第02話:「身体が資本じゃからな」
目の前のお爺さんは立派すぎる白髭を弄りながら興味深そうに俺をジロジロ眺めていた。
同じように俺の方もジロジロ観察していたのでお互い様なのかもしれなかったが、なんとなく気恥ずかしかったのでおずおずとお爺さんに声をかけてみる。
「え、えっと……あなたはいったい? それにここは?」
現実世界ではめったにお目にかかれないような異様な風体に内心ビクビクしてしまった。
「わしか? わしはそうじゃのぅ、おぬしに分かりやすく説明すると……神ってことになるのかな? あとここはわしのプライベートスペースみたいなもんじゃ。おぬしが行く予定の異世界とはまた別の場所じゃよ」
さらりととんでもないことを言うお爺さん……もとい神様である。
だが俺は何十、それこそ100作以上もの異世界トリップ物の小説を読んでいろいろと妄想していた男。
このお爺さんのとんでもない発言も心の奥底では予測……いや、期待していた通りであった。
「やっぱり……。やっぱり異世界は本当にあったんだ!」
いきなり目を輝かせ大声を出した俺にびっくりしたのか一瞬きょとんとした神様であったが、すぐに元のちょっと悪戯っ子そうな顔に戻る。
「まぁ、異世界に憧れて違和感なく積極的に移住してくれそうなのを探しておったからのぅ」
癖なのだろうか、白髭を弄り続けながら呟いていた。
俺はそこでやっと目の前の神様だけではなく周りの景色にも目を向けられる余裕が出来てきた。
まず目に飛び込んできたのが一本の巨大樹。
大人100人近くが手を伸ばして輪になってやっと一周できるかどうかというほどの幹の太さ、そんな巨大樹を徐々に見上げていくとあまりの威圧感に思わずぺたんと尻餅をついてしまった。
「どうじゃ? 見事なモンじゃろう」
同じように巨大樹を見上げながら得意気そうに俺に話しかけてくる神様。
「この樹は、そうじゃなぁ……わしがまだ若かった時に植えた樹じゃから、樹齢2、3億年と言ったところかな?」
相変わらずさらりと……いやもう諦めよう。
「まるでゲームに出てくる『世界樹』みたいだな。葉っぱを使うと死んだ人間が生き返ったりするの?」
いろんな小説を読んで妄想していたのが功を奏したのか頭はだんだんと冷静になっていってるようだ。
「いや、これはただの観賞用じゃよ。それに一度死んだ者を生き返らせたりするようなことはわしはあまり好きじゃないのでな、そのような薬やアイテム、魔法などは少なくともわしの作った世界には存在しないな」
魔法……確かに今、神様は魔法と言ったはずだ。
俺が新しく行くことになる異世界にはもしかしたら魔法とかも存在するのか? とテンションが上がる。
神様も死者蘇生の魔法はないとわざわざ言うくらいだから普通の魔法はありそうだ。
いつも遊んでいたオンラインゲームなどでは主に剣や盾といった物理職ばかりだったが、やはりそれなりに魔法にも興味がある。
わくわくする心を抑えるようにいつも掛けている眼鏡の位置を調整しようとしてなぜかいつの間にか眼鏡がないことに気付く。
「あ、あれ? 眼鏡してないのにちゃんと見える??」
不思議そうにきょろきょろ周りを見回していると、目の端に悪戯が成功したのを喜んでいるような神様の顔が入ってくる。
「やっと気づいたようじゃのぅ。せっかくこちらの要望に応えてわざわざ来てもらったんじゃから、いろいろとおぬしの身体を弄らせてもらったぞ?」
神様の発言にギョッとして慌てて手で身体中をぺたぺた触って確認してみる。
なんとなく若返ってるような気がする。
微妙な顔で顔を撫で回していると、神様がニヤニヤ面白そうに笑っていた。
「そこに泉があるからそこでおぬしの今の姿を確認してみたらどうじゃ?」
その言葉に慌てて泉に駆け寄り、水面に写った自分の姿を確認してびっくり。
「うを!? やっぱり若返ってる……。17、8歳くらいかな?」
腹周りの贅肉が無くなっていたので予想はしていたがやはり若返っていた。
実は最近生え際の後退を密かに心配していたので、フサフサの若々しい髪をみて素直に喜んだ。
「とりあえずはおぬしが一番身体の調子が良かった時期にしてみたんじゃがどうかの? 視力や虫歯、その他の疾患なども一通り治しておいたぞ」
さらりと何でもないことのように言われた言葉に改めて最大限のお礼を言う。
「なぁに、これからいろいろと頑張ってもらうんじゃ、これくらいは当たり前じゃよ。身体が資本じゃからな」
いつの間にか三つ編みになっていた白髭を弄りながら、楽しそうにうんうん頷いていた。
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