第45話:「油断……しないで」
迷宮の入り口に入ると最初の小部屋に先に入っていたシルビア達がそれぞれ武器を構えて扉を開けようとしている所だった。
俺達の気配を感じ取ったシルビアがバッと振り向く。鋭い目付きにちょっとビビってしまった。
「なんだ、シュン達か……」
俺の顔を確認すると溜息をついて苦笑いをしている。
昨日の事があるので少しピリピリしているみたいだ。
「そういえば、ここの1階層って何が出るの?」
俺の質問にシルビアだけじゃなくメリルとサラももの凄く嫌そうな顔。
「見れば分かる。ワタシ達はすぐにでも2階層に進むつもりだ」
少しでも早く1階層を立ち去りたいみたいだ。
そんなに嫌な魔物なのだろうか…。かなり不安になってしまう。
「では、ワタシ達はもう行くぞ。また外で会おう」
そう言い残して扉を開けると足早に去っていった。
「結局情報を貰えなかったな。ちょっと不安だけど、まだ1階層だし何とかなるか」
「うん……進もう」
何かもっと言いたげな顔だったが、ドルチェも俺の後に続いて扉の先へと進む。
「何かダーレンの迷宮に比べるとジメジメしてるね。足を滑らせないように気を付けて」
「……分かった」
ドルチェが両手槌を構え直して周囲に目を光らせている。
今日の戦闘はドルチェがメインになる予定なので、ちょっと緊張してるみたいだ。
ちょっとと言うか、かなり緊張し過ぎな気もするが、迷宮の中なのでこれくらいの方が良いのかもしれない。
とりあえず、危なくなったらすぐに助けられる様に注意だけはしっかりしておこう。
少し進むとすぐに道が左右に分かれている。
右の通路を見るとシルビア達の後姿がチラッと見えた。
「多分あっちが2階層への近道なんだろうけど、同じ方向に進んでも魔物は彼女達が倒しちゃうだろうから……俺達は左に進もう」
この迷宮に入るのは初めてなので、ダーレンの時みたいに道に迷わないように最初は全部左に進んだ方が安全だろう。
「ん? ドルチェ、止まって……何か居る」
洞窟のような道をしばらく進んでいると何やらもぞもぞと地面を這っている生き物が居た。あれも魔物だろうか?
飛び出そうとするドルチェを止めて『鑑定』スキルを使った。
『名前:ワーム
種族:魔物
レベル:1
取得スキル: 』
1メートルくらいのミミズとイモ虫を掛け合わせた様な魔物がこちらに近付いてくる。円形状に尖った歯が並んでいるので、噛まれたらかなり痛そうだ。
「『ワーム』って魔物らしい。スキルは無いみたいだけど、初めての魔物だから2人で一気に倒そう」
「……頑張る」
俺達に近付いてきたワームが身体を起こして威嚇してくるが、動きはかなり鈍いのでこちらが先制出来そうだ。
一気に距離を縮めて剣を一振り。ワームの身体が真っ二つになった。流石は『片手剣レベル3』だ。
「やっぱり1階層だとこんなもんかな? ごめん、倒しちゃった」
出番の無かったドルチェに後ろを振り向いて謝る。
「シュンにぃ!」
ドルチェの叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間右脚のふくらはぎに強烈な痛みが走った。
「ッ! うわッ!?」
あまりの痛みに剣を落として倒れこんでしまった。
右脚を見るとさっき倒したはずのワームが噛み付いている。
「痛ッ! うそ……なんで!?」
「シュンにぃ……動かないで!」
混乱している俺にドルチェが怒鳴る。鬼のような形相で槌を振りかぶっているドルチェの姿に思わず身体が硬直。
だが、逆にそれが功を奏したのか狙いすました彼女の一撃が俺の脚に噛み付いていたワームを文字通り『粉砕』した。
俺はまだ動いている尻尾の部分も叩き潰しているドルチェをただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
他の魔物と同じように煙のようにワームの死骸が消えていく。
ドルチェが何かを拾って俺の傍に駆け寄ってきた。
「怪我を診るから……そのまま……じっとしてる」
言われるままにじっとしていたら「……周囲の警戒」と怒られた。
「痛いけど……我慢。……ウォーター」
「んくッ!」
以前門番のガルスさんがしてくれたようにウォーターで傷口を洗っている。
我慢できない程ではないが、流石に痛い。だが、ここはドルチェに全て任せよう。
「……シュンにぃ」
傷口に傷薬を塗り込んでいるドルチェが震える声で俺の名前を呼んできた。
周囲の警戒をしていたが彼女のいつもと違う声に視線を向けると、今にも涙が零れ落ちそうな瞳で俺を見上げていた。
「絶対に……油断……しないで」
泣くのを必死に我慢して言葉を搾り出すドルチェに「ごめん」と素直に謝る。
「1階層だからとか、倒した事があるからとか、もう絶対に油断したりしないように気を付けるよ」
感謝の気持ちを込めて頭を撫でると、上目遣いに俺を睨んで「周囲……警戒」とまたもや怒られてしまったが、頬が赤く染まっているのでどうやら照れ隠しのようだ。
『HP回復速度UP』のスキルが付いているので出血はすぐに止まりそうだが、しばらく戦えそうにない。一度迷宮から出る事になった。
1階層で引き返す事になってしまったので落ち込んでしまったが、もしドルチェが居なかったらもっと酷い事になっていたのは確かだ。
最悪の事態を想像して恐怖に震えていると、ドルチェが自分のコップに注いだ水を勧めてくれた。
「焦らない……今は休む」
「ドルチェ、ありがとう」
ぎゅっと抱きしめると「水……こぼれる」と慌てているドルチェが可愛くて愛しくてさらに強く抱きしめてしまった。
お礼に俺のコップにウォーターで注いだ水をドルチェに渡すと、嬉しそうに飲んでくれた。
俺もドルチェから貰った水で喉を潤す。気のせいか自分が出す水よりもずっと美味しかった。
しばらくのんびりと怪我が治るまで2人で座っていると、ドルチェが何か思い出したのか俺に小瓶を差し出してくる。
「ワームの……ドロップアイテム」
渡された小瓶を空に透かせて見ると中に透明な液体が入っていた。
「ドロップアイテムが瓶って……。布とか棒にも驚いたけど、なんかゲームみたいだよなぁ……」
『鑑定』してみると『ワームの体液』との情報。
「『ワームの体液』って何かの素材になるの?」
隣で同じように小瓶を覗き込んでいるドルチェに尋ねてみたが首を傾げていた。
「どこかで聞いた事ある……ような?」
思い出そうと必死にうんうん唸っていたかと思うと、不意にポンと手を叩いて満面の笑みを浮かべる。
「……思い出した。……ソレの原料」
俺の右のふくらはぎ……正確には傷口を指差していた。
キョトンとした顔の俺に、悪戯っぽく「……傷薬」と囁く。
ドルチェは「うへぇ」と傷口を嫌そうに見ている俺の顔を見て楽しそうに笑っていた。
「さてと、ここが1階層のボス部屋みたいだね」
目の前にはダーレンの迷宮でも何度か見ていた扉がある。
『HP回復速度UP』のお陰で出血が止まったので、1階層にリベンジする事にした。
まだ少し痛むがこの分なら探索に支障はない。
先程の教訓から一切油断をせずに2人がかりでこれでもかと言う程念入りにワームを切り刻んだり叩き潰したりしながら探索を進める。
正直あまりのグロさに吐き気を催したが、ドルチェは親の敵のようにワームを粉砕しまくっていた。
その甲斐あってか無事にレベルが上がり『身体強化レベル3』を取得する事ができた。
ドルチェも2レベル上がったので、もうレベル20になっている。後はスキルを取得するだけだ。
俺のスキルは『身体強化』をレベル4にするには80ポイントも必要だったので、今後は剣のレベルを上げるか『盾スキル』の取得まで取っておくか悩む所だが今はそれよりも目の前の戦いに集中しよう。
「それじゃ、開けるよ?」
ドルチェが頷くのを確認して扉を開ける。
俺達が入るとすぐに扉が閉まりじめっとした広い部屋の中央に黒い瘴気が集まりだす。
その瘴気の中から今までのワームよりもずっと大きい、2メートルもありそうなワームが現れた。
円形状の歯が並んだ口の左右には一対の鋭利な牙。
すぐさま『鑑定』をする。
『名前:ビッグワーム
種族:魔物
レベル:1
取得スキル:噛み付きレベル1』
『噛み付き』のスキル持ちだ。これに噛み付かれたら先程の比ではないだろう。
「ドルチェ、噛み付きには絶対に注意! 左右から挟み込もう!」
「……分かった」
左右に別れて慎重に近付く。幸い動きは普通のワームと同じ速さでしか動けないみたいだが、油断は禁物だ。
ドルチェに噛み付こうと背中を見せたので剣の一撃を叩き込む。
「ブシュッ」と体液が飛び散るが動きを止めようとしないので少し焦るが、なおも追撃する。
流石に一撃で斬り落とす事は出来なかったので、何度も同じ箇所に攻撃を加えていった。
「ガギンッ!」
金属のぶつかり合うような音に「まさか、ドルチェが」と一瞬血の気が引く。
「牙……へし折った」
ドルチェの報告にホッと胸を撫で下ろした。
狂ったように身体をねじらせるビッグワームの動きに注意しながらも攻撃を続けると、ついにその身体が真っ二つになった。
「ドルチェ、尻尾を頼む!」
返事を待たずに俺は切り離されたもう一方の顔の部分を攻撃する。
もう油断して噛み付かれるようなヘマはしないつもりだ。
「いい加減に……倒れろッ!」
渾身の一撃がビッグワームの身体にめり込むとその巨体がついに倒れた。
動きは遅いがタフさは今までの魔物の中ではダントツだろう。
「これで1階層だもんなぁ……。本当に嫌になる」
思わず愚痴が漏れてしまった。
黒い瘴気になって消えた後にはビッグワームの牙らしき物が落ちていた。
「小さなナイフになる……錆びない」
尻尾の部分を片付けたドルチェが牙を拾い上げて何か言いたげに俺を見ている。
「もちろんそれはドルチェが鍛冶に使って良いよ」
俺の言葉に満面の笑みだ。
それにしても、まだ1階層を突破しただけなのにどっと疲れた。
躊躇する事無く10階層に潜っていったアイラ達や今日中に10階層に到達してしまいそうなシルビア達がバケモノに思えてきた。
深い階層を目指すためには、スキルに現れない部分の強化をもっとしていかなければならないだろう。
それにPTメンバーも増やす必要がある。
「やる事いっぱいだなぁ……」
「ぼくも一緒……大丈夫」
ぴったりと寄り添ってくるドルチェに「そうだね」と微笑んで、俺達は2階層へと続く穴に入っていった。
読んでくださりありがとうございました。