第14話:「兄ちゃんも探索者かい?」
「あ、そういえば、登録料とかは払わなくても良いんですか?」
どこで予想外の出費があるか分らないのでお金に関しては慎重になってしまう。
収入が安定するまでは用心した方が良いだろう。
武器など大事なものは思い切って買うにしても余計な出費はなるべく抑えたい。
そんな心配をしていると、担当してくれた美人職員が答えてくれた。
「昔はちゃんと頂いていたみたいですが、探索者の数が減って迷宮の攻略がとても困難だった時期があったらしく、それ以来人数を確保するために無料で登録できるようにしたそうです」
「でも、その代わり今度は制度を悪用しようって人達が増えちゃってるんですよねー」
もう一人の女性職員が言葉を引き継ぐ。
神様がこの世界の住人の質の低下を心配していたがなかなか深刻そうだ。
「……貴方みたいな人ばかりだったら良かったのに」
ぼそりと呟かれた言葉にハッとして顔を向ける。
無意識の呟きだったのか、驚いた顔の美人職員が次の瞬間真っ赤な顔になって俯いてしまった。
そんな同僚が珍しいのか面白そうに見つめている女性職員。
なんだか気恥ずかしい空気が流れてしまい困っていると、入り口から3人の男女が入ってきた。
先頭の背中に大きな剣を背負っている筋肉質な大男は普通の人間みたいだが、後ろの2人の女の子にはそれぞれ猫や犬の物らしき耳や尻尾が生えている。
疲れているのか獣人の女の子達の表情は少し冴えない様子だ。
そして、その首には首輪が付けられていた。
「よう! シアにセリーヌ! 元気だったか? オレ様に会えなくて寂しかったろう!」
入ってくるなりいきなり大声で彼女達に声を掛ける大男。
無駄にでかい声がギルド内に響いた。
慣れているのだろうか、軽く手を振っている長い髪の女性職員。
美人さんは軽く会釈しただけだ。
「バードンさんお久しぶりですねー。あたしもセリーヌも元気でしたよ。それにしても、また新しい奴隷を購入したんですかー?」
どうやら俺を担当してくれたのがセリーヌさんで、今挨拶を返したこの人がシアさんらしい。
ついでに大男の名前はバードンさんか。
後ろの獣人2人にチラッと視線を向けると、清々しいくらいにきっぱりと言い切った。
「あぁ! それがオレ様の生き甲斐だからな!」
美少女奴隷とイチャイチャは男のロマンである。
それをこうして実行している男に思わず嫉妬してしまう。
そんな俺の「爆ぜろ!」と念じている視線に今更ながらに気付いたらしく、顔をこちらに向けてきた。
「よう、兄ちゃん! 初めて見る顔だな。兄ちゃんも探索者かい?」
右手に刻まれたばかりの探索者の証を見て話し掛けてくる。
「初めまして、シュンと言います。たった今登録したばかりの新人です」
無視するのもなんなので正直に答えた。
そしてこっそり『鑑定』。
『名前:バードン
種族:人族
レベル:41
取得スキル:両手剣レベル3・身体強化レベル2・探知レベル1・生活』
見たところ、レベル自体はかなり高いがスキルレベルは思ったより低いようだ。
それに取得スキルの数も何だか少ないような気がするが、これはもしかしたら神様からいろいろ貰った俺が多いだけかもしれない。
それにまだスキルポイントを使ってなかったことを思い出す。
スキルの事に関してもだがもっといろんな情報を集めた方が良さそうだ。
などと考えていると、ヌッと大きな手が差し出されてきた。
「おう! オレ様はバードンってんだ! よろしくな、兄ちゃん!」
ニカッと笑うと勝手に俺の手を取って強く握り締めてきた。
そのまま笑いながらギリギリ力を入れてくる。
あまりの締め付けに悲鳴を上げたくなるが、痛みを堪えてこっちも強く握り返す。
セリーヌさんが見てるのにみっともない所を見せられない。
俺の意外な抵抗に一瞬驚いた顔をしたが、さらにもう一度ギュッと強く握ってやっと手を離してくれた。
「へぇ、先が楽しみだな。気に入ったぜ……シュン!」
どうやら気に入られてしまったようだ。
相手が男なので正直微妙な気分だが、嫌われるよりはずっとマシだろう。
それにいろいろこの世界の事を教えてくれそうだ。
奴隷の事とか凄く興味がある。
その奴隷っぽい獣人の2人は先程から一言もしゃべらないが、人前では喋ってはいけない決まりでもあるのだろうか?
この子達とも是非いろいろと話をしてみたいのだが……。
「へぇ~、バードンさんが男の人と仲良くするの初めてみましたよ」
「おいおい、オレ様を何だと思ってるんだ!?」
シアさんの言葉に心外そうなバードンさん。
セリーヌさんの様子を窺ってみると無表情だった。
素敵な笑顔を見た後だからなおさらその変化に驚く。
どうやらバードンさんみたいなタイプは少々苦手なのかもしれない。
もっと彼女の笑顔を見たかったので残念だ。
「おっと、ボルダス王に呼ばれてたのをすっかり忘れてた!」
バードンさんが顔をしかめて頭をガシガシ掻いている。
もしかして、国王に呼ばれるくらい凄い人なのだろうか?
スキルを見た感じではそれほど凄そうには見えなかったが、スキル以外にもいろんな要素があるのだろう。
逆に俺はボーナススキルを含めたスキル関連は充実しているが、肝心の中身はまだまだ素人だ。
覚える事が多すぎて大変そうだと改めて実感した。
「王様に呼ばれてるんなら早く行った方が良いですよー? 王様、気が短いですから」
ニヤッと小さく笑いながらバードンさんを急かせる。
そんなシアさんを見て溜息をつくと獣人2人に声を掛けた。
「嬢ちゃん達の元気な顔が見れたからもう行くか。行くぞ! カルア、リーニャ!」
出て行こうとしたところで、急に俺の方を振り向く。
「おう、シュン! お前宿は決まってるのか? まだだったら『夜の止まり木亭』にしろ!」
そんな事を良いながら「じゃあな!」と手を振り出て行ってしまった。
いきなりの事に苦笑をしていると、シアさんに声を掛けられた。
「セリーヌの時も驚いたけど、あのバードンさんにも気に入られるなんて……、シュンさんは将来大物になりそうですねー」
「ちょ、ちょっと! シアさん!?」
何を慌てているのか取り乱し気味のセリーヌさん。
シアさんはそれを見てニヤニヤしている。
「ありがとうございますシアさん。俺ってセリーヌさんに気に入ってもらえてるんですか?」
セリーヌさんがあまりに可愛かったので、ほんの少しだけからかってしまった。
嬉しかったので顔がニヤけてしまう。
「も、もう! 知りません!」
何故かプンプン怒り出して書類整理を始めるセリーヌさん。
思わずシアさんと顔を見合わせて2人して吹き出してしまった。
「……シュンさん、御用がお済みでしたらそろそろお帰りになったらいかがですか? ちなみに、『夜の止まり木亭』は2軒隣です。赤ん坊でも迷いませんよね?」
ニッコリ笑顔のセリーヌさん。
正直、無表情よりも怖い。しかも何だか異様なオーラが……。
「は、はい! いろいろとありがとうございました!」
ブルブル震えながら慌てて挨拶をして外へ駆け出す。
後ろからシアさんの笑い声が聞こえてきたが気にせず建物から逃げ出した。
一角兎と遭遇した時よりもずっと怖かった。
もう二度とセリーヌさんをからかうのはよそう。
俺はそう心に固く決意した。
読んでくださりありがとうございました。