第108話:「あたい達の訓練にも付き合って貰うぜ!」
朝、目が覚めると、嬉しそうに俺の顔を見つめているリンと目が合った。
「シュン様、おはようございます」
「おはよう、リン」
リンは少し恥ずかしそうに微笑みながら朝の挨拶をし、目を瞑って何かを待つ仕草をしている。
そんな彼女の頬に手を当てて軽く唇を重ねていると、不意にドアが開いてアイラが入ってきた。
「シュン、おはよう! って!? あ、朝からずるいよ!」
「早い者勝ちですわ。……それよりも、アイラ様はあの後はご自分のお部屋に?」
「うん、良い夢は見れた?」
「うふふ、素敵な目覚めでしたわ。ありがとうございます」
「でも、譲るのは今回だけだからね?」
一瞬火花が散ったように見えたが、昨日までとは明らかに雰囲気が変わってきている気がする。
何だかトゲトゲしさが無くなった感じだ。
「あ、もう朝食ができてるから呼びに来たんだった!」
「まぁ、もうそんなお時間だったのですか?」
「うん、ドルチェがギリギリまで寝かせておいてあげた方が良いって言うから、起こさないで置いてあげたんだよッ!」
「そうだったのですか。では、ドルチェ様にも後ほどお礼を……」
ドルチェはドルチェで覗きを楽しんでいたのだが、リンには黙っておいた方が良さそうだ。
しかし、あのサーシャまで引っ張ってくるとは、どうやって唆したのか気になる……。
顔を洗いリビングに入ると、すでに全員揃っていた。
「待たせてごめん」
「お、おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
恥ずかしそうに俯いているリンの手をシーナが優しく握り締め、自分の隣へと座らせる。
俺も空いている場所に腰を下ろすと、アイラが隣にやってきた。
ドルチェはサーシャの隣、俺の真正面に座っている。
サーシャは昨夜の影響が残っているのか俺と目を合わせようとしない。そして、隣のドルチェが何か耳元で囁くと、真っ赤になって俯いてしまっていた。
朝食が終わり、各々寛いでいると、ダリアが今日の予定の確認をしてきた。
「午前中はシーナとドルチェはカーラ様に工房への紹介状を書いて貰いに行くんだったな?」
「えぇ、こういった交渉はわたくしが行った方が良さそうですから」
相手が相手なので、領主の娘であるシーナに任せた方が良さそうだ。
当事者のドルチェが行くのは当然として、一応PTのリーダーである俺は一緒に行かなくても良いのだろうか?
その事を聞いてみると、ダリアに頭を叩かれた。
「シュンは他にやるべき事が山ほどあるだろ! 特訓特訓だ!」
頭を擦りながらシーナにドルチェの事をお願いしていると、リンが遠慮がちに手を挙げている。
「あ、あの、わたくしもシーナお姉様達と一緒に王宮に行って参ります。まだカーラ様にご挨拶をしておりませんので……」
そう言えば、リンはダーレンに来た時もボルダス王に挨拶に行っていた。当然ながら護衛メイドの3人も一緒に付いて行く事になるだろう。
ドルチェは紹介状が貰えたら一度工房に顔を出してからギルドに来る手はずになっている。
そして、ドルチェが合流したら、午後からはひたすら22階層の『鉄ネズミ』を狩って『鉄』集めだ。
PTに鍛冶師が居ないアイラやリンが手に入れたドロップアイテムは、ギルドに売らなければいけない規則になっているので、素材は自力で集めなくてはならない。
「では、全員が合流するまで訓練場でシュンを鍛え上げるとするか」
「さんせ~い! あ、でも、治療できる人が居ないよ? シュンが死んじゃう!」
治療なしであの特訓は自殺行為だ。ダリアも何やら考え込んでいる。
「流石に死にはしないだろうが、確かに回復要員が居ないのなら昨日のような特訓はできないな」
話し合った結果、木製の武器を使った模擬戦闘をする事になった。
ダリアが訓練場に置かれていた短い棒を手に取り感触を確かめている。
その横ではヘルガが俺の身長くらいはありそうな長い棒を振り回していた。
俺はドルチェが作ってくれた木剣と魔樹の盾を使うつもりだ。ちなみに昨日使った木の盾はボロボロでもう使えそうにない。
訓練場にも盾は置いてあるのだが、扱い慣れている魔樹の盾の方が良いだろう。
そんな俺達を見て、手持ち無沙汰になってしまったサーシャとアイラが何やら相談を始めている。
「あたいも何か武器の扱いとか覚えようかな?」
「アタシも! 何にしよう? 遠距離から攻撃できるのが良いから……石とか?」
「石か! 石ならタダだしな!」
「昨日使ったのがアイテムボックスに入ってるから分けてあげるよ!」
和気藹々と石を分け合うのは良いのだが、何故2人共俺の方をチラチラ見ているのだろうか?
彼女達の事も気になるが、今はそれよりも目の前のダリアとヘルガからのプレッシャーが怖い。
「まずは防御を鍛えた方が良いだろうな。シュンは攻撃は禁止だ。ひたすら我々の攻撃に耐えて貰うぞ」
ダリアの瞳が妖しく光り、ヘルガもいつもの優しげな雰囲気ではなく、圧倒されそうになるくらい威圧的な空気を身に纏っている。
「では……ゆくぞ」
言い終えた時にはすでにダリアが俺の懐に飛び込んできていた。
バックステップで距離を取ろうとするが、足を掛けられてバランスを崩したところにヘルガの重い一撃が襲い掛かってくる。
「くっ!」
何とか盾で防ぐが左手がビリビリ痺れて痛い。
「ほう、今のを防いだか。……手加減の必要は無さそうだな」
「そうね。本当に先が楽しみだわ」
ダリアとヘルガは頷き合うと、距離を取って体勢を立て直した俺に対し、左右に分かれて挟撃しようとしている。
いつも俺とドルチェが取っている戦法なのだが、こうして実際に自分がされると、確かにこれは対処が難しい。
しかも、今回はこちらから攻撃するのは禁止だ。
「ふぅ~……」
俺は息を整えると、探知スキルを使う時のように周囲に意識を集中させた。
この2人の攻撃をどこまで防ぎきる事ができるか分からないが、やれるだけの事はやってみよう。
「少し休憩するとしよう」
大の字になって横たわっている俺の顔をダリアが覗き込んでくる。
そんな彼女もかなり疲れているのか肩で息をしていた。
「まさかここまで本気で相手をする事になるとはな……」
「お陰で身体中痣だらけだよ」
「リンが来たら治療して貰え。……っと、良いタイミングだ」
ダリアの言葉に首だけ起こして訓練場の入り口をみると、ちょうどリンが入ってきたところだった。
俺に気付いたリンが血相を変えて駆け寄ってくる。
「し、シュン様! 大丈夫ですか!? ……ひ、ヒールッ!」
杖を掲げると俺の身体が光に包まれた。
全身の痛みが消えていく。何度経験しても不思議な感覚だ。
「うぅっ……あまり心配させないでください!」
「大丈夫だよ、昨日よりはずっとマシだから」
「そ、そういう問題ではありません!」
「ごめんごめん。それはそうと紹介状の方はどうなった?」
「は、はい、紹介状はちゃんと頂けました。シーナお姉様とドルチェ様は工房の方に向かわれましたわ」
どうやらシーナはわざわざドルチェの付き添いまでしてくれているらしい。
この街に不慣れなドルチェの事が心配だったが、彼女が一緒なら心配はなさそうだ。
「お、リンが居るじゃねぇか!」
「リン、お帰り!」
的に向かって石投げの練習をしていたサーシャとアイラが手を振っている。
「リンが来るのを待ってたぜ!」
そう言ってサーシャはこちらに向かって石を投げる構えを見せていた。
「今度はシュンが的な! あたい達の訓練にも付き合って貰うぜ!」
アイラが目で「ごめんね」と謝っているが、止める気はなさそうだ。
そんな2人を見てダリアが苦笑している。
「では、昨日のおさらいといこうか。回復要員が来たことだしな」
流石に魔樹の盾が壊れてしまったら午後からの迷宮探索ができなくなってしまうので、代わりに壁際に立て掛けてあった木の盾を使わせて貰う事にした。
「シュン様、申し訳ありません。わたくしが急いで駆けつけたばかりに……」
「いや、今は少しでも特訓がしたいから助かったよ。ありがとね、リン」
「……シュン様」
頬を染めたリンが潤んだ瞳で見つめてくる。
「ちょっと! そこの2人! イチャイチャしないの!」
振り返ると、そこには怒りのオーラを纏って仁王立ちしているアイラの姿があった。
読んでくださりありがとうございました。
……眠い。




