第62話:「……役に立ってる……?」
「サーシャ! 魔法!」
「おう! え~っと……え~と……ファイアボールッ! うぅ……出ない……」
サーシャが必死に魔法を撃とうとするが今回も不発だった。
派手なセリフを言ってテンションを上げた状態でならちゃんと発動するのだが、それを言わない状態で魔法を撃つのはやはりまだ難しいみたいだ。
「サーシャなら……できる」
ドルチェの励ましに涙目のサーシャがもう一度杖を掲げる。
「す~……は~……ファイアボールッ!!」
「お!?」
彼女の杖の先に小さな火の玉が現れた。
今までの彼女のファイアボールと比べると1/5程の大きさしかなかったが、それでもちゃんと発動した事には変わりない。
「で、出た!? あっ……」
魔法が発動した事に彼女自身も驚いたのか、ファイアボールが明後日の方向に飛んでいってしまった。
「ご、ごめん!」
「……気にしない」
ドルチェがすかさずフォロー。
彼女の一撃が炸裂して大魔樹が吹き飛び、煙となって消えていった。
ドロップアイテムを拾ってドルチェに渡すと、嬉しそうにアイテムボックスの中に入れる。
「もうちょっとでコツが掴めそうなんだよなぁ!」
「ちゃんと発動する事が分かったんだから、もうすぐだよ」
正直今日中に進展があるとはあまり期待してなかったので驚いたのだが、彼女にしてみたらまだまだ納得が行かないみたいだ。
魔法スキルのレベルが上がると使える魔法の種類が増え、魔力操作が上がると発動成功率と発動までのスピードが上がり、精神が上がると威力も上がる。
以前オルトスでアイラに会った時に魔法についていろいろ聞いていたのだが、魔法を扱うのに一番重要なのは『魔力操作』なのだそうだ。
なので、サーシャもまずは魔力操作に慣れるのが先決だ。
体内の魔力をいかに効率良く魔法に変換するか。
どうやら彼女はそれが苦手みたいなのだが、ここに来てようやく一歩前進と言ったところだ。
サーシャの方はこのまま続けていけば順調にコツを覚えていきそうだが問題は俺だ。
実はそれと平行して俺は『探知』スキルの取得を目指していたのだが、全くと言って良いほど魔物の気配を感じ取る事が出来ずにいた。
ゴブリンのような騒がしい魔物なら何とか気付けるのだが、一角兎などのこちらの隙を窺って飛び掛ってくる魔物になるとなかなか気配を感じるのが難しい。
元の世界でもずっと森の中で狩りをしていたシルビアと部屋に篭りきりだった自分との差に今更ながらに焦ってしまう。
「基本的に……『探知』スキルは……獣人が得意」
獣人……シェリルに期待するのもアリかもしれないが、たとえお金が貯まったとしても彼女をPTに迎え入れる事が出来るのは最短で10ヶ月後だ。
俺の落ち込みを察したドルチェが慰めてくれるが、その言葉に甘えていては何も変わらない。
使えるメンバーが1人より2人の方がずっと安全に探索が出来るはずだ。
少しでも皆の役に立てるように努力する事を疎かにするわけにはいなかいので、何としても『探知』スキルを取得したい。
最初から神様に貰ったスキルや女の子とイチャイチャした結果手に入れたスキルではなく、ちゃんと自分の努力で手に入れたスキルがあれば苦しい時の支えにもなるだろう。
8階層の最初の小部屋で軽く昼食を取る。おそらく外は午前4の鐘が鳴るかどうかの時間帯だ。
流石に3人揃うと探索速度が全然違う。この分なら今日中に10階層突破も十分可能かもしれない。
レベルは俺とドルチェが1つ、サーシャが3つ上がっていた。
俺のポイントが20になったが、流石に『精力強化』を上げるつもりは無いのでそのまま貯めておく。
21あるドルチェも「『鍛冶』を覚えたら……すぐ上げたい」と言って操作はしていなかった。
サーシャもまだ6しかないのでそのままだ。
そのサーシャはリンゴを齧りながらそわそわしている。早く戦いたくて仕方ないのだろう。
1階層の始めに今までの方法なら魔法が発動する事を確認した後はひたすら無詠唱の特訓をしていたのでサーシャのテンションが下がってしまう事を危惧していたのだが、今日の彼女は終始気合が入っていた。
そんなサーシャをドルチェが満足そうに見つめている。
「それじゃ、8階層の探索を開始しよう。初めての魔物だからくれぐれも油断しないように」
恥ずかしいトイレタイムを済ませて探索を再開する。
しばらく進むと、いきなり目の前に何かが飛んできた。
「くそっ……また気配を感じ取れなかった」
頭上を飛んでいる魔物らしき生き物を『鑑定』する。
『名前:ビッグバット
種族:魔物
レベル:8
取得スキル:噛み付きレベル1・吸血レベル1・高速飛行レベル1』
「バット……コウモリか。噛み付きに気を付けて!」
「……届かない」
ドルチェが両手槌を振り回しているが天井スレスレを飛んでいるビッグバットには届いていなかった。
俺の剣でもギリギリ届くかどうかだ。
「あたいがやる!」
サーシャが杖を構える。
「サーシャ! 今だけ無詠唱とか気にしなくて良いから!」
俺の言葉にひとつ頷くと両手に持った杖を高く掲げた。
「地獄に燃え盛りし紅蓮の炎よ! 忌まわしき我が敵を射殺せ! ファイアアローッ!」
サーシャから放たれた3本の炎の矢が見事に飛び回っていたビッグバットに突き刺さる。
そして落下してきた所をドルチェが親の仇とばかりに両手槌を打ちつけた。
「ドルチェ! 後ろだ!」
どこに隠れていたのか、両手槌を振り下ろして無防備になったドルチェの背後をもう1匹のビッグバットが襲い掛かる。
間に入って盾で防ごうとしたその瞬間。
「ふぁ、ファイアボールッ!!」
突然飛んできた火の玉がビッグバットに直撃した。
消し炭になって落下してきたビッグバットが煙となって消えていく。
今のファイアボールはセリフ付きの時よりも大きかったような気がする。
視線を上げるとサーシャが呆然とした顔で立っていた。
「サーシャありがとう……助かった」
ドルチェがお礼を言うと、やっと状況が飲み込めたのか床にへたり込んでしまった。
そんなサーシャの肩をドルチェが軽くポンポンと叩くと、突然彼女がわんわん泣き出した。
「で、出来たよぉぉ~! うわぁぁぁぁぁん」
サーシャが少しでも早くPTに馴染む為に自分を認めて貰おうと彼女なりに必死に頑張っている事は俺もドルチェも分かっていたのだが、彼女はどうやら俺達の想像以上に思い悩んでいたみたいだ。
泣き出してしまったサーシャをドルチェが小さな胸に優しく抱きしめている。
ドルチェの方がずっと小柄なのだが、その姿は立派な『お姉さん』だ。
周囲の警戒をしつつ俺もサーシャの肩に手を置く。
エミリーやドルチェが相手だったら頭を撫でるのだが、サーシャは撫でられるのが苦手みたいなので自重した。
「サーシャが仲間になってくれて本当に良かったよ」
「あたい……役に立ってる……?」
恥ずかしいのかドルチェの胸に顔を埋めながらサーシャが聞いてくるので「もちろん」と答える。
「サーシャ……ぐっじょぶ」
ドルチェにも褒められたのでやっと顔を上げてくれた。
涙でびしょ濡れだったがとても嬉しそうだ。
「えへへ……。そっか……良かった!」
子供みたいにはにかみながら笑うサーシャに胸がドキッとしてしまった。
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