第42話:「抱いて欲しいのッ……!」
「ちょっとトイレに行ってくるね」
宿屋に到着するとまずはトイレだ。
街中には公衆トイレと言う物が存在しないので、こうした場所でちゃんとしておかないといろいろと困った事になる。
食事を取ったカフェで済ませる事も考えたが、まだ余裕があったので宿屋まで我慢した。
ドルチェとアイラは孤児院を出る時に済ませていたので、先に部屋に戻っているように言ってトイレへと向かった。
大事な話の途中にトイレなんて締まらないので、行ける時に行っておかないと。
用を足して部屋に戻ろうとすると、ドルチェ達がまだカウンターの側に居て何か話をしていた。
ドルチェに話し掛けられているアイラが顔を赤く染めて頷いている。そんなアイラに対してドルチェが尚も何か言っていた。
「どうしたの? こんな所で」
「な、何でもないよ! ほら、部屋に行こッ!」
俺が近付くと真っ赤な顔のアイラが慌てて階段を上がって行く。
アイラの後姿を見て呆気に取られていると、ドルチェが服を引っ張ってきた。
「シュンにぃ……昨夜の約束……覚えてる?」
ドルチェに限界まで搾り取られた夜の事を思い出す。
そうだ、確か彼女はエッチをする前にとんでもない事を言っていた。
「昨夜のって、もしかして『一緒だったらアイラとエッチしても良い』ってやつ?」
「覚えてるなら……良い」
「いや、でもあれって……あ」
約束の確認だけすると、ドルチェがスタスタと階段を上がって行ってしまった。慌てて追いかける。
彼女の怪しく光っている瞳がちょっと怖い。
部屋に入るとシーツが新しくなっていたのでホッと胸を撫で下ろした。
流石にあの乱れまくったベッドを見られるのは非常に気まずい。
椅子が無いのでベッドに座ると、すぐにドルチェが隣に腰を下ろす。
アイラは少し考えてから隣のベッドに座った。かなり落ち着かないみたいだ。
また固くなってしまっている。ここは俺から話題を振った方が良いだろうが、何て言えば良いのか悩む。
アイラの緊張が移ったのか、俺も少しテンパってしまっているみたいだ。
そんな俺に対して、さっきから隣のドルチェが俺の脇腹を突っついて急かしてくる。
小さく溜息を吐くと余計な事は考えずにストレートに聞いてみる事にした。
「アイラ、何か悩みがあるんだよね? 俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、少しでもアイラの力になりたいから、正直に話してみてくれないかな?」
「あぅ……、ありがとう。……話すね」
ずっと俯いていたアイラが顔を上げて、真剣な瞳でじっと俺の目を見つめてくる。
「アタシね、前に居た世界では、ずっと後悔だらけの人生だったの。人生って言ってもまだ15年しか生きてないんだけどね。それでも、あの世界から逃げ出したいって毎日祈ってた……」
アイラの瞳に涙が浮かぶ。それでも気丈にも俺の事を見つめ続けていた。
「念願叶ってこの世界に来れたけど、この世界でもアタシは後悔ばかりしてた。シュンと離れ離れになっちゃった事もそうだし、他にもいっぱい……」
そう言って自嘲気味に笑うアイラ。
いつも明るい笑顔だった彼女にそんな顔は似つかわしくないはずなのだが、何故かその表情を見ると自然な感じがした。
もしかしたら、これがアイラの本当の素顔なのだろうか?
「ねぇ、シュンはコールの事や孤児院で会った女の子……シェリルだっけ? 彼女の話を聞いてどう思った?」
「俺は、いつかシェリルの心からの笑顔が見たいって思った。その為にも魔物に怯える必要が無い世界にしなきゃって……。コールの話を聞いてたから無茶はしないつもりだけど、それでも頑張ろうって」
俺の言葉に何か眩しい物を見るような瞳のアイラ。
「シュンは強いね……。彼女の話を聞いて……ううん、彼女だけじゃない、あそこに居た他の孤児達の話を聞いてアタシの心には『恐怖』しか無かったの」
「恐怖?」
「うん、シェリルが言ってた『魔物や迷宮が無い世界』って、神様から貰ったスキルがあるアタシ達だったら決して不可能じゃないでしょ?」
「そうだね。迷宮が生まれてくるのは止められないかもしれないけど、その迷宮を攻略して魔物が溢れ出して来ないようにするのは十分可能だと思うよ」
今は無理でも数年後には迷宮を攻略できるだけの力を身に付けられる自信はあった。
仮に俺が倒れても、アイラやシルビア……他の『同類』達も居る。
「アタシね、神様の所では格好つけた事をいっぱい言っちゃってたけど、本当は迷宮に入るのが……魔物と戦うのが凄く怖かったの。魔法を選んだのも、魔法使いなら一番後ろで戦えると思ったからなんだよ?」
「軽蔑する?」と怯えた目を向けてくるアイラに俺は首を横に振る。
「俺だって怖いし、シルビア達だって本当は恐怖でいっぱいだと思う。アイラだけじゃないよ。だから、そんな事でアイラを軽蔑なんてしないよ」
「シュンはやっぱり優しいね……。でも、孤児院の子供達の話を聞いて、アタシ達もいつ魔物に殺されるか分からないって思ったら迷宮に入るのが怖くなっちゃったの……。アタシはもう戦うのが怖いの!」
感情が爆発してしまったのか、手で顔を覆って泣き出してしまった。
アイラに対して勝手に『戦乙女』のイメージを持ってしまっていたが、彼女もまだ15歳の女の子だ。ずっと恐怖と戦っていたのだろう。
「1人だったら……ぼくだって同じ。でも……ぼくにもアイラにも……仲間が居る」
「シュンにぃが居れば……怖くない」と言うドルチェの頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
そんな俺達にアイラがハッとして顔を上げる。
「あ、アタシにだって、ダリアやヘルガ、それにシーナだって居るもん!」
「だから……アイラも大丈夫。迷宮で……戦える」
ドルチェの諭すような優しい声にアイラが顔を赤く染めて俯いてしまった。
「アタシ、ずっとこの恐怖から逃げたいって思ってた。でも、今のアタシはひとりぼっちじゃない。アタシにだって頼れる仲間が居るんだよね? ここで逃げるって事はみんなを裏切るって事だよね? またアタシは後悔するところだったよ」
「みんなそうやって悩んで後悔して成長していくんだと思うよ? 俺だって逃げ出したいけど、エミリーやドルチェ、他にも俺に期待してくれてる人達に相応しい男になりたいから……。だからアイラも仲間達の信頼に応えられる自分になれるように、一緒に頑張ろ?」
「うん! シュン、ありがとう!」
アイラが俺の胸に飛び込んできた。
しっかり抱きしめると、まだ涙に濡れた瞳で見上げてくる。
「シュン……弱いアタシに勇気を分けて」
そう言って俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
急な展開に戸惑ってしまったがアイラが震えている事に気付き、背中に腕を回してしっかりと抱きしめる。
唇が離れるとアイラは俺の目をしっかりと見つめていた。
「アタシに勇気を……アタシを……抱いて欲しいのッ……!」
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