第67話:「ぼくの事……好きでしょ?」
黒い瘴気が集まり『サンドワーム』が現れる。
見た目はビッグワームとあまり変わらないが『サンドボール』には要注意だ。
それにワーム系の魔物は非常にタフなので長期戦を覚悟した方が良いだろう。
サンドワームの正面に立たないように俺とドルチェが左右に分かれて横から攻撃を加える。
「いくぜ! ファイアボールッ!」
なるべく距離を取るように指示してあったサーシャが魔法を撃つ。
良く通る声なので魔法の発動タイミングがとても分かり易い。
俺とドルチェがサッとサンドワームから離れた瞬間に特大のファイアボールが直撃した。
「え? 今のって!?」
今まで見た中で最大級のファイアボールに思わず後ろのサーシャを振り返ってしまう。
当の本人も自分の放った魔法の威力に唖然としてドルチェから受け取った杖を見ている。
流石『+6』の性能といったところか。
「サーシャ……次」
ドルチェの声にハッとしたサーシャが杖を掲げる。
強力な魔法を喰らった事でサンドワームがサーシャに狙いを定めたようだ。
巨体をサーシャに向けただでさえ大きな口を更に広げる。
自分の魔法の威力に自信を持ったサーシャが追撃の魔法を撃とうとするが、サンドワームも何やら力を貯めているように見えた。
サンドワームの真っ赤な目がサーシャを捉えている。
「サーシャ、避けろ! 魔法が来るぞ!」
その瞬間、大きく開かれたサンドワームの口から球状の砂の塊が発射された。
今まさに魔法を撃とうとしていたサーシャが横に飛んで間一髪避ける。
バードンさんは威力自体は大した事無いと言っていたが、俺が見た限りではあれが直撃したらかなり痛そうだ。
なおもサーシャを追い掛けようとするサンドワームの意識を俺に向けさせる為に少々危険だが横っ面に盾を叩き込む。
噛み付こうとするサンドワームの攻撃をかわすと今度はドルチェの重い一撃が炸裂。
横倒しになってジタバタしているので今がチャンスだ。
何とかサンドワームの身体を真っ二つにする事に成功するがまだ生きている。
「ドルチェ、後ろを頼む!」
切り離された尻尾の部分をドルチェに任せて俺は顔の方を攻撃するのだが、痛みでのた打ち回るサンドワームはそれでも執拗にサーシャを目指してズリズリと前進していた。
「く、来るなよ!」
サンドワームの憎悪に満ちた真っ赤な目に涙目のサーシャが魔法を叩き込もうと両手で杖を掲げる。
対するサンドワームも『サンドボール』放とうと大きく口を開く。
今回もサンドワームの攻撃の方が早そうだがサーシャも引く気はなさそうだ。
俺はとっさに正面に回りこみ下から盾をサンドワームの顔面に叩き込み僅かにだが魔法の軌道を変えるとすぐさま横にダイブして距離を取ると、サーシャの放ったファイアボールがサンドワームの口の中に炸裂した。
燃え上がるサンドワームが力尽きると煙となって消えていった。
「はぁ~……、レベルが上がったのは良いけど、やっぱりあたいは虫系は苦手だぜ」
俺も同感なので2人でしみじみ頷きあう。
「シュンにぃ……ドロップアイテム」
ドルチェから受け取った小瓶に入っているアイテムを『鑑定」すると『サンドワームの体液』を表示された。
「……接着剤。固まると……くっつく」
この世界の品物は本当に魔物によって成り立いるのだとつくづく思った。
「なぁ、シュン。ここに居ると何か気持ち悪くなってくるから早く出ようぜ」
何故かボスを倒した後のボス部屋に居ると気分が悪くなったり破壊衝動が生まれたりしてしまうので急いで次の階層へ進むことにした。
ドルチェが「多分……瘴気のせい」と言っていたので、もしかしたら倒されたボスの瘴気が部屋に漂っていて俺達の身体に悪影響を与えているのかもしれない。
12階層の小部屋で小休止。
今日はこの階層の偵察をしてから帰る予定だ。
事前にどんな魔物が出るか分かっていれば帰ってからいろいろと対策を練る事が出来るだろう。
「そう言えば、さっきのサーシャの魔法は凄かったな」
「だろだろ!? あたいもびっくりしたぜ! これってやっぱり杖が変わったからだよな?」
俺は『鑑定』でドルチェが作ったその杖がかなりの高性能なのを知っているが、その事を知らないサーシャは不思議そうに杖を眺めていた。
「2人共俺が持っている『鑑定』の事は話したよね? 実はその鑑定スキルを使うと装備の性能とかも見えるんだよ。サーシャが今持ってる杖は『木の杖:+6』って言うかなり凄い杖なんだ」
俺の説明にサーシャだけでは無くドルチェも目を丸くしていた。
そう言えば、ドルチェにもこの事はまだ話していなかった。
「だからシュンにぃは……ぼくをPTに誘った?」
何かを探るような目を向けてくるドルチェ。
「いや、確かにそれもあるけど……」
どう伝えようか迷っているとドルチェが俺の口に指を当てて言葉を止める。
「この力のお陰で……シュンにぃと一緒になれた。それに……今はそれに関係なくぼくの事……好きでしょ?」
俺の顔を正面から見据えてニヤリと笑う。
「もちろんだ」と頷くと満足そうに微笑んでキスをしてきた。
「ちょ、ちょっと待て! き、きききキスなんて! は、ハレンチな!」
耳まで真っ赤になったサーシャがドルチェの身体を俺から引き離す。
キスどころかもっと深い関係なのだが、今のサーシャには黙っておいた方が良さそうだ。
すっかりパニックになってしまっている。
「も、もっと自分を大切にしろよぉ!」
ドルチェに抗議しているが当の彼女はそんなサーシャを見てニヤニヤしている。
あれはよからぬ事を企んでる顔だ。
「もちろん……大切にしている。ぼくを好きにして良いのは……シュンにぃだけ」
どう見ても火に油を注いでいるようにしか見えない。
サーシャがプルプル震えている。
なおも彼女の耳元に口を寄せてドルチェが囁くと、サーシャがもの凄い勢いで部屋の隅まで後ずさった。
「ドルチェ、何を言ったの?」
恐る恐る聞いてみるが「……内緒」と返されてしまった。
サーシャは火が出そうなくらい顔を真っ赤に染めて涙目で俺を睨んでくる。
「あたいにはまだ早いよぅ……」と呟いているがドルチェに何を吹き込まれたのか心配だ。
明日は探索は休みの日なのでエミリーとの顔合わせや街の案内の為にサーシャがダーレンに遊びに来る事になっているのだが、この今のサーシャの様子では何かひと波乱がありそうでちょっと不安だ。
ドルチェが悪戯っぽい顔で「頑張って……」と言ってくるので額にぺしっとチョップ。
「ああもう! まだ探索は終わってないんだからちゃんと気合を入れて!」
パンパンと手を叩いて2人を立ち上がらせる。
12階層の魔物はファンタジー物のゲームや小説では定番のリザードマンだった。
中には言葉を話したり友好的なパターンもあるが、この世界のリザードマンは完全な魔物だ。
ギラつくような赤い目で俺達の姿を確認するとすぐに襲い掛かってきた。
しかも両手で槍を構えているのでかなり危険な相手だ。
『名前:リザードマン
種族:魔物
レベル:12
取得スキル:両手槍レベル2・身体強化レベル1・噛み付きレベル1』
槍スキルがレベル2なので増援が来る前に叩かないとこっちの被害が甚大になる可能性がある。
「これは、……厄介だな」
槍の攻撃を盾で何とか受け流すが今俺が装備してるのは普通の『木の盾』なのでヘタをすればこちらの盾が壊されてしまう。
『魔樹の盾』を先に作って貰うべきだったのかもしれないが今更言っても仕方がない。
ドルチェも槍を警戒して迂闊には攻撃出来ないみたいだ。
「喰らえ! ファイアアローッ!」
サーシャの声にサッと横に飛ぶと火の矢がリザードマンに襲い掛かる。
おそらく水属性のリザードマンに火の魔法はあまり効かないかもしれないが、隙を作るには十分だ。
案の定体勢を崩したので一気に踏み込んで袈裟斬りにする。
よろけた所を後ろに回り込んでいたドルチェの両手槌の一撃がリザードマンの背中に炸裂した。
だが、ゴブリンなら背骨を粉砕されるドルチェの一撃にも何とか耐え切ったリザードマンが反撃をしてくる。
振り回した槍を両手槌の柄の部分で受け止めたドルチェが壁まで吹き飛んだ。
「よ、よくもドルチェを! ファイアボールッ!!」
ドルチェに追撃しようとしていたリザードマンの背中にサーシャの魔法が直撃する。
止めは刺せなかったみたいだが、一瞬でも動きを止めてくれればそれで十分だ。
「ハァッ!」
俺の渾身の一撃がリザードマンの首を切り落とす。
流石のリザードマンも『片手剣レベル3』『身体強化レベル3』の攻撃を背後からまともに喰らっては耐え切れなかったみたいだ。
煙になって消えたのを確認するとすぐにドルチェに駆け寄る。
「……大丈夫」
意識はしっかりしているが少しふらついているので安全な場所まで避難した方が良さそうだ。
ドロップアイテムの『リザードマンの肉』を忘れずに拾う。
『カエル肉』よりちょっと硬いがなかなか美味しいそうだ。
背負って移動するのはいざと言うとき危険なのでサーシャが支えて俺が周囲の警戒をしながら最初の小部屋まで戻った。
部屋の扉を閉めてやっと一息つけた。
「今日はここまでにして外に出よう」
「シュンにぃ……ごめん」
ドルチェが謝ってくるが今までずっと彼女に助けられてきたのだ。
これくらいの事で謝られると逆に困ってしまう。
自慢にならないが俺やサーシャなんてもっといっぱい迷惑を掛けまくっている。
「こういう時にフォローし合うのが仲間だろ?」
隣でサーシャもうんうん頷いていた。
外に出ると少し日が傾いていた。
どの道探索を切り上げるのはちょうど良い時間帯だ。
「サーシャは明日ダーレンに来るよね?」
「おう! ちゃんと案内しろよ! エミリーに会えるのが楽しみだぜ!」
PTメンバーではないが俺やドルチェから『大切な仲間』だと聞かされているのでサーシャも会うのが楽しみみたいだ。
ドリスからダーレンまでは乗合馬車がちゃんとあるそうなので、午前3の鐘が鳴る頃に門の所で待ち合わせする事にしてサーシャとは別れた。
馬車に乗り込むとドルチェが寄り掛かってきた。
「今日は……疲れた」
「鍛冶をして、その後探索までしたんだから当然だよ。着くまで寝てて良いから」
相当ハードな一日だったのに文句も言わずに頑張ってくれたのだ。
帰ったらいっぱい労ってあげよう。
「ありがとう、ドルチェ……。ゆっくりおやすみ」
ドルチェが寝てしまい少し暇になったので、ぼーっとステータスやボーナススキルを眺めようとしたのだが、ステータスを確認した瞬間思わず飛び上がりそうになった。
ドルチェを起こさないように気を付けて深呼吸をするともう一度ステータスを確認する。
『名前:神城瞬
種族:人族
レベル:32
取得スキル:片手剣レベル3・盾レベル1・身体強化レベル3・精力強化レベル1・生活・鑑定・スキル取得速度UP』
盾スキルを取得していた。
読んでくださりありがとうございました。
次回は『休日編』の予定。




