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探索者  作者: 羽帽子
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第23話:「無茶しないでくださいね~!」

 異世界生活2回目の朝は最高の目覚めだった。

 午前1の鐘と共にノックされ美少女エミリーに起こして貰う。

 わざわざ顔を洗う為の水まで用意してくれた。


「ふぅ……さっぱりした! ありがと、エミリー」


 かなりの世話好きなのか、てきぱきと昨日着ていた服や下着、それにベッドのシーツを回収していく。

 服の洗濯は「サービス」と言っていたが、後でターニアさんにちゃんとお金は払っておこう。

 

 ゼイルさん一家と一緒に食事を済ませ、部屋に戻り迷宮探索に備えて荷物を確認。

 昨日の夕食の時にバードンさんから「傷薬と毒消し薬は必須」と言われたので、迷宮に行く前に薬屋で買う予定だ。

 『HP回復速度UP』が付いているが用心に越した事はない。

 迷宮の中で怪我人に会う可能性もある。

 店は基本的に午前2~午後3の鐘の間が営業時間だと言う事も教えて貰った。

 迷宮への乗合馬車も同じ時間帯に運行するそうだ。

 トイレもちゃんと済ませて準備万端だ!と満足気に頷いているとエミリーがやってきた。


「シュンさ~ん、忙しくなる前にお見送りしておこうと思って~!」


 食堂は午前2の鐘が鳴る前後が一番混むので、その前に声を掛けにきてくれたらしい。

 「ありがとう」と頭を撫でると、目を細めて喜んでくれた。


「あ……、シュンさん、コップ忘れてますよ? 喉が渇いたらどうするつもりだったんですか~?」


 「しょうがないなぁ~」と言いながら、俺のリュックにコップを入れるエミリー。

 宿の備品だから外に持ち出すのはまずいと思い雑貨屋で買おうと思っていたが、どうやら気にしなくても良いみたいだった。


「ちゃんと帰ってきたらあたしのコップの横に戻してくださいね~? じゃないと、あたしのコップが寂しくて泣いちゃいますから~」


 それを言うエミリーも寂しそうだったので「ちゃんと帰ってくるよ」と囁くと口を塞がれた。

 たっぷりとエミリーの唇の感触を味わう。


「そろそろ戻りますね。……絶対に無茶しないでくださいね~!」


 「これ以上居たら引き止めちゃいそうだから」と呟き、小走りに部屋から出て行った。


 何度も装備や持ち物の確認をしていると、午前2の鐘が鳴ったので意気揚々と宿を出る。

 洗濯代を払って「いってきます」と言うと、ターニアさんが「頑張ってくださいね」と応援してくれた。

 食堂を覗くとエミリーは忙しそうだったが、俺を見つけるとウインクしてくれたので、昨夜のお返しとばかりに投げキッス。

 ……食堂に居た男達の視線が痛かった。


 傷薬と毒消し薬を購入し、乗合馬車に乗る為に門へと向かったらガルスさんが門番をしていたので挨拶をする。


「おう! 確かシュンだったか? ちゃんと探索者になったみたいだな! 頑張れよ!」


 バシバシ背中を叩かれた。

 この世界の男は人の背中を叩くのが趣味なのだろうか?

 乗合馬車は門を出て東にちょっと行った場所に停まってるそうなので、さっそくそこへ向かう。

 そこには3台の馬車と御者、それにすでに数人の探索者の姿があった。

 バードンさんやシルビア達はまだのようだ。

 6人乗りとの事なので4人PTパーティーの人達と一緒に乗り込む。

 料金は片道銅貨5枚。

 俺が1人なのを心配したのか4人PTの人達がやたらと親切にアドバイスをしてくれた。

 今日初めて迷宮に入るのを知ると、


「1階層はゴブリンが殆どだから、慣れるまではそいつら相手に実戦練習を積んだ方が良いぞ」


 リーダーっぽい大きな斧を持った男の言葉に素直に頷く。

 一角兎も稀にだが出るので注意が必要らしい。

 森の近くで倒した事があると伝えたら驚いていた。

 角がやっかいでそれなりに強敵との事。

 確かに今思い返すとあの角が直撃していたら致命傷だっただろう。

 気持ちを引き締めていると迷宮へと到着した。


 他に馬車が1台停まっていたので、もう誰か迷宮に入っているようだ。

 もしかしたら夜のうちからずっと篭ってるツワモノもいるかもしれない。

 馬車を降りようとすると膝が震えていた……。

 深呼吸を繰り返している俺を見て「頑張れよ!」と声を掛けてくれた探索者たちが、真っ黒い迷宮の入り口ではなく、右手前の地面に描かれた魔法陣の中に消えていった。

 あれがバードンさんが言っていた10階層への転移魔法陣だろうか?

 迷宮の入り口には兵士が2人立っていたので、確認してみたら合っていた。

 俺は素直に1階層からスタートする為に入り口へと足を踏み入れた。


 迷宮に入るとどうやら小部屋に繋がっていたようだ。

 6畳程の広さで正面に両開きの扉が。

 洞窟のようなイメージがあったので扉がある事に驚く。

 叩いてみたらどうやらかなり丈夫な素材で出来てるらしい。

 扉なんていったい誰が作ったのだろう? 魔物に職人がいるとも思えない……。

 それに、壁や天井がほのかに光を発しているので結構明るかった。

 なんとも不思議な空間だ、魔物も居ない。

 「迷宮の中には魔物が入ってこれない場所がいくつかあるから、危なくなったら逃げ込め」とバードンさんが言っていたので、多分ここがそうなのだろう。

 皮の帽子がズレないように顎の所でしっかり留まっている事を確認する。

 見た目がダサいが無いよりはずっとましだろう。

 右手に剣、左手に盾。準備は完璧だ。


「よし! 行くぞ!」


 気合を入れて扉を押し開ける。

 小部屋の外は当初のイメージ通り洞窟のようになっていた。

 警戒しながら先に進む。


「松明やカンテラが必須じゃなくて助かったな……」


 それなりに攻略に参加している人数がいると聞いていたが、今は他の探索者の気配も無い。

 もしもの時の助っ人はあまり期待できないだろう。


「……シルビア達を待つべきだったか?」


 迷宮の雰囲気に飲まれてしまったのか、思考がどんどんマイナス方向に行ってしまう。

 さっきまでの気合がどこかに吹き飛んでしまった。

 空気がねっとりと絡みつく感じがして足取りが重い……。

 入ったばかりなのに引き返そうか迷っていると…少し開けた場所に出た。


「ギギッ!?」


 左奥の通路からやってきた魔物と鉢合わせになってしまった。

 こちらが戸惑っていると、棍棒を振り回して緑色の物体が突進してきた。

 逃げようとしたが身体が動かない。

 自分の身体じゃないみたいだ。

 それでも何とか大きく振りかぶった一撃を盾で受ける。


「痛ッ……! くそっ! 何やってんだ!」


 衝撃で左手が痺れたが、痛みで逆に目が覚めた。

 追撃しようと振り下ろされた棍棒を今度はバックステップでかわし、よろけた所に剣の一撃を加える。

 体重の乗りがいまいちだったので浅くしか入らなかったが、敵も警戒して距離を取る。

 少しだけ気持ちに余裕が出てきたので、すかさず『鑑定』と念じる。


『名前:ゴブリン

 種族:魔物

 レベル:1

 取得スキル:   』


 真っ先に相手のレベルとスキルを確認した。


「レベル1……スキルは無しか」


 あの一角兎に比べたらザコだ。ここは一気に行くべきだろう。

 相手を睨みつけながら距離を縮める。

 棍棒を振り回して威嚇してくるが、盾で弾き袈裟斬り。


「ギャッ!?」


 地面に倒れたゴブリンを警戒しながら見つめていると、一角兎の時の様に黒い瘴気に包まれたかと思うと消滅していった。


『ピロン♪ピロン♪』


 死体があった所には布らしきものが落ちている。


『布』


 拾って『鑑定』してみると、実にシンプルな表示だった。


「ゴブリンのドロップアイテムは布か~、……安そうだ」


 何となく使っている手ぬぐいに似ている。

 この世界の手ぬぐいや布製品はゴブリンのドロップアイテムによって賄われてるとか?


「それにしても、一角兎の時にも思ったけど名前がゴブリンで種族が魔物って……。魔物には個人名は無いのかな? ちょっと可哀想になってくる」


 倒したら煙のように消えてドロップアイテムを落とす。

 よくよく考えるとこちらに都合が良すぎるシステムだ。

 魔物もあの神様が作ったはずなのに、その割には魔物に対する『愛』が全く感じられない。

 わざわざこの世界の為に異世界の人間を呼ぶくらいだからどの生命に対しても愛情があると思っていたが、魔物に関しては『システム』として割り切っていたのだろうか。

 魔物の赤い目を見るとこの世界そのもの、いや自分達を作った神に対する深い憎しみが宿っているみたいだった。

 そして、神に愛されているこの世界の住人達に対する恨みも……。


「でも、その恨みが俺たちに向けられるのなら倒さなきゃダメだよな~」


 エミリーや出会った人達の顔を思い出す。

 彼女達の生活を守る為にも迷宮は攻略しないといけない。


「思ったより重たいなぁ~……」


 ついつい愚痴がこぼれてしまうが、不意に倒した時に音が聞こえたのを思い出す。


「あれって確かレベルUPした時の音じゃなかったっけ?」


 『ステータス』と念じる。


『名前:神城瞬

 種族:人族

 レベル:4

 取得スキル:片手剣レベル1・身体強化レベル1・生活・鑑定・スキル取得速度UP』


 一気にレベルが2つも上がっていた。

 20倍の『獲得経験値UP』を付けてるので、レベル1のゴブリンを20匹倒したことになる。

 20匹で2レベルUPが多いのか少ないのかいまいち判断が出来ない。

 もしかしたら、一角兎の経験値でレベル3になる寸前まで貯まっていた可能性もある。


「でも、やっぱり20倍はでかいよな~。……思いっきりチートスキルだ」


 レベルUP報酬のポイントも確認するが操作は止めておいた。

 ゴブリンと遭遇した時の自分の不甲斐なさを思い出す。

 せめてちゃんと最初から身体が動くようにならないと、スキルばかり上げても意味が無さそうだ。

 このままでは本当に宝の持ち腐れだ……。

 油断さえしなければ今のステータスでも1階層の敵に遅れを取る事もないので、今日はとにかく戦いに慣れる事を目標にしてスキルは弄らない方が良さそうだ。

 逆に油断したら危ないと緊張感を持って戦った方が安全かもしれない。


「フゥ~~……」


 気持ちを入れ替えるために長く息を吐く。

 空気が絡み付いてくるような感じは変わらないが、先程までとは違って足取りは重くない。

 一戦終えた事で無駄に入っていた力が抜けたようだ。


 周囲を警戒しつつさらに先へと進む。

 途中何度か分かれ道があったので、全て左を選んだ。

 これなら帰りは逆に右の道を進めば出入り口に戻れる。

 また少し開けた場所に出そうになったので中の様子を窺うと、ゴブリンが2匹うろついていた。


「……2匹か」


 まだこちらには気づいてないので、奇襲をかけてまずは一匹倒そう。最低でもすぐに反撃出来ないダメージを与える!

 冷静になってきた頭で瞬時にシミュレーションをする。

 2匹とも背中を見せた時がチャンスだ。

 息を殺して……。一気に駆け寄り背中に切りかかる。

 今度はちゃんと体重を乗せた攻撃が出来た。

 こちらを振り向く前にもう一撃加えて首を刎ねる。

 声すら上げる事無く倒れるゴブリンを確認すると、まだ体勢が整っていないもう一匹の攻撃に入る。

 敵の増援が来ないか周囲に気を配るほど落ち着いている事に驚きながらも、あっさりと倒すことが出来た。

 音が2回鳴ったのでレベルが6になったようだ。


「早すぎるなぁ……」


 思わず苦笑がもれてしまう。

 後に残った布を拾ってアイテムボックスに放り込んでいると、いきなり背後から拍手をされた。


「ッ!?」


 バッと背後を振り返り剣を向けると、剣の先にはバードンさんの姿があった。



読んでくださりありがとうございました。

頭の中の映像を文字にするのって難しいですね。

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