第117話:「今日もお元気ですわね」
翌朝、目が覚めると俺の身体は全身筋肉痛で、顔を動かすのも一苦労だった。
『HP回復速度UP』のスキルが付いているのだが、あまり役に立っていないようだ。
いや、スキルがあるからこそこの程度で済んでいるのかもしれない。
「シュンにぃ……おはよう。……んっ」
俺が起きたのに気づいたドルチェが顔を覗き込んでくる。
そして、そのまま口を塞がれた。もうすっかり見慣れた光景だ。
「おはよう、ドルチェ。俺……昨夜の記憶が途中からあやふやなんだけど、酷いこととかしちゃってなかった?」
そう、何よりもまずはそれを確認しておかないと……。
ドルチェ作の料理が原因とはいえ、かなり激しくしてしまったことだけはぼんやりと覚えている。
「……大丈夫。ぼくもアイラもリンも……大満足。……でも」
「で、でも?」
「三人でも……足りなかった。……シュンにぃの……エッチ」
俺の胸元に顔を埋めてしまったので、どんな表情をしているのかまでは分らないが、ドルチェにしては珍しくかなり恥ずかしがっているようだ。
「そうだよ~、シュンのケダモノ~」
いつの間にか目が覚めていたらしく、アイラが身体を寄せてくる。
リンはまだ気持ち良さそうに寝息を立てているので、起こさないように小声で話した方が良さそうだ。
「ごめんな、無理させちゃって」
「でも、楽しかったよ。ありがとね、シュン」
上半身を起こしたアイラがキスをしてくれたので、こっそり舌を入れて絡ませていたらドルチェに脇腹を抓られた。ヤキモチ焼きなのは相変わらずだな。
「それじゃ、そろそろリンを起こして下に行こうよ!」
「そうだね……痛ててて……筋肉痛が酷いな。アイラ達は平気?」
「ん~……ちょっと痛いけど大丈夫だよ! まぁ、昨夜のシュンは激しかったからねぇ~!」
昨夜のことを思い出しているのか頬を赤く染めてニヤけている。
「ぼくも……平気。シュンにぃ……辛いようだったら……休む?」
「あはは、エッチのし過ぎで探索を休みにするなんて言ったらサーシャがキレちゃうよ。動いてたらそのうち治るから」
心配そうにしてくれているドルチェの頭を撫でながら身体に力を入れて起き上がるとベッドが揺れ、気持ち良さそうに寝ていたリンが目を覚ました。
「シュン様、おはようございます~。昨夜はとっても素敵でしたわぁ~」
起きたばかりなので若干寝惚けているみたいだが、俺に気づいたリンが両手をこちらに差し出してくる。
どうやら目覚めのキスを所望のようなので、覆い被さって唇を重ねると俺の背中に腕を回して強くしがみついてきた。
昨夜あれだけしたにも関わらず、下半身が反応してしまっている。
「シュンにぃ……する?」
目敏く気づいたドルチェが背後から俺の硬くなった部分を握ってきたので思わず声が漏れてしまった。
「アタシが胸でしてあげようか?」
アイラまでスイッチが入ってしまったので、このまま流されてしまっても良いのでは? と思っていると、
「おい! いい加減起きてメシを食いに来いよな! って……て、てめぇら、朝っぱらから何やってやがんだ!」
起こしにきてくれたサーシャに見つかってしまった。
口からファイアボールが飛び出すのではと心配になるほど真っ赤になったサーシャに部屋から叩き出されてしまった……俺だけ。
「あ……俺、全裸だ」
赤鬼様がいる部屋に戻るのがちょっと怖かったので、アイテムボックスから予備のパンツを取り出して履いているところを、ちょうど俺達の様子を見に来たシーナに思い切り見られてしまった。
「くすっ……今日もお元気ですわね」
にっこりと慈愛に満ちた微笑みを向けてくるシーナの視線は、しっかりと俺の股間にロックされていた。
「泊まるのか? 迷宮に?」
朝食後のお茶を飲みながらダリアに迷宮に泊まる上での注意点を聞いてみた。
流石にたった一日で20階層から30階層まで攻略するのは難しくなってきたので、今後の為にも是非とも聞いておきたいのだが、ダリアだけでなくヘルガやシーナまで何やら難しい顔をして「ううむ」と考え込んでいる。
「いや、実は我々も迷宮の中で寝泊りしたことはないんだ。すまない」
「そうだったんだ……。ダリア達はバードンさんとPTを組んでたって聞いてたからてっきり何回か経験してると思ってたよ」
考えてみればバードンさんは新人孤児奴隷の育成が趣味みたいな人だ。
ダリアやヘルガもバードンさんと組んでいた時は新人だったはずなので、そこまで深い階層には潜っていなかったのだろう。
頼りにしていたダリアから情報を得ることができないとなると誰に聞いたら良いものか……。
お茶で喉を潤しながらどうしたものかと思案していると、それまで静かに俺達の会話を聞いていたヘルガが、
「『迷宮の探索はできる限り一日で切り上げた方が良い』」
と呟いた。
それを聞いたダリアがハッとした顔になる。
「あぁ! ごしゅじ……バードン様のお言葉だな! 思い出したよ……懐かしいな」
その時のことを思い出しているのか、ダリアが遠い目をしている。
「それってどういうこと? 迷宮に泊まるのは危険ってこと?」
もし危険ならドルチェやサーシャを守る為にも対策を考えないと。
各階層の最初の小部屋で寝るなら安全だと思っていたのだが違うのだろうか?
「そういえば、わたくしも以前お父様やお母様に似たような事を言われた気がしますわ」
「あ、シーナお姉さま、わたくしも言われました! 確か……『あまり迷宮に長時間滞在しないように。もし頭痛がするようだったらすぐに探索を切り上げて迷宮から出るように』と」
シーナとリンの会話を聞いてますます心配になってしまった。
「二人の両親って、確か昔カーラ女王と一緒にPTを組んでたんだったよね?」
「はい、そうですわ、シュン様。お母様は『光魔法の使い手』として、お父様はカーラ様やお母様の護衛としてPTに参加していたと聞いています。もう一人は、『戦士の国』オルトスの国王アルヴィン様ですわ」
PTメンバーのうち二人も現役の国王になっているとは、流石は英雄PTといったところか。
ちなみにボルダス王は彼らがまだ駆け出しの探索者だった時から『職人の国』ドゥーハンの国王だったらしい……一体何歳なんだ?
気が付けばいつの間にかダリアとヘルガはアイラを相手にバードンさんの孤児奴隷だった時の話をしみじみと語っている。
そして、そのすぐ横ではリンとシーナが俺達に対して自分達の両親のラブロマンスを上気した顔で楽しそうに話していた。
ドルチェとサーシャも瞳を輝かせて聞き入っている。どうやら、どの世界でもどの時代でも女の子の恋バナ好きは変わらないようだ。
だが、俺は先程からずっと迷宮に長時間留まることの危険性の話が気になっていたので、いまいち会話に加わることができない……。
そんな俺に気づいたサーシャがヤレヤレといった顔を向けてくる。
「そんなに迷宮のことが気になるんなら、あたいがカーラ様に聞いてきてやろうか? どっちみち『水魔法』を取得したことを報告しに行くつもりだしよ!」
「あぁ、それなら私も一緒にいこう。今後の為にも聞いておいた方が良さそうだ」
ダリアも会話に加わってきた。バードンさんの話は一段落ついたらしい。
「だったら、また皆で行っちゃう? 今度はリン達も一緒に!」
アイラの提案にダリアが首を横に振る。
サーシャも何故か苦笑しながら同じく首を振っている。
「いや、あのお方は……」
「全員で押し掛けたら、また無口になっちまって会話どころじゃなくなっちまうからな! ここはあたいらに任せとけって!」
「あぁ、やはりサーシャなら大丈夫だったか。あのお方はなんというか……」
「すっげぇ恥ずかしがり屋だよな!」
ダリアが言い淀んでいるとサーシャがズバリと指摘した。
アイラやリン達はサーシャの言葉にきょとんとしている。
「カーラ様のアレって地じゃなかったの!?」
俺もてっきりあの話し方が地だと思っていた。なんとなくドルチェの話し方に似ているし。
アイラの疑問にサーシャが笑いながら答えた。
「あははは! まぁ、普段はお付のメイドさんがあれこれ通訳してるみたいだけど、慣れると結構しゃべるぜ?」
ということは、サーシャはこの数日間でそこまでカーラ女王と仲良くなったのか。
あ、アイラが物凄く悔しそうな顔をしてる。
「それじゃ、そっちの方はサーシャとダリアに任せるよ。今日は迷宮探索は早めに切り上げるか……」
「うん、そうしよっか。でも、悔しい~! アタシだってカーラ様といっぱいおしゃべりしたいのにッ!」
「だったらアイラも来いよ! アイラならカーラ様も大丈夫……だよな?」
サーシャがダリアの顔を見るとダリアもゆっくりと頷く。
「やった! 行く行く! 楽しみ~!」
あっさりと機嫌が良くなって満面の笑顔になるアイラ。そのまま拳を振り上げる。
「それじゃあ、今日も張り切って迷宮にゴー! リン、今日も勝負だよッ!」
「はい! 受けて立ちますわ!」
うん、やっぱりアイラは元気な方が可愛い。そして、凛とした姿のリンも魅力的だな。
二人を見つめながらうんうん頷いている俺をドルチェがジト目で見上げていた。
読んでくださりありがとうございました。




