第30話:「……お嫁に行くのと一緒」
「決闘だ!」
目の前には鼻息の荒いドワーフ。
翌日ドルチェの両親に挨拶をしにベルダ工房に来てみたら、身長ほどもある大きな木槌を持ったドワーフの男が待ち構えていた。
「お兄さん……がんば」
その後ろには、何故か頭に大きなリボンを着けているドルチェちゃん。
隣でニヤニヤ楽しそうにこっちを見てる女性のドワーフはお母さんだろうか?
そして、俺をずらりと囲む強面の男達。
どうやら工房の人達みたいだ。
「いや、えっと、ドルチェちゃん……これは一体?」
「お兄さんのことを話したら…親父が駄々をこねた…さくっと倒しちゃって」
戸惑う俺に木剣と木の盾を渡してきた。何だか凄く楽しそうな顔だ。
しきりに頭のリボンをアピールしてくるので、少し投げやりに「可愛いね」と言うと「賞品だから……」と得意げに胸を張る。
「おい、若造! 俺様の可愛い娘を嫁に欲しいとは見る目がある事だけは褒めてやる。だがな! どうしても娘が欲しかったら俺様を倒してみろ!」
「「「「そうだそうだ! お嬢様は渡さんぞ!」」」」
ドルチェちゃんのお父さんも周りの男達もやたらとヒートアップしている。
思わずジト目でドルチェちゃんを睨むが、当の本人は満足そうにこちらに向けてサムズアップ。
嫁ではなくPTメンバーが欲しいだけなのだが、今言っても聞いてくれなさそうだ。
ひとつ溜息を吐いて目の前で気合十分のお父さんを見ながら『鑑定』と念じる。
『名前:ベルダ
種族:ドワーフ
レベル:26
取得スキル:両手槌レベル1・身体強化レベル2・鍛冶レベル2・生活・鑑定』
元探索者なだけあってなかなか手強そうだ。
戦闘スキルだけを見れば俺の方が上だが、数値に現れない経験は向こうがずっと上だろう。
「午前3の鐘が鳴ったら開始だよ! アンタもそっちのにーちゃんも本気で戦うんだよ!」
お母さんの檄が飛ぶ。
めちゃくちゃ気が強そうだ。
それにしても、あの槌の攻撃をまともに受けたら一撃で終わりそうだ。
盾で受けるのも危険だろうからスピードでかく乱するしか勝機はないかもしれない。
ベルダさんは両手に持った槌を振り回して今か今かと鐘が鳴るのを待っている。
周りの人達のヤジがやたらと煩い。
逆にドルチェちゃんは無言で俺を見守っているが少し震えてる。
何だかんだ言っても心配なんだろう。
どちらが勝っても複雑な心境なのだろうが、それなら最初から「嫁に……」とか言わないでちゃんと説明しておいて欲しかった。
でも、ドルチェちゃんが(PTメンバーとして)欲しいのは確かなので、負けるつもりはさらさら無かった。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
鐘の音と共に突進してくるベルダさん。
横殴りの一撃をなんとかかわし距離を取る。
「「「「逃げるなー!」」」」
本当に煩い…と言うか息が合いすぎだ。
今度はこちらから突っ込んでいく。
間合いギリギリで円を描くように背後に回りこむ。
「ちょこまかとッ!」
ベルダさんが槌を振り回してくるが、すでにそこには俺は居ない。
攻撃が終わった瞬間を見計らってがら空きの胴に一撃を入れる。
「んぐッ!? 効かぬわッ!」
ダメージを気にすることなく反撃してくる。
だが、それすらも俺に触れることが出来なかった。
集中すればするほどスピードの切れが良くなっていくのを実感する。
これが剣レベル3と身体強化レベル2か。少しずつだが何かが掴めそうだ。
限界に挑戦するかのように、どんどんスピードを上げていく。
ベルダさんはもう俺の動きに付いて来れないのか防戦一方だが、流石にドワーフと言った所か、やたらとタフだ。
いつの間にか周りのヤジも全然気にならなくなっていた。
身体がどんどん熱くなっていくのに、心は逆に静かになっていく。
「……いきますよ」
身体を前傾にし、スピードと体重が全て剣に乗るようにする。
ベルダさんが冷や汗を掻きながら迎撃の構えを取っているが、お構いなしに突っ込む。
振り下ろされる両手槌の渾身の一撃。
だが、すでに俺の剣がベルダさんの胴をなぎ払っていた。
「ぐッ……」
「そこまで!」
地面に膝を付くベルダさん。
すかさず戦いを終了させたお母さんが駆け寄ってくる。
ドルチェちゃんも心配そうだ。
木剣とはいえ、思いっきり打ち込んでしまったので俺も心配になったが、突然ベルダさんが豪快に笑い出した。
「ガハハハハッ! 負けだ負けだ! 娘はキサマにくれてやる! お前らも良いな!」
「「「「へい! 親方!」」」」
「いや、だから……」
こめかみを押さえて事情を説明する。
俺の説明を聞いてキョトンとした顔のベルダさん。
「おいおい! ドルチェ、どういうことだ? プロポーズされたんじゃなかったのか!?」
「同じ事……。ぼくは……お兄さんに付いていく。……お嫁に行くのと一緒」
全員の視線を集めたドルチェちゃんが俺に抱きついてくる。
「賞品……貰って。……返品は……不可」
「良かったわね、ドルチェ! このにーちゃんを逃がすんじゃないよ!」
「……任せて」
お母さんに乱暴に頭を撫でられて嬉しそうなドルチェちゃん。
呆気に取られているベルダさんが可哀想になったので改めて挨拶をした。
「探索者のシュンです、娘さんはPTメンバーとしてお預かりします。これから一緒に頑張って行きますのでよろしくお願いします」
「お、おう……。頼んだぞ? ドルチェが探索者になるのならこっちから頼みたいくらいだぜ」
やれやれと疲れた顔のベルダさん。
お互いドルチェちゃんに良いように振り回されてしまった。
「それじゃ、両親の許可も貰ったし、これからよろしく……ドルチェちゃん!」
「よろしく……仲間になったんだから……『ドルチェ』で良い」
「分った。よろしくな、ドルチェ!」
「……頑張る。……よろしく……シュンにぃ」
『お兄さん』から『シュンにぃ』ランクアップ(?)したみたいだ。
シスコン属性は無いはずだったが、何だか呼ばれるとゾクゾクする。
「えっと、皆さんもこれからよろしくお願いします」
「「「「よろしくッス! アニキ!」」」」
『アニキ』にされてしまった……。別の意味でゾクッとした。
「探索者になるんだったら装備が必要だ!」
興奮気味のベルダさんにドルチェが工房の中に引きずり込まれていった。
俺達もぞろぞろと後を追う。
工房に入るのは初めてなので何だか少しわくわくしてしまう。
「にーちゃん、アンタは今宿屋に泊まってるのかい?」
不意にお母さん……カリアさんが声を掛けてきた。
「はい、『夜の止まり木亭』に泊まってます」
「あぁ、あそこに泊まってるのかい! あそこは良い宿屋だ! でもずっと居るわけじゃないんだろ? 宿代だってバカにならないからね!」
「そうですね、お金が貯まったら家を借りる事も視野には入れてますが、いつになることやら」
俺の返事を聞いてカリアさんの目が光ったような?
「そうかそうか」とニヤついている。
「そんなにーちゃんにオススメの物件があるんだよ! 東の住宅地区じゃなくてこっちの工房地区なんだけどね。小さいけどちゃんとした工房も付いてる良い物件だ! 中央通りに近い場所だから買い物や迷宮に行ったりするのにも便利な場所だよ!」
もの凄い勢いで勧めてくる。何か裏があるのか勘繰ってしまう。
表情に出てしまったのか、カリアさんがすぐさま否定する。
「いやだね、娘が嫁に行く時にと思って目を付けておいた物件ってだけさ! なにも今すぐってわけじゃないよ。十分稼げるようになったらって話さ! 悪い話じゃないだろ? 知り合いの土地だから目処が立ったら紹介するよ!」
「そうですね、その時はお願いしますね」
確かに悪い話どころか凄く助かる話だ。
長い目で見れば宿屋暮らしよりも家を買うか借りるかした方がずっと安上がりだろう。
でも、まだしばらくはあの宿屋に居たい。あそこにはエミリーが居る。
家を手に入れた時にエミリーが付いて来てくれるかまだ自信がない。
もっと仲良くなって確信が出来てからでも遅くは無いだろう。
「親父……これは……やりすぎ」
ドルチェとベルダさんが工房の奥から戻ってきた。
その後ろにはそれぞれいろんな装備を抱えた弟子達。
「だけどな、迷宮に入るんだぞ? これくらいの装備は必要だ!」
「ぼくは……シュンにぃのPTメンバーだから。……迷宮探索で稼いだお金で……自分で作る」
「どういうことだ?」とこちらを睨んでくるベルダさんに、武具屋の店長と約束した内容を話す。
「そうか、そこまでちゃんと考えていたのか! 気に入ったぞ、シュン! だがな、ベルダ工房の人間が迷宮に入るのにろくな装備もしてないとあっちゃ工房のメンツにも関わる!」
「……こうなったら……かなり頑固。……どうしよう?」
ドルチェが「面倒くさいなぁ」と言わんばかりの顔で俺を見上げてくる。
「俺の武器が鉄の剣だから武器は同じ鉄製のにして、防具は皮製のを選べば良いんじゃないかな? その中でベルダ工房最高の品を選んで貰おう」
「う~む、せめて防具も鉄素材のが良かったんだが……。こうなったら最高の皮装備を……!」
ベルダさんとその弟子達があれやこれやと議論しだした。
最初のうちは俺やドルチェも参加していたが、それぞれに譲れないこだわりがあるのか全然決まる気配がない。
もうベルダさん達の事は放っておいて俺とドルチェ、それにカリアさんとでさっさと装備を選ぶ事にした。
「武器は……これにする。……格好良い」
「で、でかッ!?」
ドルチェの身長よりも大きい両手槌。
持てるのか心配だったが楽しそうに振り回してるのを見ると大丈夫そうだ。
「……ふふふ……一撃粉砕」
何やら怖いセリフが聞こえたが、とても満足そうだ。
予備の武器として同じのをもう1つ。
防具は『皮の胸当て』『皮の帽子』『皮の籠手』『皮の脛当て』を選ぶ。
俺の装備と殆ど同じになってしまった。
「……お揃い」
嬉しそうなのでこれでよしとしよう。
アイテムボックスは服や日用品で埋まってしまったらしいので、装備したまま行くようだ…大きな槌は背中に背負っている。
予備の両手槌は俺のアイテムボックスに入れておいた。
装備選びも決まったので挨拶をして帰ろうとしたら、ベルダさんが大声を上げた。
「よし! 決まったぞ、ドルチェ……?」
ベルダさん達が議論してるのをすっかり忘れてた……。
もうすっかり装備を整え準備万端のドルチェを呆然と見つめている。
「うん……決まった。……どう?」
「あ、うん。……似合ってるぞ?」
なんだか魂の抜けた顔のベルダさん。
だが、すぐに立ち直ってドルチェの装備を真剣な目でチェックし始める。
「流石俺の娘だな。ちゃんと一番良い出来のやつを選んでる。これなら問題なしだ!」
「親父達が作った装備……当たり前」
ドルチェの言葉に感動したのか、涙を目に浮かべているベルダ工房の皆さん。
「あのドルチェがこんなに立派になって……。頑張るんだぞ! ドルチェ!」
ベルダさんにぎゅっと抱きしめられたドルチェがうんうん頷く。
カリアさんにも抱きしめられてドルチェの目にも涙が浮かんでいた。
「……行ってくる」
「「「「いってらっしゃいませ! ドルチェお嬢様!」」」」
ベルダ工房の人達に見送られて工房を後にする俺とドルチェ。
今度は探索者ギルドに行ってドルチェの探索者登録とPTの申請を出す予定だ。
ちゃんとギルドに申請しないと正式にPTを組んだ事にはならないらしい。
「もし俺が負けたらどうするつもりだったの?」
負けていたら当然PTを組む事も反対されていたかもしれない。
大事な娘を預けるのだから腕を確かめられる事くらいは覚悟していたが、あそこまで本気で戦う事になるのは予想外だった。
「親父に勝てないようなら……話にならない。……シュンにぃは……ちゃんと勝った。……問題ない」
いろいろ話を聞いてみると、どうやらドルチェも俺の実力が知りたかったそうだ。
でも、普通に両親に話したのなら小手調べ程度の確認になりそうだったので一芝居打ったとの事。
なかなかの策士みたいだ。
「ところで、ドルチェは家から通うの? それとも俺と同じように宿屋に泊まる?」
「宿屋……」
即答だった。
流石に同じ部屋は拙いだろうと別々に部屋を借りる事にする。
「一緒で良いのに……。ぼく……魅力ない?」
「いや、そんなこと無いけど、まだ出会ったばかりだしね?」
出会って数日でエミリーを抱いた俺が言うセリフじゃなかったが、なんとか誤魔化してみる。
流石にドルチェと同じ部屋でエミリーといちゃいちゃする度胸はない。
じと~っと探るようなドルチェの目。
「……昨日の女の子は……シュンにぃの……恋人?」
心でも読まれてしまったのかピンポイントで痛い所を突いてくる。
誤魔化すのはエミリーにも失礼だと思うので、正直に話すことにした。
「うん、エミリーとはまだ知り合ったばかりだけど、俺にとって大切な女性だよ。出来ればドルチェも仲良くして欲しいな」
「……仲良く。……分かった」
ニヤリと笑った気がしたが気のせいだろうか?
改めて様子を窺ってみたが、首を傾げて何を考えてるのか分らない目で見上げてくる。
やはり気のせいだったのだろうと、ドルチェの頭を軽く撫でながら探索者ギルドへと向かった。
「……仲良く……」
撫でられた頭に軽く触れながら、同じ言葉を繰り返していた。
読んでくださりありがとうございました。