第46話:「この小童が……」
2階層の探索に入る前に最初の小部屋で小休止を取る事にした。
まだ何の魔物が出るのか分からないので、準備を万全にしてからの方が良いだろう。
「そう言えば、外にあれだけ探索者が居たのに迷宮の中だと全然遭遇しないね」
今日迷宮内で遭遇した他の探索者は一番最初のシルビア達だけだった。2階層の小部屋も俺達の貸切状態だ。
「多分……皆もっと……深い階層」
「確かに……。外に居た人達もいかにも『ベテラン』って感じだったっけ」
『戦士の国』の王都の迷宮だ、もしかしたら世界中の精鋭探索者が集っているのかもしれない。
そんな迷宮で1階層から苦戦しているような探索者はもしかしたら俺達くらいではないだろうか?
ちょっと気弱になってしまったので気持ちを切り替えようとコップの水を一気に飲み干す。
「ふぅ~、やっぱりドルチェが入れてくれた水の方が美味しいな」
「ぼくからしたら……シュンにぃの水の方が……好き」
そう言ってドルチェはコクコクと美味しそうに俺が注いだ水を飲んでいる。
ボーナススキルのポイントが24あるのでどのスキルを取得するか話し合った結果、先程怪我した事もあり『HP回復速度UP』を一段階上げる事になった。
『獲得経験値UP(―):40倍』
『HP回復速度UP(40):10倍』
『MP回復速度UP(20):5倍』
『HP上昇(25):20%』
『MP上昇(25):20%』
『筋力上昇(25):20%』
『精神上昇(10):10%』
『器用上昇(25):20%』
『敏捷上昇(25):20%』
次に何を上げるかはまたドルチェとゆっくり話し合って決める事にしよう。
アイラ達が仲間と楽しそうにスキルを選んでいたのを羨ましそうにしていたドルチェが凄く楽しそうなのでちょっと微笑ましい。
小休止を終えて2階層の探索開始だ。
気合たっぷりで挑んだが遭遇した魔物を見て思わず苦笑してしまった。
「ゴブリンかぁ~。なんか異様なくらいに安心しちゃうね。でも油断は禁物、一気に叩こう」
「油断は……ダメ」
こちらに気付いたゴブリンが棍棒を振り回して突撃してくる。
素早く左右に別れた俺達のどちらを攻撃するか迷っているようだったので、剣で軽く牽制をすると標的を俺に定めたのか襲い掛かってきた。
大振りな棍棒の一撃をかわし無防備な顔面に盾を叩き込む。
よろけた所にドルチェの渾身の一撃がゴブリンの背骨を粉砕した。
地面に倒れこみピクピク痙攣しているゴブリンに止めの一撃をお見舞いするドルチェ。
相変わらず、魔物に対しては一切の躊躇が無い。頼もしくもあり少し怖くもあった。
ドロップアイテムの『布』を俺に手渡してくる。
「裁縫は……苦手」
鍛冶素材ではないのでちょっと不満そう。
だが、2階層がゴブリンだったのはある意味俺にとっては好都合だった。
今日の目的はあくまでもドルチェの槌スキル取得の為の実戦訓練だ。
棍棒による一撃は脅威だが、それさえ注意すればこれ程最適な相手は居ない。
「素材やお金には目を瞑って、今日は時間いっぱいここで槌の特訓をしようか」
「コツが分かってきた……でも」
「「油断しない」」
俺とドルチェが同時に今日の教訓を口にする。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
気を取り直して2階層の探索を続行。
シルビア達は2階層もあまり戦わずにスルーしたのか、魔物のエンカウント率がかなり高いみたいだった。
少し開けた場所には必ずと言って良いほどゴブリンがいる。
3匹同時だった時は少し焦ったが、1匹を俺が一撃で倒し残りの2匹をそれぞれが1対1で相手をした。
今まで2対1の戦いが多かったのでドルチェにとっても良い経験になったのか、倒した時はかなり満足そうだった。この分ならスキル取得も近そうだ。
ボス部屋にたどり着く頃には俺のレベルが26、ドルチェが22になっていた。
結構な数を倒したはずだが流石に2階層の敵ではレベルの上がりもかなり遅い。
焦りは禁物だがダーレンに戻ったら本格的に奥の階層まで攻略を進めるべきだろう。
「これが今日のラストの戦いだから、気合入れていこう」
「……頑張る」
扉を開け中に入るとすぐに戦闘態勢を取る。予想通り部屋の中央に『ハイゴブリン』が現れた。
「俺が牽制するから、ドルチェは脚か背中を狙って!」
「……分かった」
慣れた動きで左右にから挟み込み、剣でゴブリンの利き腕を攻撃すると怒りの叫び声を上げて俺に突進してくる。
そこをすかさずドルチェが背後から襲い掛かり、。重い槌の一撃に怯んだところで棍棒を持つ利き腕を気合一閃斬り落とした。
「ドルチェ、止めッ!」
俺の指示に力を溜めたドルチェの渾身の一撃が叩き込まれた。
「粉砕……!」
ドヤ顔のドルチェの頭をポンポン叩き、ドロップアイテムの『木の棒』を手渡す。
「次は……何作ろう」
アイテムボックスにしまい、嬉しそうに素材の使い道を考えていた。
「それじゃ、今日はもう外に出ようか」
「……満足」
いきなり出鼻を挫かれた今日の探索だったが、最後は満足がいく戦いが出来た。
黒い穴をくぐって外に出るとアイラ達の後姿が見えたので声を掛けようとしたら何だか様子がおかしい。どうやら誰かと口論しているみたいだ。
「アイラ、どうしたの?」
何やら取り込み中みたいだったが、何事かと声を掛けると眉間に皺を寄せた顔で振り向いたアイラがすぐに嬉しそうな顔になって俺に駆け寄ってきて腕にしがみ付く。
耳に口を寄せて「例の人達」と囁いてきた。
やはり絡んできたのか。こういう奴等は無駄にしつこいので嫌になる。
アイラとドルチェを引き連れてダリア達と合流すると、ダリア達が不機嫌そう睨んでいる視線の先には2人の男が立っていた。
大剣を背中に担いだ金髪の戦士と杖を持った黒髪の魔法使い。
戦士の方は犬か何かの獣人だろうか?魔法使いは耳が少し尖っているのでエルフかもしれない。
『鑑定』で調べようと戦士の顔を見ると、軽蔑した眼差しを俺に向けてきた。
「おいおい、巨乳の女に貧乳のガキを同時にとは、ずいぶん守備範囲が広い奴だな!」
「クハハハ」と小物臭たっぷりの笑い方をしている戦士をその場に居た全員が冷たい目で見ている。
相棒らしき黒髪の魔法使いもそんな戦士に嫌悪の目を向けていた。
あまり見る価値は無さそうだったが一応『鑑定』をしてみる。
『名前:バイロン
種族:獣人(狼)
レベル:28
取得スキル:両手剣レベル4・身体強化レベル2・生活・鑑定・スキル取得速度UP』
『名前:コンラッド
種族:ハーフエルフ
レベル:25
取得スキル:水魔法レベル3・魔力操作レベル2・生活・鑑定・スキル取得速度UP』
狼の獣人にハーフエルフか。シルビアが言った通りレベルもスキルも微妙なのに、何故こんなに強気なのだろう?
まだまだ本格的に探索をしてない俺より少しレベルが高いだけだ。しかも、スキルレベルを見ると『両手剣レベル4』は脅威だが『身体強化』まだレベル3になっていない。
俺は最初に神様から貰ったポイントが多かった事を思い出し、アイラに感謝の視線を向けると、きょとんと小首を傾げていた。
「ちょ、ちょっと待て! なんでお前が『身体強化レベル3』なんだ!」
今になってやっと向こうも俺のステータスを確認したみたいだ。
『同類』とは気付いていたがかなりこちらを舐めていたのだろう。
狼の獣人……バイロンの顔に焦りが見え始めている。コンラッドも怯えた顔でバイロンの陰に隠れようとしていた。
スキル的には強そうに見えるが、俺の中身はまだまだ素人なので、こんなに怯えられてしまうと何だか変な気分になってしまう。
だが、ハッタリは必要だと思い、表向きは余裕の表情で2人を睨み付けてみた。
「そっちの巨乳のスキルレベルも異常だし……。お前ら揃いも揃って『才能持ち』かよ!」
ただ単に最初に貰ったポイントのお陰なのだが、アイラはともかくとして俺にはそんな才能があるとは思えない。だからと言って勘違いを正す気はさらさらないので黙っておいた。
「なんでお前等みたいなのが『戦士の国』を選んでないんだ! 特にそっちの男!」
何を興奮しているのかバイロンが俺を指差して喚いている。
「長い目で見たら優秀な『職人』が豊富に居る場所を選ぶのは当然だろ? 戦って腕を磨くのなんてどこでも出来る」
半ば投げやりに答える俺を睨み付けているが、もう俺はこの2人組の事は全然脅威に感じなくなっていた。
だが、1つだけ気になった事があるので聞いてみた。
「もしかしてお前達って『同類』でPTを組んでるのか?」
「ふん! 当然だ!」
何故か胸を張って答えるバイロン。
どうやらこいつ等は神様の言った『この世界の住人達の能力の底上げ』には全く興味が無いみたいだ。
もしかしたら言われていない可能性もある。
「オレ達が組めばボーナススキルも分担できるからな! これからお前達とは差が開く一方だろうな!」
なるほど。無駄に強気だったのはそういう事だったのか。
しかし、こんな所でボーナススキルの話をするなんて、こいつは本当にバカなのだろうか?
周囲を見回すと、そろそろ皆帰る時間なのか遠巻きに不審そうに見ている人達もいたが、大半の探索者はすぐに乗合馬車の乗り込んでいくので、何とか大丈夫そうだ。
バイロンは俺の心配をよそに俺達を見下した目で見ていた。
確かにボーナススキルを分担出来るのは有利だろうが、スキルをどれだけ取得してもそれを上手く利用出来るかどうかはその人次第だ。
何度も自分の未熟さを痛感させられた身からしたらスキル至上主義らしいバイロンが長生きできるとはとても思えない。
アイラも少し同情した目でバイロン達を見つめていた。
「なんだお前達のその目は! お前達など今すぐにオレ達の相手ではなくなるのだぞ!」
「まだそのような戯言を口にしていたのかえ? この小童が…」
突然背後から発せられたもの凄い威圧感に、咄嗟に剣を抜いて振り向くと、そこにはこの世の者とは思えない……妖艶な美女が立っていた。
読んでくださりありがとうございました。