第55話:「あたいの敵じゃねぇ!」
「おいこら、そこの男! こっちを向け!」
迷宮の入り口を前にして装備の確認をしていると、不意に背後からガラの悪そうな女の声が聞こえてきた。
ドルチェがベルダ工房に行ってしまい、今日から3日間1人での探索なので気合を入れていたのだが、水を差された形になってしまい思わず声を掛けてきた女の子を睨んでしまった。
一瞬たじろいだ女の子がすぐに気の強そうな目で逆に俺を睨み返しながら詰め寄ってくる。
「て、てめぇは1人なのか? それにそのナリはどうやら新人みてぇだな!」
そう言って俺の姿を無遠慮に値踏みしてきたので無視して迷宮に入ってしまおうかと思ったが、彼女の瞳の奥にほんの少しだが怯えの色が感じられたのでもう少しだけ様子をみることにした。
彼女の耳を見てまず驚いた。どうやらエルフみたいだ。
エルフにしては珍しいと思われる真っ赤な長髪。
癖っ毛なのか手入れをしてないだけなのか分からないが所々飛び跳ねている。
顔は流石エルフと言いたくなるほど整っているので、きちんと手入れをすればもの凄い美少女になれる可能性を秘めていそうだ。
しかし、無造作に頭をガシガシ掻いている姿を見るとどうやらあまり外見を気にするタイプではなさそうだ。
でも、これはこれで野性味溢れる感じがして似合ってはいた。
口調が思いっきりヤンキー口調なのでちょっとビビってしまったが、彼女の身なりを見ると俺が最初に着ていたような麻の服に木の棒だけの軽装なので、もしかしたら今日探索者になったばかりなのかもしれない。
俺以外の周りの探索者はいかにもベテラン風の男達ばかりだったので、駆け出しの新人に見える俺に声を掛けてきたのだろう。
「本当は2人PTだけど、もう1人は今日は別行動だから1人といえば1人だね」
「て事はだ! てめぇは1階層からスタートするって訳だな?」
「そうなるね」
彼女の質問に答えながらこっそりと『鑑定』をする。
『名前:サーシャ
種族:エルフ
レベル:6
取得スキル:火魔法レベル1・魔力操作レベル1・料理レベル1・裁縫レベル1・生活』
木の杖を持っているので魔法使いなのは予想していたが、どうやらアイラと同じ火魔法を使うみたいだ。
それに料理と裁縫のスキルまで持っている所を見ると、もしかしたら家庭的な一面も持っているのかもしれない。
そう思うとこのヤンキー口調も自分を精一杯強く見せようと必死に頑張ってるだけのような気がしてきた。
「キミは迷宮は初めてなのかな?」
「うわ……『キミ』とか止めろよな! 鳥肌が立っちまうじゃねぇか!」
何やら身悶えている彼女が「サーシャだ」と名前を教えてくれたので俺も軽く自己紹介をした。
レベルを聞かれたので正直に『29』と答えると見栄を張ったと思われたのか信じてはいないみたいだった。
「で、さっきの質問だけどサーシャは迷宮は初めて? しかもソロで?」
「そうだよ、悪りぃかよ!」
歯をむき出しにして怒っている。八重歯がちょっと可愛い。
可愛いと思ってしまった事がちょっと悔しかった。
「いや、俺も最初はソロだったし、悪いとは言ってないよ。でも、1階層の魔物のゴブリンはこっちを見つけると凄い勢いで襲い掛かってくるから魔法使いのソロだと大変じゃないかな? って思っただけ」
「ふんッ! ゴブリン如き、あたいの敵じゃねぇ!」
強気なのは良い事だが本当に魔物との戦いを分かってるのか心配だった。
そんなに心配ならPTを組めば良い話なのだが、それにはちゃんと正式にギルドで登録をしなければいけないので、今ここで組む事は出来ない。
PTを組まずに一緒に戦う事をバードンさんは何て言っていただろうか? 確か『共闘』だったような?
迷宮内でトラブルがあった時に安全な場所まで複数のPTが一緒に戦うのは良くある事らしい。
中にはお金を払って別PTを傭兵として雇う探索者も居るとバードンさんから聞いていた。
なので、サーシャが戦いに慣れるまでなら『共闘』しても良いと思っていたのだが、俺の言葉に触発されたのかズンズンと迷宮の入り口の方に歩いて行く。
俺が声を掛けようとすると、そのまま「えいっ!」と掛け声を上げて中に入ってしまった。
サーシャみたいな新人が無謀な探索をして命を失っているとセリーヌさんが言っていたのを思い出す。
頭を掻いて「しょうがないか……」と後を追い掛けた。
最初の小部屋に入るとサーシャが緊張した顔で扉を睨み付けていた。
俺の姿を見て慌てて扉を開けている。
「つ、付いてくるなよな!?」
キッと俺をひと睨みすると両手で杖を抱きしめてどんどん先へと進んで行ってしまった。
慌てて追い掛けるが、再度「付いてくるな!」と怒られたので危険だが距離を取る事にしたのだがそれが失敗だった。
「あれ? どっちに行った?」
分かれ道に差し掛かった所でサーシャがどちらに進んだのか分からなくなってしまった。
左に進んでみるがなかなか彼女を見つける事が出来ないので焦っているとゴブリンが襲い掛かってきた。
「っと! 危ない」
最初の一撃を盾で受け逸らし反撃する。
1階層のゴブリンならもう一撃で倒せるようになっていた。
「でも、一番最初にゴブリンと戦った時は身体が固まっちゃって大変だったんだよなぁ……」
今のサーシャももしかしたら同じ状況に陥ってるかもしれない。
今日初めて会ったばかりなのだが、何故か無性に彼女の事が気になってしまう。
向かってくるゴブリンを倒しながら1階層を彷徨っていると、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「くそっ! どこだ!?」
洞窟みたいな造りなので音が反響して正確な場所が分からないので焦る。
「イヤァァァァァァ! 来ないでぇ!!」
すぐ近くだ。
一気に通路を駆け抜け少し開けた場所に出ると、ゴブリンに襲われているサーシャを発見した。
尻餅を付いたまま両手で杖を抱えてジリジリと後ずさる。
服を破かれたのか白い肌がチラチラ見え隠れしていた。
「ふぁ……ふぁい……ふぁ……あぁ……」
必死に魔法を使おうとしているが口が回っていない。
集中力も乱れているのか魔法が発動しないのでパニック状態だ。
そんなサーシャにゴブリンが棍棒を振り被る。
「ハァッ!」
間一髪俺の剣の方が早かった。首を失ったゴブリンがバタリと地面に倒れる。
目を恐怖で見開いたままのサーシャが呆然とその様子を見つめていた。
彼女の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。
「もう大丈夫だよ。怪我は無い?」
俺の声にビクッと反応したサーシャが緊張の糸が切れたのか抱き付いてきて大泣きしてしまった。
もう一度「大丈夫だよ」と耳元で囁いて優しく頭を撫でるとハッとしたサーシャが腕を突っ張らせて俺から身体を離す。
「ななな、あたいを子供扱いすんな!」
何故か怒られてしまった。
エミリーやドルチェは喜んでくれるのだが、どうやらサーシャは撫でられるのが苦手なようだ。
真っ赤になって怒り出すサーシャに「ごめんごめん」と頭を下げる。
少し落ち着いた所で破れた服から垣間見える白い肌が気になってきたので、予備の服が無いか聞いてみると首を横に振るサーシャ。
どうやら持っていないみたいなので、俺の予備の服を貸す事になった。
最初は男から服を借りるのを嫌がっていたが、このままだと外に出たらいろんな男に見られてしまうと説得するとようやく納得してくれた。
ドルチェにバレたら、きっと「お人好し」とか言われそうだ。
本当は迷宮の外か最初の小部屋で着替える方が安全なのだが「いつ誰が来ちゃうか分からねぇだろ!」と、いきなりその場で着替え始めた彼女の周辺の見張りをする事になった。
「み、見たら燃やすからな!」
そう言って威嚇してくるサーシャに、盛大なため息が漏れてしまった。
面倒な子と知り合ってしまったようだ……。
読んでくださりありがとうございました。
新キャラ登場。




