第60話:「多分……『専属』の話」
今日の迷宮探索を終えてサーシャと一緒に外へと出ると、シルビア達が馬車に乗り込もうとしている所だった。
俺達に気付いたシルビアが声を掛けてくる。
「シュン達も今帰りか? 確か今日ドルチェは鍛冶だったな」
「うん、2人だけだったから流石に10階層突破は無理だったよ」
残念そうな顔をしていると「それでも大したものだ」とシルビアが労ってくれた。
「シルビアの姐さんに褒められた!」
さっきまで「疲れた~」とだれていたサーシャが急に元気になった。
いきなり「姐さん」呼ばわりされたシルビアが苦笑している。
「それじゃ、サーシャお疲れ様」
「おう! また明日な!」
サーシャと別れてシルビア達と一緒に街に帰る事に。
馬車の中でサーシャとは上手くやれているのか聞かれたので、今日一日の事をシルビアに話した。
俺の主観としては、ちょっとぎこちなさはあったが何とか上手くいった気がする。
暴走もあまりしなかったし、ふとした時に見せる年相応の可愛らしい所も見れたのでかなり満足な一日だった。
「ドルチェには絶対に言うなよ!」と口止めされたのでドルチェはもちろんシルビアにも言うつもりは無いが、迷宮内でおしっこを我慢出来なくなったサーシャのあの慌てようはなかなか可愛いものがあった。
ドルチェの時よりも何だか興奮してしまったので、その後の探索が大変だったが少しはサーシャとの距離も縮まった気がする。
その時のサーシャの顔を思い出してしまい顔がにやけてしまったので、シルビア達に気味悪がられてしまった。
今日の探索で俺のレベルは上がらなかったが、サーシャは4つ上がったので『魔力操作』をレベル2にする事が出来た。
「こんなに魔力を身近に感じた事は今まで無かったぜ!」と興奮気味に話していたのが印象的だった。
俺も『身体強化』のレベルを上げた時は身体に違和感を感じたが、『魔力操作』の場合もやはりレベル1と2ではかなり違うようだ。
俺達の話だけではなくシルビア達の近況も聞いてみる。
順調にお金も増えていってるので、近いうちに目標金額に到達するかもしれないそうだ。
お目当ての孤児が15歳になるまでまだかなりの猶予があるので、先に家を借りる事も考えているらしい。
そんなに稼げているのかと流石に焦ってしまう。
「運が良かっただけだ」と謙遜しているが彼女達の努力の賜物だろう。
ダーレンの街に到着すると、シルビア達もアイテムをギルドに売りに行くらしいので俺も一緒に付いていく。
ギルドの中に入り買取室に向かおうとすると、シルビアがシアさんに呼び止められていた。
そのままシルビア達はギルド長の部屋に連れて行かれてしまった。
「1人になっちゃったな。……早くセリーヌさんに会いに行こっと」
買取室にはかなりの数の探索者が居たのでしばらく待つ事になった。
やっとの事で順番が来たので別室に入るとセリーヌさんが俺の顔を見て「お疲れ様です」と声を掛けてくれる。それだけでちょっと癒された。
シルビアの事を聞いてみたかったが流石にギルド内の事を軽々しく話したりは出来ないだろうと思い自重した。
シルビアが帰ってきたら彼女に直接聞く事にしよう。
換金を済ませて宿屋に戻った。
もうすっかり毎日の日課になっているエミリーによる俺の身体拭きをして貰っていると、ドルチェが帰ってきたので今日一日のサーシャとの探索報告とギルドでのシルビアの事を話す。
ドルチェはエミリーと一緒になって俺の身体を拭きながら話を聞いていた。
「多分……『専属』の話」
俺の身体を拭き終わり今度はドルチェを2人がかりで拭いていると、しばらく何やら考え込んでいたドルチェがそう言ってくる。
「早すぎない? さっき馬車で聞いた話だとまだ14、5階層を探索中だって言ってたけど」
「そうですよ~。バードンさんでも『専属』の話が来たのは今回が初めてなんですよ~?」
「……かなり異例。でも…今日面白い話を……聞いた」
ドルチェの話によると、ここ最近ダーレンの探索者ギルドにいくつかの『魔石』が持ち込まれるようになったとの事。
今年持ち込まれた魔石はそれまではたったの1つだったのに、ここ数日だけですでに3つの魔石を持ち込んだ探索者が居るとドルチェの実家のベルダ工房でも話題になっていたそうだ。
今まで魔石はリメイアやオルトスからの輸入に頼りきりだったので、その探索者を確保しようと言う動きが水面下で起こっているらしい。
「それが、シルビアだと?」
コクリと頷くドルチェ。
「でも、属性トカゲを倒すには魔法使いが居ないと難しいんじゃなかったっけ?」
「シルビアは……弓使い」
「あ……」
確かにシルビアの腕前なら見つけた瞬間に射抜いてそうだ。魔法よりも有効かもしれない。
『魔石』は俺達も是非とも手に入れたいアイテムだ。
サーシャが加わったので、俺達も属性トカゲを倒せるんじゃないかと期待したが、ドルチェにあっさりと否定されてしまった。
「シュンにぃ……サーシャが魔法を撃つ時の姿を……思い出して」
「あ~……撃つ前に逃げられるね」
テンションが上がらないと魔法が発生しないサーシャは今日も魔法を撃つ時ちょっと恥ずかしいセリフを大声で叫んでいた。
あれでは属性トカゲの不意を突くのは無理だろう。
生活魔法を使う時ですらいちいち何かを言いながらだったのには笑ってしまった。
とりあえず『魔力操作』のレベルが上がった事によって何かが変わるのを期待しようと言う事になった。
「でも……期待し過ぎたら……サーシャが可哀想」
何だかんだでサーシャが気に入ってるドルチェが俺に釘を刺してくる。
「分かってるよ」と頭をポンポン。
「早くあたしもサーシャさんに会いたいです~!」
俺達の話を聞いてここ数日のエミリーはサーシャに興味津々だ。
今週の休日にダーレンに誘ってみるつもりなのでそれまで待って欲しいとエミリーを宥める。
食事を終えてまったり寛いでいるとシルビアが戻ってきたので、下の階に降りて食堂に行くと疲れた顔のシルビア達が居た。
時間ももう遅いので他の客の姿が無いのを確認して声を掛ける。
「お疲れ様。何の話だったか聞いても大丈夫?」
「あぁ、シュンか。あの後、王宮のボルダス王の所まで連れて行かれてしまってな……。心配掛けてすまない」
相当疲れているみたいなのであまり長いしない方が良いだろう。
でも、メリルとサラの目がちょっと赤いのが気になる。
「それで、結局何の用事だったの? ドルチェは『専属』の話じゃないかって言ってたけど」
「鋭いな。まさにその事だったよ」
「って事は、『魔石』絡みで?」
「そこまで知ってるのか」
ドルチェが工房で聞いてきた事を話すと納得顔のシルビア。
やっぱり彼女が『魔石』の供給者だったようだ。
「馬車でも話したが本当に運が良かっただけなのだよ」
何でも数日前に探索中に『探知』スキルを取得した事によって格段に探索が楽になったそうだ。
「そのお陰で隠れた属性トカゲにも気付けるようになったからな。不意打ちが出来る機会が増えた」
バードンさんも持っている『探知』スキルは俺もずっと欲しいと思っているスキルなので素直に羨ましい。
でも、スキルを持っているバードンさんですら属性トカゲを倒すのはかなりの至難の業なので、こうして『魔石』をゲット出来たのは純粋に彼女の実力だ。
そう告げるとちょっと照れくさそうに笑ってくれた。
「それで、シルビアは『専属』の話は引き受けたの?」
俺の言葉にメリルとサラがピクリと反応する。
それを見たシルビアが彼女達を軽く抱きしめて耳元に何か囁く。
突然の事に驚いている俺達に真剣な表情のシルビアが言った。
「いろいろな人に期待されるのは嬉しかったのだがな。……ワタシ達は断る事にした」
読んでくださりありがとうございました。
主人公属性のアイラとシルビアに押されっぱなしのシュン……哀れ。




