第61話:「やけに気合入ってんじゃねぇか!」
午後4の鐘が鳴ったので場所を食堂から俺達の部屋に移してシルビアの話を聞く事になった。
メリルとサラはシルビアから離れるのを嫌がったが、かなり心身共に疲れが溜まってるようだったのでシルビアに休むように言われてしぶしぶ自分達の部屋に戻って行った。
今この部屋に居るのは俺とシルビア、それにドルチェの3人だけだ。
エミリーは食堂の後片付けが終わったら来る事になっている。
「シルビアも早く休んだ方が良いんじゃない?」
「いや、ワタシは大丈夫だ。シュンも気になってるのだろう? 何故ワタシ達が『専属』の誘いを断ったのか」
「ぼくも……気になる。断る理由が……分からない」
率直なドルチェの意見にシルビアも頷いている。
「そんなに難しい理由ではないのでな。手短に話そう」
窓の外を少し眺めて話す内容がまとまったのか断った理由を話してくれた。
「シュンはズールと言う街を知っているか?」
「ズール? 確かここから南にある街だっけ?」
突然の質問に以前ドルチェから教えて貰ったこの国の地理を必死に思い出す。
職人の国ドゥーハンは今俺達が居るダーレンの街を中心にして北東にサーシャが住むドリスがあり、西にはオルトス国との国境沿いの街ビスタスがある。
そして、南には今話にあったズールと言う街があるはずだ。
「4年前に……迷宮の攻略が…失敗した街」
ドルチェがズールについての詳しい情報を教えてくれた。
カロの街の迷宮と同じように失敗はしたが、ボルダス王が自ら率いた国軍によって被害は最小限に抑えられたのだが、それでも少なくない数の兵士や探索者の命が失われたらしい。
「そのズールの街なのだがな、メリルとサラの故郷なんだ」
メリルとサラが幼馴染なのは知っていたが、ズール出身なのは今初めて聞いた。
シルビアの話によると、当時まだ11歳だった彼女達の父親は同じPTを組んでいた探索者だったのだが、迷宮からの魔物達の襲撃を防ぐ為に国軍と共に戦って命を落としてしまったのだそうだ。
そしてその父親達の「この世界を守りたい」と言う意思を受け継いだメリルとサラは15歳になるとすぐに探索者になり、来るべきズールの迷宮の『活動期』に備えるべくダーレンで修行をしようとしていた矢先にシルビアと出会いPTを組む事になった。
「活動期は……1年後」
ぽつりと呟くドルチェにシルビアが頷く。
「うむ、ワタシも彼女達の意思を尊重したいのでな。1年後にはズールの迷宮に挑もうと思うのだ。だが……」
「そうすると、ダーレンの迷宮のタイムリミットがあと4年弱だから途中で抜ける事になるわけか」
「あぁ、だからワタシ達はここの迷宮の『専属』になるわけにはいかないのだよ」
1年後にはシルビア達がこの街を離れると聞かされて心中穏やかではなかったが、ここは彼女達の想いを尊重すべきだろう。
その時シルビア達が安心してこの街を去っていけるように俺達……特に俺がもっと成長をしないと……。
正直、シルビアやバードンさん達が居る事に俺の中で甘えがあった。
俺が攻略できなくてもシルビアが居れば大丈夫と心の中で安心していたのは否定できない。
だが、1年後にシルビアが居なくなる事を知った今、そんな甘えは捨て去って俺が絶対にここの迷宮を攻略すると覚悟を決めるべきだ。
バードンさんや他の探索者達ももちろんそのつもりだろうが、神様から貰ったスキルを持つ『異世界人』はこの街に俺だけになる。
プレッシャーに押し潰されそうになるが、俺を支えてくれる『仲間』やアイラやシルビア達『同類』の期待に応える為にも弱音なんて吐いていられない。
深呼吸をしてきっぱりとシルビアに宣言する。
「この街の迷宮は俺に任せて、シルビアは安心してズールに行ってくれ。ここの迷宮は俺達が攻略する」
そんな俺にドルチェが嬉しそうにしがみ付いてくる。
シルビアも安心したのかホッとした表情だ。
「正直心配していたのだよ。シュンは迷宮よりも女性に対しての興味の方が強いと思っていたのでな」
そう言って悪戯っぽくウインクをしてくるシルビア。完全に否定できないところがちょっと悲しかった。
元の世界でずっと女性とは縁の無かった人生だったのに、いきなりエミリーやドルチェ、アイラみたいな飛びっきりの美少女達と良い関係になれたのだ。
ストイックに女性達を無視して迷宮探索に集中出来るほどできた人間ではない事は自覚している。だが、これからはそうも言っていられない。
彼女達の期待を裏切らない為にもこれまで以上に迷宮の探索に力を入れるつもりだ。
「任せたぞ、シュン。……では、ワタシももう休むとしよう」
「うん、疲れてるのにありがとう。おやすみ」
立ち上がったシルビアをドアの外まで見送ると、入れ違いにお湯の入った桶を持ったエミリーが階段を上がってきた。
「お話終わっちゃったみたいですね~。あたしも聞きたかったです」
「エミリーも今日一日お疲れ様。後で話してあげるよ」
桶を受け取りドルチェと2人でエミリーの身体を拭き清めながら、さっきまでの話を彼女にも聞かせてあげた。
「そうだったんですか……。それじゃ、今まで以上にいっぱいシュンさんの力になれるようにあたしも頑張りますね~!」
「むん!」と気合を入れてるエミリーを見てドルチェの瞳にも力が宿っていた。
「迷宮での事は……ぼくに任せて。エミリーは……シュンにぃの……私生活を」
「はい、誠心誠意シュンさんに尽くしちゃいます~!」
身体を拭き終えたエミリーが俺の服を脱がせていく。
迷宮に集中するからと言って彼女達に癒されてはいけないわけではない。要はバランスが大事だ。
「明日は頑張って10階層を突破しよう。それでもシルビア達にはまだまだ追いつかないけどね」
「一ヶ月で……10階層。……十分驚異的」
「そうですよ~! 普通、新人探索者が10階層に行くのって早くても半年は掛かるんですよ~?」
それでも少しでもシルビアやアイラ達に追いつけるように頑張ろう。
そして、明日頑張る為にも今は彼女達に癒されよう。
「おう! 待ってたぜ!」
迷宮に到着すると俺達を見つけたサーシャが元気に声を掛けてくる。
今日は3人での迷宮探索だ。
「これ……着けて」
ドルチェが差し出した『双蛇の胸当て』を受け取ったサーシャがいきなりテンションMAX状態になった。
「うおぉぉぉ! かっけぇぇぇ!」
さっそく身に着けてご機嫌だ。
「これで……今日の魔法は……ばっちり」
ドルチェが俺に向けてサムズアップしてくる。
すっかりサーシャの扱いに慣れた感じだ。
「今日は一気に10階層を突破するよ」
「お? なんだ、今日はやけに気合入ってんじゃねぇか!」
サーシャも望む所と言った顔で張り切っている。
「ところで、『魔力操作』がレベル2になった影響とかってある?」
一日経って何かやり辛い所でもあったら注意して探索しようと思っていたので聞いてみる。
「あぁ、聞いてくれよ! 何だか身体中の魔力がずっげぇ張り切ってやがるんだよ!」
良く分からないが、大丈夫そうだと言う事は伝わってきた。
「無詠唱は……可能?」
じ~っとサーシャの様子を見ていたドルチェが尋ねると、難しい顔をして考え込んでいる。
「正直……分からねぇ。でも、いろいろ試してみるつもりだぜ!」
期待し過ぎてはダメとドルチェに釘を刺されてはいるが、もしサーシャが無詠唱……つまりあの派手なセリフ無しに魔法が撃てるのなら戦略の幅も広がりそうだ。
「それじゃ、今日は10階層突破とサーシャの魔法の特訓を目標にして頑張ろう」
「おう! 頑張るぜ!」
「素材……楽しみ」
俺も彼女達も気合十分だ。
「迷宮に突撃だ!」
読んでくださりありがとうございました。




