第29話:「でも……裏技がある」
「フンフンフ~ン♪」
「ご機嫌だね」
盾をアイテムボックスにしまい、がら空きになった俺の腕にしがみ付きながら歩いているエミリーが満面の笑みを浮かべている。
ノーブラなので彼女の柔らかい胸が俺の腕に押しつぶされている。
当たってるのか当ててるのか判断に迷う所だか、エミリーは全く気にしていないみたいだ。
マーサさんが宿へと戻っていったので、甘えモード全開になってしまった。
元々今日は帰ってきたら甘えさせてあげるつもりだったのでよしとしよう。
それにこうやって一緒に歩けるのは純粋に嬉しい。
少し歩き辛そうにしているのでゆっくり歩く。
「大丈夫? 昨日無理させちゃったから……痛むでしょ?」
俺の言葉に真っ赤になって俯いてしまったが、腕にしがみ付く力を逆に強めてくる。
「幸せな痛みだから良いの~……って、思い出させないでくださいよ~」
ますます顔が赤くなってしまった。
恥ずかしがり屋なのに大胆なエミリーに俺まで昨夜の事を思い出してしまい理性が…。
思わず路地裏にでも連れ込んでしまいそうになったが、なんとかなけなしの理性を総動員して自重した。
悶々としながらも、やっとの事で以前装備を揃えた武具屋に到着。
流石に店の中では恥ずかしいのか、エミリーが名残惜しそうに俺の腕から離れる。
「いらしゃいませ。……おや、確か先日バードン様とご一緒にいらした……シュン様でしたね」
「はい、シュンです。この間は良い装備をありがとうございました」
「お気に召して頂けたようで何よりです。それに『夜の止まり木亭』のエミリー嬢まで…ようこそいらっしゃいました。本日は何をお求めでございますか?」
出迎えてくれた店長に予備の武器を買いに来た事を話す。
エミリーが一緒だったので少し驚いていたみたいだが、PTメンバーではなく付き添いだと伝えると納得したようだ。
エミリーは小声で「デートです~」と言って頬を膨らませていたが……。
「なるほど。確かに予備の武器は必要不可欠でしたね。前回その事に気が回らず大変失礼をいたしました」
何故か謝られてしまったので恐縮してしまう。
「銅の剣が欲しいので見せて貰いますね。ちょっと選ぶのに時間が掛かってしまうかもしれませんが」
「いえいえ、命を預ける大事な物ですので、じっくり納得のいく剣をお選びください」
店長の視線を背中に感じながらも『鑑定』を使って一本一本調べていく。
エミリーも俺の隣で真剣な目で剣を見ている。
『+1』が一本あるだけで他は全て普通の性能だ。
唯一の『銅の剣:+1』を手に取って感触を確認するが、いまいちしっくり来なかった。
どうやら今使っている『鉄の剣:+2』の職人とは別人が作ったみたいだ。
だが、他の剣よりはましだろう。
「店長、これを……」
「ください」と続けようと思ったら、店のドアが開き1人の小さな女の子が入ってきた。
「子供? いや、ドワーフか?」
俺の視線を追った店長が入り口に立っている少女に気付く。
「あ……、ドルチェさん、納品の場合は裏口からと何度も言ってるではありませんか」
困った顔で少女に注意をしているが、当の少女はぼーっとした顔で店長を見上げている。
「こっちの方が……すぐに店長に会える。……取次ぎとか……面倒」
そう言って店長の返事も待たずに、アイテムボックスから何本も剣を取り出して近くのテーブルに並べだした。
店長がやれやれと苦笑しながらも、慣れた手つきで元々テーブルに置いてあった高そうな剣を脇にどかしている。
全てを並べ終えると、ドヤ顔で限りなく平らな胸を張っている少女……ドルチェちゃん。
銅の剣や鉄の剣もあるみたいなので近付いてみる。何だか面白そうだ。
近くで見るドルチェちゃんはお人形みたいに可愛らしかった。
茶色いショートボブに小さな顔。手足と言うか身体全体が小さい。
ボルダス王のように筋肉ダルマではなく女の子らしくほっそりとしていた。
「か、可愛いです~! 抱きしめても良いですか!?」
両手をわきわきさせて近付いていくエミリーの目がハートになっていた。
ドルチェちゃんがエミリーの勢いにちょっと引いている。
「エミリー、ちょっと落ち着いて。ここ店の中だから」
俺の指摘に真っ赤になって縮こまってしまった。
捨てられた子犬のような目で見つめてきたので、頭をナデナデ。
「……羨ましい」
ドルチェちゃんが俺とエミリーのやり取りを興味深そうに見ている。
「申し訳ありません、シュン様。この子はいつもこうでして……。『鑑定』をしたらすぐに片付けますので」
「いえいえ、銅の剣もあるみたいなので、今見せて貰っても良いですか?」
店長の許可を貰い俺も『鑑定』を使う。
「銅の剣」と聞いてドルチェちゃんがピクリと反応している。
鑑定してびっくり。『+2』の剣が混じっている。他にも『+1』がちらほら。
『銅の剣:+2』を手に取ると、鉄の剣のように手に馴染む。
思わずに頬が緩んでしまった俺を見て、ドルチェちゃんが得意げだ。
「お兄さん……見る目がある。……ぐっじょぶ」
「もしかして、これドルチェちゃんが作ったの?」
こちらに向けてドヤ顔で親指を立てていたドルチェちゃんが、何故かあわあわと慌て出した。
「ちゃ……ちゃんって、……ドルチェちゃんて。……お兄さん……えっち」
「なんで!?」
何故か『エロい人』認定されてしまった事にショック……。
そして、エミリーさん足が痛いです。踏まないでください。
「えっと、この剣はドルチェ……さんが作ったのかな?」
「ちゃん、で良い……。許可。……作ったのは、ぼく。……えっへん」
会話するだけで精神ダメージが……。だが、やはりドルチェちゃんが作った剣だったか。
腰にぶら下げている鉄の剣を見せて「これも?」と聞いてみると、俺から剣を受け取って柄の部分を調べたドルチェちゃんが頷いた。
「それも……ぼくの。鉄の剣は……あまり作らせて貰えない。……親父のけち」
話を聞くとまだ見習い扱いなので、鉄以上の素材は滅多に扱わせて貰えないそうだ。
こっそりドルチェちゃんを鑑定してみる。
『名前:ドルチェ
種族:ドワーフ
レベル:7
取得スキル:身体強化レベル1・生活』
鍛冶スキルがあると思ったがまだ取得していない事に驚く。
スキルが無いのに『+2』の武器を作れるって……。もしかしてこの子は天才なのだろうか?
思わずまじまじとドルチェちゃんの顔を見てしまった。
「あつい視線……。ぼくに……惚れた?」
「ちょっと、シュンさん? あたしと言う者がありながらもう浮気ですか~!? 昨日あんなに愛し……モガッ?」
とんでもない事を口走りそうになったエミリーの口を慌てて塞ぐ。
ジタバタ暴れているエミリーをぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。
店中の視線が痛かったが、大人しくなるまで撫で続けたらやっと機嫌を直してくれた。
「お兄さんは……やっぱりえろかった。……確定」
もう訂正する気力も無くなってしまった。
店長が「コホン」と咳払い。
俺とエミリーとで同時にぺこぺこ謝る。
「こちらの鑑定は終わりました。どれも当店で売りに出せる出来栄えです。流石ベルダ工房ですね」
店長の言葉に満足そうなドルチェちゃん。
「でも、次からはちゃんと裏口からお願いしますよ?」
「むぅ……分かった」
だが、その直後にしっかりと窘められていた。
「あの、それじゃ、この剣を買うのでお願いします」
ドルチェちゃん作の銅の剣を店長に渡す。
それを見て嬉しそうなドルチェちゃん。
「鞘をお付けして……銀貨5枚と銅貨60枚です」
中途半端な値段なのはきっと2割引だからだろう。
節約してるので割引はすごく助かった。
支払いを済ませて受け取った剣をアイテムボックスにしまう。
そして、いよいよこれからが俺にとっての本番だ。
「ところで、今後武器や防具の作製をこのドルチェちゃんに依頼する時は、こちらのお店に依頼をすればよろしいのですか?」
そう、俺が元々この国を選んだ理由が「腕の良い職人と繋がりを持つ」事なので、将来凄腕職人になるかもしれないドルチェちゃんとはしっかりと繋がりを持っておきたい。
俺の突然の発言にドルチェちゃんが口をあんぐり。店長やエミリーも驚いた顔で俺をみている。
「鉄の剣もそうでしたけど、ドルチェちゃんの武器ってすごく手に馴染むんです。ですから、これからも俺が使う装備はドルチェちゃんに作って貰いたいんです!」
「分りました……。少々お値段とお時間を頂く事になりますが、オーダーメイドの品はそれほど珍しくはありませんので、こちらでお引き受けいたします」
俺の熱意が通じたのか、店長が了承してくれた。
同時に、個別に工房に素材を持ち込んだりしないようにとしっかり釘を刺される。
どうやらこの街にはかなりの数の工房があるので、素材の仕入れや販売に差が出すぎないようにギルドがちゃんと調整しているらしい。
「でも……裏技がある」
ボソッとドルチェちゃんが意味深な事を言う。
「裏技?」と聞き返すと、にんまりと良い笑顔のドルチェちゃん。
店長が苦笑しながら説明してくれた。
「PTメンバーに鍛冶師がいる場合は、手に入れた素材は自由にその鍛冶師が扱えるのですよ。ギルドもそれを認めています」
「……ぼくがお兄さんのPTに入ったら……手に入れた素材で……装備を作ってあげられる」
「ですが、シュン様はまだ探索者になられたばかりと窺っております。鉄などの素材が手に入るのは迷宮の中層辺りからだと聞いていますので、かなり先の話になるかと……。それでしたら無理にPTを組んだりなさらずに、必要な時に当店に依頼をして頂いた方がよろしいかと思います」
店長とドルチェちゃんの言葉に思わず唸ってしまう。
短、中期的に考えれば店長の言う通り、必要な時にその都度作製を依頼した方が良いだろう。
しかし、長期的に考えるとPTメンバーに鍛冶師が居れば、レア素材が手に入った時に自分達の装備に使うことが出来る。
鍛冶師が居なければ素材は売らなければいけない。
「ドルチェちゃんはもし俺がPTに入って欲しいって言ったらどうする? ご両親も説得しないといけないだろうし……」
「問題ない……。親父も……昔は探索者だった。……国王様もそうだった……憧れる」
ドルチェちゃんの返事を聞いて決断する。彼女にはPTメンバーになって貰おう。
知り合ったばかりの俺を信じてくれるか分らなかったが、思い切って頼んでみた。
「それなら、俺のPTに入ってくれるかな? と言っても俺しか居ないから2人だけのPTになっちゃうけど」
「2人きり……。分った……頑張る」
隣で俺達のやり取りを黙って聞いているエミリーからなんか変なオーラが出てる気がしたが、……見なかった事にしよう。
「それじゃ、今日はちょっとこれから用事があるから、明日ドルチェちゃんの両親に挨拶に行こうと思うんだけど、場所とか教えて貰えるかな?」
普段両親は工房に居るとの事なので、場所と行く時間を確認してドルチェちゃんと別れた。
店長にも丁寧にお詫びをしておく。
素材が手に入るまではこの店経由でドルチェちゃんに依頼を出す事を約束した。
商人やギルドに目を付けられたらやっかいだ。
なるべく良い関係を維持したい。
「せっかくのシュンさんとのデートなのに~……プンプンですよ~!」
頬を膨らませているエミリーの手を握る。
「これからは2人きりの買い物デートだよ、何を買うのかな?」
とたんに機嫌を直して腕に抱きついてくる。
露店通りへ食材の買い出しに行く所だったそうだ。
「シュンさんは何が食べたいですか~?」
「エミリーの愛情がたっぷり入ってるなら何でもOKだよ」
バカップル丸出しの会話をしながら買い物をした。
すんなりと歯の浮くセリフが出てくるようになってしまった自分に、思わず遠い目になってしまう。
「ねぇ、シュンさん? 何だかあたし達、新婚さんみたいですね~」
はしゃぎながら俺の腕を引いているエミリーに俺も微笑む。
武具屋でのお詫びも含めて時間までとことん付き合うつもりだ。
お揃いのコップも購入。ペアで銅貨8枚。
これくらいの出費はすぐに取り返す!
「えへへ……宝物にしますね~」
エミリーの笑顔が見れたので大満足だ。
2つとも俺の部屋に置いておく事になったので、今まで使っていたコップは返すことに。
「なんだか同棲している気分だ」と囁くと頬を染めて「あたしも~」と嬉しそうだった。
そろそろ午後2の鐘が鳴りそうなので宿に戻ることにする。
あまりにも寂しそうな顔をしていたので、また時間が取れたらデートをする約束をした。
読んでくださりありがとうございました。
やっとPTメンバー候補の登場です。




