第64話:「PTに入れて……幸せ」
「10階層って、ザコ敵だけでボスは居ないんだよね?」
「中ボスは……復活しない」
バードンさんから聞いた迷宮の仕組みを思い出す。
10階層毎の中ボスは一度誰かが倒せばOKで、その部屋と外を繋ぐ転移魔法陣が現れて誰でも行き来が出来るようになる。
そして、50階層に居る『大ボス』をを倒せば迷宮クリアだ。
クリアされた迷宮の跡地は生命に満ち溢れた森になり人々の生活を潤す。
だが、期間内に攻略できなかった場合は迷宮内に居た全ての魔物が吐き出されてしまう。
今の所はたとえ失敗しても外で待ち構える国の兵士や探索者達によって大半の魔物は討伐されるのだが、カロの街のようにしっかりと対策されていない場合はとんでもない大災害になってしまう。
それに、バードンさんの話によると以前に比べて明らかに魔物が強くなっているらしいので、今後は今までと同じように「失敗しても外で倒せる」と楽観視する事は出来なくなってしまうだろう。
10階層の魔物は『ダークウルフ』だった。
漆黒の身体に真っ赤な瞳。大きさは元の世界に居た狼と同じくらいの大きさだが、禍々しさが段違いだ。
「10階層で良かったよ……」
何とか倒しきる頃には全員傷だらけだった。
明らかに1~9階層までの敵とは強さが違っていた。
これでもザコ敵なのだから、ボスともなるとどんなにやっかいな魔物だったか……。
中ボスの居る階層を突破する事の難しさを実感して弱気になってしまいそうになるが、俺が目指しているのはそれより上の大ボスの撃破だ。
こんな事ぐらいで引き下がってはいられない。
幸いボーナススキルの『HP回復速度UP』が付いてるので多少の怪我なら放っておいてもじきに治るのだが、それでも周囲の警戒をしつつ治療はしておく。
「傷薬、買い足しておかないとな」
「あたい、この匂い苦手なんだよなぁ……」
サーシャが腕の傷に塗られた傷薬の匂いに顔を顰めている。
俺も門番のガルスさんに塗って貰った時からこの匂いは苦手だったのだが、原料が『ワームの体液』だと知ってしまったので更に苦手になってしまった。
ドルチェも流石にこの匂いには嫌そうな顔だ。
ドロップアイテムの『狼の毛皮』はかなり良い値段で買い取って貰えるので収入面では美味しいのだが、かなりハイリスクハイリターンの魔物なので、自信が付くまでは無理に戦わずに素早く突破した方が良さそうだ。
途中、物陰から襲い掛かってきたダークウルフに喉元を噛み付かれそうになったが、盾を使って何とか防ぐ事が出来た。
「盾の扱いにも大分慣れてきたな。そろそろ盾スキルとか覚えられそうな気がするんだけどなぁ……」
『探知』『盾』『投擲』。
この3つが今俺が取得しようと思っているスキルだ。
神様から貰った『スキル取得速度UP』があるので純粋な意味では俺の努力で手に入れたスキルにはならないかもしれないが、それでも取得する事が出来たのなら辛い時の心の支えになってくれるだろう。
「ぼくも……早く『鍛冶』スキルが……欲しい」
「それじゃ、どっちが早く新しいスキルを取得出来るか競争だね」
「ず、するいぞ! あたいも混ぜろよぅ!」
俺とドルチェの間に涙目のサーシャが割り込んでくる。
「でも、サーシャが取得を目指しているスキルって?」
「サーシャは……魔法の発動速度と……威力向上」
「うぅ……あたいも何か凄いスキルが欲しい!」
しゃがみ込んで駄々をこねてしまったサーシャのお尻をドルチェが両手槌で軽く叩いて立ち上がらせる。
違う意味で涙目になったサーシャが俺の後ろに隠れようとするが、遊んでる場合ではないので先へと進んだ。
「シュンはイジワルだな! あれか? 好きな子にはイジワルしちゃうタイプなのか?」
「うん、実はそうなんだ」
「ふぇっ!?」
後ろからからかってくるサーシャを黙らせようと振り向きざまに冗談を言ったのだが、真に受けてしまったのか真っ赤になって俯いてしまった。
そんなサーシャを見てドルチェがニヤニヤ笑っている。
何か良からぬ事を企んでそうでちょっと怖かった。
何匹か倒した所でボス部屋へと到着したので中に入る。ボス部屋と言っても転移魔法陣があるだけなので安全だ。
ちょうど最後のダークウルフを倒した時に同時にドルチェとサーシャのレベルがまた1つ上がったので2人共嬉しそうにはしゃいでいた。
俺だけ上がらなかったので何だか仲間外れになった気分だ。
部屋の真ん中で微かに光を放っている転移魔法陣を使って外に出るともう夕方になっていた。
「お~い、兄ちゃん達~! もう最後の馬車が出るぞ~!」
「おい、サーシャ! 早く帰ぇりてぇんだからさっさと乗りやがれ!」
それぞれの街の乗合馬車の御者が、出てきた俺達を大声で呼ぶ。
どうやら時間ギリギリだったみたいなので急いで馬車に駆け寄る。
ドリスの御者の口の悪さもサーシャの街の人だと思うと妙に納得してしまった。
「復習……忘れないように」
「おう! 帰ったら生活スキルで特訓だぜ!」
別れ際ドルチェ先生による宿題が出されたが、元々そのつもりだったのかサムズアップで応えるサーシャ。
ドルチェも同じように親指を立てている。
「俺も投擲スキルの特訓しないとな」
いきなり実戦で使うのは危険なので、時間を見つけてギルドの訓練場で特訓するつもりだ。
「シュンにぃ……ナイフ作りたいから……明日の午前中……工房に行っても……良い?」
「うん、もちろん良いよ。あと出来たらサーシャ用の『木の杖』もお願いして良いかな? 彼女も凄く頑張ってくれてるから」
「……任せて」
お礼を言って頭を撫でると嬉しそうに目を細めている。
「深い階層に行けば……もっと良い素材が手に入る。……楽しみ」
「いっぱいいろんな武具を作ってね」
「シュンにぃのPTに入れて……幸せ」
ドルチェの言葉に思わず抱きしめてしまった。
他に誰も乗っていなくて良かった。
宿屋に戻りいつものようにエミリーとドルチェに身体を身体を拭いて貰い今日の汚れを落とす。
風呂にゆっくり浸かって寛ぎたいが、それは家を借りてドルチェが風呂を作ってくれるまでの辛抱だ。
そろそろ食堂も空いてくる時間帯なので下へと降りる。
俺達の食事はエミリーが作ってくれるので混んでる時間帯はなるべく避けるようにしている。
食堂に行くとバードンさん達が酒を飲んでいた。
と言っても飲んでいるのはバードンさんだけで、3人娘達はそんなバードンさんの相手を甲斐甲斐しくしている。
テーブルの上のピーナッツみたいな木の実を美少女3人に交互に食べさせて貰っているのを見ると素直に羨ましい。
「おう、シュンじゃねぇか! こっちに来て座れ!」
先程まで一緒だったサーシャと同じような口調なのでちょっと変な気持ちになってしまったが、顔には出さずに近くのテーブルに着くとすぐにエミリーが料理を運んできてくれた。
相変わらず絶妙のタイミングだ。
「ありがと、エミリー」
「えへへ……あたしもご一緒させてください~」
どうやら客も少なくなってきたのでここで一緒に食べるみたいだ。
「あぁ、そうだ。バードンさん、俺達今日やっと10階層を突破できましたよ」
「なに? 本当か!? シルビアの嬢ちゃんにも驚いたが、シュンまでこの短期間で10階層かよ!」
思っていた以上に驚いてるみたいだ。
シルビアの凄さを身近で感じているので自分ではまだまだだと思っているのだが、ドルチェ達が言っていたように世間一般の常識では1ヶ月かそこらで新人が10階層を突破するのはかなり異例なのだそうだ。
「って事は、次は11階層か」
「11階層の魔物ってどんなやつですか?」
俺の質問にバードンさんの眉間に皺が寄る。
「あぁ、ザコは4階層のボスのビッグワームだな。あっちのレベルも上がってるからまともに噛まれたらひとたまりもねぇぞ」
「ボスがザコとして出てくるんですか?」
俺が驚いていると「知ってる魔物だから対処し易いだろ?」と涼しい顔だ。
「んで、ボスがちょっとやっかいでな。『サンドワーム』って魔物なんだが、こいつは土魔法を使ってくる」
バードンさんの話では『サンドボール』と言う魔法を口から放ってくるそうだ。
それ自体はあまり大した威力ではないのだが、喰らってしまい目に砂が入ると非常に危険らしい。
バードンさん達も犬耳獣人のカルアが喰らってしまいかなり危ない状況に陥ったと悔しそうに話していた。
「まぁ、それさえ喰らわなけりゃ後はビッグワームと同じだからな。頑張れよ!」
そう言ってバードンさんは最後に俺の背中をバシバシ叩いて家へと帰っていった。
「シュンにぃ……」
「何? ドルチェ?」
「ボスと戦うのは……ぼくが着いてから」
どうやらサーシャと2人だけで挑ませるのは心配らしい。
エミリーも不安そうな顔で俺達を見ている。
「それじゃ、午前中は偵察って感じにして、午後になってドルチェが合流したらボスに突撃って事にしよう」
俺の言葉に2人がようやくホッとした顔を見せてくれた。
読んでくださりありがとうございました。




