第12話:「たんさくしゃなの~?」
街は想像していたよりもずっとこじんまりとしていた。
門から伸びている大通りは1キロ程だろうか、ここからでも行き止まりにある建物が見える。
位置的にはあれが王宮なのだろうがそれにしては小さすぎる気がしたが、周りのシンプルな建物と比べれば確かにそれなりに威厳もあった。
もっとのんびりと観光気分でいろいろ見て回りたかったが、周囲の視線が痛いので早足で服屋へと向かう。
それほど離れてなかったので3分も歩かないうちに白い建物の前に到着した。
他の建物と比べても2、3回りも大きくしっかりしている。
入り口は大きく開けられており、様子を窺ってみると2、3人の異様にごつい男達が居たので思わず後ずさってしまった。
「えっと、これが探索者ギルドで良いのかな? 服屋はここの正面って言ってたから……あ、あそこか」
ガラス張りではなかったので中の様子はあまり良く見えなかったが、小窓を覗くと服らしきものが見えたので間違いないだろう。
ドアの所に看板らしきものがあったが、なんて書いてあるのかは全く分らなかった。
せめて分りやすい絵なら良かったのだが、文字しか描かれていないので判断が難しい。
言葉が通じるのは良いが、どうやら文字は自分で覚えないといけないみたいだ。
そこまで神様に求めるのは流石に甘えすぎだとは思ったが、こっそり心の中で 「神様のいじわる」と呟いておいた。
とりあえず、ここに突っ立っていてもしょうがないので思い切って中に入ってみる。
ドアを開けるとカランコロンと心地良い音が響く。
「いらっしゃいませ~!」
予想外に可愛らしい声に驚いているとカウンターから店員さんらしき女の子が近づいてきた。
7、8歳くらいだろうか? 水色のワンピースに頭にはピンクのリボン。
なかなかのオシャレさんみたいだ。
「お客さまどうかしましたか~……って、すごい血だよ~!? おおお、お母さ~~~ん!!」
俺の姿を見てテンパっている少女。
その様子があまりにも可愛らしかったので何かイケナイ趣味に目覚めてしまいそう…。
少女はカウンターの奥にあるドアの向こうに逃げ込んでしまった。
しばらく待っているとドアが開いて母親らしき人がやってきた。
でも、どうみても20歳くらいのお姉さんにしか見えない。
良い世界だと神様に感謝。
先程の少女は母親の陰に隠れて恐々とこっちの様子を窺っている。
「あら、いらっしゃいませ。お怪我は大丈夫なんですか?」
流石に少女よりは冷静だったが心配そうな顔で聞いてくる。
「はい、傷は門番の人に見てもらったので大丈夫です。ちょっと魔物と戦っただけですから……」
少しでも親子の心配が取り除けるようにと何でもないことのように説明してみたが、少女が驚きの声を上げてきた。
「えぇ~!? お兄ちゃん、たんさくしゃなの~? うわうわうわ~~!」
『魔物』と言う単語に一瞬顔を強張らせたが、すぐに優しくクゥちゃんをたしなめるお母さん。
「こ~ら、クゥ? いきなり大声を出しちゃダメってさっき言ったばかりでしょう?」
そんなお母さんに「ごめんなさ~い」と可愛らしくぺろっと舌を出して謝る少女……クゥちゃん。
それにしても端から見ると仲が良い姉妹としか思えない。
そんな微笑ましい二人を眺めていると、クゥちゃんが期待の眼差しでこちらを見ていた。
その視線にちょっとたじろぎながらも正直に話す。
「ごめんね、まだ探索者じゃないんだよ。ここでちゃんとした服を買って着替えたら登録しに行ってみるつもりだよ」
「そうなんだ~、でもまものと戦ったんでしょ~? お兄ちゃんかっこいい~!」
なんか余計気に入られてしまったようだ。
こんな可愛い子と仲良くなれるのは大歓迎なので頬が緩んでしまう。
お母さんも感心した眼差しで俺のことを見ていたが、自分の立場を思い出したのか、パンと手を叩いて表情を引き締めた。
「あら、いけない。えっと、服をお求めなんですよね? こちらにあるのが一般的な男性用の服です」
手馴れた感じで品物を見せてくる。
手触り等を確認してみると今着ている服よりもずっと良い感触だ。
前の世界でのTシャツみたいな物なのだろうか?
薄茶色と水色の2タイプしかなかったのでサイズを確認して両方確保。
ちなみにサイズはクゥちゃんが背伸びをして俺に服を押し当てて確認してくれた。天使だ。
「下はこのズボンでどうでしょう? あと下着が必要でしたらこちらになります」
「えへへ~、これぜんぶお母さんが作ったんだよ~? すごいでしょ~!」
この親子はなかなか商売上手だ。
勧められるままにあれこれ選んでいたら、気が付けば両手が埋まっていた。
シャツにズボンに下着(紐で結ぶトンクスみたいだった)、それに手ぬぐいを2枚ずつ。
手ぶらの俺を見てリュックも進められたのでそれも確保。
全て必要だと思ったが金銭的に大丈夫なのか心配になったので値段を聞いてみる。
「えっと、そうですね。全部で銅貨186枚ですが、今回は特別に180枚にしておきますね」
にっこりと微笑むお母さん。
相場がさっぱり分からないので内心焦ってしまう。
銅貨100枚は銀貨1枚で良いだろうか?
恐る恐るアイテムボックスから銀貨2枚取り出して差し出してみる。
「はい、ぎんか2枚おあずかりしま~す。どうか20枚のおかえしで~す」
てきぱきと会計をするクゥちゃん。
お手伝いを頑張るその姿に心が洗われる思いだった。
これからも服関係はここで買おうと決意。
予想通り『銅貨100枚=銀貨1枚』だった事に一安心し、受け取った銅貨をアイテムボックスへ。
どうやら銀貨100枚はかなりの大金みたいなので、神様に感謝。
「あ、服を着替えたいんですけど……」
キョロキョロ試着室を探してみるが見当たらない。
途方に暮れていると、クゥちゃんが俺の手を引っ張っていく。
「こっちこっち~、ここできがえていいよ~」
カウンターの後ろにあるドアを開け、階段を上がって二階へ。
一番手前の部屋に連れ込まれる。
6畳程の広さでテーブルの上には作りかけの服があるのでおそらく作業部屋だろう。
良いのだろうか? と迷っていると、部屋の外からお母さんが声を掛けてきた。
「ちょっと散らかってますが、気にしないで着替えちゃってくださいね」
お言葉に甘えて遠慮なく着替える事にした。
ドアが無い部屋なので廊下から丸見えだ。
お母さんは気を使って店の方に戻っていったが、何故かクゥちゃんは残っていた。
どうたら見張りのつもりみたいだ。
しかし、少女の前でストリップとは……。
思わず「これなんてエロゲ?」呟いてしまった。
馬鹿なのことを考えながら血の付いた服を脱ぐ。
クゥちゃんの顔をチラッと見ると顔が赤くなってるけど興味津々そうだ。
かなりのおませさんである。
早く終わらせようとズボンを脱いだら「きゃ~」とか言って手で顔を覆っていたが、お兄さんは知っている手の隙間からしっかりこちらを見ている事を。
いっそのこと下着も脱いでやろうか? と思ったが流石に自重しておく。
無事に着替えを済ませクゥちゃんと一緒に下へ降りる。
クゥちゃんは無言で微妙に顔を背けているが、しっかりと手を握ってきてくれたのでただ単に照れてるだけらしい。
店内に戻り購入した衣服をリュックに詰め込んだ。
着ていた服の処分をどうしようか悩んでいたら、引き取ってくれるらしいので素直に渡す。
使い道あるんだろうか?と思ったが全身血まみれってわけでもないので端切れで何か作るのかもしれない。
「それじゃ、良い買い物ができました。ありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます」
お互いにペコペコお辞儀してるのが面白かったのか、クゥちゃんが笑いながら「またね~!」と手を振っている。
そんなクゥちゃんに俺も手を振り返しつつ店を出た。
読んでくださりありがとうございました。
クゥちゃんは今のところヒロインではありません。
流石に主人公でも8歳には手を出さない……はず。