第50話:「……ちょっと火傷しただけ」
「はいクゥちゃん、オルトスに行ったお土産だよ」
「ふわぁ~! ありがと、お兄ちゃん!」
俺から髪飾りを受け取ったクゥちゃんが母親であるマリアさんに見せて大喜びしている。さっそくマリアさんに着けて貰ってご満悦だ。
この2人を見ていると仲の良い親子と言うより姉妹にしか見えない。
旦那さんを失くし女手ひとつでクゥちゃんを育ててきたそうだが、まだまだ若々しい。
お土産のお礼にとクゥちゃんから頬にキスをして貰った。
外まで見送りに来て手を振っているクゥちゃんがあまりにも可愛らしいのでついつい頬が緩んでしまう。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
午前2の鐘が鳴ったので、そのまま大通りを渡り探索者ギルドへと向かった。
「こちらが今回の報酬です。お疲れ様でしたー」
旅の疲れが残っているのか少し疲れ気味に見えるシアさんから今回の依頼の報酬、銀貨10枚を受け取る。
これからいろいろと入用になるので貴重な収入だ。
「20階層とかに潜れるようになったら1日でこれくらいは稼げるようになるのかなぁ」
「鉄とか素材が手に入ったら……ぼくがいっぱい装備を作る。……収入確保」
PTメンバーに鍛冶師がいるとわざわざ店で大金を払って買わなくて済むだけではなく作った装備を売る事も出来るので、今後得られる収入にかなりの差が出てくるのは確かだ。
今更ながらにドルチェが仲間になってくれたのは大きい。
ドルチェだけではない。美味しい料理を作ってくれたり1日の疲れを一生懸命癒してくれるエミリーにも感謝だ。
大切にしないと罰が当たる。
改めて今の自分が恵まれている事を実感した。
「今日は頑張って行ける所まで行ってみよう。もちろん油断や無理はしないけどね」
「ずっと迷宮内に居るなら……何か食べ物」
「うん、露店で果物でも買っていこう」
露店でリンゴを買い乗合馬車の待合所へと足早に向かう。
「シュンにぃ……歩くの早い」
ドルチェが小走りに近寄ってきて俺の服を掴む。どうやら少し気が急いているみたいだ。
立ち止まり軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「ごめんごめん、焦りは禁物だね」
ドルチェに謝り歩く速度を彼女に合わせた。
待合所に着くとシルビア達も今から迷宮に行くようだ。
一緒の馬車に乗り込みいろいろと迷宮の魔物についての情報を教えて貰う。
「そっかぁ、シルビア達はもう10階層を突破してるのか」
「ボーナススキルもあるしな。シュンは少々慎重過ぎるのではないか?」
シルビアの指摘に思い当たる事ばかりだ。
焦って命を落としたら意味が無いが、シェリルや家の事があるのでもう少し大胆になった方が良いだろう。
迷宮に到着したので装備の最終確認をして隣のドルチェに頷くと、気合十分の顔で頷き返してきた。
「それじゃ、行こうか」
「うん……頑張る」
迷宮への入り口を潜って探索開始だ。
「ハァッ!」
俺の一撃が決まると『ハイゴブリン』が崩れ落ちる。
軽く息を吐いて呼吸を整えているとドルチェがドロップアイテムの布を拾って駆け寄ってきた。
「ありがと。2階層は一角兎がメインだっけ?」
「素早いけど……当てる」
「角にだけは注意しないとね。あいつらいきなり飛び掛ってくるから」
2階層と言えども油断は出来ない。気合を入れ直して先へと進む。
本当は1階層毎に最初の小部屋で小休止を入れた方が良いのだろうが、1階層をあっさりと突破したのでお互いまだまだ疲れていなかったのでそのまま2階層の攻略を開始した。
「さっそくお出ましだ。盾で叩き落すから止めを頼むよ」
「……任せて」
こちらを警戒している一角兎にジリジリと近付いて行く。
一角兎が一瞬腰を落として力を溜めて飛び掛ってくる。
「…ここッ!」
一直線に俺の胴体を狙ってきた一角兎を盾で叩き落す。
「粉砕……!」
すかさず大きく振りかぶっていたドルチェの止めの一撃が炸裂。
「プギュッ」と罪悪感を呼び起こしそうな断末魔を上げて一角兎が文字通り粉砕された。
「毛皮……もふもふ」
ドロップアイテムの『一角兎の毛皮』を頬に当ててスリスリしているドルチェ。気持ちは分かるが、ちょっと怖い。
「その毛皮って何かの素材になる?」
何か装備の素材になるのなら作って貰おうと思ったのだが、ドルチェが残念そうに首を振る。
「服か毛布の素材……装備には使えない」
クゥちゃんの店に持って行けば喜ばれそうだが、基本的に迷宮で手に入れた素材はギルドに売らなければいけない。
「確か銅貨5枚だったっけ? 今は少しでもお金を稼ぎたいから見つけ次第倒していこう」
ドロップアイテムはギルドで売る時にゴタゴタしない為にも装備に使える素材以外は俺のアイテムボックスに収納する事になってる。
肌触りを堪能していたドルチェから毛皮を受け取り、自分もスリスリしたいのを我慢してアイテムボックスに入れた。
3匹目の一角兎を倒すとドルチェのレベルが上がって23になった。
レベルは順調に上がって行くのだが、肝心のスキルをまだ取得出来ていないのでちょっと不満そうだ。
俺の『スキル取得速度UP』はPTメンバーにも影響はあるのだろうか?
ボーナススキルではないので無い可能性の方が高そうだが、それでも子供の頃から鍛冶の時に槌を使っていたドルチャならそろそろ取得してもおかしくなさそうだ。
早く貯まったポイントを使わせてあげたいのだが、こればっかりは日々の努力の積み重ねなので取得出来るのを待つしかない。
戦闘の時にドルチェをメインにして俺がサポートをする計画も、この間俺が怪我したこともあって『常に全力で』戦うのが暗黙の了解となっている今ではそれも難しそうだ。
「シュンにぃ……ボス部屋」
ドルチェが通路の先を指差す。
「『炎角兎』か……。かなり素早いから長期戦になると危ないし、一気に倒そう」
「絶対……当てる」
前回戦った時はなかなか攻撃を当てられずにいたのを思い出したのか、ドルチェの顔がキッと引き締まる。
『器用』のステータスも上がってるはずなので楽しみだ。
「それじゃ、開けるよ」
扉を開けて中に入るとすぐに瘴気が集まり『炎角兎』が現れる。
いつものように左右から挟み込もうとすると、炎角兎がいきなりドルチェに飛び掛った。
「ドルチェ!」
間一髪直撃は受けなかったが少し掠ったようだ。
距離を取ってズボンに燃え移った火を手でパタパタ叩いて消している。
「むぅ~……」
怪我はしていないみたいだがかなり怒ってるみたいだ。
今度はこちらに向けて飛び掛ってきたので、剣で炎角兎の脚を払うとポトリと地面に左前脚が落ちる。
「ドルチェ、止め!」
俺の指示にドルチェが駆け寄り渾身の一撃を叩き込む。
炎角兎が煙のように消えて無くなると急いでドルチェの様子を確認した。
「怪我はしてない?」
「大丈夫……ちょっと火傷しただけ」
右脚の太もも辺りのズボンの一部が燃えて白い太ももが少し見えてしまっていた。
一箇所だけほんの少し赤くなっていたが本当に大丈夫そうなのでホッと溜息をつく。
「とりあえず、3階層の最初の部屋でちょっと休もうか」
「喉……乾いた」
そう言えば俺も喉がカラカラだ。
何故か炎角兎が落とす『一角兎の角』をアイテムボックスに入れると、俺達は3階層へと進んだ。
読んでくださりありがとうございました。




