第54話:「そっちも……任せて」
「ドルチェ、準備は良い?」
「……ばっちり」
5階層のボス部屋の前で準備の確認をする。
時間はおそらくまだ午前4の鐘が鳴ったばかりだろうか。体内時計にも少しだが自信が出てきた。
昨日よりも格段に攻略のスピードが上がっていた。
これはやはりドルチェが『両手槌』のスキルを取得したのが一番の要因かもしれない。
そして俺達は今、昨日苦戦をした『ポイズンスライム』との再戦の時を迎えていた。
毒対策があるのかドルチェの鼻息が荒い。素振りをして気合を入れているドルチェを横目に扉を開ける。
「まずは『分裂』させるから片方をよろしく」
「……任せて」
ポイズンスライムが現れるとすぐに攻撃を開始した。
飛び散る紫の体液…毒液に注意しながら攻撃を加えていくと、身体の傷から大量の体液が迸る。
そして、その体液が蠢き始めるのを確認するとドルチェに指示を出す。
「ドルチェ、そっちを頼む!」
分裂した方をドルチェに任せて本体を攻撃する。
ポイズンスライムの攻撃自体は今の俺達にとってはかなり遅いので怖くは無いが、紫色をした体液に触れてしまうと毒に侵されてしまうのでそれだけは注意だ。
「っと! 危ない」
飛び散る体液をかわして距離を取る。
昨日の戦いではここでドルチェが毒状態になってしまったので心配になり彼女の姿を探すと、ポイズンスライムから距離を取って両手槌を頭上でブンブン振り回していた。
「……何を……やってるんだ?」
俺の疑問はすぐに氷解した。
「……とぅッ!」
何とドルチェがいきなり振り回していた両手槌をポイズンスライムに投げつけたのだ。
もの凄い勢いで飛んでいく両手槌をただポカンとした顔で見つめるしかなかった。
『グシャッ!』
直撃を喰らったポイズンスライムの片割れが弾け飛んだ。
ドルチェが会心のドヤ顔で俺に向けてサムズアップしてくる。
「そっちも……任せて」
作戦が成功した事に気を良くしたドルチェがアイテムボックスから予備の両手槌を取り出し、先程と同じように頭上で振り回し始める。
「あ、うん……よろしく」
巻き添えを喰らわないように距離を取る事しか今の俺には出来なかった。
「……粉砕!」
ドルチェの手から解き放たれたポイズンスライムの本体へと向かっていき……その頭上をすり抜けていった。
「…………」
「…………シュンにぃ……任せた」
壁際まで飛んでいった両手槌を追い掛けていくドルチェの姿に苦笑すると、残されたポイズンスライムに止めを刺す。
『ピロン♪』
どうやらレベルが上がったようだ。
煙となって消えていくポイズンスライムを眺めていると、ドルチェが最初に投げた方の両手槌をウォーターで洗ってるのが見えた。
「あ、一応後の事も考えてたんだ……」
手ぬぐいで拭きながら戻ってきたドルチェの頭をクシャッと撫でる。
「……遠距離攻撃」
「狙いは良いけど、俺にぶつけないようにね?」
得意げなドルチェにしっかり釘も刺しておく。あれが直撃したら俺も即死してしまいそうだ。
昨日拾い忘れたポイズンスライムのドロップアイテムを調べる。
『毒ゼリー』
小瓶に入った紫色の液体を眺める。
「『毒ゼリー』って何かの素材? 需要はあるの?」
俺の疑問にドルチェがちょっと頬を赤らめた。
「……下剤。……便秘の薬」
この世界にも便秘で悩む人は居るみたいだ。
ギルドに売るかそのまま所持しておくか微妙に悩むアイテムだが、ドルチェの話だとちゃんと調合をする必要があるらしいので帰ったら売る事にした。
休憩を挟みつつ6階層を探索する。
出てくる魔物は噛み付きのスキルを持つ『大蛇』がメインで、時々スライムの姿もあった。
大蛇は体長2メートル程で動きもなかなか早かったが、ポイズンスライムの体液をかわし続けていたことで避ける技術が上達していたのかそれ程てこずる事も無かった。
大蛇のドロップアイテム『大蛇の牙』は裁縫に使う針などの素材になるそうだ。
ドルチェに皮製の装備を作る時に必要になるので欲しいと言われたので渡しておく。
「裁縫は……苦手。でも……頑張る」
革製品でも『鍛冶』なのか疑問に思ったので聞いてみると、装備を作る行為は全て『鍛冶』として扱われるとの事。
ややこしいがそういう事なのだろうと深く考えない事にした。
ボス部屋にたどり着く頃にはドルチェのレベルも1つ上がって26になっていた。
扉を開けて中に入ると大蛇よりも一回り大きい頭が2つもある蛇が現れた。
『名前:双蛇
種族:魔物
レベル:7
取得スキル:噛み付きレベル1・締め付けレベル1』
「ドルチェ、噛み付きと締め付けに注意!」
ドルチェが頷くのを確認するといつものように左右から挟み撃ちにする。
頭が2つあるので少し厄介だ。
噛み付きも怖いが締め付け攻撃もかなりやばそうな雰囲気なので、今まで以上に慎重に距離を詰めていく。
「うわっ!?」
噛み付かれないように注意をしていたらいきなり尻尾が飛んできたので慌てて盾でガードをする。盾が無いドルチェが危険だ。
双蛇の注意がこちらに向くように多少の危険を承知で右の頭に攻撃を加えると、こちらに向かって突進してきたのでかわしざまにもう一撃叩き込む。
剣スキルの動きにもかなり慣れてきたみたいで考えるよりも先に身体が動く感じだ。
がら空きの胴体にドルチェの重い攻撃が炸裂すると双蛇の身体が大きくぶれる。
チャンスとばかりに追撃するが皮膚がかなり硬いのかなかなか思うようにダメージを与えられないので少しイラついてしまった。
「シュンにぃ……慌てない!」
すぐにドルチェの叱責が飛ぶ。ドルチェって本当に俺の心が読めるのだろうか? 一瞬怖い想像をしてしまったが、すぐに戦いに意識を戻す。
ドルチェが怯ませて俺が追撃を加える。
何度か繰り返しているとやっと双蛇を倒す事が出来た。
手ぬぐいで汗を拭いているとドルチェが嬉しそうにドロップアイテムを持ってくる。
『双蛇の皮』はかなり頑丈なので皮鎧の素材として最適なのだそうだ。
今装備している皮鎧よりも1ランク上の『双蛇の皮鎧』になるらしい。
期待の眼差しで見上げてくる。
「えっと、とりあえずどれくらいの時間で作れるの?」
「皮鎧なら……1日あれば……十分」
「となると、明日はソロか」
少し心配だったが無茶さえしなければ何とかなるだろう。
ドルチェにOKを出すと「……感謝の気持ち」と言って頬にキスをしてくれた。
しかし、1日くらいならと思っていたが、どうやら神様はちょっと意地悪だったようだ。
「シュンにぃ……板!」
「うん、しかも『魔樹の板』だってさ」
7階層のボス『大魔樹』と言う樹のお化けみたいな魔物が落としたドロップアイテムを見て思わずため息が漏れてしまった。
ここにたどり着くまでに倒してきた『魔樹』が落とす『木の板』を見た時も凄かったがボスが落とした『魔樹の板』を見てドルチェのテンションがMAXになってしまった。
木の板も魔樹の板も盾の素材になるそうだ。
木の板が俺が今使っている『木の盾』に、魔樹の板は1ランク上の『魔樹の盾』を作る事が出来る。
もうドルチェの目の輝きがキラキラからギラギラに変化していた。
「シュンにぃ……」
ドルチェの異様なオーラに俺はただ首を縦に振ることしか出来なかった。
俺のソロ期間が3日に延びた……。
読んでくださりありがとうございました。




