第24話:「魔物と戦ってみてどう思った?」
「やるじゃねぇか!」
近づいてきたバードンさんに肩を叩かれる。
シルビア達と遭遇する可能性は考えていたが、まさかバードンさん達と迷宮内で会うとは思っていなかったので驚いた。
それに戦闘中とはいえ周囲を警戒していたはずなのに気付かなかった……。
「あれ? バードンさん達は10階層からじゃないんですか?」
そんな疑問を口に出してからソニアさんが居る事に気づく。
よくよく考えてみれば彼女は奴隷になったばかりだ。当然迷宮も初めてなのだろう。
俺の視線に気づいてソニアさんの頭を軽くぽんぽん叩く。
「まぁ、こいつもそうだが他の2人もまだ慣れてないからな。……それにちょっと気になることもあったんでな」
珍しく歯切れが悪い。
「気になること?」と聞き返すと、珍しく真面目な顔をしている。
「お前さん、魔物と戦ってみてどう思った?」
質問の意味が良く分らなかったが、先程までの戦闘を思い出しなんとか言葉にする。
「えっと、油断さえしなければ負ける事はないと思います。でも、なんて言うか……アイツ等って目が怖いですよね。憎しみに満ち溢れてる感じがして……。このまま成長させたら拙いって思いました」
バードンさんは驚いた顔で俺の話を聞いていた。
何か変な事を言ってしまったのか心配になるが、すぐにニマっと笑い背中をバシバシ叩いてきた。
「やっぱりお前はオレ様が思った通り見所があるな!」
何故か上機嫌なバードンさんに後ろの3人娘も唖然としている。
褒められて嬉しくはあるが、オレはただ感じた事を話しただけだ。
戸惑った顔をしていると「気にするな」と誤魔化されてしまった。
その後何やら考えてる様子のバードンさん達と別れる。
今日は3階層まで行ったら街に戻るとの事。
「さてと、時間が掛かりそうだけど……やってみるか!」
バードンさんに会った事で彼が持つスキルを思い出していた。
『探知』スキル。おそらく人や魔物の気配を感じ取ったりするスキルだろう。
「あれがあったら、さっきバードンさん達が居たのにも気付けたのかな? 何としても取得しておきたいな。……それに盾スキルも!」
本来なら取得まで数年はかかるだろうが、俺には『スキル取得速度UP』が付いている。
頑張れば2、3ヶ月もかからずに取得出来るかもしれない。
「っと! あぶなっ!」
不意に物陰から何かが飛んできた。
鎧の部分をかすっただけなのでダメージはないがなんか悔しい。
探知スキル取得への道は遠そうだ……。
盾を構えて慎重に確認すると、一角兎がこちらを睨んでいた。
少し気圧されそうになったが『鑑定』と念じる。
『名前:一角兎
種族:魔物
レベル:1
取得スキル: 』
スキルはないようだが角には気をつけた方が良いだろう。
脚に力を溜めている気配がしたので身構える。
飛び掛ってきたが今度はこちらも十分心構えが出来ていたので、タイミングを合わせて盾で横殴りにする。
盾が直撃して吹っ飛んだ一角兎に止めを刺す。
ドロップアイテムはやはり毛皮だった。
アイテムボックスを開き、元から毛皮が入っていた枠に押し込む。
同アイテムなら同じ枠にまとめられるので便利だ。
レベルが上がる毎に枠が増えていくのも助かる。神様に感謝。
「レベルも1つ上がったみたいだな。流石にもう一気に2つ上がる事もないか」
ステータスでレベルが7になった事を確認。
それぞれのポイントも貯まってきているが、今回の探索ではスキルは弄らないと決めたのでこのまま先に進んだ。
その後、ゴブリンを6匹倒しレベルが10に上がった所で腹の虫が鳴った。
一度外に出て休憩を取った方が良さそうだ。
来た道を引き返す。途中で3匹倒し、また1つレベルが上がった。
『獲得経験値UP:20倍』の威力に改めて「チートだなぁ~」と苦笑する。
後1レベルUPで40倍に出来るが、これは今日一日頑張ったご褒美として街に戻ったら取得するつもりだ。
真っ暗な迷宮の出入り口を潜り外に出ると、朝と比べて人がかなり増えていた。
屋台が出ている事にも驚く。
良い匂いに誘われて近づいていくと、串焼きの屋台だった。
何の肉かは分らないが美味しそうなので2本買う。
1本銅貨6枚なのでかなり割高な感じがしたが空腹には勝てない。
迷宮の周りを囲んでいる壁に寄りかかって座り肉に齧り付く。
かなり大きな肉なので2本でもそれなりに腹が膨れた。
味はエミリーの料理に舌が慣れてきている俺からしたらちょっと物足りなかったが……。
剣の手入れをする為にリュックから手ぬぐいを取り出し、丁寧にこびり付いた血をふき取る。
ドロップアイテムの布で拭く事も考えたが、汚れたら買い取って貰えないかもしれないので止めておいた。
手入れが終わるとコップに『ウォーター』で注いだ水を飲みながらしばし休憩を取る。
ドロップアイテムの布や毛皮がいくらで売れるのか分らないが、このままでは赤字になりそうだ。
お金を稼ぐならもっと深い階層に行くべきなのだろうが、ここで焦って死んでしまったら意味が無い。
「これを乗り切れなくて、死んだり辞めたりする新人探索者が多いんだろうなぁ……」
最低限宿代は稼がないと拙いだろう。それにお湯代に洗濯代。
串焼き(昼食)でも銅貨12枚も使ってしまった。
生活費だけではなく武器や防具のお金も稼がないといけない。
予備の武器や防具もあった方が安全だろう。
「これって……何気にピンチなんじゃ? 家を借りるのも奴隷を買うのも夢のまた夢か?」
思わず頭を抱えてしまう。
「ん? シュンではないか。何故頭を抱えているのだ?」
不意に掛けられた声に顔を上げるとシルビアが立っていた。
首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。
「いや、思ったより稼げないな~って思ってね。宿代にも届くか微妙だよ」
「あぁ、ワタシ達も1階層に潜ったが、……『布』しか手に入らなかったな」
シルビアも困った顔だ。
「それ以外では1階層のボスが『木の棒』を落としたが、これも高くは売れないだろうな」
「あ、ボスって何だった?」
ボスの情報は是非聞いておきたい。
倒せそうならチャンスがあったら挑戦してみるつもりだ。
シルビアは周りに聞こえないように顔を近づけてくる。
「ワタシが『鑑定』で調べた情報によると、『ハイゴブリン』と言う名前の敵だった。レベルは1でスキルは棍棒レベル1だ」
声をひそめていろいろ情報を教えてくれるシルビア。
少し離れた所にいるメリルとサラの視線が微妙に痛いが、良い情報が聞けたのでお礼を言う。
『ハイゴブリン』。名前からしてゴブリンより強そうだ。
でも、レベル1なので油断しなければ何とかなるだろう。
「一度出るとまた1階層からになるのが面倒だが、今から2階層を攻略してみるつもりだ」
そう言うと、シルビアは待っていた2人を引き連れて迷宮の中に入っていった。
その後姿にはすでに風格が漂っていた。
「う~ん、カリスマってステータスがあったらシルビアのは凄そうだな」
休憩を終えて迷宮探索を続行する。
乗合馬車の運行は午後3の鐘が鳴るまでなので、乗り遅れないように注意が必要だ。
でも、鐘の音が聞こえない迷宮でどうやって時間を確認すれば良いのだろうか? 日の傾きも分らない。
自分の体内時計にはいまいち期待が出来ないので、今日はレベルが15になったら外に出る事にした。
『獲得経験値UP:20倍』が付いてるので、頑張ればなんとか行けそうだ。
10匹程倒しレベル14になったので戻ろうと思ったが、ふと道の先を見ると突き当たりに扉があったので近づいてみる。
「ん~、……ボス部屋か?」
今日は無理をせずボスと戦うつもりはあまり無かったが、いざこうしてボス部屋の前にたどり着いてしまうと流石に悩む。
「ボスを倒して2階層に行けばすぐに外に出られるようになるらしいし……、行っちゃうか?」
迷ったら引き返すべきなのは承知しているが、いくらなんでも1階層で躊躇してるようでは話にならないだろう。
剣や身体強化スキルを上げる事も考えたが、逆に心に隙が出来てしまう事の方が怖かったのでそのまま突撃する。
『獲得経験値UP』を40倍に出来るがあえてそのままにしておいた。後で自分へのご褒美にするつもりだ。
深呼吸をして扉を開ける。
中に入ると勝手に扉が閉じた。
1PTしか入れない事を思い出す。
「元々1人で戦うこと前提だから良いんだけどね……」
中はかなりの広さのだった。
学校の体育館くらいはあるだろうか。
奥の方には迷宮の出入り口のような黒い穴があるので、あれが2階層への入り口だろう。
「ちょっと試してみるか!」
中央に黒い瘴気が渦巻く。
ボスのお出ましらしい。
それを横目に一気に黒い穴まで走り寄る。
ゴブリンより2回りも大きい『ハイゴブリン』が現れたが、そのまま穴に飛びこ…もうとしたら見えない壁のような物に弾かれた。
「やっぱりダメか~! 知ってた!」
ちょっとだけ期待してたので、がっかりしたのは内緒だ。
ボスが雄叫びを上げて威嚇してくる。
まだ距離があるので『鑑定』。
『名前:ハイゴブリン
種族:魔物
レベル:1
取得スキル:棍棒レベル1』
シルビアの情報通りだ。
スキル持ち相手は一角兎で経験済みだが、やはりボスともなると迫力がある。
「こっちも覚悟完了してるんだ。……いくぞッ!」
先手必勝とばかりに距離を詰める。
リートは向こうの方が上なので離れていたら不利だ。
だが、身体が軽い。やっとスキルの動きに慣れてきたようだ。
初めての相手、しかもボスが相手なのに負ける気がしなかった。
大振りの棍棒の一撃をかわし、顔面に盾を叩きつける。
「ギャッ!?」
怯んだところですかさず棍棒を持っていた右手を斬り付ける。
流石に棍棒を落としたりはしなかったがかなり痛そうだ。
「流石は+2って言ったところかな?」
余裕が出てきたが油断はしないつもりだ。
間違っても棍棒の一撃を盾で受け止める事はしないよう細心の注意を払う。
大振りなのでかなりかわし易い、しかも攻撃した後の隙が大きい。
「止めッ!」
何度目かの首への攻撃でハイゴブリンが倒れる。
『ピロン♪』
何度聞いても良い音だ。
ちょうど目標のレベル15になった事に満足。
ドロップアイテムの『木の棒』を拾いアイテムボックスに入れると、改めて黒い穴の中に入る。
今度は弾かれる事なく無事入れた。
「ん~、1階層と同じような部屋に出たな……」
6畳程の広さの小部屋を見回す。
背後には黒い穴…あれを潜れば外に出られるはずだ。
正面の扉を見ると違和感を感じた。
「1階層のと扉の文様が違うような?」
ハッキリとは分らないが扉には大きく文字のような物が描かれている。
「あ、俺……この世界の文字読めないんだった……」
思わず突っ伏しそうになった。
帰ったらエミリーに文字を教えて貰えないか聞いてみようと決意。
外に出るとちょうどバードンさん達が乗合馬車に乗り込むところだった。声を掛けて俺も乗り込む。
日がかなり傾いているので思ったよりも時間が過ぎていたらしい。
「おう、無事生還だな!」
俺が座るなりバシッと叩かれた。
もしかしたら今日一日戦ったゴブリンからの総ダメージよりも、バードンさんからのダメージの方が多いかもしれない……。
バードンさん達は無事3階層を突破したそうだ。
「オレ様はあまり手出ししなかったが、まぁまぁだったな!」
今日の成果に満足そうだ。3人娘も嬉しそう。
1階層のボスでもなかなかの強さだったとバードンさんに話すと、「そうだろうな」とちょっと考え込んでいた。
街に到着すると、門の所でギルドにあったのより一回り小さい水晶玉に手をかざして、右手の魔法陣が本物である事を確認して貰う。
これをしないと通行料がタダにならないらしい。
「偽者対策だ」と門番のガルスさんが笑いながら話していた。
チェックを終えてアイテムを売るためにギルドへと向かう。
「今日の酒代くらいにはなるかな?」と上機嫌に戻ったバードンさんと共にギルドに入ると何やら騒がしかった。
ギルド職員が走り回り、20人程の探索者が詰め掛けていた。
セリーヌさんの姿は見えなかったが、シアさんも忙しそうに動き回っていた。
「おいおい、騒がしいな! 何があったんだ?」
バードンさんのでかい声に近くに居た数人の探索者が振り向く。
「お、バードンさん! あんたもこの街に来てたのか!」
「おい、聞いたか? カロの街の事!」
次々とバードンさんに話しかけてくる探索者達。
やっぱりバードンさんはかなりの有名人らしい。
「カロ? 戦士の国の街がどうしたって?」
その問いに、周りに居た探索者が一斉に言った。
「「「「「カロの街が壊滅したんだと!」」」」
読んでくださりありがとうございました。