第115話:「……残さないでね?」
探索を終えて外に出ると、もうすっかり辺りは暗くなっていた。どうやら思っていた以上に時間が掛かってしまっていたようだ。
流石に迷宮も中盤に差し掛かってくると今までのように1日で10階層を攻略するのは無理かもしれない。
「そろそろ迷宮内に泊まる事も視野に入れておかないといけないかな?」
迷宮に長時間入っていると時々頭痛がしてきたり頭にモヤが掛かったような感じになるので、できれば1日で中ボスがいる階層まで進みたいところなのだが……。
どうしたものか? と思案していると、俺達が迷宮から出てきた事に気付いたアイラがブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。
「シュン! やっと出てきた~! もう、心配しちゃったよッ!」
「本当に……ご無事で何よりでしたわ」
リンも俺の顔を見てホッとした表情を浮かべている。
ダーレンの迷宮とは違って乗合馬車の時間を気にしなくて良い為、ついつい長居をしてしまったのだが、彼女達にいろいろと心配を掛けてしまったようなので素直に謝る。
「ごめんごめん。25階層のドロップアイテムが良かったから予定より長引いちゃって……」
「え!? もう25階層に到達したの!?」
「す、素晴らしいですわ! 流石はシュン様です!」
瞳をキラキラさせながら見つめてくるアイラとリンに照れくさそうに頭を掻いていると、俺のすぐ横に立っていたドルチェが徐にアイラ達の目の前に両手を突き出してきた。
その小さな手のひらには握り拳程の大きさの赤茶色と銀色の塊が乗っている。
「銅塊と……銀塊」
「えへへ、すげぇだろ! あの箱野郎はほとんどあたい1人で倒したんだぜ!」
サーシャが胸を張って自慢げにアイラ達に話し掛けるが、アイラの視線はドルチェが持っている銀塊に釘付けだ。
「うわぁ……銀塊なんて初めて見たよ! アタシ達も早く25階層に……。あ! そういえば、25階層の魔物ってどんなだった? あのソルに怪我を負わせた魔物だからずっと気になってたんだよ。ソルってば聞いても全然教えてくれなかったんだもん!」
「え? いや、ただのミミックだったけど……ソルが怪我って」
「ミミックってゲームとかに出てくる宝箱のモンスターみたいなやつだよね?」
「あ、だから『箱野郎』なんですのね」
俺とアイラの会話を聞いていたリンがうんうん頷いている。
「うん、近付かない限りあっちからは襲ってこないからサーシャの魔法とかであっさり倒せたよ。ボスの『ハイミミック』も同じだったからご褒美的な階層だったのかな?」
それなのに魔法が使えるソルが怪我を負わされたという事は……。
「あ、遠距離攻撃だけで倒せちゃうんだ! でも、それじゃ、ソルの怪我って……プッ……あはははは! ソルってば!」
アイラが突然噴き出す。彼女の背後に立っていたダリアも口元に手を当てて笑いを堪えていた。
「ま、まぁ、昔はミミックによる犠牲者が一番多かったと聞くしな。宝箱を見つけてついつい警戒もせずに手を出してしまうのも仕方がない」
ダリアのフォローに俺も頷く。
「俺だってドルチェから『迷宮に宝箱は存在しない』って教えて貰わなかったらそうなってただろうし、アイラだって宝箱を見つけたら飛びついてただろ?」
「う……それは否定できないかも。っていうか、迷宮に宝箱って存在しないの? 初耳だよ!」
アイラは額の汗を拭きながら「危ない危ない」と呟いていた。
いつまでも暗い中での立ち話も何なので街に戻る事にしたのだが、アイラは余程銀塊が気に入ったのか、家に着いてからもリビングのテーブルの上に置いていろんな角度から眺めていた。
「それにしても銀塊ってすっごく綺麗! 銀塊があるってことは金塊もあるんだよね? ゲットしたら部屋とかに飾りたいなッ!」
「いや、それは無理だな。銅塊や銀塊は必ずギルドを通じて国に渡さなければいけない決まりがある」
「銅貨と銀貨の素材になりますので個人で持つのは禁止されておりますわ」
「そ、そんなぁ~!」
ダリアの言葉をリンが補足すると、それを聞いたアイラはテーブルに突っ伏してしまった。
ちなみに本当はすぐにでもギルドに売らなければいけないのだが、帰ってきた時には既にギルドが閉まっていたのでそのまま持ち帰る事になった。明日の朝にでもギルドに行かなければ。
テーブルの反対側ではサーシャが水魔法を取得した事をシーナとヘルガに報告していた。
「サーシャが水魔法を取得しようといろいろと努力しているのは知っていましたが、まさかこんな短時間で……」
驚いているシーナ。ヘルガも目を細めてサーシャの頑張りを褒め称えている。
そんな彼女達の反応を見てサーシャも「すげぇだろ!」と満足げだ。
「2系統の魔法を取得する事自体は前例がありますが、それにしても驚異的な早さですね」
シーナの指摘に俺はある可能性を感じていた。
もしかしたら取得速度UPの効果がPTメンバーにも多少は影響しているのかもしれない。
アイラと目が合うと彼女も何か言いたそうにしているが、結局何も言わなかった。
俺もこれに関してはまだちゃんとした確証が持てないので、今はまだ黙っていた方が良いだろう。
ただでさえ神様から貰ったチート能力を羨ましがっているリンが一緒にいるので、これ以上余計な刺激を与えたりしたら拗ねてしまいそうだ。
「あの、シュン様、そのように熱い視線を……もう、恥ずかしいですわ」
恥ずかしいと言う割には頬に手を当ててクネクネしている姿はどこか嬉しそうだ。
そんなリンを見てアイラがムスッとした顔になっている。
「そ、そういえば、ドルチェはどうしたんだろ? 帰ってきたらすぐにキッチンに行っちゃったけど」
誤魔化す為に何となく口にしたのだが、俺はキッチンに消える時に見せたドルチェの悪戯っぽい顔を思い出して背中がゾクッとしてしまった。
「……お待たせ」
不意に掛けられた声に振り向くと大きな皿を抱えたドルチェがすぐ背後に立っていた。
そのままテーブルの上に皿をドンと置くとその前に俺を強引に座らせる。どうやら俺用にわざわざドルチェが作ってくれたみたいだ。
「あ、ありがとう」
若干怯えながらお礼を言うと、嬉しそうに胡坐を組んだ俺の膝の上に小さなお尻を乗せてきた。
「う、羨ましくなんかないもん! あ、アタシはシュンの隣、取った!」
「わ、わたくしもです!」
アイラとリンが慌てて俺の両隣を確保すると、料理を担当してくれていた3人の護衛メイド達が次々に大量の料理を運んできたので全員で晩御飯を取る事になったのだが、俺は目の前に置かれた『俺専用』の料理を見て、内心不安でいっぱいだった。
「……シュンにぃ」
「な、何かな? ドルチェ」
「……残さないでね?」
そう言ってクルッと振り向いたドルチェの瞳を見た瞬間、俺は悟った。絶対に何か企んでる!
それが分かっていても食べない訳にはいかないので、恐々料理を口に運んでみると味はなかなかのものだった。
「うん、美味しいよ」
目の前の頭に向かって感想を述べると、小刻みに身体を揺すって喜んでいる。
「……頑張った」
ドルチェが俺の為にここまで頑張ってくれたのだ。この料理は絶対に完食しよう! 仮に何か企んでいたとしても構うものか!
そんな俺達を見て全員の顔が綻んだ次の瞬間……サーシャの何気ない一言によって場の空気がガラリと変わってしまった。
「で、魔石勝負は結局どっちが勝ったんだ?」
読んでくださりありがとうございました。
お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。




