第15話:「照れちゃうよ~!」
セリーヌさんに言われた通りに『夜の止まり木亭』を探してみる。
看板に名前が書かれていても文字が読めないので少し不安ではあったが、すぐに宿屋らしき建物が見つかった。
クゥちゃんの店やギルドの近くなのでちょうど良かった。
もし嫌な事とかがあったらクゥちゃんに癒して貰おう。
セリーヌさんの笑顔も癒されそうだが、果たしてまた見せてくれるのだろうか?
などと考えてる間に宿屋の前に到着。
西部劇の酒場のようなスイングドアを開けて中に入る。
目の前には宿屋のカウンター、入って左側は食堂みたいだ。
「いらっしゃいませ、お泊りですか?」
すぐにカウンターの女の子が声を掛けてくる。
頭には犬耳が……どうやら獣人のようだ。
思わずまじまじと見つめてしまった。
なかなか可愛いらしい美少女だ。年齢は16歳くらいにみえる。
女の子の方はいきなり見つめられたので恥ずかしそうだ。
「はい、バードンさんという人にここを勧められまして。部屋空いてますか? 1人部屋をお願いします」
「まぁ、バードン様がこの街にいらしてるのですか? えぇ、はい! もちろん空いております」
バードンさんの名前を聞いて頬を染める。
まさか筋肉フェチなのだろうか?
「えっと、一泊いくらですか? 食事込みだと助かるんですが…」
大丈夫だとは思うがまずは金額の確認。
「1泊だと銅貨50枚です。食事は夕食と朝食が付きます。午前1の鐘から午後4の鐘の間にお召し上がりください」
やばい……、1の鐘とか4の鐘とか言われてもさっぱり分からない。
知っておかないと食事が出来なくなる危険性があるので、恥を承知で聞いてみようとしたら、不意にどこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
「あ、もう午後2の鐘が? いけない、洗濯物を取り込まないと! あ、申し訳ありません、すぐにお部屋にご案内します」
慌てた様子の女の子に、食堂からやってきた14、5歳くらいの女の子が声を掛けてくる。
「お姉ちゃん、お母さんが洗濯物って……、あ、お客さんですか? いらっしゃいませ~!」
俺の顔を不思議そうに見つめている妹らしき女の子。
お姉さんと同じ犬耳の獣人で、こちらも素朴な感じの美少女だ。
この世界は美女や美少女率が半端なく高いみたいだ。
女性のレベルの高さに心の中でガッツポーズ。
「あ、エミリー! ちょうど良かったわ、洗濯物お願い」
「え~? 洗濯物はお姉ちゃんの仕事でしょ~? お客様の案内はあたしがする~!」
そう言うなりカウンターから鍵を取り出し、階段を駆け上がる妹さん……エミリーって名前らしい。
口調がちょっと間延びした感じだが、行動自体はかなりハキハキしているので好感が持てた。
「もう……仕方の無い子ね!」
呆れているお姉さんに1泊分の銅貨50枚を渡そうと思ったが銅貨は20枚しかなかったので銀貨で払う。
お釣りを受け取っていると、階段の上からエミリーちゃんに「早く早く~!」と急かされたので小走りに階段を上がる。
そんな俺を階段の上からじっと見つめている。
2階に到着すると先に立って案内してくれた。
初対面のはずなのに熱い視線を向けられてドギマギしてしまう。
不思議に思いながらも後ろを付いていく。
栗色の三つ編みにされた髪が歩くごとに左右に揺れている。
クゥちゃんが付けていたのと同じピンクのリボンが良いアクセントになっているようだ。
そしてその下の尻尾も同じようにユラユラ。
「こちらの部屋になりま~す!」
エミリーちゃんは手馴れた感じで部屋の鍵を開け俺を中に招き入れる。
8畳ほどの広さでベッドと水差しやコップのような物が置かれたテーブルだけのシンプルな内装だが、キチンと掃除されてるようでかなり清潔感のある部屋だった。
「うちの自慢はこのふかふかのベッドなんですよ~!」
ベッドに腰掛けぽんぽん叩いて感触を確認している。
思わず「誘ってるのか?」と言いたくなるほどの人懐っこさだ。
クゥちゃんといい、この子といい……この世界の女の子はみんなこんなに人懐っこいのだろうか?
今まで女性とはあまり縁の無い人生だったので、可愛い女の子達との出会いの連続に少々戸惑ってしまう。
「お兄さんは探索者なんですか~? この街の迷宮を探索しに?」
俺の右手を見て興味津々といった顔。
リュックをテーブルに置き頷く。
「と言っても、今さっきなったばかりなんだけどね。田舎から出てきたからこの街の事とかいろいろ教えてくれると嬉しいな」
にっこりお願いをしてみるとちょっと赤くなって照れてるみたいだったが、すぐに「いいよ~!」とOKしてくれた。
なので、さっそく気になったことを聞いてみる。
「さっきお姉さんに食事の時間を聞いたんだけど、1の鐘とか4の鐘って?」
俺の質問に「そんな事も知らないの?」と言わんばかりの顔をされてしまったが、
「んと、『起きなさーい』って意味の鐘が朝に鳴って~、それが午前1の鐘ね? で、一定間隔で2、3、4の鐘が鳴るの~。それでね、午後も同じように4回鳴って……4回目が『寝なさーい』の鐘なんだよ~?」
分りやすいのか分りにくいのか微妙な説明をしてくれた。
きっとこの世界では子供にそのように説明してるのだろう。
とりあえず、最初の鐘から最後の鐘が鳴る前に食べれば良いのかと無理やり納得させる。
これからずっと生活するのだからそのうち慣れるだろう。
「ありがとう、エミリーちゃん。また何か分らない事があったらよろしくね」
お礼を言ったら嬉しそうだけど、ちょっと微妙な顔をしていた。
「う~……、お兄さんはあたしの名前知ってるのに、あたしはお兄さんの名前を知らないのはずるいよ~!」
ベッドの上でパタパタ脚を振りながら上目遣いでこちらを見ているエミリーちゃんに名前を教える。
「シュンさんか~……」
えへへと嬉しそうに笑っていた。
その無防備な笑顔にちょっとだけ心配になってしまう。
「エミリーちゃんはいつもこうやってお客さんの部屋に入って話したりしてるの? エミリーちゃんみたいに可愛い子だと襲われちゃうぞ~?」
ちょっと脅してみようと手をワキワキさせて近づいてみたら、もの凄い勢いでベッドの陰に隠れてしまった。
顔だけ出してこっちを恨めしそうに見ている。
耳がピンと立っているのを見るとこちらを警戒してるようだ。
「ふ、普段はこんなことしないもん! ただ、シュンさんは最初に見た時からなんか他の人とは違うな~って思って……。それで、気が付いたらこうやって話してて~……、あたしだって良く分らないよ~!」
すっかりいじけてしまったようだ。
本能的に俺が異世界から来たという事を感じ取っているのだろうか?
勘の鋭い人間が見ると何か違和感があるのかもしれない。
「あまり可愛い女の子と接する機会がなかったからびっくりしちゃって。こめんね、エミリーちゃん」
申し訳なさそうに謝ると許してくれたようでやっとベッドの陰から出てきてくれた。
「そんな、可愛いだなんて……。照れちゃうよ~!」
真っ赤になってクネクネしていた。
尻尾はすごい勢いでブンブン揺れている。
何か部屋の雰囲気が怪しくなってしまったので、話を逸らす意味合いも含めて聞いてみる。
「あ、今からご飯って大丈夫かな? お腹空いちゃって……」
いろいろあった一日だったのでかなり空腹だったのは本当だ。
そういえば、寝る直前にこっちに飛ばされたのに今はあまり眠くはない。
神様がそうしてくれたのかただ緊張してるからなのか分らなかったが、時差の影響もあまりなさそうだ。
「うん、大丈夫だよ~! あたしがお席にご案内しま~す!」
そう言って俺の手を掴んで先導するエミリーちゃん。
女の子の柔らかい手の感触にドキドキしながらも大人しく付いていく。
カウンターの前を通りかかったがお姉さんはまだ洗濯物と格闘中みたいで居なかった。
何気なくお姉さんの名前を聞いてみると、ちょっと頬を膨らませて「ターニア」とだけ教えてくれた。
「シュンさんもお姉ちゃんの方が良いの? お姉ちゃん、すっごくモテるんだよ~……」
そう言って寂しそうに俯くエミリーちゃん。
いろいろ比べられて哀しい思いをしてきたのかもしれない。
優しく頭を撫でてあげながらフォローしておいた。
「ううん、エミリーちゃんの名前を知ってるのにお姉さんの名前を知らないのはどうかな? ってちょっと思っただけだよ。エミリーちゃんは可愛いんだから元気出してね?」
今までの自分だったら絶対言えないような恥ずかしいセリフに顔が赤くなってしまう。
憧れの異世界に来れて知らない間にテンションがおかしくなっているのかもしれない。
おそらくアイラに会った時から、いや神様に会った時からずっとテンションが上がりまくっていたのだろう。
エミリーちゃんはそんな俺をびっくりした顔で見上げていたが、きゅっと握る手を強めて「ありがと」と一言。
俯いたまま俺の手を引いてずんずん進む。表情は分らなかったが首まで真っ赤だ。
食堂に入ると時間帯のせいなのかガランとしていた。
ギルドにも全然人がほとんどいなかったが、この世界の人って休日はどこに行っているのだろう?
エミリーちゃんに進められた席に着き、疑問に思った事を聞いてみた。
「えっと、宿に泊まってる他のお客さんは……探索者の人が多いけど、休養日にしてる人は部屋でのんびりしたり買い物したりしてると思うよ~。休養日じゃない人はみんな迷宮に行ってるのかな?」
彼女の話によるとこの世界の人達はかなりマイペースらしい。
「街の人は休養日は家で家族と過ごす人が多いみたいだね~。うちは宿屋だから決まった休養日とかは無いかな。たまにお小遣いを貰って出かけたりするけど、デートとかしたことは無いよ~」
何かを期待する眼差し。
最後の情報は……まさか、俺にデートに誘えって意味なのか?
今日はやたらと初対面の人に気に入られているような気がする。
神様がいろいろと身体を弄ったみたいだが、変なフェロモンとかが出ていないかちょっと心配だ。
思わずクンクン自分の匂いを嗅いでしまう。
ただ汗臭いだけだった。
「あはは、後で桶にお湯を汲んで部屋に持ってきてあげるよ~。シュンさんだけにサービスね」
悪戯っぽくウインクするエミリーちゃん。
注文を取ると厨房に入っていった。
何故か厨房からはニコニコしながら興味津々そうな女性と、もの凄い殺意を込められた目で睨んでくる男性。
おそらく両親なのだろう、どちらも獣人だ。
どう見ても20代にしか見えないけど、そういう世界だと割り切る。
俺の事は可愛い娘に近づく悪い虫だとでも思われてそうだ。
ちなみにメニューは読めないだろうと判断して、エミリーちゃんに全てお任せした。
ちょっと気合が入りすぎて空回りしている感じがするので少し心配だ。
てっきり料理が出てくるまでエミリーちゃんが話し相手になってくれるのだと思っていたが、厨房に入ったきり出てこない。
手持ち無沙汰になったので、『スキル操作』と念じる。
『所持ポイント:23
取得スキル:片手剣レベル1(10)・身体強化レベル1(20)』
頭の中に情報が浮かんできた。
生活や鑑定スキルの名前がないので、どうやらレベルUPできるスキルだけ表示されるようだ。
所持ポイントは20が神様からのサービスなのでレベルUP報酬は3みたいだ。
1レベルUPで3ポイント貰えるにしては、バードンさんのスキルレベルが低かったような気がする。
バードンさんだと計算上は最低でも120ポイントは手に入れてたはずだ……。
頭を捻りながら考えてみるが考えれば考えるほど混乱してくる。
後で機会があったらバードンさんに聞いてみることにして、まずは自分のスキルだ。
このポイントだとどっちか一つしか上げられない。
でも、まだレベル1でも持て余し気味なので、慣れるまでは保留にしておいた方が良いような気がする。
それに、バードンさんから話を聞いて情報を集めてからでも遅くないだろう。
そう結論付けると操作をキャンセルする。
やる事が無くなったので20分ほどぼーっとしてたらやっとエミリーちゃんが厨房から出てきた。
何やら両手にもの凄い量の料理を持っている。
目が点になっている俺の前にドンと皿が置かれた。
思わずエミリーちゃんを見上げると満面の笑みだ。
「頑張ってあたしが作ったんだよ~! いっぱい食べてね~!」
厨房をチラリと見ると「全部食えるもんなら食ってみろ!」と言わんばかりにニヤついているエミリーちゃんのお父さん。
覚悟を決めて料理に手を伸ばす。
一角兎との戦いよりも熾烈な戦いが始まった!
読んでくださりありがとうございました。
どうして主人公がいきなりモテ始めたのかはいずれ分ると思います。
アイラは大丈夫かなぁ……。




