第56話:「我が敵を焼き尽くせ!」
「す、すげぇ……!」
俺が一撃でゴブリンを倒すとずっと後ろを付いてきているサーシャが驚いている。
着替え終わったサーシャが「借りは作らない!」と言って俺の探索を手伝うと言って聞かない。
正直彼女が居るよりもソロの方が安全に戦えるのだが、居なければ居ないで気になって探索に集中出来そうに無かったのでなし崩し的に『共闘』の形を取る事になってしまった。
いや、『共闘』と言うより、これは『護衛』と言った方が良さそうだ。
最初のゴブリンとの戦いが軽くトラウマになっているのか、俺がゴブリンを引き付けてサーシャの魔法で止めを刺して貰おうとしているのだが、なかなか魔法を発動させられずにいた。
気が付くとボス部屋に到着してしまったのだが先に進むか悩んでしまう。
ボス部屋は1PTしか部屋に入れないので先に進むのならサーシャは1人で『ハイゴブリン』と戦わなければならない。
普通のゴブリンですらまともに戦えない今のサーシャでは完全に自殺行為だ。
だが、気の強いサーシャに正直に「無理だ」と話して果たして聞き入れてくれるのか……。
「ば、バカにすんな! 1階層で足止めなんて冗談じゃねぇ!」
案の定顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
それにしてもまだ1匹も魔物を倒してないのに何故こんなに強気なのだろうか。
どちらかと言うと慎重で弱気な俺からしたらほんの少しだけど羨ましくもあった。
だが、このままでは本当に死んでしまう事になるので、なおも「無茶をするな」と止めるが頑として聞き入れようとしない。
「お金が要るんだよ!」
「死んだらおしまいなんだぞ!!」
彼女の認識の甘さに思わず怒鳴り声を上げてしまった。
突然俺が怒鳴ったのでビクッと震えて怯えた顔で俯くサーシャ。
「それじゃ……どうすれば良いんだよぅ……!」
ペタンと地面に座り込んでまたもや泣き出してしまった。
強気に振舞っていたがやはり初めての迷宮で相当いっぱいいっぱいだったのだろう。
彼女の性格からして誰かに相談したり助けを求めたりなんて事は出来なかったに違いない。
ここまで来たら最後まで面倒見てあげるか……。こんな事してる場合ではないのだが、何故か放っておこうという気にはならなかった。
やらなければいけないことが後から後から湧いてくる。
これ以上寄り道をする余裕はないのだが、もしここでサーシャを見捨てると一生後悔する事になると言う予感……いや、確信があった。
「まずは、ちゃんと魔法が発動出来る様になろう」
慣れるまでサーシャの実戦訓練に付き合う事にした。
サーシャが驚いた顔で俺の事を見上げてくる。
魔法に関してはアイラからいろいろ聞いているので少しだけど仕組みは分かっている。
魔法の発動に一番重要なのは『集中力』。
体内の魔力を効率良く高める『魔力操作』のスキルも大事だが、それよりもいかなる状況でも冷静に集中力を切らさないでいる事が最も重要になってくる。
サーシャはちゃんとスキルを取得しているので、後はいかにして集中力を高めるかが課題だ。
俺の意見に真剣に聞き入っているサーシャ。
「えっと、魔法が成功した時の状況を思い出してみて。まずは一度魔法を発動させてみよう」
「う~……。あたいの場合はテンションが上がるとちゃんと発動するんだけど……」
今は弱気モード全開状態なので難しいみたいだ。
まずは彼女のテンションを上げる事から始めないといけないのかも知れない。
本当に面倒な子に関わってしまった……。
いきなりテンションを上げるのは無理があるので、まずはサーシャの事をいろいろ聞いてみる事にした。
ドリスと言う街に実家があり、今日15歳になるとすぐにお金を稼ぐ為に探索者になったそうだ。
弟や妹が5人もいるので「少しでも家にお金を入れて親を楽にさせてあげたい」。
そんな事をぽつりぽつりと話してくれた。
事情を話してすっきりしたのか「誰にも言うんじゃねぇぞ?」と少し調子が戻ってきたようだ。
しかも探索者になった動機を思い出したのが良かったのか、テンションも上がってきているみたいなので今なら魔法も発動するかもしれない。
「熱き魂よ! 我が敵を焼き尽くせ! ファイアボールッ!」
「…………」
杖の先から無事飛び出した火の玉に満足そうなサーシャ。
テンションが上がって何よりだが、毎回あんな恥ずかしい事を叫ばないと発動しないのだろうか?
「どうだ! 成功したぞ!」
「あ、うん、それじゃ実戦行ってみようか。俺が魔物を引き付けるから魔法で攻撃して」
「まっかせろ! あたいの前に立ち塞がる敵は全部燃やし尽くしてやる!」
「それじゃ、いよいよボスとの戦いだけどサーシャが先に行ってくれるかな?」
もうすっかり魔物を目の前にしても十分戦えるようにはなったが、1人でボス部屋の前で待たせるのは危険だと判断してサーシャを先に行かせる事にした。
しっかり対策を叩き込んだので大丈夫だろう。
プルプル震えているが、どうやら恐怖では無く武者震いみたいだ。
「行ってくるぜ! あたいが華麗に倒す所を見せられねぇのが残念だぜ!」
「ちゃんと最初の小部屋で待ってるんだよ?」
何だかすっかり保護者になった気分だ。
サーシャがボス部屋に入ると扉が微かに光っている。開けてみようとするがびくともしない。
「誰かが部屋に入っている状態のボス部屋って初めて見たけど、こうなってたのか」
しばらくすると光が消えたので中に入る。
部屋の中には遺品らしき物が何もないのでちゃんと突破出来たらしい。
ホッと一安心。
「これで俺が倒されたりしたら洒落にならないな」
そんな事は無くハイゴブリンを一蹴して2階層へ。
小部屋に入ると自慢気に胸を張っているサーシャのお出迎え。
「よ、余裕だったぜ! レベルも上がったしな!」
冷や汗混じりに言われてもあまり説得力は無かったが、無事に突破した事を褒めると真っ赤になってクネクネしだした。
「て、照れるじゃねぇか!」
褒められ慣れていないのかどう反応したら良いのか分からないみたいだ。
2階層の探索に入るが、当然のようにサーシャも付いてくる。
意識をちゃんと集中して魔力を高めないと魔法が発動しないので、素早い一角兎にイライラ全開だ。
その度に宥めすかしたり励ましたりと、魔物を相手にするよりずっと大変だった。
その為、予想以上に2階層の攻略に手間取ってしまった。
やっとの事で2階層を突破した時には、俺の体内時計によるともう午後2の鐘を過ぎているかもしれない。
「今日はもう外に出ようか」
「もうそんな時間か? あっという間だったぜ!」
戦利品の確認をしてニヤニヤしているサーシャ。
実家に住んでるので宿代の心配もなく、それなりの収入にはなってるみたいだ。
でも、いずれは家を出て世界中の迷宮を探索してみたいと楽しそうに話していた。
外に出ると予想通りもう夕方だった。
夕焼けに照らされたサーシャの髪が燃えるように赤く波打っている。
その姿に思わず見惚れてしまった。
「それじゃ、明日も待ってるからな! 逃げるなよッ!」
照れくさそうに、嬉しそうにそう言った彼女の顔が、しばらく俺の頭に焼き付いて離れなかった。
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