第106話:「良い特訓になりそうだな」
探索者ギルドに入ってきた俺達に周囲の探索者達の視線が集中する。
アイラやリンの美貌に見惚れていたり、ダリアの鋭い視線に圧倒されている者達も、最後には決まって唯一の男である俺に対して嘲笑と怨嗟の目を向けてきた。
俺がヘルガにお姫様抱っこをされて帰ってきた事を知っているのか、あからさまに下卑た笑いをしている者もいるが、正面切って絡んでくる程の度胸はないようだ。
「……粉砕したい」
存在をスルーされた事に対してなのか、俺がバカにされている事に対してなのかは分からないが、ドルチェがもの凄く不機嫌になっている。
「ドルチェ、その怒りはシュンの特訓まで我慢しておけ」
「……分かった」
ダリアの言葉にドルチェが俺の顔を見上げてきた。
もしかして、その怒りの矛先は俺に向いてしまうのだろうか?
「特訓に集中すれば周りの雑音なんて気にならなくなるよ!」
「そうです。シュン様は周りの人達よりもわたくしに集中してください。雑音に耳を傾けてはいけません」
「ちょっと、リンッ!? なにしれっと抜け駆けしようとしてるんだよ!」
「何の事ですか? それよりも、シュン様の腕にその無駄に大きい脂肪の塊を押し当てるのを止めてください!」
「「ガルルルルルルルル!」」
いつの間にか左右からガッチリと俺に腕を絡ませていたアイラとリンが、またもや顔を突きつけて睨み合っている。
どうでも良いが、胸の話をここでするのは勘弁してくれ。過剰に反応するお嬢さんが居るのだから……。
周りの男達よりも目の前のドルチェの反応が怖い。
自分の胸をペタペタ触っているドルチェの全身から異様なオーラが立ち上がっていた。
そんなドルチェを見て、ダリアが満足そうに頷いている。
「フッ……良い特訓になりそうだな」
俺の頭の中は不安でいっぱいだった。
訓練場へ到着すると、ダリアの命令で木剣と木の盾を構えた俺が訓練場の中央に立つ事になったのだが、俺はぞろぞろと後を付いてきた野次馬の多さに辟易してしまった。
もしかしたら、アイラやリンと少しでもお近付きになろうと思っているのかもしれない。
ちなみに、最初は魔樹の盾を使おうと思っていたのだが、ダリアに「ボロボロになるから」と忠告されたので、予備に取っておいた木の盾を使う事にした。
「や、やっぱりちょっと気が引けちゃうよ……」
特訓が始まるのを待っていると、離れた場所でダリア達と何やら話し合っていたアイラが足元に積み上げられた石を前に何だか泣きそうな顔をしていた。
やはり予想通り、道端で拾っていた石は特訓に使うようだ。
「これもシュンが強くなる為なんだぞ。ドルチェを見ろ、覚悟を決めた良い顔をしているではないか」
「覚悟って……、ドルチェの目が怖いんだけど! な、なんでアタシの胸を見ながらニヤニヤ笑ってるのッ!? 目は全然笑ってないのに!」
「おっぱいは……敵。あそこに居るのは……おっぱいの塊」
両手に石を握り締めながら俺の方を据わった目で見つめてくるドルチェ。
ブツブツ呪文のように物騒な事を呟いているが、そうやって気持ちを整理しないと、俺に向かって石を投げるなんて事はできないのだろう……と思いたい。
「流石に4人がかりは無理だろう。リンは回復要員として待機していてくれ」
「分かりましたわ。シュン様のお身体には傷1つ残しません!」
両手で杖を握り締めて気合を入れているリンの姿にアイラも覚悟を決めたのか、足元の石を拾い上げた。
「シュン! これが終わったら……いっぱいいっぱい! ご褒美、あげるからねッ!」
アイラ達の気持ちに感謝して俺は盾を構えた。
「よし、今日はここまで! リン、シュンの治療を頼む」
「は、はい! ……ヒールッ!」
力なく横たわっている俺の身体を光が包み込む。
今日だけでいったい何回の治療を受けた事か……。
最初こそ「いい気味だ」と言わんばかりに、俺に向かって石を投げつけるドルチェやアイラ達に声援を送っていた野次馬達だったが、特訓が進むにつれてその声はどんどん小さくなっていき、逆に最後は俺に対して声援を送ってくる者まで出てきていた。
「…………あ~……」
治療してくれたリンにお礼を言いたかったが声が出ない。
終了の声を聞いた瞬間、身体の力が全て抜けてしまったのか、光が消えた後も起き上がる事ができずにいた。
「シュン、頑張ったね!」
自分の肩を揉みながらアイラが歩いてくる。
ドルチェは憑き物が落ちたように地面にへたり込んで、俺の顔をぼ~っと見つめていた。
「なかなか上達したようだな。こっちも良い投擲の練習になった」
最後の方は石だけでなくナイフまで投げ出してきたダリアが俺の顔を覗き込んでいる。
「流石に訓練場の中とはいえ殺してしまったら『神罰』が下っていたかもしれないからな。わざわざ急所を外すして投げるのは大変だったぞ」
「もう! アタシは気が気じゃなかったよ!」
「それくらいの緊張感が無ければ急激な上達は見込めないからな。2週間しか時間がないのが悔やまれる……」
「それでしたら、ダーレンに戻ったらシルビア様にもお願いしてみましょう」
リンの提案にアイラの瞳が一瞬鋭くなった気がしたのだが、気のせいだろうか?
「シルビアなら……適任。……弓の名手」
いつの間にか傍に来ていたドルチェもリンの提案に賛成する。
「そうなんだけど……そうなんだけど~!」
アイラが頭を抱えて蹲ってしまった。
同じく異世界から来た『同類』のシルビアに対して、彼女の中でいろいろと思うところがあるのかもしれない。
だが、それよりも俺はある事に気付いたので、一刻も早くこの場を去りたかった。
「とりあえず、今後の事は後で考える事にしてここから出よう」
長時間特訓していた為にアイラ達の服が汗で身体にへばり付いているので、胸の部分が危険な状態になっている。
涼しい土地なので全員下にもう一枚肌着を着ているのだが、それでもこれだけ汗を掻くと胸の先端が……。
こんな姿をまだ遠巻きに俺達の様子を窺っている野次馬達に見せるわけにはいかない。
俺の視線に気付いたアイラが頬を染めながら胸を両腕で隠した。
「し、シュンの言う通りだよ! 早くここから出てお風呂屋さんに行こうよ!」
「別にくっきりと透けているわけではありませんのに……」
「これくらい……普通」
焦っているアイラをリンとドルチェが不思議そうに見ている。
きっとこの世界の女性にとってはこの程度の事は些細な問題なのだろう。
「ですが、シュン様以外の殿方に見られるのは少々嫌ですわね。……何だかそう思ったら急に恥ずかしくなってきました……」
「……ぼくも」
「そうだよ! アタシ達の身体はシュンだけのものなんだから!」
そんな3人にダリアが呆れ顔だ。
「今更そのような事で心を乱してどうする。まったく……」
「だ、ダリアだって『愛しの御主人様』以外の男の人に見られるのは嫌でしょ!?」
「そ、それはそうだが……、あぁもう! 早く風呂屋に行くぞ!」
珍しく狼狽したダリアが、周囲を威嚇しながら訓練場から出て行ってしまったので、慌てて俺達も後を追い掛けた。
流石にドルチェもアイラも王宮の風呂に入った時のように男風呂に乱入してくる事は無かった。
他にも男の客が入っているので内心ヒヤヒヤしていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「兄ちゃん、訓練場では大変だったなぁ……。背中を流させてくれないか?」
「お、俺も流させてくれ! しっかし、ハーレムを持つのも大変なんだな……」
湯船でのんびり寛いでいると、訓練場で俺の特訓を見ていたらしい探索者達が声を掛けてきた。
防御に失敗する度にダリアから「この子達の『男』として恥ずかしくないのか!」との叱責が飛んできていたので、どうやら今回の特訓はハーレムを維持する為の特訓だと思われていたらしい。
あながち間違ってはいないので、お礼を言って背中を流して貰った。
ずっと、親の敵でも見るような目を向けられ続けていたので、俺はこうして他の探索者と交流できたのが素直に嬉しかった。
読んでくださりありがとうございました。




