第113話:「絶対成功させるから!」
ドルチェが注いでくれた食後の水を飲み干すと、俺は24階層の探索を開始する為に立ち上がった。
手に持った怪しげな小瓶をニヤニヤしながらアイテムボックスにしまっているドルチェの事は一先ずこれ以上は気にしないでおく事にしよう。
俺が立ち上がるのを見てドルチェとサーシャの顔も引き締まる。この辺の気持ちの入れ替えの早さは流石だ。
「さっきは見てるだけだったから腕が鳴るぜ!」
「ぼく達も……シュンにぃに負けてられない」
気合十分といった感じの2人が準備を整えたのを確認し、扉を開けて小部屋から出ると、目の前には人一人がやっと通れる程度の広さしかないやたらと狭い通路が奥へと伸びていた。
「うわ……、これは狭いな。こんな場所で魔物と戦わないといけないのか?」
「天井もやけに低いじゃねぇか! あたいでも屈まないと頭を打ちそうだぜ」
サーシャですらそうなのだから俺はもっと大変だ。
剣と盾を構えて中腰になりながら先へと進むしかないのだが、まさか魔物だけでなく頭をぶつけない為の注意まで必要になるとは思わなかった。
「ぼくは普通に歩けるから……ぼくが一番後ろ」
「いや、流石に両手槌を振り回すのは無理そうだから、最後尾はサーシャの方が良いかも」
「あぁ、任せろ! でも、こんな場所で戦いたくねぇなぁ……」
全く同感だ。こんな階層は早く突破してしまおう。
若干前かがみになりながら、慎重に……だが、最大速度で奥へと進む。
「ん~……? 魔物の気配はするけど、凄い速さで動いて……これは飛んでるのか?」
探知スキルで魔物の気配を探ってみると、少し進んだ場所で2匹の魔物が円を描くように高速で移動しているようだ。
レベル1では魔物がどの辺にいるかしか分からなかったが、レベル2だとある程度魔物がどんな動きをしているのかまでぼんやりとだが感じ取れるようになっているので、本当に探知スキルがあると助かる。
「……飛行型」
背後からドルチェの呟きが聞こえる。飛行型の魔物だとドルチェの出番があまりないのでガッカリしているのだろう。と思っていたのだが、
「……楽しみ」
「え?」
何故か少し嬉しそうなドルチェの声。
俺が驚いて立ち止まると、お尻を指でツンツン突いてきた。
「ちょ!? ドルチェ、それ止めて」
「撫でる方が……良かった?」
「そういう問題じゃ……って! だから撫でない!」
「目の前に……シュンにぃのお尻があったら……撫でる。……常識」
「それはドルチェだけだよ……」
なおも撫で回してくるドルチェの魔の手から逃れる為に身を捩りながら先へと急ぐ。
ドルチェは隙あらばこうやって俺にセクハラをしてくるのだが、こんな事をしていてもいざ戦闘になったらちゃんと動いてくれるのは分かっているので、あまりキツイ事を言うつもりはない。
俺とドルチェのある意味いつもの光景に、最後尾のサーシャが盛大に溜息を吐いていた。
「ハァ~……、イチャイチャすんのは家に戻ってからにしろよな。まったくてめぇらはいつもいつも……」
「寂しかったら……ぼくのお尻……触る?」
「ふあッ!? さ、触らねぇよ!? それに寂しくねぇし!」
そんな2人のやり取りを聞きながらも周囲の警戒をしながら進んで行くと、やっと通路の終わりが見えてきた。
良かった……ずっとこのままだったらどうしようかと思った。
「2人はここでちょっと待ってて。様子を見てくる」
そう言い残して通路の出口まで進むと、慎重に顔だけ出して周囲の確認をする。
先程までとは打って変わって広々としている。天井もかなり高そうだ。
「魔物は……あれか」
上を見上げると、天井スレスレの位置を大きな魔物が2匹旋回していた。
幸いまだこちらには気付いていないようだ。
遠目に『鑑定』で確認をすると、以前戦った事がある魔物だった。すぐにドルチェ達の元に戻り報告する。
「人喰い鷲が2匹飛んでたよ。かなり広いから魔法や投擲用の武器がないとキツイかな?」
「2匹共あたいが撃ち落してやるぜ!」
「俺は投げナイフを使うとして、ドルチェは……」
どうしたものかとドルチェに視線を向けると、そのドルチェがニヤリと笑いながらアイテムボックスから拳程の大きさの石を取り出していた。
「ぼくは……これを使う」
「それって、俺の特訓の時に使ってた石?」
「まだまだ……いっぱいある」
「そ、そうなんだ。それじゃ、ドルチェはそれで……」
以前の特訓を思い出して顔が引き攣ってしまう。
特訓の時とは違って今回は動き回る魔物が相手なので当たる確率は低そうだが、2匹いるので牽制にはなるはずだ。
「落ちてきた魔物に止めを刺すのを忘れずにね? それじゃ、行こうか。まだこっちには気付いていないみたいだったからサーシャの魔法で先制しよう」
「任せとけって!」
通路の出口付近でサーシャが意識を集中させている。真剣な顔をしている時は本当に掛け値なしの美少女なので少し見惚れてしまった。……悔しい。
「行くぜ……ファイアアローッ!!」
サーシャが魔法を放つと同時に俺とドルチェも飛び出す。
魔法が翼に直撃した人喰い鷲の高度が下がるが、もう1匹はまだ高度を保ったままでこちらを警戒している。
どちらを狙うか一瞬迷うが、投げナイフでは射程がそれ程長くは無いので、近い方を狙うのが良さそうだ。
「弱ってる方は俺が撃ち落す! サーシャはもう1匹を頼む! ドルチェは近付いてこないように牽制!」
すぐさま指示を出して右手に持ったナイフを投げる。左の翼が燃えているので狙いは右の翼。
一投目は掠っただけだが、二投目が見事に突き刺さって人喰い鷲が上空でバランスを崩したので、更に追い討ちの三投目。
両方の翼を痛めつけられ低空飛行になったところを距離を一気に詰めて剣で一閃すると、やっと1匹目の人喰い鷲が地面に落ちた。
「ドルチェ、止めだ!」
地上の敵ならドルチェに任せた方が良い。両手槌の一撃は強烈だ。
ドルチェと場所をスイッチして盾を構えた瞬間、
「シュンッ! 来るぞ!」
上空からもの凄い勢いで人喰い鷲の鉤爪が襲い掛かってきた。
スイッチが遅れていたらと思うとゾッとする。
「ナイス! っと、逃がすかよ! ファイアボールッ!」
攻撃を防がれ距離を取ろうと逃げる人喰い鷲の背中にサーシャの魔法が炸裂。
近距離からの直撃を喰らい落ちてきたところを俺の剣が斬り裂いた。
ドルチェが2匹の魔物が煙となって消えていった場所に落ちていた小さな羽を拾っているのを見て、俺も自分が投げたナイフを忘れないうちに回収しておく事にした。
「一投目を外しちゃったな……まだまだだ」
「ぼくも……あまり牽制にならなかった」
なおも「……悔しい」と呟いているドルチェ。
「そういえば、ダリアって投擲スキルを持ってたよな。今度一緒に教わろうか?」
「あ、あたいも投擲スキル覚えたい! 魔法が効かない魔物もいるだろうしな! ……だから、仲間外れすんな!」
そんなつもりは全く無かったのだが、サーシャが必死にアピールしてくるので、ドルチェと一緒にうんうん頷くとやっと安心したようだ。
「やっとボス部屋か。いい加減腰が痛くなってきた」
長いトンネルのような通路の先にようやくこの階層のボス部屋の扉が見えてきたので、サーシャのMPが回復するまでひと息入れることにした。幸いここなら襲われる心配はない。
「通路が狭すぎるから移動中に人喰い鷲に襲われる心配が無かったのは助かったけど、変な階層だったな……」
「全くだぜ! でも、魔法がいっぱい撃てたからあたいは満足だったぜ!」
「……むぅ」
腰を擦りながら隣に座っている2人に話し掛けるが、先程からドルチェの機嫌があまりよろしくない。正確には俺のレベルが上がってからなので、そんなに俺とレベル差ができるのが嫌だったのだろうか?
「ドルチェのレベルもすぐに上がるよ。多分、ボスを倒したらいけるんじゃないかな?」
「……サーシャ」
「お、おう、もうちょっと待ってくれ。あとちょっとでMPも完全回復するぜ」
「……分かった」
サーシャの言葉に腰を浮かしかけたドルチェが、また座り直して俺の身体に寄り掛かってくる。
「それにしても、回復速度が上がるって凄いスキルだよな」
「さっきのレベルアップでボーナスポイントが21になったからもう一段階上げられるけど……どうする?」
「あ~、あたいは今のままでも十分だから他のを上げてくれ」
「他のだと25必要だから、それまでに何を上げるか今度ゆっくり話し合おうか」
「……『器用』」
「いや、器用だと倍の50必要だから……」
俺も器用はもっと上げたいのだが、上げればそれだけ必要ポイントも上昇していくので悩ましいところだ。
「お、もう大丈夫だぜ! 満タン満タン!」
「……突撃」
サーシャのMPが回復したようなので、さっそくボス部屋に突撃する事に。張り切っているドルチェに続いて俺とサーシャも中に入ると、すぐに中央付近に黒い瘴気が集まってきた。
「やっぱり飛行型の魔物かな?」
「腕が鳴るぜ! ………………え?」
現れた魔物を見てサーシャが絶句している。
真っ赤に燃え盛っている巨大な火の鳥……『ファイアバード』だ。
咄嗟にファイアバードに向かってナイフを投げると距離を取って態勢を整える。飛行型だと予想していたので剣ではなくナイフを持っていて正解だった。
ナイフが突き刺さったファイアバードが天井ギリギリまで距離を取り警戒態勢になってしまったので、こちらから攻撃する事はできそうにない。これだけ距離があると投げナイフの射程外だ。
「となると、頼りはサーシャの魔法だけど……火属性か」
火属性の魔物に火属性の魔法を撃つのは危険だ。ダメージどころか逆に力を与えてしまう恐れがある。
「……サーシャ」
「分かってるぜ、ドルチェ! くそっ!」
サーシャもそれは分かっているのか悔しそうにファイアバードを睨み付けている。
「やるしかないのか……でも、できるか? あたいに……」
何やらブツブツ呟いているが大丈夫なのだろうか? 戦闘中に放心してしまったらそれこそ命取りになってしまう。
「……サーシャ!」
語気を強めたドルチェの声にハッとしたサーシャが杖を両手でしっかりと握り直す。
「悪りぃ! ちょっとだけ時間を作ってくれ! やれるか分からねぇけど……いや、絶対成功させるから!」
必死に何かをしようとしているサーシャの瞳を見て俺は彼女に賭ける事にした。
「ドルチェ、石を全部出して! ファイアバードをサーシャに近づけるな!」
「もう……出した」
流石ドルチェだ。20個程の小石がすでにドルチェの前に置かれている。
「火魔法を使ってくるみたいだから、その時は俺の後ろに隠れて。時間を稼げればそれで良いから無茶はしないように!」
「……分かった」
石を握り締めたドルチェが頷く。
「来る!」
翼を大きく広げたファイアバードが羽ばたいた瞬間、俺達に向かってファイアアローが飛んできた。
サーシャはファイアバードから離れた場所に移動しているので、ターゲットを俺達に絞ったようなのでとりあえず最低限の時間は稼げそうだ。
数は5本。そのうち3本が直撃コースなのでその全てを盾で受け止める。今更ながら『鉄の盾』を作って貰っておいて本当に良かった。
「やっぱりドルチェの盾は凄いな」
「お礼は……今夜ベッドで」
背後から聞こえてきたドルチェの言葉に思わず顔がにやける。お安い御用だ。
魔法を防がれたファイアバードが一気に急降下して襲い掛かってきたので、投げナイフと石で牽制すると悔しそうに戦慄きながら元の位置に戻って行った。
あの巨体、しかも全身炎の塊であるファイアバードに体当たりでもされたらひとたまりも無いので、ここは出鼻を挫くのが一番だ。
「ふぅ、防御は何とかなるけど……」
「ちょっと……ジリ貧」
ナイフも石も限りがあるので長期戦になったら不利なのは間違いない。
だが、短期決戦を狙おうにもこちらには決め手が無いので正直焦る。
「っと、また魔法が来る! ドルチェ、後ろに!」
「……分かっ……違う! シュンにぃ!」
盾を構えた俺の背筋に悪寒が走る。
放たれたファイアアローのすぐ後ろにこちらに向かって急降下してくるファイアバードの姿が……同時攻撃か!
「拙い! ドルチェ、逃げ……!」
ファイアアローは防げるが、体当たりは危険だ。
「シュンにぃ! 避けて!」
切羽詰った声が聞こえてくるが、避ける選択肢は俺の中には無かった。俺の背後にはドルチェが居る。
こうなったら意地でもファイアアローも体当たりも受け止める。そう覚悟を決めた瞬間、部屋中にサーシャの声が響き渡った。
「ウォーター……ボールッ!!!」
読んでくださりありがとうございました。
サーシャは、やればできる子。
ステータス
『名前:神城瞬
種族:人族
レベル:36
取得スキル:片手剣レベル3・盾レベル3・身体強化レベル3・精力強化レベル1・探知レベル2・生活・鑑定・スキル取得速度UP』
(所持ポイント5)
『片手剣レベル3(30)・盾レベル3(30)・身体強化レベル3(80)・精力強化レベル1(20)・探知レベル2(20)』
『名前:ドルチェ
種族:ドワーフ
レベル:35
取得スキル:両手槌レベル2・身体強化レベル2・鍛冶レベル3・生活』
(所持ポイント3)
『両手槌レベル2(20)・身体強化レベル2(40)・鍛冶レベル3(30)』
『名前:サーシャ
種族:エルフ
レベル:34
取得スキル:火魔法レベル3・水魔法レベル1・魔力操作レベル2・料理レベル1・裁縫レベル1・生活』
(所持ポイント8)
『火魔法レベル3(30)・魔力操作レベル2(40)・料理レベル1(10)・裁縫レベル1(10)』
ボーナススキル
『獲得経験値UP(―):40倍』
『HP回復速度UP(40):10倍』『MP回復速度UP(20):5倍』
『HP上昇(25):20%』『MP上昇(25):20%』
『筋力上昇(25):20%』『精神上昇(25):20%』
『器用上昇(50):30%』『敏捷上昇(25):20%』
(所持ポイント21)




