第57話:「あたいの身体が目的か!?」
「……って事があったんだよ」
「はぁ……シュンにぃらしい」
宿屋に戻ってきたドルチェにサーシャとの出会いを話すと流石に少し呆れていた。
でも、すぐに腕を組んで何やら考え始めている。
「シュンさんの話を聞くと、かなり怖そうな人ですね~」
ドルチェ用のお湯を持ってきてくれたエミリーも俺を心配そうに見ている。
するとドルチェが急に顔を上げ俺の顔を見てニヤリ。
「明日は……ぼくも一緒」
「え? 鍛冶は良いの?」
「鍛冶は……明後日でも良い。……あ、これ」
ドルチェがアイテムボックスから斑模様の硬そうな鎧を取り出し俺に渡してくる。
「ありがとう! さっそく明日着ていくよ」
「サーシャを見るついでに……もう1つ欲しい」
どうやら明日ドルチェが一緒に行くのは確定のようだ。
喧嘩にならないか今からちょっと不安になってしまった。
思った事をバシバシ言ってくるドルチェと常に喧嘩腰のサーシャ。
相性が良いのか悪いのか俺では判断が出来ない。
「シュンさんはそのサーシャさんって人を仲間にしたいの~?」
「ぼくには……分かる。シュンにぃは……そのつもり」
相変わらず察しが良すぎる。
性格にはやや難がありそうだが魔法使いは是非仲間にしたいと思っていたし、何故だか彼女の事がとても気になってしまったので、もしドルチェがOKならPTに誘ってみようとこっそり思っていたのだが、どうやらドルチェにはすっかり見破られていたようだ。
「ん~……、あくまでもドルチェが実際にサーシャの事を見て一緒にPTを組んでも良いって言ってくれたらかな? もちろんエミリーの意見も聞きたいけど、実際に一緒に戦うのはドルチェだから今回はドルチェ次第かな?」
「そうなんですか~。あたしもドルチェちゃんが上手くやっていけそうな人でしたら大歓迎ですよ~! ちょっと怖そうですけど……」
ドルチェが「……任せて」と胸を叩いているが、俺の不安はなかなか消えそうになかった。
ちなみに受け取った『双蛇の鎧』は案の定『+2』だった。
やっぱりドルチェは天才なのかもしれない。改めてドルチェの凄さを実感した。
「おいおい! 何だよその鎧、イカスじゃねぇか!」
翌日、ドルチェを連れて迷宮に到着すると、入り口で待ち構えていたサーシャが開口一番昨日とは違う俺の鎧に目敏く食いついてきた。
「俺のPTメンバーのドルチェが作ってくれた鎧だよ」
そう言ってサーシャにドルチェを紹介する。
内心ドキドキだった。
「お、おう! あたいの名はサーシャ! いずれ『英雄』になって世界中の探索者の頂点に立つ女さッ!」
初耳だった。
「家族の為にお金を稼ぎたい」と健気に俺に訴えていた昨日の彼女は何だったのだろう。と思っていたらどうやら照れ隠しのようだった。
ちょっと震えてるし耳までほんのりと赤くなっている。
ドルチェも気付いたのかニヤニヤしながらサーシャの事を眺めていた。
「ぼくは……ドルチェ。……鍛冶師」
「こ、こいつの鎧って……どどどドルチェが作ったんだな!」
俺の新しい装備を見て羨ましそうなサーシャ。
と言うか、何故ドルチェの名前を呼ぶだけでそんなにどもってるのだろうか?
もしかして、同じ年頃の友達が居ないとか?
「お金を稼がないといけないから、装備を買う余裕なんか無いんだよなぁ……」
俯いてちょっと寂しそうなサーシャ。
今日もテンションの落差が激しいようだ。
「仲間に鍛冶屋が居れば作って貰えるよ」
フォローしたつもりだったが『仲間』と言う単語に更に哀しそうな顔になってしまった。
ドルチェが何か言いたそうにサーシャを見ているが、結局何も言わずに迷宮の探索を始める事になった。
今日も『共闘』の形を取っている。
PTを組むにはギルドでの水晶玉を使った手続きが必要なのでかなり不便だ。
ドルチェも一緒なので1、2階層の探索はかなりスムーズに進んだ。
サーシャのテンションも迷宮に入ると昨日戦ったのを思い出したのかかなり高まっている。
問題はドルチェと一緒に戦ってどうなるのかなのだが…。
「あたいに任せろ! 熱き魂よ! 我が敵を焼き尽く……」
「……粉砕」
「ちょ、おま! 何やってんだよ! あたいの見せ場だったろ~が!」
「なかなか攻撃しないから……する気がないのかと思った」
さっきから同じやり取りばかり続いていた。
思わず天を見上げてしまった。迷宮の中なので見えなかったが…。
「それに……止めを刺さないと……経験値が入らない」
『共闘』なのでサーシャが止めを刺すと俺達には経験値が入らない。
「だから止めを刺した」と言うドルチェの言葉に反論出来ずにいるサーシャ。
意地悪なように見えるが、ドルチェの事だから何か考えがあっての事なんだろう。
そう思い、あえて2人の間に入らずに見守る事にした。
「サーシャは……早くPTメンバーを見つけた方が……良い」
「あ、あたいなんかを仲間にしてくれる探索者なんていねぇよ!」
悲痛な叫びが迷宮にこだました。
しかし、そんなサーシャにドルチェがあっさりと言う。
「ここに……居る。シュンにぃは……最初からそのつもり」
ドルチェの言葉に呆気に取られるサーシャ。
「ぼくより胸が大きいのが……むかつくけど……仲間にしても良い」
ドルチェがサーシャの「性格が嫌」とかだったら説得するのが大変そうだと思っていたけど、まさか胸の大きさがネックだったとは……。
俺まで呆気に取られてしまった。
「サーシャの性格とか口調とか、魔法を撃つ時煩いとか……そう言った不満があるのかと思ったよ」
「へ、へぇ……、てめぇはあたいの事をそんな風に思ってたのか! それでもあたいをPTにって事は……あたいの身体が目的か!?」
サーシャが自分の身体を両手でかばい、いきなり俺を睨み付けてくる。
「誤解だ」と説明しても全然聞いてくれない。
そんな俺とサーシャのやり取りにもドルチェが変わらずマイペースに話を続ける。
「サーシャの魔法に関しては……利点もある。いつ魔法が来るか……分かり易い」
パッと顔を輝かせたサーシャがドヤ顔で胸を張る。
「だ、だろ!? あたいは優しいからな! てめぇらの事を思って……」
「……うざい」
一瞬でドルチェに撃沈させられるサーシャの姿に思わず頬が緩んでしまう。
この短時間でサーシャの性格を把握したのかあしらい方が絶妙だ。
同年代の相手とのやり取りが楽しいのか、ドルチェもサーシャも何だか楽しそうに見えた。
サーシャが加わる事になるとドルチェと喧嘩になってしまうか昨日から心配だったが、この分なら何だか上手くやっていけそうな感じがする。
「改めて、もし良かったらサーシャも俺達のPTに入らない?」
俺の誘いに一瞬嬉しそうな顔になるが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻り真剣に悩み始めてしまった。
「少し……考えさせろ。家族にも話さないといけねぇし」
大事な事なので慎重になるのは当然だ。
それにいきなりPTに入ったと聞いたら家族も困惑するかもしれないのでキチンと家族と相談するのは必要だろう。
ただ、以前の教訓から釘を刺す事は忘れなかった。
「家族に『プロポーズされた』とか言わないようにね?」
いきなり飛び出した俺の言葉にきょとんとなるサーシャ。
隣でドルチェが「ぶっ!」と噴いていた。
「そ、そんな事言うバカがどこに居る! 自惚れんな!」
当然のようにサーシャが真っ赤になって怒り出す。
「そうだよね、普通居ないよね?」
ジト目でドルチェを見るが、そっぽを向いて知らん顔だ。
結論は明日以降と言う事になって探索を進める。
6、7階層の素材を欲しがっているドルチェの為にもペースを上げる事にした。
サーシャには「無理しないように」言っておいたのだが、案の定全く自重してくれなかった。
それでもボス戦がソロになってしまうので危険が大きすぎるという事で、サーシャには3階層のボスを倒したら外に出て貰った。
ごねられると思ったが、3階層ボスの『大毒蜘蛛』にかなり手こずったのか大人しく出て行った。
俺達が戻るまで1、2階層でレベル上げをするつもりらしい。
正直俺と正式にPTを組むまではレベル上げは自重して欲しかったが、そこまで彼女の行動を縛るわけにもいかなかった。
それにPTを組むかどうかもまだちゃんと決まったわけではない。
7階層を突破し迷宮を出ると、もう日が傾いていた。
素材が増えたのでドルチェが上機嫌だ。
俺達が出てくるとすぐに待っていたサーシャが駆け寄ってくる。
「レベルが8になったぜ! 早くスキル操作がしてぇなぁ!」
テンションがMAXみたいだ。
俺とPTを組んだらポイントが2増える事を知ったらどんな顔をするか。
きっと怒る事だろう。「そう言う事は早く言え!」と……。
「賑やかだな」
背後からの声に振り向くと、シルビア達もちょうど迷宮から出てきたみたいだ。
「あぁ、昨日知り合ったサーシャだよ。サーシャ、彼女はシルビア」
「シルビアだ。よろしく頼む」
「ああああ、あたいはサーシャだ!」
シルビアを見て何故か興奮気味のサーシャ。
首を傾げているとサーシャが「ぎ、銀髪の射手」と呟いていた。
そわそわしている彼女を横目にシルビアにこれまでの事を話す。
「相変わらずだな、シュンは」
シルビアにまで呆れられてしまった。
だが、すぐに真剣な顔になってサーシャの前に立つ。
「サーシャ。いきなりシュンにPTに誘われて不安な気持ちもあるだろうが、時には自分の直感を信じて飛び込む勇気も必要だと思うぞ。人の人生に口を挟むのはあまりしたくはないが、彼とPTを組むのはサーシャにとって必ずプラスになるはずだ」
シルビアの瞳をじっと見つめて聞き入っているサーシャ。
いつも喧嘩腰の彼女にしては珍しく何だかしおらしい。
そんなサーシャの様子に少し苦笑をしてシルビアが馬車へと向かっていく。
「またな」と手を振るシルビアをサーシャが「姐さん……」と瞳をキラキラさせて見送っている。
もしかしたら俺よりもシルビアのPTに入った方が幸せなんじゃ?と不安になってしまった。
シルビアの乗った馬車が遠ざかっていくとサーシャが俺達に振り向いた。
「き、今日ちゃんと家族に話す! 明日またここで待ってるからな!」
それだけ言い残すと赤い髪をなびかせてドリス行きの馬車へと飛び込んだ。
何だか昨日と同じような別れ方だ。
「俺達も帰ろうか」
「何だか……楽しくなりそう」
ドルチェの中ではもうサーシャがPTに加わるのは確定なのか、彼女の乗った馬車が遠ざかって行くのをニヤリと笑いながら見送っていた。
読んでくださりありがとうございました。