第109話:「勝った方が夜シュンを独占だよ!」
「シュンにぃ……お帰り」
探索を終えて戻ってきた俺達をドルチェが出迎えてくれた。
今日一日ドルチェは工房に行って鍛冶をする事になっていたので、俺達とは別行動だったのだが、つい先程帰ってきたらしい。
「ただいま、ドルチェ。鍛冶の方はどうだった?」
「……ばっちり」
そういってドルチェはアイテムボックスから作った装備を取り出し、リビングのテーブルに並べ始めた。
次々と並べられていく鉄の剣と盾、それに胸当てを横から覗いていたアイラが驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと!? +8って?」
「プラス……?」
ダリアが不思議そうな顔でアイラの事を見ているが、そのアイラはドルチェが作った鉄の剣を手に持ち、プルプル震えている。
「性能が上がるとは聞いてたけど……ず、ずるい!」
「……えっへん」
胸を張って得意げにしているドルチェ。
ダリア達に装備のプラス補正の事を話すと、目を見開いて絶句していた。
性能が上がるとはいっても、これほど劇的にプラス補正が付くとは思っていなかったようだ。
しばらく呆然としていたが、気を取り直したのか興味深そうにテーブルの上の装備品を眺めている。
「同じ装備なら当然性能もそれ程差はないと思っていたのだが、これからはアイラに『鑑定』して貰ってから買った方が良さそうだな……」
「アタシもこうやってハッキリとプラス補正が表示されるなんて今初めて知ったから、これからは気を付けないと! もしかして職人の国に行けばこんな凄いのがいっぱいあるの!?」
「いや、ダーレンの武具屋にも+1や2があるかどうかって感じだよ。ドルチェが凄すぎるだけ」
「うぅっ……羨ましい!」
本当は特訓に付き合って貰っているお礼にアイラ達にもドルチェが作った装備をプレゼントしたいのだが、PTに加入している鍛冶師は同じPTのメンバーにしか作ってはいけない決まりがあるので、悩ましいところだ。
「裏技……使う?」
「裏技? ……って、なんか初めて会った時の事を思い出すな」
「……運命の出会い」
一瞬恥ずかしそうな顔をしたドルチェだったが、すぐにいつもの顔に戻るとアイラにある提案を持ち出した。
「ぼくが店に売ったのを……買う。店に売るのは……禁止されてない」
「そっか! 『鑑定』があるアタシならドルチェが作った装備を選ぶ事も可能だよね!」
「30階層を突破したら……いっぱい作る」
「だったら、シュン達には1日でも早く突破して貰わないとね!」
アイラ達の為にも日数に余裕を持って30階層を突破する必要ができてしまったが、彼女達には是非ともお礼がしたいので、可能な限り早く突破できるように頑張ろう。
「リン達のも……作る」
「あ、あの、わたくし達の分はダーレンに戻ってからでも大丈夫ですので、どうかご無理をなさいませんように……。それにしても、シュン様もアイラ様も羨ましいですわ」
それまで大人しく俺達の会話を聞いていたリンが俺とアイラの顔を交互に見て羨ましそうにしている。
「わたくしも神様からスキルを頂きたいですわ」
「え?」
その言葉の意味を理解した俺が固まっていると、リンが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「シーナお姉様から聞いておりますわ。シュン様がこことは違う世界からいらした事も全て……」
「そうだったんだ……。いつか話さなきゃって思ってたんだけど」
「ごめんなさいね。リンからシュンに対する気持ちを聞いた時に話しておいたの」
シーナが頭を下げてくるが、リンにはちゃんと正直に話すつもりだったので、逆に感謝したいくらいだ。
その事を告げると、シーナだけでなくリンもホッとした顔をしていた。
「おぉ! すげぇ! あたいの分まであるのか!?」
風呂屋で今日一日の疲れを癒し、夕食ができるまでリビングで待っていると、今日も王宮に顔を出していたサーシャが帰ってきた。
さっそくドルチェが鉄の胸当てを渡すと予想通り大はしゃぎだ。サーシャの嬉しそうな顔を見てドルチェも満足げに頷いている。
自分の分よりも先にサーシャの分を作ってあげるドルチェ。流石お姉さんだ。
というか、俺の装備を2つも……本当にドルチェには頭が上がらない。
「それにしても、1日で3つも作ったのか……凄いな」
「ぼくも……びっくりした」
何でも鍛冶スキルのレベルが上がった事によって、性能だけでなく作るスピードも上がったのだそうだ。
レベルが2だった時はあまり実感がなかったが、3になったらその違いが顕著になったらしい。
もしかしかしたら『器用』を上げている事も影響しているかもしれない。
「昨日、頑張って3回も鉄ネズミと戦った甲斐があったな」
「シュンも怪我しなかったし、鉄ネズミはもうあたい達の敵じゃねぇな!」
「油断……大敵。それよりも……レベルは?」
「ばっちり上がったよ。俺が35でサーシャが33。ドルチェもちゃんと上がってる?」
「……上がってる。ちゃんと……繋がってる」
最初は訓練場での特訓をする予定だったのだが、俺の所持スキルポイントが19だったので、話し合った結果、今日はレベルを上げて盾スキルを3にする事を優先させる事になっていた。
「……嬉しい」
探索者ギルドの水晶玉で正式にPTを組んでいると、一緒に迷宮に入らなくても経験値が入る仕組みになっているので、レベル差ができていなくてドルチェが嬉しそうだ。
「でも、1人足りない状態で探索しないといけないから、その辺が鍛冶師をPTに加える上のでデメリットになるのかな? まぁ、メリットの方が圧倒的に大きいけどね」
「シュン様達が『英雄』PTになりましたら、鍛冶師をPTに加える人達もたくさん増えそうですわね」
「鍛冶師の未来は……シュンにぃにかかってる」
「ちょ……ドルチェ、それは……」
「……冗談」
そういって悪戯っぽく笑っているが、俺にはドルチェが冗談を言っているようには見えなかった。
テーブルいっぱいに並べられた料理を一品一品味わいながら食べていると、俺の正面の席ではサーシャが今日迷宮であった出来事を身振り手振りドルチェに報告している。
「でな、そこであたいがすかさずファイアアローをお見舞いしてやったんだけど、相手は水属性だったから一撃じゃ倒せなかったんだ! その時シュンがバババって距離を詰めてバシュって剣を一振り!」
「流石……シュンにぃ」
どうでも良いけど、いちいち立ち上がって再現しなくても……。
食事中なので他の皆の迷惑になっていないか心配になってしまったが、俺の横に座っているアイラもリンも興味津々といった顔でサーシャの話に耳を傾けていた。
今日は3PTがそれぞれ別々に探索をしていたので、迷宮の中で何があったのか気になっていたようだ。
「水属性って……あ! 忘れてた!」
俺は慌ててアイテムボックスから『水魔石』を取り出し、ドルチェの目の前に置いた。
「今日、水トカゲを倒したんだった。ダーレンに戻ってからで良いから魔具用に使っちゃって」
「お風呂用……幸せ」
ドルチェが嬉しそうで何よりだ。
彼女には感謝してもしきれないので、これからもどんどんいろんな素材を提供していこうと思う。
「水属性のトカゲって弱点属性の土魔法を使える人が少ないから何気に倒すのが難しいんだよね。それを倒しちゃうなんて凄いよ!」
身を乗り出してドルチェの前に置かれた水魔石を眺めていたアイラがしきりに感心している。
「アイラのファイアランスなら水属性とか関係なく倒せちゃうんじゃない?」
「当たれば倒せるんだけど、あれって小さい敵に当てるのがすっごく難しいんだよ!」
「それよりも私はシュンが剣で属性トカゲを倒した事の方が驚きだ」
「いや、それこそダリアならいけるんじゃないかな?」
訓練場で見たダリアの踏み込みの速さを思い出す。
あれならたとえアイラの魔法が外れても難なく属性トカゲを仕留められそうな気がする。
「そもそも剣であれを倒そうという発想が……いや、我々がそう思い込んでいただけでは……現にこうしてシュンが倒しているのだから……」
何やらダリアが真剣に考え込んでしまった。
剣で属性トカゲを倒すのはそんなに非常識な事だったのだろうか?
「シュンとサーシャができたのなら我々だってやってやれない事はないはずだ! アイラ、明日から我々も特訓だ! シュン達に負けていられないぞ!」
「分かったよ、ダリア! アタシももっともっと命中精度を上げるよ!」
「わたくし達だってシュン様からコツを教わっていますわ。アイラ様達には負けません!」
何故かリンまでエキサイトしてしまっている。
またしてもリンとアイラの間にバチバチと火花が……。
「だったら勝負だよ! 勝った方が夜シュンを独占だよ!」
「望むところですわ! これから毎日勝負ですわね!」
こうなった2人はもう誰にも止められそうにない。
「ぼく達が勝ったら……ぼくが独占?」
ドルチェの参加表明にアイラとリンの顔が強張る。
ドルチェ自身は属性トカゲを倒す時はあまり活躍の場がないのだが、PTでの勝負ならアイラとリンも文句は言えないはずだ。
そうなると、レベル2の探知スキルを持つ俺と魔法が使えるサーシャが揃っている俺達が圧倒的に有利かもしれない。
「ど、ドルチェは……」
「ドルチェ様は別枠ということで……」
「う、うん、あくまでもアタシとリンの勝負だから!」
「ドルチェ様と誰がシュン様のお相手をするかの勝負ですので……」
どうやらドルチェは不戦勝のようだ。
正直、今の俺は30階層を突破する事で頭がいっぱいなので、勝負に巻き込まれなくて助かった。
俺達に負けないと気合を入れていたダリアが呆れた顔でアイラを見ている。
護衛メイドの3人も何とも言えない顔で自分達の御主人様を見ていた。
「と、とにかく! 勝負だよ! リン!」
「う、受けて立ちましょう! アイラ様!」
周りからの視線に若干顔が引き攣りながらもお互い後に引けなくなってしまったのか、結局勝負が行われる事になった。
「これってどっちも魔石が手に入らなかったり同数だったらどうなるんだ?」
「手に入らなかったら……ぼくが独占。同数は……3人で」
サーシャの呟きにドルチェが楽しそうに答えていた。
読んでくださりありがとうございました。
致命的なミスがありましたので、修正しました。
正式にPTを組んでいる場合は、どんなに離れていても経験値は入ります。
ご指摘ありがとうございました。




