第31話:「……凄いお得って事?」
「あれ? シュンさんに……ドルチェちゃんじゃないですかー。どうしました?」
「あ、シアさんはドルチェの事知ってたんですね」
「ここには……素材の受け取りで何回か来た」
探索者ギルドに入るとすぐにシアさんが声を掛けてきてくれた。
どうやらドルチェとは顔見知りらしい。
セリーヌさんの姿が見当たらないので、おそらく今日も買取室担当なのだろう。
「今日はこの子の探索者登録とPTの申請をお願いします」
「え? ドルチェちゃんが探索者に? それに、シュンさんとPTって……相変わらずいろんな人に好かれてますねー」
シアさんは俺をからかいながらも仕事はちゃんとしてくれるらしく、すぐに事務的な声になってドルチェに探索者について説明を始める。
15歳以上じゃないと登録出来ないみたいだが、ドルチェはちょうど先月15歳になったそうだ。エミリーより年上だった事に驚いた。
少し時間が掛かりそうだったので、俺はその間に昨日売り忘れたアイテムを売るために買取室に向かった。
「こんにちは。……あら、シュンさん。まだお昼ですがもう迷宮から戻られたのですか?」
「いえ、そういう訳じゃなくて……」
買取室に入ってきた俺を見てセリーヌさんが首を傾げながら聞いてきたので事情を説明した。
セリーヌさんもドルチェの事は知っていたらしく最初はかなり驚いていたが、説明を終える頃には自分の事のように喜んでくれた。
「ソロは危険ですから、私も安心しました」
「ありがとうございます。今まで以上に頑張りますね」
昨日は午前中しか探索出来なかったのであまり大した稼ぎにはならなかったが、それでも『一角兎の毛皮』『一角兎の角』のお陰で初日よりも収入が多かった。
ドルチェ達の所に戻ると、ちょうど水晶玉に手を当ててる所だった。
ちなみにドルチェはいつの間にか踏み台に乗っていた。
「はい、完了です。探索者として頑張ってくださいねー」
「頑張る……ふんす」
表情からは分らないが、どうやら気合が入ってるみたいだ。
「では、シュンさんも戻られたので、次はPTの登録をしますねー。リーダーはシュンさんでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「分りましたー。それでは、2人共水晶玉に触れてください」
俺とドルチェが水晶玉に触れたのを確認すると、シアさんが何やら呪文を唱え始める。
すると俺達の手の甲の魔法陣が輝きだした。
「完了です」
呪文を終えたシアさんの声に、俺とドルチェがお互いを見つめる。
初めてのPT契約にちょっと感動してしまった。
ドルチェも手の魔法陣を見て頬が緩んでいる。
「よろしくね」と頭を撫でながら声を掛けると、目を細めて嬉しそうだ。
「そういえば、皆さん忙しそうですけど、やはりカロの街の件ですか?」
「そうなんですよー。今回はオルトス国だけじゃ孤児全員を受け入れるのが難しいそうなので、この国もそれなりの数の孤児を引き受けるそうなんですね。そうなると、探索者になろうとする孤児が沢山ギルドに来ますので今からその準備ですー」
ボルダス王やギルド長のオルトス国への出立も迫っているので輪をかけて忙しいそうだ。
「残業がー、婚期がー」とよく分らない愚痴を言っているシアさんを何とか宥める。
隣では事情を知らないドルチェがきょとんとした顔で俺達を見上げていた。
後で説明してあげないと。
シアさんに「頑張ってくださいね」と声を掛けてギルドを後にした。
宿屋に戻るとすぐにエミリーがすっ飛んできた。
「シュンさん、おかえりなさ~い。ドルチェちゃんもようこそです~!」
「よろしく……エミリー」
エミリーもドルチェも俺との『約束』をちゃんと守ってくれてるみたいだ。
昨夜ドルチェの事でちょっと拗ねてしまったエミリーをベッドの中で慰めた甲斐があった。
その時にエミリーにも「ドルチェと仲良くして欲しい」とある意味残酷とも取れるお願いをしたのだが、それを守る代わりに「毎晩一緒に寝る」という嬉しすぎる条件を出された。
もちろん断る理由はなかった。
「部屋は大丈夫? ドルチェの荷物を置いたら迷宮に行ってみようと思うんだけど」
「はい、シルビア様のお隣……角部屋がちょうど空いております」
カウンターに居たターニアさんがすぐに答えてくれた。
「あ、だったら、シュンさんのお部屋をその角部屋にしませんか~?」
エミリーがいきなりそんな提案をしてきた。
少しでもアノ声を聞かれてしまうリスクを抑えたいのだろうか。
それには俺も賛成だが、本当に毎晩来る気満々のようだ。
「ぼくは……それで構わない。どの道……シュンにぃの部屋にいる時間の方が……長い」
挑発とも取れるドルチェの言葉に冷や汗がタラリ……。
どこかでゴングが鳴らされた気がした。
「ドルチェ様がよろしいのでしたら……シュン様、そうなさいますか?」
「はい、お願いします」
2人を直視するのがちょっと怖かったので、ターニアさんから鍵を受け取ると逃げるように部屋に戻って荷物の整理をした。
だが、荷物は全部アイテムボックスの中なので、部屋に残っていたのはエミリーのコップだけだった。
コップ片手に部屋から出てきた俺を見て、階段を上がってきたエミリーとターニアさんが苦笑している。
俺からコップを受け取るエミリーをドルチェがじっと見つめていた。
今まで使っていた部屋をドルチェに明け渡し、代わりにシルビアの部屋を挟んだ角部屋に入る。
当然のようにテーブルにエミリーが自分のコップを置く。
俺のコップは迷宮から帰ってきたら隣に並べるつもりだ。
「ちょっと迷宮の事でドルチェと話があるから。……ごめんね、エミリー」
ボーナススキルの事などはPTメンバーにだけは予め伝えておかなくてはいけないだろう。
できればエミリーには聞かれたくなかった。
「あたしも、できる事なら探索者になってシュンさんと一緒に……。ううん、何でもないです~……」
今にも泣き出しそうだったのでぎゅっと抱きしめる。
「エミリーがこうして俺を待っててくれるから頑張れるんだよ? それに無茶し過ぎないようにストッパーにもなってるから。待つのは辛いかもしれないけど、エミリーにはここに居て貰いたいんだ」
「はい、待ってます~……。ちゃんと帰ってきたらあたしが身体を拭いてあげます……。それに~……ヒック……」
「うん、美味しい料理も楽しみにしてるよ」
それ以上はお互い何も言わずに、ただ唇を重ねた。
「そろそろ……入ってもいい?」
部屋の外からドルチェが声を掛けてきた。ドアが開けっ放しだった事に今やっと気付く。
「残念です~。続きは帰ってきたらですよ~」
少し元気になったエミリーがチロッと舌を出して部屋から出て行った。
入れ替わりにジト目のドルチェが入ってくる。
「シュンにぃ……えろえろな事…今…度ぼくにもしてね?」
「うっ……それは」
戸惑う俺を見てニヤリ。
「大丈夫……エミリーとは仲良くする……夜も」
「夜も」の部分が凄く気になったが、これ以上突っ込むのは危険だと判断して話題を変える。
「迷宮に行く前に大事な話があるんだけど良いかな?」
「うん……なに?」
ドルチェをベッドに座らせて俺も隣に座る。
何か勘違いしたのか珍しく顔を赤くして俯いてしまった。
椅子が無いのでベッドに座ったのだが、何だか気まずい。
コホンと咳をして気持ちを入れ替える。
少し真面目な顔をして、ボーナススキルについてドルチェに話した。
もちろん異世界から来た事や神様とのやり取りは黙っておく。
流石に『獲得経験値UP(―):40倍』が付いているので、迷宮に行けばすぐにおかしいと気付いてしまうだろう。
その時にちゃんと事前に伝えてあるのと黙ってるのとでは信頼関係に大きく影響するはずだ。
俺の話を聞いたドルチェが何やら考え込んでいる。
「つまり……シュンにぃと一緒にいると……凄いお得って事?」
「う、うん、そうかな……?」
「シュンにぃ……凄い……格好良い!」
目を輝かせて俺を見上げてくるドルチェ。たんじゅ……素直な良い子だ!
思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
小柄なので俺の腕にすっぽり…なんだかイケナイ気分になりそうだったので身体を離すと、真っ赤になったドルチェがくてっとベッドに倒れ込んでしまった。
「ここが……迷宮?」
実際に間近で迷宮を見るのは初めてなのか、ドルチェが興奮した眼差しで迷宮の入り口を見つめている。
「うん、この穴に入ると迷宮探索開始だよ。覚悟は良い?」
「大丈夫……シュンにぃが……一緒」
両手槌をしっかり掴んで気合たっぷりのドルチェを引き連れて迷宮へと足を踏み入れた。
最初の小部屋で改めて今日の探索内容を確認。
「今日はあまり時間がないから1階層のボスを倒したら外に出よう。魔物が出たら俺が引き付けるからドルチェはチャンスがあったら積極的に攻撃だ。それで良いかな?」
「……任せて」
まだちょっと表情が硬いし気合が空回りしているみたいだったが、俺の最初の時よりはずっとましだろう。
「それじゃ、扉を開けるけど、ここに何が描いているのか分る?」
俺が扉に描かれている文様らしき物を指差すと、あっさりと「……1」と返されてしまった。
不審そうな顔をしてたので、正直に読めない事を話すと「ぼくが……教える」とニヤリ。
先生が2人になってしまった。
気を取り直して扉を開けて探索開始。
しばらく歩くとゴブリンを見つけたのでドルチェにとっての初戦闘だ。
「ドルチェは右に回りこんで。棍棒に気を付ければ大丈夫だから。あ、逆! 俺から見て右!」
「……分かった」
ゴブリンに近付き盾で牽制する。
俺が攻撃したら一瞬で終わってしまうので、攻撃はドルチェに任せる。
棍棒を振りかぶった瞬間に盾を顔面に叩き込む。
「今ッ!」
俺の合図にドルチェの槌の一撃。
『ゴキンッ!』
ゴブリンの背中に見事にヒット。背骨が砕ける音がした。
地面に倒れて虫の息のゴブリンに剣を突き刺して止めを刺す。
初めての戦闘に興奮が冷めない様子のドルチェだったが、すぐに何かを確認しだした。
「レベル……上がってる」
「うん、宿屋で言った通りすぐに上がるから」
「……凄い。……あ……れ?」
不思議そうに虚空を見つめている。多分ステータスを見てるかスキル操作をしてるのだろう。
「どうしたの? 何か気になる事でも?」
俺の方を見て首を傾げるドルチェ。
「……スキルポイントがおかしい。……1ポイント多い」
「えっと、今何ポイントあるの?」
「……9。……8じゃないとおかしいのに……9ある」
ドルチェのステータスを確認するとレベル8なので24ポイントの間違いでは? と思ったが、バードンさんがレベルの割りにスキルレベルが低かった事を思い出す。
「もしかして、1レベル上がる毎に1ポイントだった?」
俺の質問にきょとんとした顔。
俺が真面目な顔をしているので、冗談で言ってるのではないと分ったのか「うん」と頷く。
「ってことは、俺とPTを組んでるから2ポイントUPなのかな?」
「おぉ~……シュンにぃ凄すぎ。……シュンにぃは……いくつ貰える?」
「3」と答えたら何故か脚を蹴られた。痛い。
「凄いけど……シュンにぃだけ……ずるい」
拗ねてしまった。
ちょっと気になった事があったので聞いてみる事に。
「ドルチェって魔物を倒したのはこれが初めてだよね? でも、レベルが7あったけど、魔物を倒す以外に経験値って入るの?」
「鍛冶をしたり……身体を鍛えたり。何でも良いから……この世界の役に立つ事をしたら上がる……と、親父が言ってた。……詳しくは分からない」
世界の役に……つまり魔物を倒す事は世界の役に立つという事か。
しかも、明らかに普通に生活するよりもずっと高い経験値が入る。
まるで魔物を倒す事がこの世界の住人に課せられた使命みたいだ。
「ん~、考えても仕方ないね。魔物を倒さないと大切な人達を失うかもしれない……今はその事を理解しておけば十分か」
自分に言い聞かす。
神様には神様の事情があるのかもしれないが、俺にとってはエミリーやドルチェ達を守るのが最優先だ。
「よし、もう大丈夫! あれこれ悩まずに今はやれる事をしっかりやろう。このまま一気に1階層のボスまで行くよ!」
「ぼくは……どこまでもシュンにぃに……付いて行く」
読んでくださりありがとうございました。
いっそのことエミリーをPTメンバーにしてしまおうかちょっと悩みました。




