第19話:「やっぱりシュンさんは優しいですね……」
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
街中に鐘の音が響く。
まさに「起きなさーい!』と言われている感じだ。
眠い目を擦りながらむくむくと起き上がり、窓から差し込む眩しい光に目を細める。
「ん~……6時くらいかな?」
それにしても異世界に来て最初の朝は最悪の目覚めだった。
結局、真夜中過ぎまでずっと喘ぎ声は続いていた。
「眠い~……」
エミリーが自慢するだけあって寝心地自体は最高だ。
しかし、上から聞こえてくるすすり泣く様な喘ぎ声を延々と聞かされるのは拷問に近かった。
「ハァ……、あれって絶対バードンさん達だよな? エルフの奴隷が手に入って喜んでたし……」
これからも毎晩聞かされ続けるのかと不安になってしまったが、バードンさん達が泊まるのは今日だけだと思い出しホッと胸を撫で下ろす。
他の部屋からも聞こえてたような気もするし、安眠のためには家を借りる事も視野に入れるべきだろうか?
聞こえるという事は逆に聞かれる心配もあるという事だ。
もし仮にそう言う事が出来る相手が見つかっても、恥ずかしくて宿屋では抱ける気があまりしない。
今日も朝から難問が見つかってしまった。
でも、流石に家を借りるのはずっと先の事になるだろう。先立つものが無い。
こればかりはどうにもならない事だと諦めて食事に行こうと立ち上がると、ドアがノックされた。
「あ、あの……。シュンさん、起きてますか~?」
エミリーの声だ。わざわざ起こしに来てくれたのだろうか?
「うん、起きてるよ。今開けるね」
慌てて駆け寄り鍵を外しドアを開ける。
目の前には頬を赤らめたエミリーの姿。
「お、おはようございます~。……その、早く目が覚めちゃったので、もうシュンさんのご飯が出来ちゃって……」
しどろもどろに言うエミリーがあまりにも可愛かったのでついつい頭を撫でてしまう。
まさか朝からこうして美少女が起こしに来てくれるとは。
「ありがとう。ちょうど今、食べに行こうとしてたから大丈夫だよ。呼びに来てくれて嬉しいよ」
俺の言葉に嬉しそうに微笑んでいたが、いきなり身体を強張らせて一点を見つめている。詳しく言うと俺の股間辺り。
視線を落とすとそこには見事にテントが張られていた。
「あ、ごめん! これはその……」
今度は逆に俺がしどろもどろになってしまう。
「い、いえ、その~……男の人は朝はそうなってしまうって聞いたことがあるので……。そ、それに昨夜はかなり……あの……声が……してましたし~……」
平静を装って事務的に言おうとしていたみたいだが、最後の方は流石に恥ずかしくなってしまったようだ。
どうやらエミリーにも昨日のアレはばっちり聞こえていたみたい。
ふと、ターニアさんはどんな気持ちで聞いていたのだろうと心配になってしまった。
「えっと、顔を洗ったらすぐ行くから先に食堂に戻っててくれるかな?」
何か言いたそうだったが、黙って頷いてドアを閉めてくれた。
大きく溜息を吐き昨日の残り湯が入った桶で顔を洗う。
水が汚れていたが気にする余裕は無かった。
「あ、危なかった~……。あれ以上一緒に居たらちょっと危なかったな」
手ぬぐいで顔を拭き、気持ちを静める為に5回ほど深呼吸。
喉も渇いていたので水差しの水をコップのような物に注ぎ飲み干し、まだ完全にではないが(股間も)落ち着いてきたので桶を持って部屋を出る。
途中のカウンターにターニアさんが居なかったので、まだ寝てるのだろうと思いそのまま食堂に直行した。
「エミリー、お湯ありがとね。どこに置いたら良いかな?」
「あ、持ってきてくれたんですか~? 部屋に置いといてくれたら、掃除の時に一緒に片付けるからそのままで良かったんですよ~? でも、ありがとうございます~! やっぱりシュンさんは優しいですね……」
そう言って俺から桶を受け取り厨房に入っていった。
食堂ではゼイルさん達が朝食を取っている。
ターニアさんを見ると少し寝不足みたいだったので、おそらく彼女にもアノ声が聞こえていたのだろう。
他の客の姿が無かったので俺が最初の客らしい。
料理が置いてあるテーブルがあったのでそこに座る。
でも、2人分あるような?
また作る量を間違えたのか心配になったが、戻ってきたエミリーが正面に座る。
どうやらエミリーは俺のテーブルで一緒に食べるらしい。
「他のお客さんは大抵午前2の鐘が鳴る前後に食べる人が多いんですよ~。だからそれまでにあたし達が先に食べちゃうんですよ~」
「エミリーと一緒に食べられて嬉しいよ。これからも早起きしたら一緒に食べられるのかな?」
さりげなく聞いてみたら満面の笑顔で頷かれた。
その後もエミリーと和気藹々と会話をしながら食べていたらバードンさん達が食堂に入ってきた。
「おう、シュン! 良く眠れたか?」
そう言いつつ背中をバシバシ叩いてくる。
思わず俺もエミリーもジト目で見てしまう。
ターニアさんは「気にしてません!」って顔でバードンさんに挨拶をしていたが、そそくさと自分の食器を厨房に戻し宿屋のカウンターへと行ってしまった。
ゼイルさんとマーサさんも食べ終わったらしく食器を片付けている。
人前でいきなりキスするくらいだから恋人同士なのかと思っていたが、俺が考えているよりもずっと複雑な関係みたいだ。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
バードンさんが平然としているのでちょっと困らせてみようと思い少し嫌味っぽく言ってみたが、むしろニヤリと得意気そうな顔にお手上げ。
「これがオレ様の生き甲斐だからな!」と凄く良い笑顔で言われてしまった。
俺もエミリーも食べ終わったので席を立つと「2の鐘がなったら行くぞ!」と言われたので頷いておく。
「エミリー、今回もすごく美味しかったよ」
耳元でこっそり囁くと頬を染めて嬉しそうにはにかんでいた。
部屋に戻り床に出しっぱなしになっていた下着とズボンをリュックに押し込み準備完了。
歯を磨いて口をゆすいだところで桶を返してしまったので吐き出す場所が無い事に気付く。
かなり焦ったがとりあえずコップのような物に出してトイレに流しておく。
トイレに来たついでに昨日とは違いスムーズに用を足し部屋へ戻ったが、鐘が鳴るまで退屈だったのでカウンターにいるターニアさんに声を掛けた。
「あの、しばらくこちらに泊まろうと思うので、10日分まとめて払っておきますね」
そう言ってアイテムボックスを開き銀貨5枚を取り出す。
防具がどれだけするのか分らないので、先払いしておいたほうが安心だ。
「あと、昨日エミリーにお湯をサービスして貰ったんですけど、普段はおいくらですか?」
銀貨5枚をカウンターに置き、ついでに聞いてみる。
「ありがとうございます! はい、確かに10日分受け取りました。えっと、お湯は一杯銅貨3枚です」
「それじゃ、それも10日分お願いします。はい、銅貨30枚」
アイテムボックスを閉じる前に残高の確認をすると『銀貨92枚・銅貨27枚』と表示されていた。
時間が余ってしまったので散歩がてら街を散策してみることにする。
せっかくだから王宮を近くで見てみたい。
異様に小さな王宮みたいなので見所があるのか分らなかったが、この国の王様が住んでいるのだから近くで見たらまた違った印象を受けるかもしれない。
「バードンさんの話だと門があるのが南で王宮が北側だったかな? で、この道を挟んで東が住宅街で西が工房街っと……」
昨夜聞いた話を思い出しながら歩いていると、いきなり背後からタックルされた。
「お兄ちゃーーーーーーん!!!」
思わずよろけてしまったが、それほど強烈ではなかったので持ちこたえて腰にしがみ付いているクゥちゃんを見つめる。
「おはよ、クゥちゃん。朝から元気だね!」
朝から天使に会えたので顔が綻んでしまう。
もちろんタックルされたことを怒るなんて野暮な事もしない。
「あのね、クゥね? お店のじゅんびを手伝ったから、かねがなるまで遊んででいいっていわれたの~!」
そこに俺が通りかかったから飛びついてきたらしい。
「いっしょにいてもいい?」と上目遣いで聞かれたのでもちろんOKする。
「お兄ちゃんはちょっと王宮を見てみようかな? って思ってたんだけど、クゥちゃんも一緒に行く?」
「うん、いく~!」
嬉しそうに手を繋いできたので、クゥちゃんの服屋に顔を出しお母さんの許可を取って王宮に向けて歩いて行く。
クゥちゃんの足でも10分も掛からずに到着。
「なんか小さいね~……」
俺の呟きに「おうさまはしょくにんなんだよ~!」と教えてくれた。
クゥちゃんによるとこの国の王は代々鍛冶ギルドのマスターが兼任する決まりがあるそうだ。
なので、王宮も鍛冶ギルド本部としての意味合いが強いらしい。
「あ~、確かに立派な工房みたいなのがあるよな~」
正面の家らしき王宮よりもずっと立派な造りの工房がドンと建っていた。
王宮の東側に工房と兵士の詰め所や訓練場、西側には立派な塔があり一番上に鐘が釣ら下がっていた。
あれが時間を知らせる鐘みたいだ。
さらにその西には王宮よりも大きな建物があったがクゥちゃんにも何の建物なのかは分らないみたいだった。
でもクゥちゃんが居てくれて凄く助かったのでお礼を言うと、ギュッと抱きついて喜びを表現していた。
そろそろ午前2の鐘が鳴りそうだったので、服屋までクゥちゃんを送り宿屋に戻った。
「これはこれはバードン様、ようこそいらっしゃいました!」
この街で一番大きいという武具屋に入るとすぐに店長らしき人が声を掛けてきた。
どうやらバードンさんはかなりの有名人らしい。
わざわざ店長が相手してくれるみたいだ。
流石は国王直々に呼ばれるだけはある。
この店は複数の工房と契約しているので、品数は世界でも有数の有名店との事。
こんな凄い店に俺みたいな初心者探索者が入って良いのか心配になってしまったが、バードンさんいわく「初心者用のもちゃんとあるし、そう言うのは値段も安い」との事。
「おう、今日はこっちのソニアとこの兄ちゃんの装備を買いに来た! どっちも探索者になりたての新人だから初心者用のを頼むぜ!」
「初めまして。昨日探索者になったばかりのシュンと言います。予算は銀貨50枚ほどなのでよろしくお願いします!」
バカ正直に懐事情を話してしまう俺にバードンさんが苦笑している。
気のせいか店長さんも。
「承りました。武器はどう言った物がよろしいでしょうか? 片手剣、両手剣……その他いろいろございますが」
店長に言葉に慌ててアイテムボックスから銅の剣を取り出す。
「あ、剣はありますので出来ればこれの鞘が欲しいのですが……」
「この剣は少し刃が欠けてますね。何か硬い物を叩きましたか?」
一目見るなり指摘された。
店長が指し示す箇所を見ると確かに欠けていた。
そう言えば、一角兎との戦いの最後に角に直撃して変な音がしたような……。
その事を告げると納得顔の店長。
バードンさんも呆れていた。
「お前、一角兎と戦ったのか? 確かにヤツは角が弱点だからそれは褒めてやるけど、銅の剣じゃヘタすりゃ折れてたぞ?」
どうやら俺が思っていた以上にギリギリの戦いだったようだ。
バードンさんにも店長にも鉄の剣を勧められたので痛い出費だったが買うことにする。
銅の剣は銀貨1枚で下取りしてもらう事になった。
「鉄の剣はこちらになります。探索者様ですので、一本銀貨20枚です。お気に召したのがございましたらお声掛けください」
そう言うとバードンさんと一緒にソニアさんの装備選びに行ってしまった。
俺の側には誰も居なくなったが逆に好都合だった。
『鑑定』と念じ、片っ端から調べていく。
どれも大した違いが無いので見た目で選んでみようと思ったが、不意に一本の鉄の剣に目が止まる。
『鉄の剣:+2』
他の剣は『鉄の剣』としか表示されないのにこれだけ『+2』になっていた。
思わず手に取り鞘から抜いて眺めてみる。
見た目は他の剣と変わらないが何故か妙に手に馴染む。
どうやらレア物を見つけてしまったらしい。ラッキーだ!
読んでくださりありがとうございました。
武具の値段をあれこれ考えるのが大変でした。