第40話:「探索者……なの?」
異様な光景だった。
俺達が通された一室には50人近い孤児達。広場に居た子供達とは目の輝きがまるで違っていた。
殆どの子が生気を失った目で虚空を見つめて床に座っている。
俺達が部屋に入って来ると何人かが怯えて隅に逃げてしまったが、その反応はまだましでそれ以外の孤児達は何の反応も示さず焦点の合っていない目でずっと虚空を見つめていた。
1人だけ例外が居たが。
「これは……」
「まだ家族を失って日が浅いからな。皆現実を受け入れる事が出来ていないのだよ」
あまりの光景に立ち尽くしている俺達にダリアが教えてくれた。
大人でもある日いきなり家族を殺されたら発狂してしまうかもしれない。
しかも彼らはまだ子供だ。
「ここに居る子供たちはこれでもまだましなんですよ。別室で治療を受けている子達に比べたら……」
「わたくしは光魔法が使えますので、治療のお手伝いをさせて頂けませんか?」
「それは助かります! ぜひ、お願いします。……こちらです」
ここまで案内してくれた孤児院の人が辛そうに話すのを聞いたシーナが手伝いを申し出ると、すぐに別室へと連れて行かれた。
「光魔法ってのは回復魔法が使えるの?」
「うん、凄いんだよ! シーナの回復魔法は!」
俺の質問にアイラが元気に答えてくれるが表情がかなり強張っている。
空元気なのがバレバレだがそれでも少しでも場の雰囲気が柔らかくなるようにと頑張ってくれてるみたいだ。
「ドゥーハン側で引き取るのは20人程です。ボルダス様から『将来探索者として活躍できそうな人材を』との事ですので、皆様にも探索者の目で選別して頂けると助かります」
神妙に頷いていると、ドルチェが服を引っ張ってきた。
「シュンにぃ……宿屋に相応しい子……忘れちゃダメ」
「う、うん、もちろん覚えてるよ」
ジト目のドルチェから逃れるように端から順番に孤児達を見ていく。
マーサさんが『俺の好みで』と言う事はやはり女の子希望なのだろう。
50人中女の子は18人だった。その中で気になった子達を更に『鑑定』で調べる。
『名前:ミナ
種族:獣人(兎)
レベル:5
取得スキル:料理レベル1・身体強化レベル1・生活』
ある少女2人組の所で足が止まった。
俺が近付くと真っ白い髪の14、5歳くらいの兎耳の少女がもう1人を庇うようにぎゅっと抱きしめて俺を睨みつけてくる。
生気を失った目の子達が多い中この子の目にはしっかりとした強い意志があった。
双子なのか顔がそっくりだったが鑑定で調べると、勝気そうな方が『ミナ』でそのミナに抱きしめられてぷるぷる震えている方は『ミル』と言う名前だった。
ミルのステータスにも『料理レベル1』があるので、食堂で働くにはかなり良さそうだ。
接客やベッドメイキングはおいおい覚えて貰えば良いだろう。
ドルチェに目配せすると、彼女も頷いたのでどうやらOKみたいだ。
この子達の胸を見て頷いたような気がした。ちなみに2人共、胸は小ぶりだった。
2人に宿屋で働く気はないか尋ねてみると、最初は警戒心を露にしていたが「2人一緒でも良い」との一言が効いたのか首を縦に振ってくれた。
だが、最終的な判断はゼイルさんやマーサさんが決めるので、必ず雇って貰えるかは分からないと忘れずにちゃんと話しておく。
セリーヌさんにミナとミルをドゥーハンに連れて行って貰えるようにお願いをして、今度は『探索者として』良さそうな子達を探してみる。
実は最初に見た時からずっと気になっていた子が居たのだ。
『名前:シェリル
種族:獣人(猫)
レベル:8
取得スキル:短剣レベル1・身体強化レベル1・生活』
戦闘スキルを持ってる事に驚いたが、俺が彼女を気になっていた理由は別にある。
この子は俺達が部屋に入って来た瞬間から何故かずっと俺の顔を見ていた。
瞳こそ他の孤児達と同じように生気が失われていたが、それでも俺の一挙手一投足から目を離そうとしなかった。
同じように『鑑定』で彼女を見たシルビアがいろいろと話し掛けていたが、それでもじっと俺を見ている。
シルビアが「お手上げ」と言った感じで俺の肩を叩いてくる。
代わりに俺がその子の目の前に座って正面からその視線を受け止めた。
銀色の瞳と髪、警戒しているのかピンと立った猫耳。
見た目は活発そうな美少女だが、やはりその瞳からは生きる為の活力が感じられなかった。
しばらく見詰め合っていたが、それだけでは埒が明かないのでまずは自己紹介をしてみる。
「俺の名前はシュンだよ。まだなりたてだけど一応探索者をしている。……キミの名前は?」
『鑑定』をして知ってはいたが、本人から直接聞くのは大切な事だ。
俺の言葉にピクリと反応する。
「……探索者……お父さん……」
彼女のお父さんも探索者だったのだろうか?
話の取っ掛かりになるかもしれなかったが、傷付けてしまう恐れもあるので躊躇していると、なんと彼女の方から会話を続けてきた。
「探索者……なの?」
「うん、そうだよ」
「迷宮で……魔物を倒す?」
「そうだね、大切な人達を守る為に……倒すよ」
その後もいろいろと彼女の質問に答えていると、生気の無かった瞳の奥にほんの少しだが光が宿ってきた感じだ。
「お父さん達の仇を……この世界から魔物を……迷宮を無くしたい」
シェリルが涙混じりに話してくれた。
シェリルの母親は彼女を産むとすぐに亡くなってしまい、探索者だった父親とその仲間達に育てられて自分も大人になったら探索者になって父親の力になろうと決意していた。
しかし、ある日その全てを魔物によって奪われた。
泣きながら淡々と話していだが、彼女の悔しさが痛いほど伝わってくる。
気が付くと周りの孤児達がシェリルと同じように全員泣いていた。
「……魔物なんて……迷宮なんて無い世界にしたい!」
痛々しい姿に思わず抱きしめると、彼女は俺の胸の中で声を殺して静かに……そして、深く泣いた。
「探索者になりたい」と涙ながらに訴えるシェリルをセリーヌさんに推薦していると、ドルチェが話し掛けてきた。
「あの子……仲間にする?」
相変わらず察しが良すぎるドルチェに思わず苦笑。
今現在14歳のシェリルが近い将来『孤児奴隷』として売りに出される事になったら買うつもりだと告げると「分かった」と一言。
正確には年齢を調べる事が出来る特殊な水晶玉での確認が必要だが、シェリルの話では「14歳と2ヶ月」と言っていたので、約10ヶ月の間にお金を貯めておかなければいけないだろう。
ちなみにミナとミルはあと10日程で15歳になるらしい。
どれだけのお金が掛かるかセリーヌさんに聞いてみた所「かなりの器量よしなので、金貨2~3枚は必要かもしれません」との事。かなり厳しい……。
コールの話を聞いたばかりなのでなおさらだ。
「でも、欲しいな」
そんな俺の呟きに今度はダリアが声を掛けてくる。
「シュン、彼女を『孤児奴隷』としてPTに入れるつもりか?」
「うん、無理はしないつもりだけど、頑張ってお金を稼いでみようと思う」
「『孤児奴隷』には妊娠の心配が無い異種族が良いから、彼女は適任だろう」
そう教えてくれたダリアの目はどこか寂しそうだった。
俺の視線に気付いた彼女が、苦笑混じりにこっそり教えてくれた。
「慕っている御主人様の精を貰えないのは、結構辛いぞ?」
ダリアもバードンさんも同じ『人族』だ。
エミリーは俺と異種族である事を悲しんでいたが、同種族同士でもいろいろと大変みたいだ。
「異種族間だと絶対に子供は作れないのかな?」
「いや、不可能ではないらしいぞ?」
あっさりとダリアが答える。思わず目が点になってしまった。
傍に居たドルチェもびっくりした顔でダリアを見上げている。
「いや、以前シーナに聞いた話でな。シーナは父親から聞いたらしいが……。何でも『キングゴブリン』と言う魔物のドロップアイテムを使うと異種族間でも子供が作れるようになるそうだ」
「本当かどうかは疑問だがな」と苦笑している。しかし、俺にとってはもの凄い情報だ。
まだ詳しく調べる必要があるかもしれないが、光明が見えてきた。
と思ったとろで、子供を作る気満々になっている自分に驚いた。
いつの間にか俺の子供が産めないと哀しく泣いていたエミリーの姿が心に焼き付いていたみたいだ。
「ねぇ、シュン。……子供を作りたい相手が居るの?」
不意に背後から聞こえてきた凍るような声に、ギギギと壊れたロボットのように振り返る。
そこには、何かを思いつめた表情の『同族』のアイラが立っていた。
読んでくださりありがとうございました。