ドルチェが「……引き分け。残念」と呟いているのが聞こえたので今夜はベッドの上でお仕置き決定だ。
やっとこちらの存在に気付いたビッグワームが反転しようとするので、横に回りこんで盾を叩き込みビッグワームの動きを止めようとすると、盾スキルを上げた影響か予想以上の衝撃にビッグワームがよろける。
その隙をついてドルチェが両手槌を顔面にめり込ませた。
「いくぜ! ファイアボールッ!」
もがくビッグワームにサーシャの魔法が炸裂し炎に包まれる。
ドルチェの杖を使った彼女の魔法の威力は今までとは比べ物にならない威力だ。
転げまわって火を消そうとしているビッグワームに俺とドルチェが追い討ちをかける。
「粉砕……!」
ドルチェの渾身の一撃によって頭を完全に砕かれたビッグワームが力尽きる。
予想以上に早く倒せた事に自分達の成長を実感した。
サーシャのレベルが上がって29に。レベル上げも順調だ。
「よし! それじゃ、このまま一気に12階層まで進もう!」
「お~……!」
「任せろ! 燃やし尽くしてやるぜ!」
投擲スキルの取得までは長い道のりになりそうだが、3人の連携もスムーズになってきた。
ナイフとドロップアイテムを拾って探索を進める。
目標は今日中……いや、午前中に12階層を突破だ。
読んでくださりありがとうございました。