第66話:「勝負は……ぼくの勝ち?」
「ドルチェ、遅いな……」
俺の体内時計が正しければもう午前4の鐘どころか午後1の鐘が鳴った時刻のはずなのだが、まだドルチェの姿は無かった。
隣で壁に寄り掛かって座っているサーシャもさっきからずっとソワソワしっぱなしだ。
「うぅ、来るなら来るで早く来いよ~! 胃に穴が開く~!」
「くるくる煩い」
とは言ったものの怒られ待ちの状態がこれ以上続くと俺の胃も痛くなりそうだ。
それ以上にドルチェの身に何か起こったのではと心配になってしまう。
更に30分程待っていると、ようやく乗合馬車からドルチェが降りてきた。
俺達を見つけると軽く手を挙げて歩いてくる。
それを見て女の子なのに胡坐を掻いていたサーシャが慌てて正座になった。
「ごめん……遅れた」
謝っているのだが、何だかもの凄く上機嫌そうだ。
頬が緩みまくっているドルチェにサーシャがあからさまにホッとしているが、俺達の…特にサーシャの様子に何かあったのか勘付いたようだ。
「何か……あった?」
「実は……」
正直に迷宮内での事を話す。
サーシャはすでに涙目だ。
黙って聞いていたドルチェが呆れ顔になってサーシャを見る。
そんな彼女をサーシャがビクビクしながら上目遣いに見上げていた。
子供くらいの身長しかないドルチェを正座したサーシャが見上げている光景に思わず顔がにやけそうになるが、ドルチェに「シュンにぃも……同罪」と睨まれて慌てて俺も正座。
ドルチェはしばらくの間俺達を険しい表情で見つめていたが、十分反省していると判断したのか不意にサーシャを優しく抱きしめた。
「ぼくが居ない所で……あまり無茶しない。でも……無事で良かった」
抱きしめられたサーシャが緊張の糸が切れたのかドルチェの胸の中でしくしく泣き出してしまった。
そんな彼女を優しく撫でているドルチェの姿は『お姉さん』と言うより、もはや『お母さん』みたいな貫禄すら漂わせていた。
俺とドルチェの前に立ったサーシャが頭を下げて「もう絶対に調子に乗って皆を危険な目に合わせたりしません!」と宣誓する。
「失敗は……ぼくもする。……次に生かせば良い。忘れそうになったら……これを見て思い出す」
そう言ってドルチェ特製の『木の杖:+6』をサーシャに手渡す。
「会心の……出来」
何となく『鑑定』したのだが、『+6』に驚いてドルチェを見ると、俺の視線に気付いたドルチェがドヤ顔を向けてきた。
「勝負は……ぼくの勝ち?」
その言葉にドルチェのステータスを確認すると、
『名前:ドルチェ
種族:ドワーフ
レベル:31
取得スキル:両手槌レベル2・身体強化レベル2・鍛冶レベル2・生活』
見事に『鍛冶』スキルを取得していた。
しかもさっそく貯めていたポイントを使ってレベルを上げている。
どうやら勝負は俺の負けのようだ。いったい何を要求されるか……。
「うぁ……。あ、ありがとッ! あたいの宝物にするぜ!」
杖を受け取ったサーシャが瞳をキラキラさせて杖に頬ずりしている。
今にも涎が垂れそうなくらい緩みきった顔だ。
俺もニヤニヤしているドルチェからナイフを2本受け取ったので鑑定すると『+3』と『+4』。
サーシャの杖の『+6』には及ばないがどちらも十分高性能だ。
調子が良かったので2本作ったのだが、いつも以上に良い出来だったのでステータスを確認すると、鍛冶スキルを取得していたらしい。
そこですぐさまレベルを上げてサーシャ用の杖を作ってみたら会心の出来だったので急いでこっちに来たのだそうだ。
と言う事は、スキルレベルが1上がると性能が『+1~2』上がるのだろうか?
まだ憶測の段階なので何とも言えないが、それでもドルチェのこの才能は鍛冶師の中でも別格だろう。
もしかしたら将来『鍛冶王ボルダス』を超える鍛冶師になれるかもしれない。
3人揃った所で11階層の探索を再開する。
早くナイフを使ってみたかったが、先程の事があったので今日は確実性を重視した戦いをするつもりだ。
ビッグワームは動きも遅いので本来なら良い的なのだが、ボス部屋での戦いと違っていつ他の魔物の乱入があるか分からないので素早く1匹ずつ倒す為に今日の所は封印しておこう。
慎重に探索を進めていくのだが、1~10階層と11階層の大きな違いを実感させられる。
10階層までは他の探索者に会う事は滅多になかったのだが、11階層に入ってから何度かいろんな探索者と遭遇するようになった。
中には探索初日に馬車の中で声を掛けてくれた探索者も居たのだが、俺が11階層に居る事にもの凄く驚いていた。
話を聞くと11~20階層が一番探索者の数が多いそうだ。
俺達がシルビア達に助けて貰ったように他の探索者が危機に陥っている時は助け合うのが暗黙の了解なのだが、中には『寄生』と呼ばれる他の探索者の後を付いて回る人達もいるらしい。
魔物との戦闘に入ると危険でもないのに勝手に助っ人を名乗り出て止めを刺して経験値を奪ったり、酷い場合は手伝った報酬として金銭を要求する困った探索者もいるので要注意だ。
今までは魔物だけが『敵』だったが、これからはそうした探索者の対策も考えておいた方が良いだろう。
「一番良いのは……少しでも早く……21階層以降に行く事」
最近解放された21階層から先にはそういった困った人達は怖くて近付けないらしい。
ドルチェが何でも無い事の様に言ってくるがやっと11階層にたどり着いた俺達にはちょっと難易度が高そうだ。
「早い時間帯なら……人も少ない。その間に……11階層は突破」
「そう言えば、シルビアの姐さんに会うまでは誰にも会わなかったよな!」
俺達は午前2の鐘が鳴ってすぐにここに来て迷宮に入ったのだが、シルビア達と迷宮内で出会ったのは確か1時間後くらいだった。
「多分……ぼくが居るから」
頭に『?』マークを浮かべてドルチェの顔を見ると、何故かちょっと照れてるみたいだ。
「他の探索者は……装備の手入れが大変」
PTに鍛冶師が居ない他の探索者達は迷宮に行く前に装備のメンテナンスをして貰う為に武具屋に居る職人の元へ行く必要があるとの事。
職人達の貴重な収入源になっているのでドルチェが勝手にPTメンバー以外の人のメンテナンスをしてはいけない決まりがあるらしい。
余程武器の手入れに慣れた人以外は専門家に任せた方が安全なので、11階層辺りの探索者の殆どが探索を開始するのは午前3の鐘が鳴る頃になってしまう。
メンテナンスは毎日必要なわけではないみたいなので、今日誰にも会わなかったのは偶然日が重なったのだろう。
時々朝シルビアに会った時に「一緒に行かないか?」と声を掛けると「行く所がある」と断られたりしていたのだが、あの時の彼女の苦笑はそう言う事だったのかと今更ながらに顔が赤くなってしまった。
お酒を奢る時にでも謝っておこう。
「夕食前に簡単そうに手入れしてるのを眺めてたから感覚が麻痺しちゃってたかも。いつもありがとね」
ドルチェに感謝の気持ちを伝えると、サーシャもしきりに頷いている。
鍛冶で探索に参加できない日はサーシャと2人だけになってしまうので大変な時もあるが、それ以上に彼女が仲間に居てくれるのはとてもありがたい。
「うぅ……、探索に……集中!」
照れてしまったドルチェの指示に従って探索をするのだが、午前中に入った時と違ってさっきから全然魔物に遭遇しない。
遭遇するのは探索者ばかりだ。
「他の人に狩られちゃったのかな? なんだかこのままボス部屋まで行っちゃいそうだな」
「てか、あれってボス部屋じゃねぇか?」
サーシャの視線の先を追うと確かにボス部屋の扉が遠くに見えた。
光っていないので戦闘中ではないみたいだ。
ボスの『サンドワーム』についてはサーシャにも事前に話しておいたので、いつものように最終確認をして扉を開けて中に入る。
「砂にさえ気を付ければビッグワームと変わらないみたいだから一気に叩くよ!」
「分かった…」
「おう! 汚名挽回だぜ!」
サーシャ……汚名を『挽回』してどうする。
隣ではドルチェが必死に笑いを堪えていた。
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