第112話:「信じて……黙って……見てる」
「よっしゃ! あたいが本気を出せばこんなもんだぜ!」
炎に焼かれたハイゴブリンが黒い煙になって消えていくのを確認したサーシャが拳を突き上げている。
先程レベルが34に上がったので少し興奮しているようだ。
「今ので4匹目だっけ? もうちょっと連携の確認をしたかったけど、ボス部屋に到着しちゃったな……」
「……突撃?」
ドロップアイテムの『木の棒』を手に持ったドルチェが、俺の顔を見上げながら問い掛けてきたので、少し考えてから頷いた。
装備のチェックはこまめにしている。このままボスになっても大丈夫だろう。
「うん、このまま突撃しちゃおう。サーシャもその気みたいだしね」
「おう! あたいはいつだってやる気満々だぜ!」
そう言って意味も無く両手に握り締めた杖を凝視しながら上下に動かしているのだが、端から見ると雨乞いの儀式か何かをしているようにしか見えないので異様な光景だ。
そのうち杖に話し掛けるようになるのでは? と少し心配になってしまった。
なるべくサーシャの方を見ないようにしながらドルチェに話し掛ける。
「そ、それじゃ、ボス部屋に突撃するけど、ザコがハイゴブリンって事はボスが『キングゴブリン』って可能性は……」
「多分……違う」
もしかしたらと思ったのだが、即座にドルチェに否定されてしまった。
異種族の間でも子供を作る事ができるようになるアイテムを落とすらしい『キングゴブリン』。流石にまだまだ登場するには早いようだ。
「もし出るなら……アイラが黙ってない。キングゴブリンの情報が入ったら……教えてくれる約束。隠したりしたら……お仕置き」
いつになく饒舌のドルチェ。というか、いつの間にそんな約束を……。
「てか、全然アイラ達に遭遇しねぇよな。もう24階層に行ってるのか?」
「あ~、多分もう迷宮に居ないんじゃないかな? ダリアが『昼になったら一度出るつもりだ』って言ってたから」
「え~……」
「負けてられねぇ!」と気合を入れていたサーシャが、拍子抜けした顔になっている。テンションが下がってしまったようだ。
そんなサーシャの背中をドルチェがバシッと叩く。
「アイラ達より……深い階層を突破。……自慢する」
「お、おう! そうだな! 思いっきし自慢してやるぜ!」
すぐに気合十分の顔に戻るサーシャ……単純というか何というか。いや、この場合はドルチェが凄いと言うべきだろう。
テンションがコロコロ変わるサーシャの手綱を上手く握ってくれている。
俺の視線に気付いたドルチェがニヤリと笑い、ボス部屋の扉を押し開けた。
「ぼく達も……倒したらお弁当。……突撃」
ドルチェに続いて中に入ると、いつものようにすぐに部屋の中央に黒い瘴気が集まってくる。
何度経験してもこの瞬間は緊張してしまう。
「『ナイトゴブリン』……。剣だけじゃなくって身体強化もレベル2なのか。間違いなくハイゴブリンよりもタフだな」
現れた魔物をすぐさま『鑑定』し、情報をドルチェ達に報告。
右手に鉄の剣、左手に鉄の盾を構えてこちらに真っ赤な目を向けてくる『ナイトゴブリン』。ハイゴブリンの強化版といった感じだろうか?
盾スキルは持っていないようなので、何となく優越感に浸りそうになるが、油断は禁物だ。
それにしても、
「俺と同じ片手剣と盾の使い手か……」
思わず剣を握る手に力が入ってしまう。
今の自分がどれ程の実力を備えているのか試すには丁度良い相手かもしれない。
ナイトゴブリンの燃えるような目を正面から受け止めて慎重に距離を詰める。
3人で戦った方が良い事は分かりきっている。大怪我をしたらまた大切な人達を悲しませてしまう。
それでも……。
「ドルチェ、サーシャ……」
「……分かってる」
「負けんじゃねぇぞ!」
そう言ってドルチェとサーシャが後ろに下がる。
俺が何を言いたいかちゃんと分かってくれているみたいだ。
「ボスと1対1で戦ったなんて知ったらアイラやリンが怒るだろうな」
強敵を目の前にしている状況なのに軽口が出てくる自分に驚いた。
身体は燃えるように熱いのに心の中は不思議なほど落ち着いている。
「ギィィィィィッ!」
口元を綻ばせている俺の態度に怒ったのか、ナイトゴブリンが甲高い奇声を上げながら襲い掛かってきた。
かなり素早い動きだが、訓練場での特訓で見たダリアのあのとんでもない動きに比べたら……。
「遅いッ!」
振り下ろされる剣をかわし、すれ違いざまに剣で喉元を狙うが、流石にこの一撃は盾に防がれる。
そのままナイトゴブリンが距離を取ろうとするが逃がさない。
懐に飛び込み下から盾で顎をかち上げると、無防備になったナイトゴブリンの腹に剣を突き刺した。
「よし! もういっちょ……ッ!?」
なおも追い討ちを掛けようとした瞬間、全身に悪寒が走ったので無意識のうちにバックステップで後ろに跳ぶと、今まで俺が立っていた場所をナイトゴブリンの剣が一閃した。
あのまま攻撃しようとしていたら今頃俺の首は飛んでいただろう。
「どどどど、ドルチェ! どどどどうする!? う、撃つか? 撃った方が良いか!?」
「信じて……黙って……見てる」
距離を取って体勢を整えた俺の耳にサーシャとドルチェの会話が飛び込んできた。
今にも攻撃に参加してきそうな勢いのサーシャをドルチェが宥めているが、そんな彼女の声も微かに震えている。
「……大丈夫だよ」
口の中でそう呟くと、俺は脇腹から血を滴らせているナイトゴブリンに向かって駆け出した。
「んぐっ……ったく! 本当に心配したんだからな!?」
口いっぱいに頬張っていたサンドイッチを飲み込むと、サーシャが顔をズイッと近づけてくる。
24階層の最初の小部屋に入ってから3回、合計すると、
「……5回目」
同じ言葉を繰り返してくるサーシャにげんなりしている俺にドルチェが答える。
「うぐッ……。言われたくなかったら、次からはもっと危なっかしくない戦い方をしろよな!」
「心配させちゃってごめんな。でも、無傷だったろ?」
「……ギリギリだった」
「そうだぜ! ドルチェの言う通りだ! 一歩間違えたらやばかったんだからな!」
先程までの戦いを思い返すと確かに危なかったのは確かだったので、素直に「精進します」と頭を下げると、ようやく落ち着いたのかそれぞれ食事を再開していた。
「それにしてもタフだったな。ドルチェの剣じゃなかったらもっと長引いてたかも」
「鎧と兜も……急ぐ?」
俺の右肩に寄りかかってサンドイッチを齧っていたドルチェが俺の顔を見上げてくる。
「あった方がもっと安全に戦えるけど、それは時間的に余裕がある時で良いよ。まずはドルチェの胸当てや両手槌とサーシャの杖を優先して」
「……分かった」
俺の言葉に頷くとまたサンドイッチを齧り始めるているのだが、そんなドルチェの姿に俺は何となくリスやハムスターを連想してしまった。
口いっぱいに頬張っているサーシャも別の意味でリスみたいなので、2人を眺めていると心がほっこりしてくる。
「それはそうと、さっきから気になってたんだけど、ドルチェが持ってるのってナイトゴブリンのドロップアイテムだよね?」
「あたいも気になってたけど……それを見てる時のドルチェの顔がなんか不気味だったから聞きそびれちまったぜ」
「これは……良い物。……ふふふ」
手の中のアイテム……正確には小瓶の中に入っている粉のようなものを見つめながら、何かを企んでいるような顔で笑っている。確かに不気味だ。
「ど、ドルチェ、それは何かの素材なのかな?」
恐々聞いてみるが、「ふふふ」と笑うだけで教えてくれない。
「あ、あたいには関係ないアイテムだよな? き、気になって探索に集中できねぇよ!」
涙目になってしまったサーシャがドルチェの身体を掴んで揺さぶっている。
俺達の快適な探索の為にも答えてあげてください、ドルチェさん。
「アイラとリンも……大喜び。でも……負けた方は……がっかり?」
小首を傾げたドルチェが説明してくれているのだが、俺は嫌な予感しかしなかった。
読んでくださりありがとうございました。




