第16話:「せ、背中を拭いてあげようと思って!」
「ご、ごちそうさまでした!」
まさに死力を尽くす戦いだった。
目の前には軽く3人前はありそうな料理の山。
視線を上げると満面の笑みの美少女。
男には逃げてはいけない戦いがある。
『遥かなる青い山脈(野菜)を踏破し、黄色い洪水(玉子スープ?)を流し込む。
さらに女神の微笑みで心を回復すると、茶色い悪魔達(肉料理)を噛み千切った』
なんて描写をするとエミリーの料理が不味いのではと勘違いされそうだが、実際は思わず「結婚してください!」と言いたくなるくらい美味しかった。
でも、この量は流石に多すぎだろう。
これ以上何か食べると逆流しそうだ。
「エミリーちゃん、すごく美味しかったよ。でも、もうちょっと量を少なくしてくれると嬉しいかな?」
エミリーちゃんも流石に多すぎたと反省してるのか、申し訳なさそうにエプロンの前で手をもじもじさせていた。
「あの、ごめんなさい~……。シュンさんに食べて貰おうと思って作ってたら止まらなくなっちゃって。でも、その……嬉しいです~!」
俯いているエミリーちゃんの頭を撫でながら改めてお礼を言う。
沸騰しそうなくらい真っ赤になったかと思うと、もの凄い速さで厨房に逃げ込んでしまった。
なんかだこっちの世界に来てからというもの、自分がスケコマシ一直線になっているような気がする。
しかし、どう考えてもこの状況はおかしい。
俺が次から次へとあんな美少女達に気に入られるなんてありえない。
本当に神様が何かしたのではないかと疑ってしまう。
ハーレムは男の夢なのでこの状況も歓迎すべきなのだろうが、あまり調子に乗るとどこに落とし穴があるか分らない。
ほどほどに自重しておくのが無難だろう。
「おい、お前さん……名前は?」
まだしばらくは椅子から立ち上がることも出来そうになかったのでぱんぱんに膨らんだ腹を撫でていると、いつの間にか横に立っていたエミリーちゃんのお父さんに声を掛けられていた。
バードンさん並に筋肉ムキムキだ。それに視線が異様に鋭い。
何となく無様な格好を見られたくなかったので、姿勢だけでもちゃんとしようとしたら手で止められた。
「あぁ、そのままで良い……。俺の名前はゼイルだ。娘が迷惑を掛けたな。で、名前は?」
「あ、シュンと言います。今日この街に来ました。探索者です」
慌てて答える。
2回も同じ質問をさせてしまった事を悔やんだが、どうやらゼイルさんは気にしていないようだったので一安心。
「まさか、あれを全部食べるとは思わなかったぞ。だが探索者なら沢山食べてもっと筋肉を付けろ……」
それだけ言うと、厨房に戻っていった。
代わりにお母さんに背中を押されてエミリーちゃんが厨房から出てくる。
まだちょっと顔が赤いが大分落ち着いたようだ。後ろではお母さんがニコニコしている。
「初めまして、シュンさん。エミリーとターニアの母のマーサです。娘の料理はお口に合いました?」
「は、初めまして、シュンです。あ、もちろん美味しかったです、毎日でも食べたいですね」
あらあらと微笑んでいるマーサさん。
エミリーちゃんは俺の言葉にまた俯いてしまった。
かなりの恥ずかしがり屋さんみたいだ。
「えっと、それじゃそろそろ部屋に戻りますね。エミリーちゃん今日はありがとう」
「あ、後でお湯を持っていきますね~。あ、あたしの方こそありがとね、シュンさん!」
顔を上げて嬉しそうに笑うと、パタパタ小走りに厨房の中に入っていった。
マーサさんに軽くお辞儀をし俺も食堂を後にする。
途中、カウンターに戻ってきていた姉のターニアさんに「妹がごめんなさいね」と謝られたが、料理は美味しかったし好意も嬉しかったので「いえいえ」と答えておいた。
階段を上り2階へ、さらに上への階段があるのでどうやら3階もあるらしい。
部屋に入りベッドに横になる。
背中にゴリッとした感触があったので調べてみると部屋の鍵が見つかった。
どうやら部屋の鍵掛けないで出てしまったみたいだ。
エミリーちゃんも忘れてたっぽいし、おそらく相当緊張してたのだろう。
鍵をテーブルに置き、今更ながらにこのベッドに美少女が座っていたことにドギマギ。
腹をさすりながら今日一日のことを振り返ってみた。
ネットで小説を読んでたら神様の所に飛ばされてアイラにも会って、異世界で初めての魔物との戦闘。
いろんな事が一気に起こったので頭がパンクしそうだ。
状況整理のためにアイテムボックスを開いてアイテムや所持金の確認をする。 一角兎の毛皮をギルドで売ってくれば良かったと今更ながらに後悔したが、取り出した毛皮を手に取りるとフカフカで気持ち良い。
疲れた時の癒しアイテム用に取っておくか悩んでしまう。
とりあえず売るのは保留しようとアイテムボックスに戻し、代わりに銅の剣を取り出しぼーっと眺める。
一角兎との戦いを思い出し反省点を洗い出す。
攻撃はスキルのお陰でなんとかなったが、問題はやはり防御だろう。
盾と防具を早めに揃えないと迷宮の探索はきつそうだ
所持金を確認する。
『銀貨97枚・銅貨70枚』
「……足りるのかな?」
相場が分らないので不安になる。
服や宿代より高いのは確かだろう。
窓の外を見ると少しだけ暗くなってるようだ。
「日の傾きからすると、5時過ぎくらいかな? とすると宿に来てから1時間ちょっとだから、さっきの午後2って鐘は4時頃か」
それにしても今日はいろんな人との出会いが多かった。
神様にアイラ、ガルスさんやクゥちゃんとそのお母さん、それにギルドではセリーヌさんシアさんにバードンさん、最後にエミリーちゃん一家。
神様は別として出会った人のほとんどが初対面の自分にやたらと好意的だったのには驚いた。
俺は自分が他人から、特に女性からこんなに好かれるタイプだとは自惚れていないつもりだ。
やっぱり俺自身テンションが上がってて積極的になってる所はあるが、ここまで好意を持たれるのは不自然だし、きっと神様が何かしたのだろう。
考えられるのは迷宮探索がスムーズに行くように人間関係を円滑にするのが目的でって事なんだろうが、エミリーちゃん達の反応を見てるとまるで誰かに「早くハーレムを作れ」とせっつかれているような印象だ。
それはそれで望む所だが、出来れば一人だけでも良いから俺自身の力だけで好意を持たれるようになりたい。
「好意を寄せられるのに相応しい男になれるように頑張ろう…」
アイラや他の移住者達も同じ状況なのだろうか? 特にアイラが心配だ。
アイラとはいずれ再会しようと約束してるが、他の人達と出会う機会はあるのだろうか。
単純に計算すると、国は3つなので10人のち3人ほどはこの国に送られてくるはずだ。
だが、アイラ以外は特にわざわざ捜す事もないだろう。
そう割り切り剣をアイテムボックスに戻すとドアがノックされた。
「はい、どうぞ~…開いてますよ」
動くのがきついのでベッドから声を掛けるとエミリーちゃんに入ってくるなり叱られた。
「もう、シュンさん! ドアはちゃんと鍵を掛けないとダメですよ~!」
盗難やトラブル防止のためにもこういう所は徹底した方が良さそうだ。
「ごめんね、気をつけるよ」
素直に謝ると両手に桶を抱えてこちらに近づいてきた。
腹が苦しかったがなんとか起き上がって桶を受け取る。
「重かったろ? わざわざありがとね」
「ううん、気にしないで~。料理を褒めてくれたお礼でもあるし……」
もじもじしながらも何故か後ろ手にドアの鍵を掛けるエミリーちゃん。
その様子を不審な目でみている俺に、えへへと笑いながら近づいてくる。
「ど、どうしたの? エミリーちゃん……」
いきなりの展開に動揺してしまう。
エミリーちゃんは頬を染めて照れくさそうに、
「あのね、3の鐘……あ、午後3の鐘ね? それが鳴るまでは休憩してて良いって言われたから、背中を拭いてあげようと思って!」
今までのちょっと間延びした口調じゃなく早口でそんな事を言ってきた。
自分でも大胆な事を言ってる自覚があるのか、茹蛸のように真っ赤になっている。
上目遣いで「ダメ?」と言われて断れる男がいるだろうか? 俺には無理だ。
「……そ、それじゃ、お願いしようかな?」
俺がOKを出すとホッとした顔で桶の中の手ぬぐいを搾りだす。
正面から見られるのがちょっと気恥ずかしかったので、後ろを向いて上着を脱いでいると背中に視線を感じる。
なんか童貞の頃に戻ってしまった気分だ。
ある意味この身体は新しい身体みたいなものなので、あながち間違ってはいないのかもしれない。
そんな事を考えながら上半身裸で突っ立っていると、背中に温かい手ぬぐいが押し当てられた。
ちょうど良い温かさなので気持ち良い。
しかも拭いてくれてるのはなかなかの美少女だ。
「んしょ……、どう~? シュンさん」
「うん、すごく気持ちいいよ。上手だね」
俺が褒めると拭くペースが上がってきた。
かすかに楽しそうな鼻歌も聞こえる。
「あ、勘違いしちゃダメだよ? こんな事するの初めてだからね~?」
さっき俺が冗談交じりに脅したのを思い出したのか釘を刺してきた。
まだ会ったばかりだがエミリーちゃんがすごく照れ屋さんなのは良く分るので、普段は本当にこんな大胆な事はしないのだろう。
自分でも初対面の男の背中を拭くのは意外なのか少し不安そうだ。
「うん、分ってるよ、ありがとう!すごく嬉しいよ、エミリーちゃん」
何か見えない力で好意を持たれていたとしても、それはエミリーちゃんの責任ではない。
要は俺がその好意に相応しい男になれば良いだけの話である。
今の俺ではまだまだだが、少しずつ頑張ろう!と決意をする。
そんなに広い背中ではないので、丁寧に拭いて貰ったが5分も掛からずに終わってしまった。
流石に前や下を拭いてもらうわけにはいかないだろう。
エミリーちゃんはなんか拭き足りないって顔をしていたが……。
「あとは自分で拭くよ。本当にありがと、気持ちよかったよ」
「ううん~、あたしもなんか楽しかった~!」
改めてお礼を言うをエミリーちゃんもひとまずは満足そうだ。尻尾を見て確信する。
でも、そのうち全身を拭かれてしまいそうな雰囲気だ。
「エミリーちゃんは今までに良いなって思った人はいなかったの?」
なんとなく気になったので聞いてみる。
怒らせちゃったかな? と思ってエミリーちゃんの顔を窺うと、人差し指を小さな顎に当てて何やら真剣に考えていた。
「う~ん……、うちに泊まるのって探索者さんが多いけど、お父さんみたいな筋肉もりもりの人ばかりなんですよね~。あ、もちろんお父さんの事は大好きですよ。お姉ちゃんはそういうタイプが好きみたいですけど~。でも、あたしはシュンさんみたいな人が……」
最後の方は恥ずかしそうに小声になってしまった。
聞きようによってはもはや告白と同じだろう。
俺もつられて顔が赤い。
「そ、そうなんだ。えと、エミリーちゃん……俺、頑張るね?」
自分でも良く分らない宣言をする。
何を言ってるんだ、俺は?
でも、エミリーちゃんはそんな俺を見てにっこり微笑んでくれた。
「あ、あの……やっぱり前も~……」
気持ちが高ぶってしまったのか、エミリーちゃんの目が妖しく光る。
流石にそれは拙いだろう止めようとすると、聞き覚えのある音が響いてきた。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
外を見るといつの間にかもうすっかり暗くなっていた。
「あ~! いけない、仕事に戻らないと~! 大体この時間に夕食をとるので混むんですよ~……」
「うん、早く戻った方が良いよ。今日はありがとう。料理も背中を拭くのもね」
あたふたしているエミリーちゃんが慌てて部屋の鍵を開ける。
そのまま出て行こうとして振り向いた。
「あの、これからは『エミリー』って呼んで欲しいです~。……ダメですか?」
すがる様な目で見つめてくるエミリーちゃん……もといエミリー。
「うん、これからもよろしくね。……エミリー!」
俺の言葉にパァッと顔を輝かせ小躍りしながら出て行った。
そんなエミリーを見送りながら、少しでも早く一人前……せめて半人前の探索者にならなければと決意を新たにした。
今読んでくださりありがとうございました。




