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探索者  作者: 羽帽子
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第17話:「リメイアに住んでいらしたのですか?」

 お湯が冷めないうちにと、全裸になり前と下半身を拭く。

 服は新しく買ったばかりなのでまだ大丈夫だろうと思い脱いだばかりの服をそのまま着た。

 明日以降は洗濯もしないといけないだろう。

 自分に出来るのか今から不安だ。


「う~ん……歯磨きもしたいけど、そもそも歯ブラシってあるのか?」


 異世界での新生活は戸惑いの連続だ。

 でも、ひとつひとつ誰かの支えを受けながらでも、問題を解決していくのは何か楽しい。

 最初から一人でやれるほど強くも賢くもない。

 なので、分らなかったら素直に教えを請うつもりだ。

 お腹も大分楽になったので、桶を邪魔にならない所に移し情報収集をするために部屋を出る。

 もちろんちゃんと鍵を掛けた。

 エミリーにまた叱られたくないし。

 廊下に出て驚く。

 部屋の中はすっかり暗くなっていたが廊下はかなり明るい。

 光源を探すと廊下の突き当りと階段の近くに小さなテーブルがあり、その上に光を放っているランプの様な物が置いてあった。

 階段付近に置いてあるランプに近づき『鑑定』と念じる。


『光源の魔具:光魔石』


 『魔具』。ファンタジーで良く出てくる魔道具とかそんな感じなのだろうか?

 どうやら使うには『光魔石』というアイテムが必要らしい。

 職人の国だからなのか一般的なのか分らないが、なかなか便利そうだ。

 階段を降りていたら入り口からちょうどバードンさん達が入ってきた所だった。


「いらっしゃ……あ! バードン様、いらっしゃいませ!」


 カウンターから嬉しそうなターニアさんの声。

 俺がバードンさんの勧めでここに来たって言った時も反応してたし、どうやらターニアさんはバードンさんの事が好きみたいだ。


「よう! ターニア、久しぶりだな!」


 軽く手を挙げてターニアさんに近づくと、人目も憚らずにいきなりキスをした。

 いきなりのキスにも拘らずターニアさんは嬉しそうだ。

 尻尾がブンブン振られている。

 思わず「うわぁ~……」と漏れてしまった声にようやくバードンさんが俺に気づく。


「お、シュンじゃねぇか! ちゃんとここに泊まったようだな、よしよし!」


「えぇ、ちょうど宿を探してましたし。良い所を紹介してくれてありがとうございます」


 満足そうに頷くバードンさん。

 その後ろには2人の……いや、3人の奴隷らしき少女達。


「あれ? バードンさん、なんか1人増えてません?」


 首輪をしてるのでおそらく奴隷で間違いないだろう。

 失礼にならない程度に見てみると、耳が尖ってるような?


「おう! ボルダス王から貰ってきたぜ! エルフの奴隷はオレ様も初めてだ!」


 やっぱりエルフだったのか。それにしても、もの凄い美少女だ。

 それをくれるボルダス王っていったい……。

 高貴な顔立ちに奴隷の証の首輪、背徳感が半端ない。

 ターニアさんが不快に思ってるんじゃないかと様子を見てみると、平然としていたのでびっくり。

 俺の視線に気づいたターニアさんが「いつものことですから」と達観していた。


「ターニア、3階の部屋2つ空いてるか? 1泊頼む」


 どうやらバードンさんもここに泊まるらしい。

 ターニアさんはちょっと不思議そうな顔だ。どうしたのだろう?


「あの、空いてますが、……1泊でよろしいのですか?」


 どうやらもっと長い期間泊まっていくと思っていたらしくがっかりしていた。

 そんなターニアさんに申し訳なさそうに頭を掻いているバードンさん。


「いやな、どうやらこの街に長くいることになったんでな。家を借りることにしたんだ」


 長期滞在なら会う機会が増える、だが家を借りると頻繁には会えない。

 喜んでいいのか悲しんでいいのか悩んでいる微妙な表情のターニアさん。


「まぁ、オレ様もこいつらも料理はからっきしだからな。メシはここで食べるつもりだからそんな顔すんな! ゼイルさんの料理は絶品だしな!」


 そう言いながらターニアさんの頭をぽんぽん優しげに叩く。

 ターニアさんもそれを聞いて安心したらしい。

 ゼイルさんの料理。エミリーがあれほどの腕前なのだから、きっととてつもなく美味しいのだろう。

 だが、果たして俺はゼイルさんの料理を食べられるのだろうか?

 さっきのエミリーを思い出すと、今後も俺の料理は全部エミリー製になりそうな予感がする。


「それではお部屋にご案内いたしますね。どうぞこちらです」


「おう、お前達もついてこい!」


 いつの間にか会計が終わっていたようだ。

 バードンさんが後ろの少女達に声を掛け、4人はターニアさんの後に付いていった。

 1人残された俺がどうしようか悩んでいると、


「おい! シュンはもうメシは食ったのか?」


 階段の途中で立ち止まったバードンさんに声を掛けられたので頷く。

 もうお腹いっぱいです。


「なんだ、もう食っちまったのか! それじゃ、半鐘後に食堂に来い。酒に付き合え!」


 半ば強引に決められてしまった。

 この世界のお酒にも少し興味があったので「わかりました」と答えバードンさん達を見送る。


「あ、半鐘ってなんだろ……?」


 単純に考えると鐘が鳴ってから次の鐘が鳴るまでの時間の半分って事だろうか。

 ターニアさんが戻ってきたら洗濯や歯ブラシの事と一緒に聞いてみよう。

 エミリーはきっと食堂の手伝いで忙しいだろうし。

 戻ってくるまで手持ち無沙汰だったので、食堂を覗いてみたらかなり混んでいた。

 その殆どの客がバードンさんほどではないがごつい体格だ。

 神様に最適な年齢の身体にして貰ったが、それでも彼らの中に混じると自分の身体の貧弱さが目立ってしまいそうだ。

 エミリーはマッチョなのは苦手みたいだが、あの人達ほどじゃなくても良いからもう少し筋肉は付けたい。


 店の中を縦横無尽に動き回っているエミリーに気付かれないうちにと食堂を後にする。

 カウンターに戻ってみると、階段からターニアさんとバードンさん達が降りてきた。


「お、なんだまだいたのか! オレ様達はメシだからお前も後で来いよ?」


 俺の背中を叩くと笑いながら食堂へと消えていった。

 後に残された俺とターニアさん。


「あの、何か御用でもありましたか? すみません、バードン様にお会いできて浮かれてしまっていたみたいです」


 そう言って頭を下げてくるので、慌てて用件を切り出す。


「いえいえ、ちょっと洗濯とか日用品の事が聞きたかっただけですから。俺の方こそ邪魔しちゃってすみません」


 こちらも負けじとぺこぺこ謝る。日本人の哀しい習性だ……元だけど。


「えっと、洗濯は午前2の鐘が鳴るまでにお出しいただければ私が洗います。量に応じて銅貨5枚~10枚頂きますが、それでよろしければお声かけください。それと、日用品は……手ぬぐいや歯ブラシ、それに石鹸でしたら割高になりますがこちらでお買い求めできます」


 ターニアさんが言う通りカウンターの後ろの棚に手ぬぐいなどが置かれていた。

 さっそく歯ブラシと石鹸を銅貨13枚で購入。

 歯ブラシは2本セットで銅貨3枚らしいが、石鹸はそれなりに貴重品らしい。

 何かの木の枝の先を細かく解しただけのシンプルな作りの歯ブラシ。

 ちゃんと磨けるのか心配だ。

 ついでに半鐘の意味も聞いてみたが俺の予想通りだったので一安心。


「すみません、あとお風呂はどこに行けば入れますか?」


 身体を拭いたばかりだが、湯船に浸かって疲れを癒したかったので聞いてみると、びっくりした顔をしている。


「お風呂は、国王様でも滅多に入ったりはなさらないと思います。少なくともこの街ですと王宮以外にはないかと……」


 お風呂が無い事に驚いた俺の様子に、逆にターニアさんの方が驚いているようだ。


「もしかしてシュン様は……あ、すみません名前で呼んでしまって! あの、もしかしてリメイアに住んでいらしたのですか?」


 そのまま名前で呼んで欲しいと告げ、聞きなれない地名が出たので「リメイア?」と聞くと、ダーニアさんが小首を傾げている。


「魔法の国リメイアです。あの国には街の中にお風呂屋と言う物があると探索者の方から以前お聞きしました」


 どうやら俺がお風呂の話をしたので勘違いさせてしまったらしい。

 だが、他の国の情報が聞けたのはありがたかった。


「いえ、俺も昔田舎でお風呂に入った事がある探索者から話を聞いただけでして。王都だったらお風呂屋さんがあるのかな? と思っただけです」


 なんとか必死に誤魔化してみるとターニアさんも納得してくれたらしい。

 でも、お風呂に入れないのはちょっと痛手だ。

 湯船が恋しい。

 まさかこんな事でホームシックを感じてしまうとは予想外だ。


 その後ターニアさんにトイレの場所を聞く。

 部屋に戻り時間までのんびりしようと思っていたら、エミリーの料理が程よく消化されてきたのか、大きい方をしたくなってしまったのだ。

 トイレ自体は普通の狭い個室の床に穴が開いている至ってシンプルな作りなので、和式トイレのようにしゃがんで無事に用を足す事に成功……ついでに小も。

 一安心した所でお尻を拭こうと紙を探すが……無い!

 前も後ろも上も下も、全て探したがやはり無かった。


「え? うそ……だろ? この世界の人って……え? 手ぬぐいとか必要だったのか???」


 すっかりパニックになってしまった。

 ずっとしゃがんでいるので脚が辛い。大ピンチだ!

 一角兎と戦った時よりも、エミリーの大量の料理を見た時よりも!


「考えろ……考えるんだ! このままダッシュで部屋に戻って手ぬぐいで拭くか? 幸い部屋にはさっき使ったお湯がある!」


 考えても考えても良い案が浮かんでこない。

 何だか段々涙が出てきた。

 ぽとりと床に落ちた涙を見て、ハッと思い出す。


「……水……せ、生活スキル……確かガルスさんが使ってた……」


 一縷の望みを込めて、右手の人差し指をお尻の穴に向ける。


「……う、ウォーター!」


 かつて俺の人生でこれほど力を込めて発した言葉があっただろうか? いや、無い!

 ウォシュレットのようにお尻に当たる水に俺は勝利を確信した。

 残る問題はどうやって乾かすかだ。

 おそらく答えは生活スキルの中にあるのだろう。

 おもむろに「ファイア」と唱えると指先からライターよりも少し大きい火が出た。

 満足気に頷く。

 だが、これはあくまで本命前の確認だ。

 俺は先ほどと同じように人差し指を水で濡れているお尻に向けた。


「ウィンド……ッ!」


 すると指先から発せられた風がお尻に当たる。

 ひんやりする感触に思わず身じろいでしまうが、これしか方法が無いと割り切る。

 だが、10秒ほどで風が出なくなってしまった。


「あ、一回10秒とか制限があるのか? まぁいいや……ウィンド!」


 再び唱えてみるが風が出てこない。

 ちょっと焦る。


「あれ? ファイア!」


 今度は火も出なくなっている。

 いい加減脚が痺れてきたので立ち上がり下着とズボンを穿く。

 まだ濡れていて嫌な感じだったが、トイレから出て急いで階段を上がり部屋に飛び込んだ。

 ターニアさんに姿を見られたかもしれないが緊急事態だ。

 部屋に戻り急いで新しい下着とズボンに履き替えた。

 濡れてはいたが汚れてはいないようなのでホッと胸をなでおろす。

 それにしても、いきなり生活スキルが使えなくなったのは問題だ。

 しばらく原因を考えたが一つしか思い至らない。


「MPが切れた……?」


 単純にMPが切れたのが原因としか思えない。

 今の俺のMPでは生活スキル3回が限度なのか……。

 MPってどうやったら増えるのだろう?

 次から次へと現れる問題の山に頭を抱えてしまう。

 そのままベッドに倒れこむ。


「なんか疲れたよ~……」


 これ以上何も考えたくなかったので、バードンさんとの約束の時間までひたすらぼ~っと天井を眺めていた。



読んでくださりありがとうございました。

最大の難関はトイレでした。

普通の水洗トイレと生活スキル……どっちが便利なんだろう?

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